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40)誤解が解けるとき
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たこ焼き屋の娘と紫紺の王子の事情
目の前の光景に啞然としたのはアリエッタだけではない。その場にいた誰もがいたたまれないと目をそっとそらすほど。ケイトも自分が当事者じゃなければ間違いなく目を逸らしていたよと後から言うほど。
「随分愚かしい慣習をよくもまぁ断ち切らずにいられたものだね?しかも、義息の無関心をいいことにケイトを皇帝にと考えていたようじゃないか」
なぜかくどくど話しているリーディンが皇帝の座るべきところに座り、向かい側には皇帝が正座して項垂れていた。
「あーあ。これは待つしかないね・・・」
傍にいた皇妃も無言で遠い目をしているためか、誰もつっこめない今の状況になっているというわけだ。しかも双子やザンはこの場にいない。ケイト曰く逃げた可能性はあるねとのこと。それを聞いたアリエッタはぐったりとしながらも、ケイトの誘導で皇族側の席に座ることができた。この状況で話を打ち切るなど到底できようもない。ケイトが言うまでもなく、アリエッタも今は待つしかないと理解し、黙って従っていた。
「ええ…私もここから逃げたいんですけど」
「ダメだよ。俺達は当事者なんだから。しかし・・・あの伯父上が固まってるの初めてみた」
「・・・ケイトから皇帝陛下をそう呼ぶのなかなか聞かないから新鮮・・・」
「そう?公式の場以外では割合とよく呼んでいるよ。別に不仲っていうわけじゃないしね」
確かに跡取りにと考えるぐらいだから皇帝とケイトの関係は良好だったのだろう。そう思うと、プリム皇太子の置かれた状況がちょっとかわいそうに思える。
(・・・そう考えると、プリム様も必死だったんだろうなぁ。そういえば、ビビはこの事態を知っているのかな)
頭に過ぎったのはプリムの恋人だというビビ。メイドをしているからこの場にはいないが、彼女は何を思っているのだろうか。
アリエッタが思案の波にのまれている間にも、リーディンの皇帝への説教はまだ続いていた。
「いいかい、今の君は皇帝だ。だがね、私から見ればただこねている子どものようなものだよ。双子から話を聞いたが、今の皇太子もなかなかに優秀だという話じゃないか。何が不満なのだね」
「しかし、貴方が嫡子であることを考えると・・・」
「そんなのは大昔の話だ。そもそも、血筋を残すためだとかそんな時代でもなかろう。そんな愚かな計画などさっさと捨てて皇太子との溝を埋め直すことにまい進しなさい」
「み、ぞ・・・ですか」
「ほう、君は気付かなかったと?考えてごらん。自分の父親からいとこを跡取りにするからお前は身代わりとして影に徹しろと言われる。それはね、完全に息子を不要だと言ったも当然だよ」
「それはちが・・・っ!」
「君がそう思わなくとも、皇太子の方はどうであろうな。少なくとも、ケイトを皇帝にと望んでいた君を見て何も感じなかったなんてことはないだろう」
「・・・・・それ、は・・・」
ああ、本当に情けないと首を振ったリーディンの言葉はこの場にいた貴族たちにも響いたようで、ほとんどの人間が目を逸らし、俯いている。ここ数年、跡取り問題でもめていた立場からすれば心に突き刺さる言葉ばかりであろう。
ずっと話を聞いていたアリエッタはリーディンの言葉の意味を嚙み締めながら小さい声でケイトに話しかけた。
「リーディン様はプリム様を心配しているんだね」
「ん~~多分、違うと思う」
「え?」
「理由は解らないけれど絶対違うよ。心配だとかっていう理由からじゃないと思う」
