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先輩の告白は甘くて苦いステキなモノでできている

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 皆、一度は思ったことがあるんじゃないだろうか。

 自分に自信がなく何が得意でなくとも、誰かに好かれということを。

 ここで重要なのは、受け身であるという点。

 ただ実際にそんなことは起こり得ず、夢物語だとも理解していた。

 けれど、そんな起こり得ないはずのことが起きてしまった。

 童顔で背が低いという、取り柄というよりただのコンプレックスしかない、高校二年の僕こと秋月あきづき ゆうに。

 お相手は学校で男女問わず人気のある、つるぎ 環那かんな先輩。

 先輩は背が高く、モデルのようなすらりとした肢体したいの持ち主で、顔立ちは可愛いというより端正。

 長い黒髪をなびかせ颯爽さっそうと歩く姿は凛々りりしく、初めて先輩を目にし卒倒そっとうした女子は少なくない。

 そんな先輩だから、告白という名の特攻を試みる男子は多かった。

 しかしその告白は容赦ない一言すまないによってことごとく粉砕され、くずおれた男子の数は三桁に届くとか。

 ちなみにしつこく言い寄る男子には、手にした竹刀しないで容赦の無い一撃を脳天に受け昏倒こんとう

 先輩は道場で剣道を習っていると聞いたことがあるけれど、偶然その場に居合わせた剣道部の男子によると『手本のような一撃』だったらしい。

 なお、彼は『自分では逆立ちしても敵わない』とも言っていた。

 剣道で全国大会行った彼の言葉に、周囲の女子は賞賛しょうさんの声をあげ、男子は言葉をくしたのを覚えている。

 何かと話題の多い先輩だけれど、本人は剣道で有名になることに興味は無いらしく、鍛錬たんれんし、同じ道場に通う子供達を指導することで満足しているようだった。

 その一件以来、男子が先輩に告白することは無くなった。

 ただ普通に話しかける分には気さくに応じてくれるので、男子はそれで満足。

 先輩に変な虫が付く心配は無さそうだと、女子も満足。

 先輩も平穏で満足と、一見してバランスが取れているように見えた。

 そんなバランスが崩れたのは、一ヶ月前のこと。

 崩したのは他ならぬ、先輩自身だった。

 男女問わず、先輩から誰かに声をかけることは滅多に無い。

 そんな先輩が、昼休みに教室でぼっち飯をしていた僕に声をかけてきたのだ。

「やあ、秋月君だったかな」

 先輩の第一声は、そんな感じだったように思う。

 その時の僕は、状況の特異さと先輩の涼やかな声にやられ、一瞬にして脳が処理限界を迎えていた。

 だからその後何を話したのか、実は良く覚えていない。

 ただ昼休みが終わり先輩が自分の教室に戻ると、殺気だった男女から一斉に詰め寄られ、身の危険を感じながら、同時にあれが夢ではなかったのだと理解した。

 それからというもの、先輩は毎日昼休みになると僕の所にやって来て、話しをするようになった。

 内容は天気の話、道場での話、家族の話と徐々じょじょに親しいものになっていき、自他共に『これは只事ただごとではない』と思い始めた頃、その日はやってきた。

 それが休日と重なった二月十四日、いわゆるバレンタインデー。

 僕は前日に、先輩からSNSを通じてある重大なメッセージを受け取っていた。

 そのメッセージとは『愛情をめてチョコレートを作ったんだ。受け取ってくれると嬉しいよ』というもの。

 意味を理解するまでに、たっぷり三十分はかかったと思う。

 ここっ、これはチョコレートと一緒に告白される流れなのでは!?

