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第59話 友
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「先輩ー、酒持ってきたっすよー」
時刻は深夜零時。
多くの居酒屋ではラストオーダーが終わって、店じまいをする時間帯。
当然、俺も本日の営業はすでに終了していて、もう歯も磨き終わって、寝る準備万端で布団に挟まっているのだが……そんな中、その男はやってきた。
「またのお越しをお待ちしていまーす……」
だから俺がそいつを無視するように布団の中で丸くなって背を向け、営業終了の旨を伝えるのは当たり前だろう。
「えー、そんなこと言わないで一緒に飲みましょうよー、ねー、ねー」
だが、そいつはそんな俺の対応なんてお構いなく部屋に入ってきて、布団の中で丸まっている俺を揺さぶり始める。
はぁ……せっかく、今日は工事とかが休みの日らしくて、しっかり夜に眠れそうだったんだがな……。
「分かったよ、一杯だけな」
「さっすが先輩、今日もいっぱい持ってきたんで、好きなだけ飲んでいいっすよー。あ、もちろん、これはパクった奴じゃなくて、ちゃんと稼いだ給料で買ってきたやつっす」
「……一杯だけな」
しばらく前と同じように、しばらく前とは少し違うやり取りをして、俺と錬は、プルタブを開けた缶をぶつける。
久しぶりの酒は、前に飲んだものよりも少し冷えている気がして、うまかった。
「幽霊を相手に酒を売ってくれるお店を見つけたんすよ、しかも、この時間にやってる店を」
「へー、別に食べたり飲んだりしなくても活動できる幽霊相手に、わざわざご苦労なことだね」
「何言ってるんすか、酒は元から生きるのに必要ない嗜好品っすよ? それに、よくあるじゃないっすか、酒好きだった故人の墓にお気に入りだった酒をかけてやる、みたいなやつ」
「あー、あれ、本当はダメらしいな……墓石が変色したりカビたりするから」
「え? マジっすか? 知らなかったぁー」
やはりいつも通りここに来る前から飲んでいたのか、既に出来上がっている錬は、俺の返答に対していちいち大げさにリアクションを取る。
恋人が出来て少しは落ち着いたと思ったんだが、相変わらずシラフで会う機会の少ない奴だな……。
俺はその後も、アルコールですっかり顔を赤く火照らせた錬が話す雑な話題に対して、雑な返答をしては、雑なリアクションを眺める、ということを繰り返した。
雑談と呼ぶにも雑過ぎるやり取りだが、酒が入っていると、何故かその雑さが心地よかったりするんだよな……。
……だけど、今日はちょっと、その心地よさに、少し引っかかりがあった。
「別にタイミングとか伺わなくていいぞ、何か話したいことがあるんだろ?」
「……あー、分かっちゃいましたか?」
錬のノリが、いつもよりも少し大げさだったし、会話の度に少しだけ変な間があったからな……。
こいつとあまり宅飲みをしていないやつだったら気づかないレベルかもしれないが、何を好き好んでそんな関係になったのか、俺は伊達にこいつと酒を飲み交わしていないからか、心の底から遺憾ながら、気づいてしまったのだからしょうがない。
そして、こいつが話そうとしていた話題も、きっと静子ちゃんの事なのだろうと、何となく察しが付く。
「美鈴ちゃんあたりから聞いたのか?」
「そうっすね、聞きました」
大方、宇井さんから美鈴ちゃんに伝わり、それが錬の耳にまで届いたってところだろう。
こいつはただのアホな飲んだくれに見えて、意外と人の事を気にするところがあるからな……この話題がこいつの耳に入ったら、間違いなくやってくると予想していた。
「別に俺は気にしてないから大丈夫だ。それより、ネココのことを励ましに行ってやってくれないか?」
「ネココのとこには、美鈴ちゃんが行ってるっす」
「はぁー、カップル揃ってカウンセリングとは、ご苦労なこった」
まぁ、確かに、あの状態のネココのところにこいつが行っても、威嚇されてひっかかれて追い返されるだけか。
感情的な問題もあるだろうし、似た感性を持っている同性同士の方が話しやすいこともあるだろうしな。
「先輩、本当に気にしてないっすか?」
「ん? ああ……っていうか、気にしたって、そうなっちゃったもんはしょうがないだろ」
「そう言うことじゃなくてっすね……」
「だいたい……お前も分かるだろ? 今の形が世の中にとって一番自然なんだ、生きている人間が幽霊と関われる方が……」
「先輩!!」
「っ……な、なんだよ」
ガンッ、と、錬がちゃぶ台を叩き、その勢いのまま身を乗り出して、俺の胸ぐらを掴む。
俺は、酔っ払うにしても酔い過ぎだと言ってその手を払おうとしたが、まっすぐこちらを見つめている錬の目が全く酔っていない様子なのを見て、上げかけていた手を下ろした……。
「ここは酒の席っすから、愚痴や本心、大歓迎っすよ?」
その様子を見た錬は、俺の胸ぐらを離すと、そう言いながら、いつも通りの笑顔で、俺の飲みかけの缶を差し出す……。
突然の解放と、差し出された酒……。
俺は、笑顔の錬と、その手渡された酒を交互に見つめると、それを一気に飲み干して……。
ガラガラ、と、近くの窓を勢いよく開けると……。
「気になって気になって! 夜も眠れんわぁぁああああ!!!!!」
……外の暗闇に向かって、力いっぱい、思いっきり、そう叫んだ。
「先輩、近所迷惑っすよ」
