彼女たちの恋愛対象:シーズンⅡ

いちば なげのぶ

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シーズンⅡ-22 ウィスパーボイス

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 二〇一五年十二月初旬。

 横浜での今年最後のライブから一週間が経った。

 せっかくの横浜だったがお姉ちゃんのせいでお母さんと二人だけで過ごす時間がまったく取れなかった。

 母娘《おやこ》としての関係だけでない別の感情が朝美には生まれている。

 工藤有佳の代わりを務める気はないがお母さんが望むものは与えてあげたい気持ちはある、一線は越えたくないし越えるわけにはいかない、だから悩む。

 お母さんとの仲が進展しない邪魔な存在がいる。

 涼子お姉ちゃんは普段でも勘が鋭いくせにことお母さんに関しては異常と思えるほどの嗅覚まで発揮する何とも厄介な邪魔者で手の打ちようがない、まるで監視塔を備えた東西を分断する壁みたいな存在で、下手に動けばお姉ちゃんのサーチライトに照らし出されてバレてしまう。

 そのお姉ちゃんに大きな変化が起きたので監視の目が機能しない可能性が出てきた、いや、もう既に機能停止しているに違いない。

 今日は夕方から工藤親子とのお食事会が入っている。 

 お姉ちゃんは普段にも増して朝からテンションが低い、原因も知っている。

「涼子も朝美も今晩は晩御飯いらないから助かるわ。結局、何料理になったんだっけ」

 いつものお母さんだ。

 今日のお食事会に関心がないのがよくわかる。

「お母さんったら、この前も言ったよね。初めて行く居酒屋だって、工藤理事が予約してくれてる」

 お姉ちゃんを見ると少しムッとしてお母さんに応えてる。

「そっか、名前聞いても覚えてなかった。楽しんできてね」

「・・・・・・」

 何も返事しないなんてお姉ちゃんたら極端過ぎる。

 恋人募集で頭が一杯になってるんだ。

 お姉ちゃんが書いた相手募集の手直しをして昨日、出版社に送った。

 投函してからずっとテンションが低いままでいるなんて。

 結局、迷ったが題名は「同性を縛りたい女です。」という題名に落ち着いた、他の候補には「同性を縛ることに憑りつかれた女です。」「レズSMの相手を求めているS女です。」「縛られて犯されたいマゾ女を求めているS女です。」などだが、お姉ちゃん自身が自分がSなのか相手にマゾ性を求めたいのかがよく分かってておらず唯一わかっているのは縛りたいということ、縛ることで相手と一つになれるらしい、その相手が恋人なら生涯をかけて二人で幸せになりたいという、なので普通の題名にしたのだ。

 SMの相手を募集するコーナーだが、レズでSMだと募集は難しと思うのであまり条件を付けずに広く求めることにした、相手への条件は、年齢は問わないが体型は激体型以外、会える方に限定、あとはNGつまり禁止事項を含め話し合いで決めていきたい旨を募集文に追加して郵送してある。

 投稿者名では最後まで揉めた、お姉ちゃんは漢字の涼子で出したかったようだが「それだけはやめて」と反対しどうにか「りょうこ」という平仮名で納得させた、本当はそれもどうかと思うがこれ以上、ふてくされた顔を見るのもイヤなので朝美が折れた。

 あの告白本でレズSMの相手募集は少ないし東北地方だとさらに少ないので掲載される確率は高いと思うが、掲載されても反応が来ない心配がある、レズSMだけでも難しいと思うのに目覚めたきっかけをまったく書いていないからだ、それは絶対に知られたくないと言われてしまったのでしょうがない。

 あとは運を天に任せるしかない。

 今からだと年明けの新春号に掲載になる。

 一月末頃の発売なので載った場合でも早くて二月半ば以降でないと編集部経由で私書箱に届かない。
 
 三ヶ月近く先の話になるのは言ってあるのに、このテンションの低さがずっと続くんだろうか。

 不安なのは分かるが、サーチライト機能が停止したままでいてくれるならそれはそれで助かる。


****


 夕方になり、二人でお食事会に向かった。

 もうすぐ指定された居酒屋に着いてしまう。

「主役のお姉ちゃんがこれじゃ工藤理事に気づかれるわよ、どうすんの。しっかりしてくんないと困るんですけど」

「わかってる」

「わたし、脇役なんだから押しつけないでよ」

 着いてみると事前チェックしてた通りの落ち着いた店構えだった、個室で掘り炬燵は孝太郎さんのご両親がやってる「串の又兵衛」と同じだが、ここの個室はゆったりとしていて部屋の作りも立派、古民家の廃材を使っているという、料金も高めに設定されている、庶民的な「串の又兵衛」とは客層が違う、高級居酒屋の部類に入ると思う。

