加藤さんは料理が上手

三木 和

文字の大きさ
上 下
1 / 1

唐揚げ

しおりを挟む
「ただいまー、今日も疲れたね。」



付き合って二年目。

大好きな加藤さんは助産師でいつも疲れて帰ってくる。

お互い、次に付き合う相手は結婚を前提に、交際したいと考えていたから、付き合ってすぐに同棲した。

きちんと年収を聞いたことはないが、求人広告の基本給をみたときに、自分より100万は多かった。手当てなんかを含めたら一体いくらもらっているのか…。そのことを知った時は男として少しだけ自信がなくなった。

もともと加藤さんが住んでいた3LDKのマンションが素敵な場所だった。

付き合って初めて家に上がった時、大きな冷蔵庫があり、オーブンや電子圧力鍋等の調理器具がそろっていて、居心地が良すぎて、結局僕が加藤さんの家に転がり込む形で同棲が始まった。

そんな僕の何処がよくて付き合ってくれているのか、自分でもよく分からない。

でも、加藤さんは毎日僕に「好きだよ」と言ってくれるので、僕の精神状態は救われている。



「シャワー浴びてくるね~」

浴びてくるねと言うと同時に水音が聞こえてきた。加藤さんは職場で汚れるからと、帰ってきてすぐにいつもシャワーを浴びる。

シャワーの水音が響く度、未だに僕は緊張してしまう。僕は気をまぎらわすために別に読みたくもない、その辺に置いてあった漫画を読むことにした。



しばらくして加藤さんがお風呂場から出てきた。オーブンを暖めながらバスタオルをターバンのように巻き付けて髪をまとめた。

「はあ~さっぱりした!お待たせお待たせ~。しゅうくん、お腹空いた?あと3分だけ調理の時間くれるかな?出来上がるの45分後だけど」

「まだそんなにお腹空いてないから大丈夫だよ、ありがとう」



加藤さんは仕事のあといつも疲れきっているが、料理だけはきちんと作って、きちんと食べる。そんな、とても健康的な所がまた魅力的だ。



加藤さんは冷蔵庫から何か入った袋をとり出して粉を入れて ふりはじめた。



「何作ってくれるのかな?」

「ふふふ、超簡単手抜きからあげ!」

「あ、いつものやつ?あれ美味しいんだよね~、作り方教えてよ」

僕は加藤さんの後ろから腰に手を回して身体を包み込み、ハグした。

「うん、とね、鶏肉買ったらとりあえず一口大に切って味付けして、一回分づつジップロックに入れて冷凍しておくの。味付けしてから冷凍するだけで柔らかさが全然違うんだよ!作る前日に冷蔵庫にうつして解凍するんだ~。解凍しておけば、あとは簡単!準備だけなら3分かからないよ!オーブンを200℃に余熱している間に、解凍した鶏肉のジップロックの中に片栗粉大さじ2くらい入れて、まぁ、まぶされば量はどうでもいいんだけどね。ジップロックを振って、鶏肉全体に片栗粉をまぶしたら、クッキングシートをひいた鉄板に鶏肉を並べる。あとはオーブンで45分、焦げ目がつくほどに焼き上げれば簡単カリカリからあげの完成でございます。まぁ、ローストチキンって言われたらローストチキンかもだけど、自分の油でカラリと揚げてくれている感じが最高すぎて私はからあげと呼んでます」



嬉しそうに話す加藤さんの口があまりにも可愛くて、僕は唇で加藤さんの唇をふさいだ。



「袋そのまま捨てればいいだけだから、洗い物は食べるときの皿だけでいいね、最高だ。美味しそうだね。でも、焼いてる45分間何しようか…」

僕は腰に巻き付けた手をそのまま上方にスーっと持っていき、彼女の丸みのある柔らかな肌に触れていった。



が。



「キッチンではダメ!」



先程までの可愛らしい表情が鬼の形相に変わり、僕の手を静止させた。

でも耳まで赤くなっている所を見たら可愛くて仕方がなかった。



渋々リビングに戻り、読みたくもない漫画の続きを読んでいると、鶏肉の焼ける、あの何とも言えない肉々しさとガーリックスパイスのツーンと鼻に抜けるあの香りが漂ってきた。

「あー、美味しそう。まだかな?」

「25分くらい焼けば火は通るんだけどね~やっぱりこう、自分から出た油でジワーリジワリと揚がって余計な油が出切ってくれた方が美味しいのでもう少し待ってね」



"チーン"



例のあの出来上がった時に鳴る音が響き渡り、加藤さんが取りに行ってくれた。



おおーーーー



お皿から出来てホヤホヤの時にしか出ない白い煙がモクモク出ていて、その煙にのせられて唐揚げのいい匂いがしてくる。



「それでは!せーの!!」

「「いただきまーす!!」」



"ガリッ"



「あぁ~最高!!外側の皮はパリパリガリガリしているのに、噛んだときに肉汁が溢れ出すこの感じ!!肉汁を留めてふっくら仕上がるこの感じはオーブンでしか出せない味わい!油で揚げるとカロリー高めだけど、これだと油使わないし体にも良さそう!!そしてこの鼻に抜けるスパイスの香り!食欲を掻き立てるこの味付け!!加藤さん、一体何で味付けてるの?」



「フッフーン!よく聞いてくれました!!これです!」



「こ、これは!!ガーリックソルト!!」



「そう!ガーリックソルトって、まぁ、メーカーによっても違うだろうけど私が使ってるやつはフライドオニオンとか乾燥パセリとか入ってるから、ガーリックだけじゃないスパイシーな風味が出せるんだよね~。あと自分で調味料調合しなくていいからなんたって

楽だし!あとこれ!ブラックペッパーは絶対ミルを使ってひくようにするの!ここだけはこだわってるの。あの何とも言えないピリッとツーンとくるあの辛さと匂い!あとミルでひくから出る少し大きめのペッパーをかりっと噛んだときの食感。これが堪らなく好きなのよ~!このレシピの味付けはこれだけだよ!料理にかける時間は愛情の時間だーなんて有名なお笑い芸人が言ってたけど、美味しい、美味しくないは時間じゃないからね~、いかに簡単で片付けも楽で美味しいかが私のモットーです!」

「うん、僕もそれが一番だと思う。あー美味しい。全部食べていい?」

僕が夢中で頬張っていると、加藤さんが僕を見つめて…



「しゅうくん、好きだよ」



加藤さんが微笑むものだから僕の心臓は一気に働いて、体温を上昇させた。



「加藤さん、実はね、ずーと我慢してたから、さっきの続きいい?」



我慢ができなくて、最後の唐揚げを残して、僕は加藤さんの弱い場所に口付けした。

全身赤く熱くなった加藤さんは先程と違って無口になるものだから、僕は歯止めがきかなかった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...