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第54話 宿雨
しおりを挟むあれから3日たった。
今日も、いつの間に寝ていたのかハッキリしない頭で、起きてすぐにネココに連絡してみたが、静子ちゃんはまだ目を覚まさないらしい。
ネココは、あれからずっと、その住処を病院に、静子ちゃんの病室に移して、日々を過ごしている。
錬や美鈴ちゃん、宇井さんやキーヤンも、毎日様子を見にお見舞いに行っているようだ。
だが……俺は、未だに、お見舞いに行けていない。
それほど長い付き合いではなく、普通に仕事が忙しいであろう、るあちゃんでさえも、仕事終わりに病院に寄っているというのに……俺は、一度も、お見舞いに行けていない……。
……これほど、自分が地縛霊であることを恨めしく思ったことはない。
本当なら、今すぐにでも……いや、どうせやることもないんだし、ネココと同じように、ずっと付きっ切りで看病してもいいと思っている。
昨日は、何か奇跡が起きて、この廃ビルのある土地を覆う見えない壁を突き破れるんじゃないかと、1日中、その壁に体当たりしてみたりもした。
……でも、ダメだった。
『私が、もう少し色々なことに気を使えていれば……本当に、申し訳ございません』
宇井さんは、静子ちゃんや廃ビルの現状について話し終わると、また俺に頭を下げた。
俺と静子ちゃんの関係性としても、宇井さんが仕事としてやった対応としても、別に彼女が俺に頭を下げる理由はこれっぽっちもないはずだが、それでも、方々に頭を下げずには居られなかったのだろう。
きっと、静子ちゃんの叔父さんにも、同じように頭を下げたんだと思う。
『それで結局……この廃ビルって、どうなるんだ?』
『……』
『別にどうなったって、俺は、宇井さんや、静子ちゃんの叔父さんを責めたりしないさ、最初から、俺は勝手にここへ住まわせてもらってるだけだしな』
『……ここへ来る前、静子ちゃんの叔父である雄二さんと、その件を話しました』
『ああ……』
『……解体……するそうです』
『……そうか』
宇井さんは、俺のところへ来る前に、他のメンバーと一緒に病院まで付き添っていて、そこで、叔父さんと今回の件について詳しく話していなかった事情を色々と話したらしい……。
……廃ビルに住んでいる、静子ちゃんの父親とどこか似ているらしい、俺の事も含めて。
『……現実の社会に、幽霊のプライバシーを守る法律は存在せず、逆に、幽霊の社会には、生きている人間の生活が優先であるという法律が存在します』
『いいよ、法律がなくたって、叔父さんは、この件について全てを知るべきだ』
『……すみません』
『なんで宇井さんが謝るんだよ、別に宇井さんは悪くないだろ?』
『いえ……その……私の伝え方が悪く……雄二さんは、礼二さんに対して、あまり良い印象を抱いておりません』
『え? ああ……まぁ、今の状況だけを客観的に伝えれば、叔父さんからしたら、俺は子供をたぶらかしている悪霊だからな……実際は逆だとしても……』
『……』
『もしかして、叔父さんが廃ビルの解体を決めたのも、そのせい?』
『……それが全てではないとは思いますが、それも理由に含まれるとも思います』
『まじか……』
以前、現実で生きて働いている役所の人と一緒に出向いた時は、行政の指導に従って管理を続けるか、解体するか、まだ結論は出していなかったらしい。
役所側も、幽霊である宇井さんが同席しているのは、そこが放置されているせいで幽霊のたまり場になっていて、悪運がたまり、罪のない人間が引き込まれていると。
人が立ち入っても安全だとは言えない今の状態では、よからぬ事故が発生しかねないと。
そういう説明に留めていたそうだ。
悪運がたまって、罪のない人間が引き込まれている、ねぇ……たしかに、静子ちゃんや、るあちゃんがやってきてしまっている状況を考えると、今のこの廃ビルの状況を客観的に言い表す、うまい表現だな。
そして、役所としては、崩落や転落の可能性が無いよう、しっかり修繕して活用しても、人が立ち入れないように、背の高いフェンスなどでしっかりと覆っても、いっそのこと解体して、更地にしてしまっても、想定される懸念点が解消できるというわけだ。
『どのような形でも、工事が始まってさえしまえば……静子ちゃんは、その工事現場を警備する方に止められて、少なくとも、その工事をしている期間は廃ビルに立ち入ることを防げるだろうと、当局は判断しました』
『そしてその間に、叔父さんに真相を話して、カウンセリングを勧めるとか、そういう予定だったんだな?』
『はい、その通りです』
……妥当な判断だな。
俺でも、同じ役所からの立場だったら、似たような結論にたどり着きそうだ。
だが、その結果は……。
……俺は、ネココと連絡していたスマホを置いて、窓の外を見る。
ここからでは全然見えないが、おそらく、あちらの方向が、静子ちゃんが今も眠っている病院がある方角だろう。
あれから3日、雨は降ったり止んだりを繰り返していて、空はまだ晴れない。
まるで、完全に心が晴れ切らない、この件の関係者たちの気持ちを表しているようだな……。
静子ちゃんが目を覚ますのが先か……廃ビルの解体が始まるのが先か……空が晴れるのが先か……。
どちらにしても、俺の心が晴れることは、もう、無いのかもしれない……。
『なぁ、宇井さん……地縛霊って、縛られているその場所が無くなったらどうなるんだ?』
『わかりません……ただ……』
『……』
『……覚悟だけは、しておいた方が、良いのかもしれません』
何が最善だったのかは分からないし、今となっては、もう考えるだけ無駄だ……。
だが、元々、少なくとも、幽霊と人間がこれほど長く関わること自体、あまり良いことではないとは思っていた。
もちろん、彼女と関わるのが嫌なわけでは無いし、彼女の事が嫌いなわけでも無い。
それでも、大人として……もう既に命を失ってしまっている幽霊として……彼女には、彼女の本来進むべき道を進んで欲しいと、そう思っている。
「別れの挨拶くらい、できるといいな……」
俺は、雨粒の滴る窓に手を置いて、その向こうの雨空に向かって、そう呟いた……。
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