 久々に工藤親子と会った、小学校の時以来だから八年ぶりぐらいになる。

「先週の横浜のライブ、凄かった。感激しちゃった」

 飲み物とお通しが運ばれて乾杯したあとで七海さんが発した一言に驚かされた、来てたんだ。

「えっ、七海。来てたの?」

 瞬間でお姉ちゃんが食いついた。

「やっと、本当にやっと取れたんだ。終盤のバラード曲の時の朝美さん、あっゴメン、真凛ちゃんだよね、カッコよかったなぁ」

「七海もそこ注目してたんだ。紫の表と裏の二人だけが十人の中から前方に歩き出してきてサビをツインボーカルで熱唱したシーンでしょ」

 熱唱だなんてお姉ちゃん、ありがとう。

 紫は神尾真凛の色だ、裏だから超薄い色になってるけど。

「そう、そのシーン。二人だけで歌い出したサビの瞬間に会場を埋め尽くしている一万七千人が見せた反応にも心が震えた。サビに入ると同時に会場が紫一色で埋まるなんて、真凛ちゃんっ、感動をありがとう」

「ありがとうございます。直に目の前で言われると嬉しいです」

「工藤理事に感謝しなさいよ」

 隣からお姉ちゃんの声、確かに言う通りだ。

「今日は私まで誘って頂きましてありがとうございます」

 工藤理事を見ながら改めてお礼を述べる。

「とんでもないです。こちらこそ娘の我が儘を聞いて下さりありがとうございます。七海ったら昨日からずっと興奮しっぱなしだったんですよ。わたしも今日会えるのを実は楽しみにしていたんです、誘いに応じてくれてお礼を言わなくちゃいけないのはこちらの方です」

 ちゃんとした工藤理事の声を聞いたのはこれが初めてだ。

 この声って・・・。

 すごく好きな声だ。

 気品のある方だという印象しかなかったが、まさかこんなにも素敵な声の持ち主だったとは。

 囁き声を少し大きくした感じで声優の世界で言えばウィスパーボイスに近い、朗読やナレーションなどの声だ、そこにツヤっぽさが入っている。

 こんな声を持ってるなんて工藤理事自身は気付いていないのだろうか。

 嫌々《いやいや》来たお食事会だったが、もうそんな気持ちはなくなった。

 ずっと聞いていたい声に出会った。

 この後は、ナバロンのYOUSAIのライブやメンバーの話でずいぶん盛り上がった、びっくりしたのは七海さんがあの戦闘《バトル》アニメの筋金入りのファンだったことだ、朝美が知らないことまで知っている。

 七海さんって誰のファンなんだろうか。

「推しは誰かいますか、七海さんの」

「ひかるちゃん」
 
 即答された。

「ひかるちゃんの人気いま凄いんですよ」
 
 教えてあげた。

「四月から刻文銀行のCMやるって、ネットでもう噂になってる」

 さすが七海さん、よく知ってる、ガチで推しなんだとわかる。

 石井ひかる、朝美より三つ下の現役高校生で刻文出身だ。

 二人しかいない東北出身でしかも同じ裏メンバーということもあり朝美とはユニットが始まった時から仲がいい、石井ひかるのカラーは赤だ、表情が豊かで実力もあり僅かな期間にも拘わらずユニットで一番の人気者に育っている、あんなに子供だったのに。

 石井ひかるは三か月ぐらい前に刻文銀行のイメージキャラクターに内定している、内定した翌月の札幌公演には刻文銀行の内田紗栄子さんが見にこられていて朝美もお母さんを通じて内田紗栄子さんと知り合うことになった。

