【R18】距離を縮めて

巴月のん

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10)そろそろいいでしょう?

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新しい仲間が加わって会社(正確には事務所)も賑やかになりつつも、人数が増えたことにより、仕事の分担もようやく落ち着いた。 
近藤の裁判もやっと終わり、いろいろと余波もあったものの、全て解決した。ちなみに近藤本人は行方知れずだが、芽都留はそれを美理に話すつもりもないし、馬鹿を探すつもりもないと放置した。

芽都留と美理はなんだかんだいって同棲を続けており、もちろん恋愛関係も続いている。
新たな年度になった今となっては、美理も会社の中堅の立場として、真理愛と一緒に新しく入ってきた社員2人への指導に熱心に取り組んでいた。
芽都留と出会ってから2、3年目を過ぎ、気づけば、今年で4年目になっている。全く時が流れるのは早いものだ。

「・・・ということで、真理愛ちゃん、これお願いね」
「はいっ!!」

真理愛はあの時の宣言通り、お茶くみから印刷まで何一つ文句を言うことなく着々とこなし、少しずつ周りの信頼を勝ち得ていった。意外にデザイナーとしての腕やセンスもあったようで、今ではデザイナーとしても腕がいいと評判だった。美理に対する崇拝心はまったくかわっていないところが難点ではあるが、今や、頼もしい社員の一人だ。

「・・・で、美理姉様、何故ボスの機嫌が悪いのでしょうか?」
「ごめん、私のせいだわ」

真理愛の言う通り、芽都留は作業をしながらも、かなり不機嫌そうな顔をしている。誰もがそれに気づいていながらも恐れて口にできなかったが、真理愛は美理相手にならと口に出した模様。
美理ももちろん、気づいていたが、不機嫌にさせた張本人とあっては何も言えない。ポリポリと頬をかいていると、呆れた声でどうしたのよと鞠子から質問が飛んだ。それに景や納多までもが聞き耳を立てようと近くに寄ってきていた。

「家族に紹介してほしいって言われたんだけれどそれを断ったの」
「え・・・」
「うん、結婚の挨拶に行きたいみたいだね。でも今はどうしても無理だからって言ったらあの通り不機嫌に」
「あらら・・・何故無理なのかはちゃんと説明したのかしら?」
「うーん、理由を言う前にあの通り拗ねちゃったから。まだ、受け止める覚悟がないっていうだけなんで、私が悪いんだとはわかっているんだけれど」

困惑した様子でため息をつく美理だが、明らかに理由は説明したくないというはっきりとした拒絶が見えた。それに目を見合せた周りだったが、納得した様子で作業に戻っていった。美理も頭をすでに切り替えているのか、書類を持って外回りに行くと外へと出ていった。
美理が外へと出ていったのを確認した納多はすぐに、パソコンを起動させた。あの様子だと何かあるかもと勘づいたからだ。
そして、納多の行動に気づいたのだろう、芽都留と新社員以外のメンバーが納多のパソコンへ注目していた。

「・・・っと、よし・・・ハッキングかんりょ・・・えっ、これ・・・?」
「どうしたのよ、納多・・・何、コレ」
「美理姉様、こういうことでしたの」
「そういう、ことか。これなら言いにくくても無理ないよね・・・芽都留、こっちに来て!」

納多や鞠子の驚きに同調するように景がため息をついた。美理が言いにくそうにしていた原因にようやく思い当たったからだ。何も知らない芽都留だけが、不機嫌な顔のまま景の呼び出しに応じた。

「芽都留、これをちゃんと読んで」
「なんだ、これは!!」

芽都留はパソコンに映し出された情報をじっくり読んだ後、ゆっくりと目を閉じた。周りも心痛な表情で、次々とため息をついている。鞠子を皮切りに、景、綾、納多とやりきれない思いを言葉にのせて話していた。

