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ホワイトデー(2017Ver)
アップルパイでお返しを〔嵐編〕
しおりを挟む「へぇ、ミルク君は彼女と一緒にプリンを作ったのか。すげぇ、めっちゃ本格的にできてるじゃねぇか。」
以前にSNSの登録をしてからたまに連絡を取っている隆久から送られてきた二人の笑顔とプリンの写真に当てられながらも、返信を返す。
やるせない気持ちで棚卸しを続けていると、他の店員から、客だぞと呼び出された。もしかしてと期待を込めて表の店の方へ回ると、従妹が目に入った。
「・・・客って、お前かよ、香帆。期待した俺が馬鹿だった。」
「私ですよ。誰だと思ったんですか?」
「遙に決まってるだろ、言わせるな、バカ。」
(もっとも、遙は今頃仕事中だろうけれどな。)
本来なら、ホワイトデーだった昨日に会いたかったけれど、残業だということで結局会えなかったので、不機嫌なのだ。ちなみに、今日この後に遙の家に行くのが密かに楽しみだったりする。
不機嫌な顔を隠すことなく、香帆に向かって用件を聞いた。
「・・・何をしに来た?」
「はい、これ。八尋先輩から。・・・バレンタインデーに巻き込んだお詫びだそうですよ。」
「へぇ、意外に殊勝な心がけだね。」
「なか、志帆お兄ちゃんと一緒にいろいろやってたみたいです。」
「ああ・・・・確かに、あの2人なら気が合いそうだな。ま、そういうことなら受け取っておく。お礼を伝えておいて。」
八尋からの品を受け取った嵐はふと、香帆の携帯のストラップに目を留めた。以前はなかったストラップがついているような気がすると、香帆に話しかけた。
「あれ、前はそのストラップつけてなかったよな・・・?」
「あ、これ・・・八尋先輩にホワイトデーのプレゼントでもらったんです。前に、八尋先輩がつけているのをみて欲しいなって呟いたことがあって。多分それをおぼえていてくれたんだろうと。」
「うっわ・・・惚気られた・・・・こっちは遙が残業で結局会えなかったってのに~。」
ぶつぶつと文句を言ってみたが、香帆はクスクスと笑っていて意外と余裕がある感じだ。なんというか、ちょっと自信がついたのかなと思いながらも、嵐はほっとしていた。香帆は昔から我慢強い子で、なかなか自分の感情や考えを口にしないぶん、話せる相手が必要だと前々から思っていたから。
(その相手が、あの女狂いっつーのは癪だが・・・結構うまくいっているみたいだな。)
もうバイトに行くと言い出した遙を見送った嵐は、再び仕事に戻った。そして、リュックを背負い、八尋からもらった品を持ったまま、遙の家へと寄る。
ポストのチェックをして、ドアも注意深く確認してから、合鍵で入る。この合鍵は、遙と付き合うことが決まってから、渡されたもの。これを貰った時は嬉しさのあまり枕元にずっと置いて寝たぐらいだ。
バレンタインデーの後に付き合ったということもあり、嵐は色々と悩んだ。隆久との共通点でお菓子作りの話が出来ると知ってからは意気投合して、イロイロと相談も持ちかけたことだってある。
「付き合ってから初めてのホワイトデーだし、最初が肝心ってことで・・・頑張りますか。」
ドアを開けると、やはり遙はまだ仕事から帰っていない。いつもなら寂しいと思う所だが、今日は心都合だった。しかも、遙にはキッチンを使いたいからと許可ももらい済みだ。
「よし、作るか!」
作るのは父親譲りのアップルパイ。父は昔、母のためだけに薔薇の花びらのようなアップルパイをつくっていたらしい。珈琲専門の喫茶店なのに、母のためだけに紅茶とアップルパイをいつも用意して待っていたと聞くから相当惚れこんでいたことが解る。
「遙もアップルパイ好きだって聞いてるし、丁度よいよな。」
もちろん、嵐も小さい時から父の作るアップルパイをいつも分けてもらって食べていた。食べるたびに、お前もいつか好きな女性に作ってあげなさいと笑っていた父。確かに、父は嵐が食べたいといっても絶対に母のためにしか作らなかった。今までもこれからも母のためにしか作らんと公言しているところが父らしいと思う。
しばらくアップルパイ作りに没頭していたら、玄関の方から気の抜けた声が聞こえた。しばらくすると遙がリビングのドアを開けて顔を見せた。
「ただいま~、あ、やっぱり嵐君だったんだね。うわ、いい匂いだけれど、何を作っているの?」