 イメージキャラクターの正式発表は来年四月、発表と同時にテレビCMが流されることが既に決まっている、四人家族が登場するCMで第一弾は「学資ローン編」だ、撮影が年明けから始まる。

 朝美が詳しいのには訳がある、石井ひかるの姉役で朝美も出演するからだ。

 刻文銀行から指名が入ったと連絡を受け、先週の横浜ライブのリハーサルを終えて板野マネージャー立ち会いの下で銀行の方とお会いした、思った通り銀行の方は内田紗栄子さんだった、内田紗栄子さんからは四人家族のテレビCMに専門学生の姉役として出てもらうと言われリアルでも専門学生なので朝美さんは地のままでいいからとアドバイスを受けた、全店舗に貼り出すポスターの方は石井ひかる一人だけの図案ですでに決まっているそうだ。

 その場で内田紗栄子さんから名刺を渡されて耳打ちされた、君子さんには朝美さんが出演することはサプライズにしたいので放送開始まで内緒にしていてねとくぎを刺された、北部には刻文銀行のCMは流れないのにどうしてかなって思った。

 内田紗栄子さんから「朝美さんのお父様はみつつ証券の刻文支店長でしょ、お父様はコマーシャルを見てきっと驚くと思うの、そして支店長から聞かされた君子さんもビックリすると思う。二人飲みした時に反応を聞き出す楽しみを取っておきたいの。朝美さん、お願い」、断れるわけがない、こう言われたらお母さんだけでなくお父さんにも言えない。


****


 約二時間を居酒屋で過ごしカラオケに行くことになった。

 工藤七海が行きつけだという店に行くようだ、「わたし配属先が井比高原のコンビニなの、家から遠すぎて通えないのでスキー場にある寮に入ってる、楽しみは音楽だけだと言ってもいい、迷惑じゃなかったらカラオケに一緒に行って欲しい」と切望されてこうなった。

 カラオケ店の個室に入ると奥の席に工藤理事が座ったあと工藤七海からその隣に座るようお願いされた、遠慮したのだがナバロンのYOUSAIのメンバーを下座には座らせられないと言って譲らない。

 涼子お姉ちゃんからも「素直に言うこと聞きなさい」と鋭いツッコミが入ったことで今は工藤理事の隣にいる。
 
 最初にマイクを握ったのは七海さんだった。

 ナバロンのYOUSAIの中でも一番のお気に入りだという戦闘《バトル》アニメのオープニングテーマ曲をもう歌い始めている。

「ごめんなさいね。七海の我が儘で二次会まで付き合わせて」

 工藤理事が声掛けしてきた。

「大丈夫です、理事も何か歌って下さい。お願いします」

「わたしなんか、とても。プロの前で歌うなんて、許して下さい」

 やはりこの声いいなぁって思う。

 声優の朝美から見ても魅力的な声の持ち主だ。

 声は遺伝とかしないんだろうか。

 娘二人の声は理事とは違ってる、そう思った瞬間、あの工藤有佳を生んだ母親がいま二十センチくらいしか離れていない隣にいるんだと気づき、ハッとした。

 もう二度と関わらないと決めた人の母親が隣にいる。

 なんとも奇妙な感覚だ。

 あなたの娘のせいで宮藤家の女三人が三人共に滅茶苦茶になってるって言ってやりたい気持ちもどっかにある。

「ただのカラオケですから。理事が歌うところ見てみたいです、声が素敵です」

 言ってやりたい気持ちの方はグッとしまい込んだ。

「えっ、私の声ですか。そんなこと、今まで言われたことあったかなぁ、なんだか嬉しくなる。歌の方はほんとうに許して下さい」

「じゃぁ、連絡先教えてくれたら許してあげます」

 軽いノリで言ってしまった、どうしよう。

「・・・・・・」

 無言だ、受け流してくれると助かる。

 七海さんが歌い終わり、涼子お姉ちゃんに続いて朝美も一曲入れたが、そのあとは三人だけで回し、カラオケ店から出るまでの一時間半の間に工藤理事がマイクを握ることはなかった。

 途中、お手洗いに立った工藤理事が戻ってきて二人に気づかれぬようにそっとメモを朝美に手渡してきた。

 
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