「・・・だからか、美理の家族のことが一切話題に出なかったのは」
「旅行会社を辞めた理由もある意味では嘘ではないわね。でも、クレームをつけた酔っ払いが実はストーカーで、嫌がらせのために家まで尾行びこうした上、美理の家族を刺殺したって・・・悪質すぎるわ」
「この酔っ払いさんは禁固刑を受けておいでですのね。旅行会社の方は?」
「美理ちゃん以外の家族は死んでしまい、家も売り払われている。会社はクレームへの対処が悪かったせいでそうなったんだから仕方がないといいつつ、クビにしたと」
「・・・旅行会社は信用が一番大事だ。裁判に関わりたくなくて長狭野を切り捨てたのだろう」
「裁判のためにも資金が必要だからバイトをたくさんしていたんだろうなぁ。そうでなくても家族全員が死んだんじゃ、いろいろと必要な手続きも大変だろうし」
「美理がさっき言っていた受け止める覚悟がないっていうのは・・・ボスに対してではなく、家族の死についてということかしらね」

納得がいったとばかりに鞠子は首を振りながら自分の席へと戻っていった。他の面々も何も言えることはないと感じたのか、それぞれ席に着く。納多はもういいとばかりにそのデータを全部削除するためにキーボードを動かしだした。

「・・・ボス、データは全部消した。俺達は何も聞かなかったことにする。それでいいでしょ?」
「恩に着る」

何のとは聞かずに、自分の席へと戻る。気付けば芽都留の怒りはすでに霧散していた。
その日、家に先についたのは美理の方らしい、芽都留が帰ったときには玄関に靴が揃えておかれていた。色々と悩んだが、やはり話し合った方がいいのだろうかと芽都留は唸りつつ、靴を脱いだ。
リビングに入ると、美理が何故か、ウサギの着ぐるみ姿でちょこんと正座して頭を下げていた。

「み、美理・・・?」
「ずっと、この日が終わるまではと口を閉じていたけれど、もう全部話す」

顔をあげた美理の目は泣きはらして真っ赤になっていた。慌てた芽都留は濡らしたタオルを美理の顔に押し付けてふき取るが、当の美理は正座を崩さず淡々と話し続けた。

「私、旅行会社で働いていた時、ストーカーにつけ狙われて、父母を刺されたの。傷だらけになりながら叫んで、周りに助けを求めたけれど、ダメだった。・・・お兄ちゃんもしばらくは意識不明の状態で生きていたけれど、結局死んだ。あれから今日で6年経ったけれど、未だに忘れられないんだ・・・こんなにも引きずってしまってる」
「美理」
「ごめん、ね。家族に会いたいって言っていたけれど、会わせられない。もう、いないの。でも、私、それを直視したくなかったから、芽都留に言えなかった。ごめんなさい」
「俺こそ、理由も聞かずに怒ってしまってごめんな。言えない理由があるんだって、思い当たるべきだった」
「違う、芽都留は、悪くないの。結婚はしたいとは思っても・・・していいのか、怖くて。幸せ、になることも、貴方の家に嫁ぐことも、何もかも怖いって思ってしまう、自分がいて」

ポタリと涙を零しだした美理を抱きしめながら芽都留は口を開いた。

「いいんだよ。幸せになることこそが、君の家族の供養にもなるし、きっとそれを望んでいらっしゃる」
「・・・芽都留」
「俺の両親についても心配ない。家柄だとか、環境で反対するような親じゃない。姉だって大丈夫だって笑って受け止めてくれる。ある意味であの人達は自由奔放なんだから大丈夫」
「本当にいいのかな」
「全部受け止める。だから結婚しよう」


ぎゅっと震える肩を抱きしめて真顔で言うと、美理はようやく落ち着いたのか、頷いた。芽都留が了承の意味ととっていいかと確認すると、美理はさらにまた頷いた。


「・・・私、でいいなら」
「あのな、俺は美理だからしたいと思ったの。お前でなきゃダメだよ」


呆れながら口を開いた芽都留に、ようやく美理は微笑んだ。正座していた美理を抱き上げ、ソファーへと移動させる。今日は俺が作るからと言い残してキッチンへ行った芽都留の後ろ姿を見ながら美理は心のもやもやが晴れた気がした。


