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だが、俺は転生している。

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 俺、ロク・エアレスには、前世の記憶がある。

  ――――おい、そこ。「いきなり何言ってんのコイツw」みたいな顔すんな。
  もう一度言う。俺には前世の記憶があります。かっこわらい。
  前世っていうのは、自分が生まれてくる前にいた世界…過去世ともいうな。
  その記憶がある俺は、…まぁ?なんというか…アレだ。転生したんだ。
  俺がこの世界に生まれる前の世界で、俺は高校っていう15歳から18歳の子供が行く学校に通っていた。この世界では17歳からは大人と認識されるらしいが。
  え?何するって…勉強だよ、勉強。計算からコミュニケーション能力をつける勉強まで。ほかにはなんか絵描いたりとか。いろんな教科がある。
  高校に行くのは自由なのだが、それまでに、小学校、中学校とあって、これらは義務教育と呼ばれていた。
  つまりは固く言うと、子供の頃は勉強が義務ってことだ。ある程度の知識はもっておかないと生きていけない。らしいぜ、俺の前世の世界では。
  …うらやましい?まぁ、そう思う人も少なくはないだろうな。
  でも、一応この世界にも学校はある。行けない子供も多いみたいだけど。
  そして、高校に通う俺…いわゆる男子高生の俺は、特にこれといって目立ったことがあることもなく、平凡な生活を送っていた。
  いうならば、ネットで動画を見るのが楽しかったなぁくらいだ。
  あとはだらだらするとか…。日記にもかけない日常だな。
  ネット?あー…っと、前世の遊べる機械?…的なやつだ。
  ボタンひとつで世界中の人と繋がれる素晴らしい発明品だった…過去形なのが残念だ。
  そんな男子高生だった俺は、友達に彼女がいることに気づいてショックを受けていた学校の帰りに、信号無視の車に轢かれて、死んだ。
  痛みとかは全く覚えてないけど、呆気なく逝くものらしい。
  アイツ、彼女と仲良くやってるかなぁ。轢いた奴、ちゃんと捕まったかなぁ。あぁ、俺超かわいそう。…いまさら哀れんでもしょうがないのだが。
  それから転生した俺から見ると、この世界は異世界だったわけで…。
  街では普通に精霊が子供と遊んでるし、外にはモンスターがうじゃうじゃいる。
  ちょっと聞いた話だと、神様が地上に降りてるとかなんとか。何でもありかよ。
  …とはいっても、どこかのアイドルのように、「みぃんなおとももち(はぁと)」ってわけにもいかないのだ。
  てか、そんなこと言ってたら、食われるか殺される。
  どっちにしろ、ジ・エンド。永遠のばたんきゅーだ。
  小さい頃、外に出て死にかけた俺は、トラウマになっていて、街から出ない出歩くニートになっていた。外コワイ。ナニアレ。
  俺が住んでいた前世なんか、すっげー平和だったんだなぁ。って、いまさらになって思う。火事とか殺人があるたびに、大きく記事になったりして…うん。なつかしい。
  殺人は別として、火事なんかだと、
 「あ、悪い。ちょっと手すべってそこんとこ焼けちまったよ。」
 「おいおい、勘弁してくれや。」
  終了。
  全く、物騒な世界だ。コイツらが転生したら、間違いなくその世界は焼滅するだろう。

