竜王の「運命の花嫁」に選ばれましたが、殺されたくないので必死に隠そうと思います! 〜平凡な私に待っていたのは、可愛い竜の子と甘い溺愛でした〜

四葉美名

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30 本物のお妃様②

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「あの、もしかして、迷い人様ですか? お加減でも悪いのでしょうか?」
「え……、あ、大丈夫です」
「顔色が真っ青ですわ。さあ、これを吸って」
「え? うっ……!」


 突然目の前の侍女が私の頭をわしづかみし、もう片方の手で口にハンカチを押し付けた。急なことで思わず息を吸うと、そのハンカチには何か薬品が染み込ませてあったようだ。たちまち目の前の景色が歪み、体の力が抜け始める。


「最初に見つけられて、良かったわ」


 どこかで聞いた覚えのある声なのに、思い出せない。


(もうだめ。目の前が揺れて……立って……られない)


 足がふらつき体のバランスが崩れ、そのまま前に倒れ込む。薄れゆく記憶の中で聞こえてきたのは、「兄さん、こっちよ」と呼びかける声だった。




 次に目を覚ました時、私は見知らぬ場所に寝かされていた。見える場所は全部木ばかりで、どうやら森の中らしい。私は苔が生えている場所に寝かされていて、縛られてはいなかった。そのうえまわりには誰もおらず、ひとりポツンとその場に転がっている。


(でも、動けなーい!)


 もしかしたらさっき嗅がされた薬のせい? 全身がしびれて、まったく起き上がれそうにない。それならばと、辺りを観察するけど見えるのは「木」と「苔」だけ。


(あれ? 私、侍女服着てる)


 唯一わかったのは、私の服がドレスから侍女服に変わったことだ。きっと私を王宮から連れ去るために、目立たないよう着替えさせたんだろうな。それに思い出したわ!


(あの侍女、ぜったいにライラよ! もう呼び捨てなんだからね! だって兄さんって最後言ってたし、絶対にあれはギークだ!)


 それにしてもあの二人、どこに行ったんだろう? そもそもどうやって王宮に入れたの?


 しばらく二人の行動を考えていると、遠くから竜の鳴く声と、男の人の怒鳴り声が聞こえてきた。


「クソ! さっきまで大人しかったのに。さっさとこっちに来い!」

『嫌だ! おまえなんて大嫌いだ! リコ様を連れ去ったのは、おまえだろう!』

「ねえ、その竜じゃないとダメなの? 全然兄さんの言うこと聞かないじゃない」

「俺だって知らねえよ! あの方がこの竜にしろって言ったんだ。それにこいつは裏切り者だ。俺の竜だったのに、あの女の専属竜になりやがって!」


(ヒューゴくん! この声ヒューゴくんだ!)


 ライラとギークの言い争いのなかに、ヒューゴくんの声が混じっている。理由はわからないけど、ヒューゴくんもあの二人に連れ去られたみたいだ。


「もうそろそろか?」
「早く結果が知りたいわね」


(結果? なんのことだろう? それにしてもあれから、どのくらい経ったのかな? まだ日は高くないから、そんなに時間が過ぎてはいないと思うんだけど……)


 二人の姿は見えるけど、まだ少し遠くにいる。ヒューゴくんは鎖で木につながれていて逃げられそうにない。そのうえ口枷もつけられてしまっていた。


(あの二人、誰かを待ってるみたいだけど、その間に逃げられないかな?)


 ありがたいことに、二人は私を放置している。こっそり足を動かしてみると、さっきよりは痺れが取れてきていた。指もなめらかとはいかないが、だいぶ動く。


(よし! このままこっそり森の中に隠れて、相手が油断したすきに、ヒューゴくんと一緒に逃げよう!)


 そう考えた時だった。私の目の前に、女性用の靴が飛び込んできた。誰かが私の顔の前に、立ちふさがっている。


「あら? 起きてるじゃない」


 その聞き覚えのある声に、ドキリと胸が跳ねた。おかしい。そんなはずはない。だってこの人は。


「ふふ。もうわかったんでしょう? 顔をあげたらいかが?」


 挑発的なその声に従い上を見上げると、そこにはアビゲイル様がいた。その顔は恐ろしいほどに美しく、そして醜悪な笑みを浮かべていた。
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