(ごめん、なさい。お父さん、お母さん、お兄ちゃん。)


決して貴方たちのことを忘れるわけではない。むしろ、一生大事に心に抱えていくつもりでいる。だから、どうか許してください。私が幸せになることを。

ストーカーが刺したあの日、私のせいだって何度も何度も自分を責めた。だから、幸せになるのが怖かった。でも、一生この贖罪を抱えて生きていくとたった今決めた。

毎年一度は行くお墓も今年は泣かずに笑顔で向かい合おう。
・・・・今年は芽都留も連れて、結婚するって報告しよう。もしも、芽都留が言うように、私が幸せになることが供養になるというのなら、この思いを決して忘れることなく、生きよう。








「パパ、ママ、早くー!!!」
「おいおい、そんなに慌てなくても、おじいちゃんやおばあちゃんのお墓はなくならないぞ」
「だって、早く言いたいんだもん」

少し先の道に立って急かしてくる息子を微笑ましく見ながら、美理は寝ている娘を抱っこして歩いていた。隣には夫となった芽都留が並んで歩いてくれている。
ようやくついたお墓の前に花を活け、水をかける。その間にも聞こえているのは息子の声だ。

「おじいちゃん、おばあちゃん、僕は小学1年生になりました。いもーとは・・・えっと、多分3さいです。勉強はむずかしいけれどがんばります。パパ、これでいいー?」
「挨拶はえらいが、最後にお辞儀を忘れているぞ。そうだ、良くできたな」

芽都留は自分も手を合わせた後、息子の頭を撫でた。芽都留の隣で美理も娘を起こさないようそっと座って手を合わせていた。
数分の間をおいて、帰り道を歩き出した芽都留と美理は楽し気に会話していた。この後は、芽都留の両親に会いに行く予定になっている。楽し気に先を歩く息子の後ろ姿を見ながら美理は話しかけていた。

「・・・本当に早いわ、結婚してからあっという間だったような気がする」
「そうか?俺は育児が一番大変だったような気がするがなぁ」
「ふふ、会社も順調だし、今幸せすぎてちょっと怖いぐらい。ありがとう、あなた。」
「何をいまさら・・・?」
「未だに、婚姻届けを見た時の衝撃が忘れられないの。あなたが婿に来てくれるなんて思わなかったから」
「ああ・・・うん、それはもう恥ずかしいからもう忘れてくれよ。まさかあんなに泣かれるとは思わなかったし。見ていた俺の両親もびっくりしていたぞ」
「あれは嬉し泣きよ。・・・貴方の婿入りを受け容れて下さった義両親にも本当に頭が上がらない。いろいろと気にかけてもらえているし」
「あれはたんなるお節介・・・何故か実の息子よりも嫁のお前を可愛がってるからな、あの人達は」

うーんと腕を組んだ芽都留の足へ遅いーと間延びした声で息子が抱きつく。その息子に手を引っ張られた芽都留は苦笑いで車の方へと歩き出した。娘を連れていた美理はゆっくりとその後を追おうとする。
ふと、振り返ってみると、両親や兄の墓が少し遠めに見えた。


(・・・今思えば、芽都留との出逢いは両親がつけてくれた名前がきっかけになったのよね。今思うと、両親が引き合わせてくれたのかもしれないなぁ。)


贖罪の気持ちは永遠に消えることはない、だけれど、今の美理は同時にまた幸せをも噛み締める余裕がでてきた。愛する人の傍にいて、息子や娘とともに当たり前を過ごせることが本当に大切だと、実感できている。だけれど、ふと思い出しては目を曇らせることがある。


(この幸せが壊れないように。この当たり前の日々をこのまま過ごせたら。)


目を瞑り、深くお辞儀した美理の後ろから息子の膨れた声が聞こえた。待ちきれないようで急かしているらしい。息子の反応にはいはいと歩きだした美理の顔にもう憂いはみえなかった。


「ママー早く早く!!」
「はいはい、ごめんなさいね。今、行くわ」







ハッピーエンド!
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