アリエッタは首を傾げていたが、ケイトにはわかっていた。あの人も父と似たように、伴侶以外はどうでもいいという性格であることを知っていたから。
「・・・まぁ、おばあちゃんが生きていたらここにきていなかったってことだけは確かだよ」
なぜか苦笑いで返事を返してきたケイトの表情にはこれ以上つっこむなという空気がありありと出ていた。それを正しく読み取ったアリエッタは仕方がない・・・と口を噤むことにした。そうこうしている内に扉が思いっきり開いた。アリエッタが扉から出てきた人物に目を向けると「やっと来たか」とケイトが呟いたのが聞こえた。
アリエッタとしては、この状況をうまく彼が飲み込めるかどうかが心配ではあった。事実、プリムはこの状況についていけず、困惑した様子で立ち尽くしていた。
「え、なんで・・・皇帝陛下が座って・・・え?ええ?」
「皇太子・・・いいえ、プリム。こちらにいらっしゃい」
どうしていいかわからないプリムに声を掛けたのは皇妃であるマリーゴールド。
プリムとしては普段なら絶対名前を呼ばない皇妃の突然の呼びかけにびっくりするが、呼びかけに応えないわけにはいかない。プリムは恐る恐る正面へと進み、皇帝の隣に立つ形になった。
「あの、これはどういう状況なのでしょうか」
「プリム・・・そなたが自分が置かれた状況をどう思うていたのか教えておくれ」
ずっとこの場にいた者たちは皇妃の質問の意図に気付いていた。しかし、プリムからすれば突然の質問に戸惑うのは当然。だんまりでいても何も変わらないとおもったのかプリムはちらっとリーディンを横目に見ながらも口を開いた。非公式とはいえ、この大広間には貴族たちもいる。それを考慮して言葉をなんとか選んでいく。
「えと・・・何を心配しているのかわかりませんが、僕が・・・皇帝になれない、ということはよく解っています。もちろん、ケイトが相応しいと」
「違うだろう、プリム!」
プリムが喋る途中で声を荒げたのはアリエッタの隣にいたケイトだった。驚いたプリムがケイトの方を振り向いたのをいいことにケイトは強く訴えた。
「皇帝だとか皇太子だとかそういうことじゃない。そもそもお前は本当に俺に皇帝になってほしいと思っていないじゃないか!思いだせよ、なんで俺達が一緒にいるようになったのか。そして、何故、ビビを・・・望んだのか。いい加減、いい子ぶるの止めて言葉にしなければ伯父上達に伝わるわけないだろう・・・!」
「ぐっ・・・でも・・・・皇族のためには」
「わしが言ってやったことを忘れたのかね?そんなくだらないことはどうでもいいんだよ。大事なのは、民を導いて国を支え、この世界の秩序を守ること。そのために皇族であろうと、命や絆を無駄にすることはない」
ケイトの後押し、リーディンの言葉に何を思ったのかプリムは俯きながらも強く拳を握り締めた。そして意を決したように隣で正座していた皇帝へと跪いた。
「皇帝陛下・・・いえ、父上。僕は、ずっと・・・貴方に聞きたいことがありました。僕は、陛下の望みの通り、ずっとケイトの影を務めてきた、つもりです。それを、不快に、思ったことはない。でも、あの、ケイトが消えたあの時にはっきり感じました。僕は・・・貴方にとって、いらない・・・不要な存在なのだと」
耳を澄ませていたアリエッタの脳裏に過ぎったのはプリムが話してくれたこと。
『そう、たった3日間。ケイトはそう言っていたけれどね、その3日間は本当に大変だったんだよ。それこそ、僕が・・・怒り狂った父上に罰せられるぐらいには、ね』
会話を思い出したアリエッタはぎゅっと胸を押さえながらプリムの後ろ姿をじっと眺めていた。涙が出そうになるのを堪えながら見ているとケイトの手がアリエッタの手に触れた。
「ケイト・・・」
「大丈夫。悪い方にはいかない。ただ・・・ちょっとお互いにずれていただけだ」