「いいところで帰ってきたな。これは父親直伝のアップルパイだよ。」
「綺麗・・・それに美味しそう!!」
「だろ、着替えておいで、リビングで夕飯と一緒に食べよう。」
「さすが、嵐君!!」
ダッシュで自室へ向かったのだろう嬉しそうにスキップしていく遙に嵐は苦笑した。
「・・・ああいう所はちょっと母さんに似ているかもな。」
嵐が腕によりをかけて作った夕飯を食べた遙は満足そうな表情だ。
「どれもこれも美味しい・・・・何、この蟹の味が濃厚なクリームソースのパスタ。もう職人技じゃない。」
「そのソースは市販品も混ぜてる。ちょっとズルしているところもあるから、あまりつっこまないで。
「大丈夫、全然わかんないよ。あー美味しい・・・この生ハムサラダにかかっているソースも手作り?」
「ああ、それは母さんに教えてもらった。」
「うわ・・・本当にこのソース美味しいから、また作り方教えて?」
「もちろん、いつでも。」
会話が弾むほど楽しい夕飯を堪能した後、遙はお待ちかねのアップルパイに手を付けていた。
「うわ・・・サクサク!!林檎もシナモンが効いていて・・・凄く美味しいっ!」
「そりゃよかった。試作品を作った時は親父にはまだまだだなって言われたから心配だった。」
「え、これより美味しいのがあるの?凄いね、嵐君のお父さん・・・あれ・・・・?」
首を傾げた遙にどうしたと嵐もまた首を傾げた。
「・・・嵐君のお父さんって・・・社長だよね?」
「そーだよ。遙の働く佐野カンパニーのテッペンにいるおっさん。」
「・・・自分の父親でもある社長をおっさん呼ばわりしないで・・・・そう考えると、このアップルパイがすごくレアに見える。」
「そうか?社長って言うけれどよ、母さんにメロメロな単なるおっさんだぜ。本当は、秋良伯父さんが社長になる予定だったけれど、伯母さんがマリン会社の一人娘でさあ。そっちの方に婿養子に入って、そっちの社長になったんだよなぁ。」
「マリン会社って・・・佐野カンパニーとも連携をとっている海外に名を連ねる貿易関連の会社・・・。」
「そうそう、ソレ。」
「・・・・本当にいいところの御曹司よね、嵐君って。今さらだけれど、付き合いをお願いして良かったのかなぁ・・。」
アップルパイを食べながら、着ぐるみ姿で困惑している遙に対して、嵐は何をいまさらと笑った。
「大丈夫、大丈夫、代々恋愛結婚で生きてきているから、周囲からの文句なんてそうそう上がらない。万が一文句なんてあっても、母さんや親父を筆頭に身近な人間が黙らせてくれるから大丈夫。それに、我が家は伝統的にみんな初恋を実らせて一発で結婚しているし、離婚した人なんて一切いないから。あ、姑戦争もないから安心して☆」
「え・・・さすがに結婚まではいいかなぁ・・・・。」
「遙、俺は佐野家の伝統を潰すつもりはないから協力してね。」
そういいながら、嵐は遙の口に一口サイズに切り分けたアップルパイを放り込んだ。遙は何の疑問も持つことなく、もぐもぐと口を動かしている。
「・・・嵐君って時々、押しが強いよね。」
「なに、今頃ソレを言うの?」
「うん、今さらだけれどなんだか実感してしまって。」
「・・・・・遙って、時々、毒が入るよね・・・・まぁいいんだけれど。」
ため息をついた嵐だが、遙はというと目の前でパイがのったスプーンを近づけている。それに少し照れながらも、口に入れると、遙が楽しそうに笑っている。
「・・・遙はたまに凄いことするよね。」
「えー?さっき嵐君がしてくれたことを返しただけだよ?」
遙の言う通りだったので、嵐は何も言えず、もう黙々とアップルパイを食べ続けていた。当の遙は満足したのかゲームに集中し出した。
「あっ、忘れてた。」
「何を?」
「アップルパイって、ホワイトデーのプレゼントだよね? ありがとう、嵐君。」
うさぎの着ぐるみ姿で笑顔を見せた遙はとてもかわいくて。思わず嵐は固まったまま、持っていたスプーンを落としてしまった。遙は言い終えるとゲームに戻ってしまったので、嵐の真っ赤な顔を見ることが叶わなかったが、嵐はそれでいいとほっとしていた。
「・・・・・反則だろ、あの笑顔は・・・・くそ、結局やられたの、俺の方じゃん。」
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