とある公爵令息の恋語り

紗華

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始まりの6歳

1:俺とソル爺様

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『赦免を与えられて直ぐに戻って来るなんて…厚顔無恥ね?』

『王命に背いた家門が…大人しくしていればいいものを…』

『大罪を犯した事を忘れてしまっているのでは?』

『カイエンの威を借りたところで、何も変わらんさ…』


言葉の意味は半分も分からなかったが、向けられる悪意は肌で感じた。

四大公爵家と呼ばれる家門の筈なのに、何故、冷たい視線や心無い言葉を浴びているのだろう…

父と母は気にするなと言うけれど、何処へ行っても悪意を向けられるのは気分が悪く、4歳になって初めて王都へ足を運んだ時から、王都で過ごす社交シーズンは大嫌いだった。


『デュバルの人間と付き合ったら、王家に目を付けられるからな』

『ここは、罪人の先祖を持つ人間が来るとこじゃないんだぞ』

『海に帰れよっ!』


母に連れられ多くのお茶会の席に参加したが、親の言葉を聞いたままぶつけて来る子供達との交流が嫌で、陰に隠れて時間を過ごしていた。

意地悪な人間ばかりの中央にいたくない、領地に帰りたい、ソル爺様と海で釣りをしたい…嫌だと泣いても、走って逃げても、具合の悪い振りをしても、母は容赦しなかった。

苦行を強いる両親への恨みが募り、王都に居る間は、癇癪を起こして人に当たったり、物を壊したりして抗い続けできたが、それでも母の手は緩む事なく、参加するお茶会でも俺に対する反応は変わる事なく2年が過ぎて…

「どうしたアレン。俺譲りの男前が台無しだぞ?で?王都の女は別嬪だったか?」

やっとの思いで領地に戻って、屋敷のサロンで疲れた心身を癒してるのに…

ソル爺様の言葉に、気分が駄々下がる。

「王都の女なんて、ブロブフィッシュみたいな不細工ばかりだよ…」

「………ブハッ…アッハハハ…」

「アレンッ!口を慎みなさいっ!」

顔を歪めて侮辱する令嬢達を、世界一醜いと言われる深海に棲む魚に例えると、ソル爺様が吹き出して笑い転げた。

眦を吊り上げて怒る母の隣で、笑いを堪えているのだろう、顔を隠した父の本を持つ手が震えている。

「ノエリアの様な美人を探すのは至難の業だが、ブロブフィッシュとは、散々だったな…女が不発なら、男はどうだ?気の合う奴はいたか?」

「男も馬鹿ばかりで、話にならないよ」

「アレンッ!いい加減しなさいっ!大伯父様も楽しまないでっ!貴方も、笑ってないで何とか言ってちょうだいっ!」

「ノ、ノエリア…落ち着け、お腹の子が驚く…俺が悪かった…」

そんなに慌てるなら、つまらない質問をしなきゃいいのに…

「怒った顔も美しいが、君の感情を乱すのが私じゃない事は…妬けるな…」

「……子供にまで嫉妬しないでちょうだい…」

父の頓珍漢な答えはわざとなのか…そんな父の言葉に頬を染める母も、怒る気力が失せたのか外方を向いて照れている。

「大伯父上の言う通り…お腹の子の為にも、機嫌を直して…エリー?」

「………その顔、ずるいわ…」

「行くか…アレン」

本を置いて母を抱き寄せた父を合図に、ソル爺様が俺の目を塞いで抱き上げた。

「ソル爺様は、男と女どっちがいい?」

「元気なら、どっちでもいいが…次に生まれるのは女だ」

屋敷の庭園に立つ、子を囲う母の像を見上げながら答えたソル爺様は、眩しそうに目を細めた。

何を根拠に妹と決めつけているのかは知らないが、母の懐妊を知ってから女児の物ばかり揃えていくソル爺様を、両親は呆れながらも止めずにいる。

「アレン…生まれくる妹の為に強くなれ……逃げるのは簡単だが、それじゃあ何も変わらない。この2年で学んだだろう?」

「……相手の言っている事が、正しいのか、間違っているのかも分からないのに、立ち向かっても何も言い返せないよ」

「言い返すんじゃない、逃げるなと言ってるんだ。お前が逃げるから相手が調子に乗るんだ、堂々としていろ。デュバルは国を裏切った事はない。お前の先祖が王命に逆らったのは、自分の信念の為だ。その信念も国を守る為のものだった」