 「お兄ちゃん何してるのー?」
 「………女神か?」
 「へ?」
  腕を組んで、うんうん頷いていた俺に抱きついてきたのは、妹のナコ。
  可愛すぎて地上に降りてきた女神様が遊びに来たと思ったぞ。
  というか、見られていたのか。恥ずかしい。
 「いや、何でもない。」
  ちょっと、イケメンボイスを意識して、笑いかける。…出てないとか言うな。
  にへ、とつられて笑うナコ。
  気のせいか、少し顔が赤い気がする。え、もしかして俺に惚れてんじゃね?フッ…兄妹でも俺は全然気にしなi
「いてぇッ!!」
  頭がヒリヒリする。この俺をしばくとは…ッ!何者だ!!
 「ニヤニヤしてんじゃないわよ、アンタ。」
 「お姉ちゃん!」
  何者でもねぇよ、姉だよ。名前はイチハ。
  ナコが、俺から離れて姉のもとへかけよる。せっかくこれから妹で、ナッコナコになる所だったのに!行かないで、ナコ!
  それと、ニヤニヤってなんだ。ニコニコだろ。
 「…で、何のようだ?」
  姉から妹を奪われたダメージは大きい。小さく舌打ちをする。
 「あぁ、これ、手紙。届いてたわよ。」
  そう言い、封筒を手渡す。
  お、これはもしやラブレターとかいうやつっすか。ハートマークのスタンプでとめてある。俺にもとうとう青春が!?うっはぁー、モテ期かなぁ。
 「ナインから。」
  兄貴かよッッ
 俺のドキドキ返せっ恥ずかしいっ!ハートとか使ってんなよ、気持ちわりぃ。
  誰だよラブレターとか言ったやつ…いや、ラブレターというのはあっているかもしれない。意味深的な方向で。これ以上は察してほしい。
  俺は、イチハから手紙を受け取ると、ぐしゃっと丸めて迷いなくゴミ箱に向かって投げた。
  ゴスッ
 おー。ナイスシュート。流石俺。
 「読まないの?」
  ナコが正面から問う。上目づかい可愛い。首かしげる所とかもヤバい。
 「うん。どうせ、またくだらない事しか書いてないから。」
  優しく笑いかける。ちなみに、今のは爽やかボイスだ。
  これって略すとどうなるんだろう。さわ…さ、さわボ?
  顔を上げると、姉と目があった。
  イチハは、俺が妹にむけた(妹にしかむけない)、笑顔を見て苦笑する。
 「ロクは、ナコに対しては良い感じでキャラが変わるわよね。」
 「そんな事ないよ、姉さん。」
  なんていうのは噓で。自覚している。
  妹のナコは、俺から見ると、『清純無垢でピュアな女の子』だ。
  意味同じだろそれ、みたいなツッコミはいりません。
  まさに、理想の妹…!好きな女性のタイプとかとはまた別なのだが、俺はナコを守ると決めたときから色んな所が熱くなっている。
  燃え!って感じで。漢字はこれでいいんだ。萌えじゃない萌えじゃない…
 (お兄ちゃん…♪)
 はうっ…!!ダメだ、何を想像したんだ俺。
  …というか、その理想は、男ならほとんどが夢見てんじゃないかと思う。
  少なくとも、前世の俺の友達はみんな言ってたぞ。
  すると、姉が人差し指を顎にちょん。とつけて首をかしげると、「おかしいわね。」と呟く。
 「なぜか、ロクを見ると安心するのだけれど。」
  おい、まてそれは、お前友達いたのかwっていう前世の俺への嫌みか。
  友達とかいるわ。超いるわ。ティッシュ1箱の枚数くらいいるわ。
  …数えたことはないがな。つか、心読まれてんじゃねぇの。こえぇ。
 「ナコはいつもお兄ちゃんといるときは安心してるよ?」
  ナコが、きょとん。としてイチハを見上げた。
  なんだよ、可愛すぎか。つか、無防備すぎんだろそれ。
 「あはは、ありがとう。俺も、ナコといるときは安心するよ。」
  心が癒されるよ。そして愛してるよ。恋愛的な意味で。と付け加えたいのを我慢する。まぁ、言わないんだけど。
 「あら?私はその中にはいないのかしら。」
 「も、もちろん姉さんもだよ。」
  いるわけねぇだろ。安心して落ち着くどころか、恐怖で身構えるわ。
 「あ!通信機が光ってるー!取ってくるねっ。」
  たたたっと走っていくナコの背中を見て、はぁ。と息をつく。
 「光るだけでかけよってもらえる通信機が羨ましい…。」
 「キャリーアイテムに嫉妬するのもどうかと思うわ…。」
  イチハが呆れたように笑う。
  実際は呆れてるんだろうけど、そこはあえて呆れたように、だ。…あ、どっちでもいいすか。
  ちなみに、通信機というのは、遠くにいる相手とボタンひとつで会話ができるアイテムだ。前世では、電話と呼ばれていたものに近い。
  全く同じではないが、けっこう似ている。
  握りこぶしくらいの大きさで、スピーカーがついていて、スライムを二体くっつけたような形をしている。一度スライムに見えてしまうと、それからはスライムタワーにしか見えない。
 「お兄ちゃん!ナインから通信だよ~。」
  ナコが通信機を持って、かけよってくる。
  ちなみに、兄はナコからナインと呼び捨てで呼ばれている。ざまぁ。
  つか、ナインから通信とかマジかよ。ついさっき、手紙捨てたばっかなんですけど。
  通信機をナコから受け取って、下のスライム…を、上のスライムから放して口元へ持っていく。いや、ホントスライムなんだって。
 「はぁ…めんどくさい。」
 『ちょっとー。第一声からひどくなーい?』
  おっと、つい本音が。
  はっはっはっ。という笑い声が、上のスライムのスピーカーから聞こえる。
 「んで…、わざわざ通信ってなんだよ?」
  面倒なので、はやく終わらせたい。というか切りたい。
 『うん、そろそろロクが、俺の書いた手紙を捨ててる頃かと思ってね!』
  は…?いや、確かに捨てましたけども。え、何、予知能力でも身に着けましたか。怖ッ。つか、キモッ。
 『黙ってる…って事は、図星みたいだね!お兄ちゃんからの手紙だよ~?普通、捨てたりする~?』
 「そうだよ。つか自分の事お兄ちゃんとか言うな。」
  あと、その女子高生みたいなノリもやめろ。お前じゃなかったら捨てねぇよ。
 「それより、用件を言え。」
 『冷たいなぁ…。あ、もしかして反抗期ってやつ?』
 「ウゼェ。」
  ちょっとまじすか…ポジティブ思考すぎんだろ…。
 『あはは!まぁ、冗談は置いとくとして…』
 「自覚あんのかよ。」
  「えー?」という笑い声の次に、少し間が空いてスピーカーから、すぅっと息を吸う音がする。
 『俺のギルドに入らないか?』
  にやけた姿が想像できたが、ナインにしてはめずらしい真面目な声のトーンだった。
 「はぁ?ぎるど??」