 そう思いベッドの上で身悶みもだえし、あれこれ妄想している間に夜はけていった……。


 脳内麻薬でも出ていたのか、眠れなかったにもかかわらず普段より調子良く迎えた、翌朝。

「おや、休日なのに珍しいじゃないか。優が朝早くから目覚めているなんて」
 
「ちょっと出かける用事があるからね。母さんこそどうしたの? いつも着ないパンツスーツなんて引っ張り出して」

 そう声をかけてきたのは僕の母さん、秋月 かおり

 四十過ぎにはとても見えない外見で、三十前半といっても通じると思う。

 僕の童顔はその遺伝子を継いでいるのかもしれない。

 ただ僕と違い背は高く、スーツを着るとある意味僕より男らしく見える。

 そちらも遺伝して欲しかったのだけれど、そこは父さんの遺伝子の方が強かったらしい。

 といっても、僕が生まれた時にはもう父さんは死んでいて、写真も無いからこれはあくまで想像。

「仕事が落ち着いたから、あの人の墓参りでもしようと思ったのさ」

「それなら僕も……」
 
「あんたは用事があるんだろう? それに、あたし一人で話したいこともあるんだよ」

 車のキーを持ち、そう言って微笑ほほえむ顔が少し寂し気に見えたのは、たぶん気のせいじゃない。

 だから僕はそれ以上何も言わず、かなり早い時間だったけれど、先輩との待ち合わせ場所へ向かうことにした。


 先輩との待ち合わせは、告白イベントにはぴったりの海だった。

 海には違いないのだけれど。

「人気が無いにも程があるんじゃ……」

 僕が今立っているのは、足元から波の音が聞こえてくる岸壁がんぺききわ

 周りには年季の入った倉庫が並び、しかも使われている形跡も無さそうだった。

 色っぽいことより、何らかの事件か怪し気な取引にでも使われそうな場所だ。

 地図アプリを何度確認しても、座標は間違いなくこの場所を指している。

 言い知れぬ緊張感と共に、それでも『愛情を籠めたチョコレート』というパワーワードを支えに待ち続けること、しばらく。

 黒塗りの車が一台、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

 大きめの車体は高級感があり、接近と共にも妙な威圧感を覚える。

 おかしい、まるで追い詰められた犯人のような心地がしてきた……いやでも、きっとあの車の中には先輩が…………。

 頑張って期待感を高め、不安を押し殺しゴクリと唾を呑み込む。

 目の前で止まった車の扉が開き、中から現れたのはスーツを着た体の大きい男性だった。

 腕の太さは僕の胴体ほどもあり、身長は二メートルを超えているんじゃないだろうか。

 髪は眉と共に綺麗に剃られ、表情はいかつく、只者ではないオーラをこれでもかと放っている。

 格闘家、かな?
 
 ……いや、どう好意的に捉えても反社会的組織に身を置いている方にしか見えない。

 一睨みされた瞬間、その眼光の鋭さに今度は恐怖で唾を呑み込んだ。

 これ、愛情を籠めたチョコレートを渡されるイベントだよね?

 右手をスーツの内ポケットに手を入れたままの姿といい、チョコレートを渡される前に弾を渡されたべさせられ、僕が血のチョコレートをプレゼントする側になるんじゃないのかな……。

 次々と湧いてくる、恐ろしい想像。

 けれどそんな想像は、男性のエスコートで先輩が現れたことで四散した。

 ファー付きの白のダウンコートに身を包み、まだ二月の寒い時期なのに丈の短いスカートを履き、すらりとした生足を惜しげもなく晒す先輩。

 凛としたたたずまいは相変わらずだけれど、制服とは違う私服姿は新鮮で、特にその足にどうしても目がいってしまう。

「やあ、待たせてしまったかな」

「いっ、いえ。今来たところです」

 本当はかなり前から待っていたけれど、それは隠した。

 僕だって少しは格好をつけたいのだ。

 ただ、どうしても聞かずにはいられないことが一つ。

「先輩……ちなみにそちらの方は?」

「私の父だ。今日君に告白すると言ったら、一緒に行くと言ってきかなくてね。場所も父がどうしてこの場所でと言うものだから……事前に許可も取らず、すまない。迷惑だったかな?」

「いえいえ、そんなことはありません!」

 即座に答えたのは、鋭さを増した先輩のお父さんの視線に怯えたからではない……すいません、嘘です。

 だってそう言わないと、スーツに突っ込んだ右手が解放されそうな気がしたんだもの。

 それにしても、親同伴の告白ってなんだろう?

 付き合うどころか一足飛びに結婚を前提に、とか??

 はは、いくらなんでもそんな展開、まさかまさか。

単刀直入たんとうちょくにゅうに言おう。優君、私と家族になってくれないか」

 そのまさかが来た!?!?

 何かを言おうと口を開くけれど、驚き過ぎて全く声にならない。

 そういうことはチョコレート渡してからなんじゃ? とか、場所の違和感とか綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。

 何しろ僕は今、のだ。

 しかも皆が憧れる劔先輩から、おまけに名前呼びで。

 脳内で盛大にファンファーレが鳴り響く中、しかしその音は地獄の底から響くような野太い声にさえぎられた。

「環那……」

「分かっているよ」

 そう言うと、先輩が一歩下り代わりに先輩のお父さんが前に出てきた。

 あっ、喜びのあまりこの人の存在を忘れていた……。

 これは娘さんをください的な覚悟を示すことを求められる、そういう場面に突入したと解釈すべきなのだろうか。

 言葉を尽くせというなら頑張るけれど、『娘が欲しいなら俺を倒せ』と言われたらどうしよう。

 体も小さく貧弱な僕では、一撃入れることすら極めて困難、というか無理!

