とある公爵令息の恋語り

紗華

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始まりの6歳

5:私を振り回す婚約者 アリーシャ

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デュバルの噂は聞いていたけど、父のデュバルへの盲信と言えるまでの暑苦しい思いと、自身の目と耳で判断しなさいという母の教えもあって、デュバルへ偏見を持つ事はなかった。


『デュバルに男の子が誕生したと聞いてから、毎日の様に女の子で出ておいでって…フフッ…まるで、呪いをかけている様だったわ』


優しい笑顔で物騒な思い出を語る母に、父の刷り込みは、お腹の中にいた頃から始まっていたのだと知らされた…

「デュバルの皆さんによろしくね」

「はい。行って参ります、お母様…ヨランダも、後でね?」

「だあっ…う~、んんまっ…?」

突き抜ける様な青空に目を細め、見合い日和だと機嫌良く微笑む父と共に訪れたのは、王城を挟んだ反対側に位置するデュバル公爵家の屋敷。

「デュバル公爵家が後継、アレン・ファン・デュバルと申します」

物語で読んだ、氷の国の王子様みたい…

白金、銀、白藍……残暑が厳しい初秋の王都で、涼を感じる家族に迎え入れられた屋敷の中は、季節が進んでいる様な爽やかな空気に包まれていた。

美しく冷たい容姿に反して、デュバル夫妻はとても優しく、特に海軍元帥でもある公爵の、物腰の柔らかさには驚いた。

そして、何より驚いたのは…

「アリーシャ嬢の様な、可愛いらしいご令妹なんでしょうね…春の女神が2人も降りて来て、セイド公爵は幸せですね」

「は…春の…女神…?」

「雲間に差す、天使の梯子の様な金の髪。露を含んだ新緑の葉の様な、鮮やかな萌木色の瞳…春を人型にしたら、アリーシャ嬢になるのだと今日初めて知りました」

何を言ってるの…?

氷の王子様の口から紡がれるのは、侍女達が頬を染めながら話している、恋愛小説の男主人公の様な台詞。
一度でいいから言われてみたいと侍女達が話していたけど…

こんな台詞を聞いて、喜んでなんていられないわよっ!

凄まじい恥ずかしさに襲われて、顔を上げられない。
なんで小説の台詞の様な言葉を知っているの?
アレン様も緊張していたんじゃないの?

私は…どうすればいいの?!

子供向けの王子と姫の物語に満足している様な私には、大人も頬を赤らめる賛辞に対抗する術はない。

いえ…対抗する必要はないのだけど?

私も何か言うべき?何を言えばいい?何も浮かばないわ…侍女達は、どうして女主人公の話をしないのかしら?!

「……可愛い」

もう、無理だわ…

賛辞の洪水の後の、何の飾りもない言葉は反則だと思う。

毎回これでは、私の心臓が止まってしまうわ…

「私…アレン様の婚約者を務める自身がありません…」

「嫌われるよりは、いいだろう?」

「とても情熱的な子なのね…羨ましいわ~」

「男前な上に、女性の扱いも紳士ときたか…ハハハッ…俺も、うかうかしていられないな!そうだろう?ヨランダよっ!」

「うぐっ…うわああ~ん…」

「ウェルナー…お前は声が大きいと何度言えば分かるんだ…」

私の大きな悩みは、兄の快活な声と妹の泣き声に掻き消されてしまった。


ーーー


…私をあれだけ悩ませたのに…この男はわざとなの?

私の強い視線に、一度だけ顔を上げたきり…侍女が気付かせる様に大きな溜め息を吐いても、私がカチャンと音を立ててカップをソーサーに置いても、目の前の銀の頭はピクリとも動かない。

確かに?恥ずかし過ぎて耐えられないと申しましたけれど?
アレン様も?侍女や騎士に言われて、積極的になるのは控えると仰っていましたけれど?

こうも露骨に、私の存在を無視するのは…

「……わざとですか…」

「…え?」

「アレン様が、図鑑ばかり見て楽しそうしてにいるのは…私の相手をしたくないからなのですか?」

「そんな事は……」

…あるのね…

笑顔を作って見せても、隠し切れない怒りが瞳に宿る。
それを読み取ったアレン様が俯いたのを見て、頭の中でプツンと切れた音がした。

「アレン様と私の婚約は、ダリアの軍事を担う両家の絆は強固なのだと示し、民へ安心を与え、他国へのとなる事を目的としたものです…が、そんなものはの理由に過ぎません」

「けんせい…?べ、べんぎ…?」

聞き返さないでよ、私だって知らないわよ。
両親が話していたのを、そのまま言ってみただけで、この言葉で合ってるのかも分からないんだから…

「この婚約の本当の理由は、私の父の暑苦しいまでのデュバルへの思いに、アレン様のお父様が応えて下さったものなのです」

「そんな事はーー」

「あるのです。婚約などという縁を結ばずとも、セイドとデュバルの関係は良好で、ダリアの双璧は強固である事は赤児でも知る事です」

王太子妃だったデュバルのご先祖様がセイドを助けてくれた…その恩義はセイドの人間に深く刻まれて来ているし、デュバルが中央から遠ざかっていた間も縁が切れる事はなかった。

私と婚約者しなくたって、公爵家子息という身分と美しい容姿のアレン様なら、噂があっても婚約者探しに影響はない筈。

自分で言っておきながら、惨めで悲しくなってきた…

「オーリアは…知らないと思いますけど…それと、アリーシャ嬢の言葉の意味が、僕にはよく分からないです…」

「~~っそんなのっ、私の妹だって知らないわよっ!それに、言葉の意味?私だって知らないわ。両親が話していた事をそのまま言ってみただけだもの!」

「ア、アリーシャ…嬢?」

「でもっ…難しい言葉より、お国の事情より…分からないのは…アレンの事だわ!初対面の日に、私を上気のぼせさせたくせに、今日は放置?アレンは一体、私の事をどうしたいの?」

「アリーシャーー」

「気安く呼ばないで!は、春の女神なんて…っ…浮かれた私がっ……っ馬鹿みたい…っひっく……は、恥ずかしいのに…どうしたら、慣れるのかなんて…っ…たくさん悩んで…馬鹿みたい…っ…ふぇっ…」

「お願いだから、泣かないで…この間は、君が嫌がる事をしたから…君に、しつこい男じゃないって分かってもらいたくて、君ばかりじゃないんだよって余裕のあるところを見せたくて、父上に教えてもらったんだ…ごめんね」

「…っ…私は嫌なんて言ってないし、しつこいなんて思ってないわっ!それに?余裕があるところって?目の前にいる人を無視する事なの?それと、君って何?私は君って名前じゃないわ!」

「ア…アリーシャ…?」

「何で、疑問形なのよ!私の名前を知らないの?!」

自分が何を言ってるのか、何に怒ってるのか分からなくなってきた…でも、止まらない…

令嬢らしくしなくちゃいけないのに、大きな声は出しちゃダメなのに、こんなに泣いたらダメなのに…

「アレンッ!何をしてるのっ!!」

「「?!」」

壁に控えていた侍女が、夫人を呼んで来てくれたらしい…

優しく微笑む侍女に連れ出され、別の部屋で目を冷やして、オレリア様を連れて来た夫人と、庭園を散歩しながら、お話しして…アレン様に会えないまま、今は帰りの馬車の中。

「男心も、複雑なんだよ…」

見送りに出て来なかったアレン様の事を聞いた私に、父は意味の分からない答えを返しながら、眉を下げて笑った。

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