ケイトはプリムが震える声で話しているのをじっと眺めていた。ずっと、ずっとプリムの傍にいたからこそわかるし、彼の心がずっとずっと訴えていたからこそ、彼の本心に気付けた。
『僕は見放されている。だから、1人』
『でも、寂しい。怖い。でも家族はケイトのものだ。解っている。でも、一人にしないで。一人になりたくない』
『自分とケイト。何が違うんだろう』
『ケイトも叔父とあまり関わらない。僕と同じ。でも、やっぱり違う』
『叔父はケイトを必要としている。でも、僕は―――』
『皇太子じゃなくなったら、どうしよう。どうやって生きようか』
『影だからやっぱり貴族扱いになるのかな。そうしたら、やっぱり婿養子になる可能性があるよね』
プリムの隠された想いを読み取ることはたやすかった。だからこそ、彼を嫌いになれなかったし、傍にいた。何より、理由はどうであれ自分にとっては自分を顧みない父の代わりに兄替わりとして寄り添ってくれた人なのだ。
プリムがビビと付き合っていると知った時、驚きはしたけれど納得はした。彼なりにいろいろと先を考えた末の決断なのだろうと。それに、プリムは本当に自分に対して皇帝になってほしいとは望んでいない。それは彼の心を読めばすぐに解ること。彼が望むことはただ一つだけ。
「・・・だから影になることも受け入れました。ただ、教えてください。いらないと判断された、その理由を。それだけはずっと知りたいと思ってきました。だから、どうか・・・!」
頭を下げて懇願するプリムに皇帝が口を開こうとするが、それよりも先に動いたのは皇妃の方だった。椅子から立ち上がったかと思うとプリムを抱きしめて離さなかった。
「プリム・・・何故もっと早く・・・私に言わなかったのですか!」
「はは、うえ・・・でも・・・」
「確かに私達はケイトを皇帝にと望みました。だからといってお前を家族じゃないと思ったことは一度もありません」
「それでも、です。考えてみてください。皇太子を廃することを民間に対してどう説明するのが一番良いか。当然・・・自分が相応しくないという理由で縁を切り、貴族にしたと盛大に報告することが一番楽な方法ではないでしょうか」
「・・・まさか、ビビちゃんとの結婚を望んだのは」
「これでも色々と考えていましたから。ただ・・・それもちょっと風向きが怪しくなりそうですけど・・・」
「なんて、なんてことなの!」
プリムを揺さぶり続けている皇妃の目からは涙がボロボロと零れている。周りはあたふたするもどうしようもできないのか、目を泳がせ、お互いに何とかしろと押し付け合っていた。アリエッタもどうしようかと悩んでいる様子を見せるがそれを押し止めたのはケイトだった。
「アリエッタ、これは親子の問題だよ」
「でも・・・」
「大丈夫、伯父上はそこまで間抜けじゃないは・・・ず」
途中でケイトが言葉を止めたのは、当の皇帝がプリムの頭にチョップをかましたからだ。
「いたっ・・・な、何を・・・!!」
「・・・許せ、プリムよ」
「っ・・・こ、皇帝・・・陛下?」
プリムが痛みから声を荒げるが、皇帝が抱きしめたことで言葉が止まった。
「・・・私が間違っていた。リーディン様がおっしゃるように、私はお前と向き合わねばならぬようだ」
「はぁっ?」
「リーディン様・・・愚かな考えや過ちは私の代で断ち切ります。そのためにもどうか力をお貸しいただきたい」
皇帝が頭を下げる様子にリーディンも頷いた。皇帝に抱きしめられたままのプリムは混乱してか、言葉にならない言葉をあげていたが、誰もが聞く余裕はなかった。
リーディンはというと、皇帝の言葉に頷いた後、ケイトやアリエッタの方に声をかけた。