  そして、この後俺は悩むことになる。

                    *

 「あーあ…切られちゃった…。」
  通信機から、『ツー。ツー。』と、通信が切られたことを意味する音が聞こえる。
 「どうでしたか?」
  テーブルの上に、麦のリカーが入った小さい樽が、ゴトッ。と音をたてて置かれた。
 「ん、ありがとう。」
 「だめでしたか。」
  問うような口調でもなく、やっぱり。というように言った。
 そんな彼女に俺は肩をすくめる。
 「わかってるなら聞くなよ、シュガー。」
  シュガー・ティアゼルは、もうひとつの樽を置くと、向かいの椅子を引いて座った。
 「可愛い弟を想う気持ちはわかりますが、ナインはその気持ちが強すぎるのです。」
  甘そうな名前とは逆に、甘くない言葉を吐くシュガーに、ナイン・エアレスは口をとがらせる。
 「でもさぁ…。」
 「恋文が書かれた手紙が、恋人でもない人に何回も送られてきたら、誰だって困りますよ。それが同性、しかも兄から送られてくるロクくんにはとても同情します。」
 「はぅっ…!」
  会心の一撃。
  胸をおさえて、肩を震わす。
  そしてそこに、可笑しそうに笑う弟が――――…
 (どうしたの?お兄ちゃん。)
「はうっ…!!」
 「はうはうって気持ち悪いですよ。何を想像したんですか、鼻血拭いてください。」
 バッと鼻に手を持っていくが、べっとりとした感触はない。出てないじゃないか。
  シュガーがメガネを直しながら、リカーの樽に手を伸ばす。
 「ロクが俺にむかってすっごい笑顔でお兄ちゃんって。」
 「聞いてないです。」
  何を想像したんですか、って聞いたじゃないか。と、反論しようと口を開きかけたが、シュガーが樽に口を付けたので、しょうがなく黙る。
  そして、便乗してナインもリカーに手を伸ばす。
 「あ、そういえば。お前、ロクからどこのギルドに入るか聞いてないか?」
  ふぅ。と一息つき、シュガーはナインと目を合わせた。
 「一応、聞いてますけど。」
 「んだよ、お前ずりぃな。」
  目を細めながら、ボソリ。と呟く。
 「ナインよりは好かれてますから。」
 「そんなはずはないな!俺はアイツのお兄ちゃんだぞ!」
 「そうですね。まず、自分の事をお兄ちゃんという所から直すべきかと。」
  そんなやりとりに、「またやってるなぁ。」と、慣れた視線がふたりに集まる。
 「そっ…そんなことより、あれだ。知ってるなら教えてくれ!」
 「ロクくんが入るギルド…ですか?」
 「そうそう!教えて教えて?」
  ナインがにこーっと笑い、前のめりにシュガーをじっと見つめる。
  (…これは、私が言うまでしつこく聞いてきますね。)
 経験上、シュガーはそう思うと、しょうがない。と、ゆっくり息を吐く。
 「知っている。というよりは、聞いただけなのですが、よろしいですか?」
 「うん!よろしいです!!」
  パアアアッとお菓子を与えられた子供のように顔を輝かせるナインにおもわず頬がゆるむ。
 「前からギルド自体には興味を持っていたみたいですね。その事については何か聞いているのではないですか?」
  ナインは大きくうなずくと、ドヤ。と胸を張る。
 「さっきの通信の最後に、ロクが教えてくれたよ!それはやっぱり俺がお兄ちゃんだか」
 「そうですか。」
  まだ続きがあるのだが、さえぎられた。
  実際には、「少なくともお前がいるギルドには入らねぇ。」と言った後に切られたのだが、そのことは伏せておく。
 「どうせ、空耳だろうし。」
 「何言ってるんですか?」
 「いや、なんでもない。」
 「はぁ…まぁ、それでですね、まだ悩んでるそうです。」
  椅子に座り直しながら、「悩んでる?」と聞き返す。
 「はい。ギルドとは別で、妹さんと離れるのが酷なようで。」
 「ナコか…。」
  弟は、妹をとても可愛がっている。小さい頃から見てきた弟達のことだ。
  妹の可愛さも、もちろんわかるのだが…
「好きなだけ抱きついても蹴られない妹が羨ましい…。」
 「まだ幼い女の子を羨まうのもどうかと思いますが…。というか、蹴られるんですか。」
  え。と驚いたのは一瞬で、「でもこの年で弟に抱きつくのは…」と、納得する。
 「でも、ロクが他のギルドに入るとなると……」
 「入りますかね?」
 「アイツは入るよ。」
  俺らの所じゃないけど。と苦笑する。
  証拠があるわけではなかったが、ナインには確かな確信があった。
 「さ、て。俺の可愛い弟は、どんな〝魔法〟を使うのかな~。」
  ニヤニヤと笑うギルドマスターに、シュガーはため息をついて呆れた。
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