 足にしがみついて、背後の海にダイブする自爆技ならワンチャン……ないか。

 しがみつく前に蹴り飛ばされ、僕だけ一人ダイブする未来しか浮かばない。

 これは、色んな意味で詰んだか僕の人生?

 なぜか走馬灯のように過去の出来事、それも思い出したくもないような場面ばかりが次々と浮かんでは消えていく。

 せめて良い場面にしてよ!

 心の中で叫ぶけれど、事態は無慈悲に進んでいく。

 懐に入れられた右手、その手がゆっくりと引き抜かれ、黒光りした取っ手の付いた物が姿を現す。

 その形状は疑いようもなく銃と呼ばれる物で、僕は『られる!』と思い身を固くした。

 しかし恐れていたような衝撃は来ず、よく見ると僕が銃と思った物はなぜか透明な袋に入れられていた。

「受け取って欲しい」

 ごつごつとした大きな手が僕の小さな手を取り、それを乗せてくる。

 ……あれ、軽い?

「愛情を籠めて作ったというのは本当だよ。男の子が喜ぶ味と形は何だろうと、悩みながらね。何しろこのために、三日間食事が全てインスタントになったくらいだ」

「環那……」

 からかうような先輩の声に、お父さんが顔をしかめる。

 一方、僕の頭は混乱の極致きょくちにあった。

 先輩から告白された、これは間違いない。

 しかしチョコレートは先輩のお父さんから渡され、加えて愛情を籠めて作ったのは先輩ではなくお父さんらしい。

 これはどう解釈したらいいのだろう……。

 今僕の脳を調べたら、細胞レベルで疑問符を浮かべていたと思う。

 そんな時、さらに混乱に拍車をかける事態が起きた。

 人気のないこの場所に、新たに車が一台やって来たのだ。

 ただ、どこか見慣れた感じがするなあと思っていたら、それは母さんの車だった。

 僕達の前で止まった車から現れたのは予想通り母さんで、朝に見かけたパンツスーツ姿も変わっていない。

「ちゃんと告白はできたか、いわお

かおるさん……ええ、チョコレートと共に」

 僕の手に乗る銃の形をしたチョコレートをちらりと見て、母さんが満足そうに頷く。

 ん? なんか今、違和感があったような。

「そうか、優も家族になることを了承したか……なら、もうあたしが反対する理由はないね」

 いやいや、反対とかそういうことじゃなくて。

「ちょっと待って母さん。一体何がどうなっているの? えっ、家族って??」

「それはもう環那が告白したんじゃないのかい? そう巌から聞いていたけど。家族として親しくなることも、それを伝えることも任せて欲しいって」

 告白だけじゃなく、親しくなることも?

 ……ん? それじゃここ一ヶ月先輩が僕に親しく接してくれたのは、家族として親睦しんぼくを深めるためだったということ??

「それってつまり、ここで言う家族というのは……」

 もはや疑いようのない事実を前に、それでも僕は精一杯抗う姿勢を見せ、そう尋ねた。

「文字通りの家族だね。巌とは仕事仲間で、ずっとアプローチを受けていたのさ。ただ、あの人と優のことで踏ん切りがつかなくてね。でも優は環那と上手くやれているようだし、それで決めたのさ。そしてさっき、それをあの人の墓前で伝えてきたんだよ」

 受けた衝撃の大きさは、計り知れない。

 比喩ひゆではなく世界がぐらりと揺れた。

 …………それでも結局、僕は衝撃に耐え、湧き上がる感情の渦をなんとか呑み込んだ。

 脳裏のうりに浮かんだのは、出かける間際に母さんが見せた表情。 

 感情のまま言葉をぶつけるのは簡単だけれど、母さん一人で僕を育てることがどれだけ大変だったか……。

 それが分かるくらいには、僕も子供じゃない。

 うつむく母さんを、先輩のお父さん……いや、もうお義父とうさんなのかな? がなぐさめるように優しく肩を抱いていた。

 僕だけが盛大に空回りしたというか、除け者にされていた気もするけれど、いつ間にか隣に来ていた先輩が、冷たくなった僕の手を握り微笑んでくれているのを見たら、まあ良いかと思えた。