「そうだね、それが良いと思うよ・・・ケイトにアリエッタさん、わしの仕事は恐らく三日ほどかかるだろう。君たちはその間、整理をしてきなさい」
リーディンの言葉にアリエッタは脳裏に過ぎった人たちを思い浮かべた。
ビビ、マシュー、マーティ様とルーティ様にアリア様
そして・・・お父さんとお母さん。
ぎゅっと目を瞑っていたアリエッタの隣でケイトもまた頭に浮かべていたのは両親の姿。そっとケイトがアリエッタの手を繋ぐ形で握りしめた。
「・・・解ったよ、おじいちゃん」
「悔いを残さんようにな」
リーディンの言葉に二人が頷いたのは言うまでもない。お互いにどちらともなく、大広間を出る。他の貴族たちも退出したので、後は皇族の問題になるだろう。
アリエッタは意を決したようにケイトに話しかけた。婚約が成立した時点ですでに父は家に戻っていたし、離れていても毎日のように電話もしていた。だけれど、日本に帰るとなれば話は別。ちゃんと顔を見て話をして、そして別れを告げるべきだ。
「・・・・ケイト、私、一度家に帰るわ」
「うん・・・それがいいと思うよ。俺も・・・話し合いたい人たちがいるから」
「ケイト・・・別にいいんだよ?私に合わせて日本にずっといなくても」
離れようとしたとき、ケイトを引き留めて心配するアリエッタ。ケイトは何とも言えない表情でアリエッタの頭を撫でた。
「やっぱりアリエッタってすごいよね。でも・・・ここは俺の居場所じゃないよ」
「ケイト」
「だから・・・ちゃんと話してくる。ずっとバラバラだったとはいえ、やっぱり両親には理解してほしいから」
「・・・うん。頑張って」
「アリエッタもね」
どちらともなくにっと笑いながら手を叩きあった。これは別れではなく門出なのだという意味を込めて。アリエッタはぬくもりの残る手を胸に当てながら廊下から見える空を見上げた。
「うん・・・私も日本に帰ったら、ちゃんと全部・・・家族に説明するよ。この世界が辛くて苦しくて、それでも幸せでいられたのは・・・この国とケイトの・・・お陰だって」
目の前の光景に啞然としたのはアリエッタだけではない。その場にいた誰もがいたたまれないと目をそっとそらすほど。ケイトも自分が当事者じゃなければ間違いなく目を逸らしていたよと後から言うほど。
「随分愚かしい慣習をよくもまぁ断ち切らずにいられたものだね?しかも、義息の無関心をいいことにケイトを皇帝にと考えていたようじゃないか」
なぜかくどくど話しているリーディンが皇帝の座るべきところに座り、向かい側には皇帝が正座して項垂れていた。
「あーあ。これは待つしかないね・・・」
傍にいた皇妃も無言で遠い目をしているためか、誰もつっこめない今の状況になっているというわけだ。しかも双子やザンはこの場にいない。ケイト曰く逃げた可能性はあるねとのこと。それを聞いたアリエッタはぐったりとしながらも、ケイトの誘導で皇族側の席に座ることができた。この状況で話を打ち切るなど到底できようもない。ケイトが言うまでもなく、アリエッタも今は待つしかないと理解し、黙って従っていた。
「ええ…私もここから逃げたいんですけど」
「ダメだよ。俺達は当事者なんだから。しかし・・・あの伯父上が固まってるの初めてみた」
「・・・ケイトから皇帝陛下をそう呼ぶのなかなか聞かないから新鮮・・・」
「そう?公式の場以外では割合とよく呼んでいるよ。別に不仲っていうわけじゃないしね」
確かに跡取りにと考えるぐらいだから皇帝とケイトの関係は良好だったのだろう。そう思うと、プリム皇太子の置かれた状況がちょっとかわいそうに思える。
(・・・そう考えると、プリム様も必死だったんだろうなぁ。そういえば、ビビはこの事態を知っているのかな)
頭に過ぎったのはプリムの恋人だというビビ。メイドをしているからこの場にはいないが、彼女は何を思っているのだろうか。
