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46話 愕然とするオーエン オーエンSIDE
「オーエン! おまえは本当に、私にひざまずけと言うのか!」
わなわなと体を震わせ激怒するのは、この国の王である我が父だ。顔を真っ赤にして目をむいて怒るその姿は、まるで気が狂ってしまったようで見苦しい。
「ええ、そうです。それ以外もう方法はないでしょう。日に日に民衆達は王家への怒りを膨らませ、聖女スカーレットの名を呼んでいます。彼女に戻ってきてもらわないと、いずれ反乱が起きるでしょう」
「そんなもの、騎士団に制圧させればいい!」
「その騎士団からも王家への不満が出ている状態です」
「な、なに!」
(はあ、こんなことも知らないとは。呆れてものも言えない……)
それでもこれ以上陛下を刺激したら、報告が終わらない。私はため息を飲み込み、話を続ける。
「お言葉ですが、陛下。あの大嵐で国中が荒廃しております。鉱山も土砂崩れで採掘の目処は立っておりませんし、畑も数年は作物が採れないと報告がありました。そのうえ海も魚が採れない状況です」
「領主たちは何をしているのだ! 早く復興させなくては国が衰退してしまうじゃないか!」
今さら何を言っているのか。今までだってさんざん宰相たちが報告をしていたのに聞いていないから、私が彼らに代わって報告に上がったのだ。
私はあまりにも状況がわかっていない父への文句をグッとこらえ、まだまだある報告書を読んでいく。
「領主たちは尽力を惜しまず働いております。しかしそのためには資金が足りないので、税を減らすか復興資金が欲しいとの要望が出ております。また家屋が壊された国民への補助や、医師不足も深刻で――」
「ああもういい! なら今年の税収は考えるが、怪我や病気はすぐに治るだろう? 家屋はどのくらい被害があるのだ?」
「それは昨日もお伝えいたしましたが――」
(これが父親の実態か……)
スカーレットに対して不正を働いていたことを知ってからというもの、私の父に対する尊敬の念はどこかに行ってしまった。それが今回の嵐で決定的になり、今の私は陛下を軽蔑すらしている。
あの三日三晩続いた嵐の後も、国の様子をろくに知ろうともしない。川の水があふれ家や畑が流されても「すぐ治せ」の一言。怪我人や病人が大勢出ているというのに、どうするつもりなのだろう。
(それだけ今までが平和過ぎたということか……)
災害も流行り病もない。希少な宝石も採れ、作物が豊かで海産物も豊富にとれた。陛下の主な仕事も、許可を出す判を押すくらいだったのだろう。
(それも全て結界のおかげだったのか……?)
最初は信じていなかった。いや、それどころか嘘だと思っていたのだ。しかしスカーレットが国を出ていってからというもの、この国には不幸なことばかり起こっている。
(あの怪我を治したという話も、どうやら事実らしい……)
てっきりシモンが流した噂だと思っていた。それなのに貴族の間でもその場にいた騎士を中心に噂が流れ始め、今ではもう国中に広がっている。
(スカーレットが本当に癒やしの力を持つ聖女なら、なおのことこの国に戻ってもらいたい。幸運にも彼女はまだシモンと結婚していない。それなら今回の国の荒れようを伝えれば、必ず私の元に戻ってくるはずだ!)
そして両陛下には退位してもらい、私とスカーレットが即位すれば問題は全て解決する。しかしそれにはまず、陛下に謝罪をしてもらわなくてはいけないな。
(こうなったら宰相たちを味方につけて、無理やり退位させるべきか……)
荒れた領地を実際に見ている貴族たちにしてみれば、なんの解決策も出さない陛下よりも私の味方になってくれるはずだ。他人に頭を下げたくない陛下は、他国への援助も申し込まないでいるのだ。
(これ以上、父に任せていたら国が滅びてしまうぞ)
そう決めてしまえば、後は意外にも簡単だった。皆、私がそう動くのを待っていたのかもしれない。陛下は主だった高位貴族達に詰め寄られ、あっという間に退位を了承した。
そして私はすぐさまスカーレットのいるカリエントに手紙を書いた。彼女を連れ戻し、私の妃になってもらうためだ。私は切々と国の現状を伝え、どれだけ私も国民もスカーレットを必要としているか伝えた。
それなのに、返事がなかなか来ない。十日たっても、二十日たっても何も連絡がなかった。
「なぜだ! もしかしてまたシモンか!」
慣れない政治ごとや頻繁にぶつけられる不平不満からの疲れで、なおさら私は苛立っていた。聞けばカリエントにはあの嵐の被害はまったくなかったという。
それならばあの国にスカーレットは必要ないじゃないか。どうせお飾りの聖女として扱っているのだろうが、こっちは切羽詰まっているのだ!