 男って単純だよね……。

 
 その日、僕達は外で少し豪勢な食事をし、先輩とお義父さんはうちで泊まることになった。

 部屋は余っているから問題はないし、何より母さんとお義父さんままだまだ話し足りないようだったから。

 ちなみに話の中で、実はお義父さんが見た目に反し中身が乙女で、母さんがそれを承知で受け入れたとことも判明している。

 あの時感じた違和感は、母さんの呼び方だったんだな……。

 今後はお義父さんがお義母かあさんで、母さんが父さんになるという、爆弾発言どころでない絨毯爆撃じゅうたんばくげきに曝され、僕のメンタルはもはや虫の息だった。

 その疲れたるや、憧れの先輩と一つ屋根の下という状況にドキドキすることもなく、電気も点けずベッドに倒れ込んだほどだ。

「告白される……それ自体は、叶ったんだけどなあ…………」

 けど、あんな内容を告白されるなんて思わないじゃないか。

 しかもチョコレートは確かに愛情が籠められていたけれど、それはお義父……お義母さんの作った物だし。

 そんな片付かない気持ちを抱えたまま、眠気に負けそうになった深夜。

 部屋の扉が開く小さいな音がし、直後“カチャッ”と鍵がかけられた。

 目だけを向けると、そこには先輩が立っていた。

 立っていたけれど、その目を見た瞬間、背筋に寒気が走った。

 普段は強い意志を感じさせる先輩の目が、今は血走り赤くなっている。

 そして気のせいか、瞳孔どうこうが蛇のように縦長に変わっているような……。

 端的に言おう、ヤヴァイ。

「私には誰も知らない、知られてはいけないことが一つだけあるんだ」

 本能的に後退あとずさりする僕を前に、先輩が堪え切れないといわんばかりに口のを上げながら話し始める。

「私は、ね……小さな男の子が好きなんだ。それも意地悪したくなる感じで」

 会話の不穏さと言い知れぬ恐怖に、じわりと嫌な汗が浮かぶ。

 背中に隠されていた手が前に出されると、その手にはかばんが一つ。

 いわゆる道具おもちゃという名の、先輩の願望を具現化したらしいそれらは、中身を隠すことなく、いや隠しきれず溢れ出している。

「でも、それが許されないことだというのは分かっているよ? 分かっているけど……」

 一歩一歩、近付いてくる先輩。

「しかし私達はもう、家族だ」

「あの、家族だから何でも許されるわけじゃないですよ?」

「年齢的にも君なら、何も問題はない」

 僕の話は聞いていませんか、そうですか。

「だから、もう我慢しなくてもいいね?」
 
 こちらに問いかけるようでいて、実質宣告だ。

 僕に残された退路は窓から飛び降りるくらいだけれど、先輩に捕捉される方が確実に早いだろう。

 窓から差し込む月明かりを受け、先輩が右手に持った手錠が妖しく光る。

 左手に持っている物は突起状のだが、それが何かは知りたくもない。

 先輩の左手が巧みに動く。

 不意に『さすが得物えものを扱うのは得意なんですね』なんて思ったけれど、ナニカに貫かれた僕は、いろんな意味の衝撃を受け、それきり意識を失った……。

 …
 ……
 ………
 …………

 翌日、学校へ向かう僕の歩き方は若干内股気味になっていたと思う。

 そして身嗜みだしなみは先輩により万全を強いられた。

 具体的には服装なんだけれど、肌の露出が極端に抑えられている。

 何のためにそうされたか……それを知りたければ、隣でやたら艶々つやつやした肌をして良い笑みを浮かべている先輩に聞いて欲しい。

 なお、その結果に対し僕は一切の責任を負わないことを、ここに明言しておく。




***** 後書き *******

 お読み頂き、ありがとうございます。
 また別作、Mebius World Onlineでお付き合い頂いた皆様には、ご無沙汰しております。
 今回は別サイトの短編企画用に描いた物語の一話完結のお話です。
 楽しんで頂けたら、幸にございます。

 なお書籍化が確定していたMebius World Onlineですが、この度正式に情報解禁となりました。
 発売は4月19日。
 イラストレーターは藻様。
 出版元はHJノベルス様。
 素晴らしいイラスト共にお楽しみ頂けたら、幸にございます。

 以下公式ツイートです
 https://twitter.com/HJ_novels/status/1367761810019942402
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みんなの感想(1件)

柚木ゆず
2021.03.07 柚木ゆず

本日、拝読しました。

先輩に声をかけられて。
自分も、そうだと思い込んでいました。

ですがその内容は、予想外のものでして。しかもそれだけではなく、ほかにも予想外がありまして。

まさしく、嘘のような本当の出来事、ですよね。

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