アリエッタが思案の波にのまれている間にも、リーディンの皇帝への説教はまだ続いていた。
「いいかい、今の君は皇帝だ。だがね、私から見ればただこねている子どものようなものだよ。双子から話を聞いたが、今の皇太子もなかなかに優秀だという話じゃないか。何が不満なのだね」
「しかし、貴方が嫡子であることを考えると・・・」
「そんなのは大昔の話だ。そもそも、血筋を残すためだとかそんな時代でもなかろう。そんな愚かな計画などさっさと捨てて皇太子との溝を埋め直すことにまい進しなさい」
「み、ぞ・・・ですか」
「ほう、君は気付かなかったと?考えてごらん。自分の父親からいとこを跡取りにするからお前は身代わりとして影に徹しろと言われる。それはね、完全に息子を不要だと言ったも当然だよ」
「それはちが・・・っ!」
「君がそう思わなくとも、皇太子の方はどうであろうな。少なくとも、ケイトを皇帝にと望んでいた君を見て何も感じなかったなんてことはないだろう」
「・・・・・それ、は・・・」
ああ、本当に情けないと首を振ったリーディンの言葉はこの場にいた貴族たちにも響いたようで、ほとんどの人間が目を逸らし、俯いている。ここ数年、跡取り問題でもめていた立場からすれば心に突き刺さる言葉ばかりであろう。
ずっと話を聞いていたアリエッタはリーディンの言葉の意味を嚙み締めながら小さい声でケイトに話しかけた。
「リーディン様はプリム様を心配しているんだね」
「ん~~多分、違うと思う」
「え?」
「理由は解らないけれど絶対違うよ。心配だとかっていう理由からじゃないと思う」
アリエッタは首を傾げていたが、ケイトにはわかっていた。あの人も父と似たように、伴侶以外はどうでもいいという性格であることを知っていたから。
「・・・まぁ、おばあちゃんが生きていたらここにきていなかったってことだけは確かだよ」
なぜか苦笑いで返事を返してきたケイトの表情にはこれ以上つっこむなという空気がありありと出ていた。それを正しく読み取ったアリエッタは仕方がない・・・と口を噤むことにした。そうこうしている内に扉が思いっきり開いた。アリエッタが扉から出てきた人物に目を向けると「やっと来たか」とケイトが呟いたのが聞こえた。
アリエッタとしては、この状況をうまく彼が飲み込めるかどうかが心配ではあった。事実、プリムはこの状況についていけず、困惑した様子で立ち尽くしていた。
「え、なんで・・・皇帝陛下が座って・・・え?ええ?」
「皇太子・・・いいえ、プリム。こちらにいらっしゃい」
どうしていいかわからないプリムに声を掛けたのは皇妃であるマリーゴールド。
プリムとしては普段なら絶対名前を呼ばない皇妃の突然の呼びかけにびっくりするが、呼びかけに応えないわけにはいかない。プリムは恐る恐る正面へと進み、皇帝の隣に立つ形になった。
「あの、これはどういう状況なのでしょうか」
「プリム・・・そなたが自分が置かれた状況をどう思うていたのか教えておくれ」
ずっとこの場にいた者たちは皇妃の質問の意図に気付いていた。しかし、プリムからすれば突然の質問に戸惑うのは当然。だんまりでいても何も変わらないとおもったのかプリムはちらっとリーディンを横目に見ながらも口を開いた。非公式とはいえ、この大広間には貴族たちもいる。それを考慮して言葉をなんとか選んでいく。
「えと・・・何を心配しているのかわかりませんが、僕が・・・皇帝になれない、ということはよく解っています。もちろん、ケイトが相応しいと」
「違うだろう、プリム!」
プリムが喋る途中で声を荒げたのはアリエッタの隣にいたケイトだった。驚いたプリムがケイトの方を振り向いたのをいいことにケイトは強く訴えた。