再びシモンに邪魔をされたことで、頭が煮えたぎる。国として手紙を送ったのだから、返事を書かないのは国家間の問題になる。それなのに、一月たった今も連絡がなかった。
その間にも国民の怒りは増え続け、地方では男たちが暴徒化し始めていた。
「殿下! 教会が民衆に襲われたそうです!」
「なに!」
「司教様は閉じこもっているようで連絡がつきません。また暴れている者たちは、こちらにも向かっているようです!」
「城にか!」
「はい! 数日中には王宮にもやってくるかと」
暴徒化した大勢の国民を相手にするには、騎士の数が足りない。それぞれの領地の惨状を知った騎士たちの中には、王宮を去った者も少なくなかった。いや、それどころかこの暴れている者達の中には、元騎士がいるのだろう。
「シモンめ!」
(スカーレットさえいれば、すべてが上手くいくのに! あの男はなんの恨みがあって、私の邪魔をする!)
解決まであと少しだというのに、あいつのせいだ! あまりの悔しさに血が出るほど唇を噛み締め、私は近くにあった花瓶を壁に投げつけた。
その時だった。ドタバタと大きな足音を立て宰相が一枚の書簡を手にやってきた。
「殿下! カリエントから返事がきました!」
「本当か!」
その手紙はたしかにスカーレットの筆跡だった。そこにはすぐにでも我が国に行くこと。そしてそれを国民に伝えてほしいことが書かれてあった。
「やはりスカーレットは私の元に戻ってくるのだ!」
この国は彼女の生まれ育った国だ。少しの間過ごしたカリエントよりも思い入れが強いはず。きっと引き止めるシモンを説得するのに時間がかかったのだろう。私は急いで手紙の返事を書くと、国民に向けてスカーレットの帰還を知らせた。
「やはり国民はスカーレット様の帰国を待ち望んでいたようですな」
「ああ、あんなに暴れていた民衆も落ち着いたようだ」
むしろ町は彼女を迎えるために、お祭り騒ぎになっている。未だに病気や怪我で苦しむ者も多いが、期待に胸を膨らませ王宮に文句を言いに来るものはいなくなった。そしてとうとう、スカーレットが帰国する当日。
「カリエントからシモン殿下とスカーレット様がお見えになりました」
彼女の希望で国境への出迎えは断られたが、その代わりすぐにでも国民に姿を見せられるよう、王宮内の広場に舞台が作られていた。一度に千人以上は集まれる広い場所で、私は二人が現れるのを今か今かと待っている。
「お久しぶりです。オーエン殿下」
「――っ!」
スカーレットは、息を呑むほど美しかった。シモンにエスコートされ、優雅に歩いてくる姿はまるで女神のようで、私だけじゃなくその場にいる人々は皆食い入るように彼女を見ている。
それになにより驚いたのは髪色だ。どす黒い不快な色だったはずなのに、今の彼女の髪は艶やかな銀色に光り輝いている。
それだけじゃない。痩せていた彼女の体はふっくらとし、薄いドレスを身にまとっているからか女性らしい体つきがよくわかった。
(なんて美しいんだ! やはり彼女こそが私の妃!)
「スカーレット! よく帰ってきてくれた!」
彼女の元に駆け寄りながらそう言うと、なぜかシモンが私の前に立ちはだかった。そして冷たい表情で私を見つめたあと、トンと軽く突き飛ばした。
「オーエン殿下、スカーレットはもう私の妃だ。このたび私も王太子に就任し、彼女と婚姻の儀をすませたのだ。元婚約者という間柄なので一度は許すが、私の妻の名前を気軽に呼んではならない」
「えっ……」
(結婚!? そんな報告なかったぞ! それに王族の結婚ならば、すぐにはできないはずだ!)
戸惑う私の目の前で、二人は顔を見合わせにっこりと微笑み合う。後ろにいる彼らの側近たちも、スカーレットたちの仲睦まじい様子をうっとりと見つめていた。
(そんなわけ……スカーレットはあちらで虐げられていると思っていたのに!)
愕然とした気持ちで彼らを見ていると、スカーレットが一歩前に出てきた。そして今まで見たことがない醜悪な表情でニヤリと笑う。
「それで、陛下たちは私に謝罪してくれるのですよね?」
あざ笑うような表情。冷たい声。すべてが初めて見るスカーレットの姿に、ゾクリと背中が寒くなる。
(本当に彼女はスカーレットなのか……?)
あまりにも様子が変わってしまった彼女に、私は返事をするのも忘れ呆然と立ち尽くす。さっきまでは女神のようだったのに。今では彼女の姿は、この国の崩壊を望む悪女に見えた。
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