「何度も聞いたよ…10歳になるまでは、詳しい事は話せないんでしょ?」

「分かっているなら、いつまでもイジケるな。お前は知らないから立ち向かえないんじゃない、デュバルを信じていないから、立ち向かえないんだ」

厳しい言葉と裏腹に、ポンポンと背中を叩く手が優しくて、堪えていた涙が溢れ出る。
泣き顔を見られたくなくて、ソル爺様の首に回した腕に顔を伏せた。

「…さて、今日も良い貝を探すのを手伝ってくれるか?」

「ええ~…やだ」

「良い返事だ」

護衛の騎士に船を出す様指示を出しながら、馬車に乗り込んだソル爺様は、生まれて来る赤ちゃんに螺鈿細工の宝石箱を作ると言って、養殖場で貝の選別に勤んでいるのだが、6歳の俺には貝の良し悪しも分からないし、地味な作業は全く面白味がない。

第一、生まれて来るのが弟だったら、どうするんだ?…何て、ソル爺様の根拠のない自信と、先走った思考を心配している場合ではない。

俺も、人生の転機というやつを迎えている。

「ソル爺様…俺、婚約するんだって…」

「婚約か…何処のブロブフィッシュとだ?」

「セイドだって……顔は知らない」

「セイドか……良い縁だ」

車窓から見える大海原へと目を向けたソル爺様は、懐かしむ様に目尻を下げて、しみじみと呟いた。

「ひい爺様って、どんな人だった?」

「ウォードか…セイドの後継だった男でな…泳ぎも女も知らない、無骨な男だった…」


『デュバルの門戸は閉じられています。貴方も、この地に入ったが最後、ご実家へ帰る事も、手紙の遣り取りさえ出来ません。それでも…構わないのですか?第一、貴方はセイドの後継でしょう?』

『セイドは弟が継ぎます。母を恋しがる年も疾うに過ぎているので、帰省も手紙の遣り取りが出来ずとも構いません』

『セイド公爵も無鉄砲ですが……貴方の決心も砦並に強固ですのね…』

『お褒めの言葉として受け取っておきます』

『…そこまで仰るのなら……この先は一蓮托生…私と共に、当主となる弟を支えて下さい』

『受け入れて下さり、感謝します』

『末永く…宜しくお願い致します』


「色気も刺激もねえ始まりだろう?隣りの部屋で聞いてて、萎えちまったぜ…俺の登場の方がよっぽど刺激を与えられてたな……男の腰を砕く趣味はねえがな……ノエリアには内緒だぞ?」

母に言ってはいけないという事は、何かが破廉恥なのだろう…

内緒だぞと声を顰めたソル爺様の白藍の瞳が、悪戯っ子の様に輝いている。
深い皺の刻まれた浅黒い顔に似つかわない、冬色の瞳と髪は、昔は違う色だったらしい……何色だったかは、10歳になるまで秘密だそうだ。

「俺が当主を辞めて海に出ている間も、姉を支えてデュバルを守ってくれた…大きな負担を強いたが、デュバルの人間になれて幸せだと言ってくれたよ。お前の祖母も、勿論、ノエリアもな」

「ソル爺様は…?幸せ?」

「愚問だな、アレン。幸せに決まってるだろ?何たって俺の若い頃は…」

始まった…

自叙伝にしたら大陸中で売れると過言するソル爺様の話は、その殆どが破廉恥な話で、大人の男にしか売れないのではないかと思う。

「あの時戦った海賊船の女船長なんぞは、俺の方がヒィヒィ言わされたぜ…だがな、俺のバウスプリットだってーー」

「御隠居様…坊っちゃまには、刺激が強すぎます…」

開け放された車窓の外から、馬上の護衛騎士が声をかける。

「これからだってえのに…声をかける時機を読み誤るんじゃねえよ…」

「これからだからこそ、お声をかけたのですよ…」

俺の情操教育は、護衛騎士と母によって正しい道へと修正されながら育まれている。





















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