「皇帝だとか皇太子だとかそういうことじゃない。そもそもお前は本当に俺に皇帝になってほしいと思っていないじゃないか!思いだせよ、なんで俺達が一緒にいるようになったのか。そして、何故、ビビを・・・望んだのか。いい加減、いい子ぶるの止めて言葉にしなければ伯父上達に伝わるわけないだろう・・・!」
「ぐっ・・・でも・・・・皇族のためには」
「わしが言ってやったことを忘れたのかね?そんなくだらないことはどうでもいいんだよ。大事なのは、民を導いて国を支え、この世界の秩序を守ること。そのために皇族であろうと、命や絆を無駄にすることはない」
ケイトの後押し、リーディンの言葉に何を思ったのかプリムは俯きながらも強く拳を握り締めた。そして意を決したように隣で正座していた皇帝へと跪いた。
「皇帝陛下・・・いえ、父上。僕は、ずっと・・・貴方に聞きたいことがありました。僕は、陛下の望みの通り、ずっとケイトの影を務めてきた、つもりです。それを、不快に、思ったことはない。でも、あの、ケイトが消えたあの時にはっきり感じました。僕は・・・貴方にとって、いらない・・・不要な存在なのだと」
耳を澄ませていたアリエッタの脳裏に過ぎったのはプリムが話してくれたこと。
『そう、たった3日間。ケイトはそう言っていたけれどね、その3日間は本当に大変だったんだよ。それこそ、僕が・・・怒り狂った父上に罰せられるぐらいには、ね』
会話を思い出したアリエッタはぎゅっと胸を押さえながらプリムの後ろ姿をじっと眺めていた。涙が出そうになるのを堪えながら見ているとケイトの手がアリエッタの手に触れた。
「ケイト・・・」
「大丈夫。悪い方にはいかない。ただ・・・ちょっとお互いにずれていただけだ」
ケイトはプリムが震える声で話しているのをじっと眺めていた。ずっと、ずっとプリムの傍にいたからこそわかるし、彼の心がずっとずっと訴えていたからこそ、彼の本心に気付けた。
『僕は見放されている。だから、1人』
『でも、寂しい。怖い。でも家族はケイトのものだ。解っている。でも、一人にしないで。一人になりたくない』
『自分とケイト。何が違うんだろう』
『ケイトも叔父とあまり関わらない。僕と同じ。でも、やっぱり違う』
『叔父はケイトを必要としている。でも、僕は―――』
『皇太子じゃなくなったら、どうしよう。どうやって生きようか』
『影だからやっぱり貴族扱いになるのかな。そうしたら、やっぱり婿養子になる可能性があるよね』
プリムの隠された想いを読み取ることはたやすかった。だからこそ、彼を嫌いになれなかったし、傍にいた。何より、理由はどうであれ自分にとっては自分を顧みない父の代わりに兄替わりとして寄り添ってくれた人なのだ。
プリムがビビと付き合っていると知った時、驚きはしたけれど納得はした。彼なりにいろいろと先を考えた末の決断なのだろうと。それに、プリムは本当に自分に対して皇帝になってほしいとは望んでいない。それは彼の心を読めばすぐに解ること。彼が望むことはただ一つだけ。
「・・・だから影になることも受け入れました。ただ、教えてください。いらないと判断された、その理由を。それだけはずっと知りたいと思ってきました。だから、どうか・・・!」
頭を下げて懇願するプリムに皇帝が口を開こうとするが、それよりも先に動いたのは皇妃の方だった。椅子から立ち上がったかと思うとプリムを抱きしめて離さなかった。
「プリム・・・何故もっと早く・・・私に言わなかったのですか!」
「はは、うえ・・・でも・・・」
「確かに私達はケイトを皇帝にと望みました。だからといってお前を家族じゃないと思ったことは一度もありません」
「それでも、です。考えてみてください。皇太子を廃することを民間に対してどう説明するのが一番良いか。当然・・・自分が相応しくないという理由で縁を切り、貴族にしたと盛大に報告することが一番楽な方法ではないでしょうか」