そしてついでに、急にはしごを外した錬の頭をバシンッとひっぱたいた……。
時刻は深夜零時。
多くの居酒屋ではラストオーダーが終わって、店じまいをする時間帯。
当然、俺も本日の営業はすでに終了していて、もう歯も磨き終わって、寝る準備万端で布団に挟まっているのだが……そんな中、その男はやってきた。
「またのお越しをお待ちしていまーす……」
だから俺がそいつを無視するように布団の中で丸くなって背を向け、営業終了の旨を伝えるのは当たり前だろう。
「えー、そんなこと言わないで一緒に飲みましょうよー、ねー、ねー」
だが、そいつはそんな俺の対応なんてお構いなく部屋に入ってきて、布団の中で丸まっている俺を揺さぶり始める。
はぁ……せっかく、今日は工事とかが休みの日らしくて、しっかり夜に眠れそうだったんだがな……。
「分かったよ、一杯だけな」
「さっすが先輩、今日もいっぱい持ってきたんで、好きなだけ飲んでいいっすよー。あ、もちろん、これはパクった奴じゃなくて、ちゃんと稼いだ給料で買ってきたやつっす」
「……一杯だけな」
しばらく前と同じように、しばらく前とは少し違うやり取りをして、俺と錬は、プルタブを開けた缶をぶつける。
久しぶりの酒は、前に飲んだものよりも少し冷えている気がして、うまかった。
「幽霊を相手に酒を売ってくれるお店を見つけたんすよ、しかも、この時間にやってる店を」
「へー、別に食べたり飲んだりしなくても活動できる幽霊相手に、わざわざご苦労なことだね」
「何言ってるんすか、酒は元から生きるのに必要ない嗜好品っすよ? それに、よくあるじゃないっすか、酒好きだった故人の墓にお気に入りだった酒をかけてやる、みたいなやつ」
「あー、あれ、本当はダメらしいな……墓石が変色したりカビたりするから」
「え? マジっすか? 知らなかったぁー」
やはりいつも通りここに来る前から飲んでいたのか、既に出来上がっている錬は、俺の返答に対していちいち大げさにリアクションを取る。
恋人が出来て少しは落ち着いたと思ったんだが、相変わらずシラフで会う機会の少ない奴だな……。
俺はその後も、アルコールですっかり顔を赤く火照らせた錬が話す雑な話題に対して、雑な返答をしては、雑なリアクションを眺める、ということを繰り返した。
雑談と呼ぶにも雑過ぎるやり取りだが、酒が入っていると、何故かその雑さが心地よかったりするんだよな……。
……だけど、今日はちょっと、その心地よさに、少し引っかかりがあった。
「別にタイミングとか伺わなくていいぞ、何か話したいことがあるんだろ?」
「……あー、分かっちゃいましたか?」
錬のノリが、いつもよりも少し大げさだったし、会話の度に少しだけ変な間があったからな……。
こいつとあまり宅飲みをしていないやつだったら気づかないレベルかもしれないが、何を好き好んでそんな関係になったのか、俺は伊達にこいつと酒を飲み交わしていないからか、心の底から遺憾ながら、気づいてしまったのだからしょうがない。
そして、こいつが話そうとしていた話題も、きっと静子ちゃんの事なのだろうと、何となく察しが付く。
「美鈴ちゃんあたりから聞いたのか?」
「そうっすね、聞きました」
大方、宇井さんから美鈴ちゃんに伝わり、それが錬の耳にまで届いたってところだろう。
こいつはただのアホな飲んだくれに見えて、意外と人の事を気にするところがあるからな……この話題がこいつの耳に入ったら、間違いなくやってくると予想していた。
「別に俺は気にしてないから大丈夫だ。それより、ネココのことを励ましに行ってやってくれないか?」
「ネココのとこには、美鈴ちゃんが行ってるっす」
「はぁー、カップル揃ってカウンセリングとは、ご苦労なこった」
まぁ、確かに、あの状態のネココのところにこいつが行っても、威嚇されてひっかかれて追い返されるだけか。
感情的な問題もあるだろうし、似た感性を持っている同性同士の方が話しやすいこともあるだろうしな。
「先輩、本当に気にしてないっすか?」
「ん? ああ……っていうか、気にしたって、そうなっちゃったもんはしょうがないだろ」
「そう言うことじゃなくてっすね……」
「だいたい……お前も分かるだろ? 今の形が世の中にとって一番自然なんだ、生きている人間が幽霊と関われる方が……」
「先輩!!」
「っ……な、なんだよ」
ガンッ、と、錬がちゃぶ台を叩き、その勢いのまま身を乗り出して、俺の胸ぐらを掴む。
俺は、酔っ払うにしても酔い過ぎだと言ってその手を払おうとしたが、まっすぐこちらを見つめている錬の目が全く酔っていない様子なのを見て、上げかけていた手を下ろした……。
「ここは酒の席っすから、愚痴や本心、大歓迎っすよ?」
その様子を見た錬は、俺の胸ぐらを離すと、そう言いながら、いつも通りの笑顔で、俺の飲みかけの缶を差し出す……。
突然の解放と、差し出された酒……。
俺は、笑顔の錬と、その手渡された酒を交互に見つめると、それを一気に飲み干して……。
ガラガラ、と、近くの窓を勢いよく開けると……。
「気になって気になって! 夜も眠れんわぁぁああああ!!!!!」
……外の暗闇に向かって、力いっぱい、思いっきり、そう叫んだ。
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そしてついでに、急にはしごを外した錬の頭をバシンッとひっぱたいた……。
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