「・・・まさか、ビビちゃんとの結婚を望んだのは」
「これでも色々と考えていましたから。ただ・・・それもちょっと風向きが怪しくなりそうですけど・・・」
「なんて、なんてことなの!」
プリムを揺さぶり続けている皇妃の目からは涙がボロボロと零れている。周りはあたふたするもどうしようもできないのか、目を泳がせ、お互いに何とかしろと押し付け合っていた。アリエッタもどうしようかと悩んでいる様子を見せるがそれを押し止めたのはケイトだった。
「アリエッタ、これは親子の問題だよ」
「でも・・・」
「大丈夫、伯父上はそこまで間抜けじゃないは・・・ず」
途中でケイトが言葉を止めたのは、当の皇帝がプリムの頭にチョップをかましたからだ。
「いたっ・・・な、何を・・・!!」
「・・・許せ、プリムよ」
「っ・・・こ、皇帝・・・陛下?」
プリムが痛みから声を荒げるが、皇帝が抱きしめたことで言葉が止まった。
「・・・私が間違っていた。リーディン様がおっしゃるように、私はお前と向き合わねばならぬようだ」
「はぁっ?」
「リーディン様・・・愚かな考えや過ちは私の代で断ち切ります。そのためにもどうか力をお貸しいただきたい」
皇帝が頭を下げる様子にリーディンも頷いた。皇帝に抱きしめられたままのプリムは混乱してか、言葉にならない言葉をあげていたが、誰もが聞く余裕はなかった。
リーディンはというと、皇帝の言葉に頷いた後、ケイトやアリエッタの方に声をかけた。
「そうだね、それが良いと思うよ・・・ケイトにアリエッタさん、わしの仕事は恐らく三日ほどかかるだろう。君たちはその間、整理をしてきなさい」
リーディンの言葉にアリエッタは脳裏に過ぎった人たちを思い浮かべた。
ビビ、マシュー、マーティ様とルーティ様にアリア様
そして・・・お父さんとお母さん。
ぎゅっと目を瞑っていたアリエッタの隣でケイトもまた頭に浮かべていたのは両親の姿。そっとケイトがアリエッタの手を繋ぐ形で握りしめた。
「・・・解ったよ、おじいちゃん」
「悔いを残さんようにな」
リーディンの言葉に二人が頷いたのは言うまでもない。お互いにどちらともなく、大広間を出る。他の貴族たちも退出したので、後は皇族の問題になるだろう。
アリエッタは意を決したようにケイトに話しかけた。婚約が成立した時点ですでに父は家に戻っていたし、離れていても毎日のように電話もしていた。だけれど、日本に帰るとなれば話は別。ちゃんと顔を見て話をして、そして別れを告げるべきだ。
「・・・・ケイト、私、一度家に帰るわ」
「うん・・・それがいいと思うよ。俺も・・・話し合いたい人たちがいるから」
「ケイト・・・別にいいんだよ?私に合わせて日本にずっといなくても」
離れようとしたとき、ケイトを引き留めて心配するアリエッタ。ケイトは何とも言えない表情でアリエッタの頭を撫でた。
「やっぱりアリエッタってすごいよね。でも・・・ここは俺の居場所じゃないよ」
「ケイト」
「だから・・・ちゃんと話してくる。ずっとバラバラだったとはいえ、やっぱり両親には理解してほしいから」
「・・・うん。頑張って」
「アリエッタもね」
どちらともなくにっと笑いながら手を叩きあった。これは別れではなく門出なのだという意味を込めて。アリエッタはぬくもりの残る手を胸に当てながら廊下から見える空を見上げた。
「うん・・・私も日本に帰ったら、ちゃんと全部・・・家族に説明するよ。この世界が辛くて苦しくて、それでも幸せでいられたのは・・・この国とケイトの・・・お陰だって」
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