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ありえない店員さんの戦略
しおりを挟む今日もテレビからゲームのBGMが流れている。
少しずつ少しずつ積み重ねるのは楽しい。
クリアに向かっているって思えるから。
もう少し頑張ろうって思えるから。
今思えば、結構昔から我慢強いタイプだったと思う。
俺の操作しているキャラが押されていく。
それと同時に遙のテンションがただ上がりなのは彼女のキャラが勝っているからだ。
「よしここで必殺技のコンボっ!!」
「あっ!」
ここでHPを削られて負けた。画面では、遙が操作していたキャラがガッツポーズをして、俺の操作していたキャラがKO負けされている。
「あーあ、また負けた~。相変わらず遙は強いね。」
「やった~♪」
負けることも苦にならなかったし、嫌じゃなかった。
ひたすらひたすら我慢することを昔から楽しんでいた。
喧嘩で負けても全然泣かない子どもだったし、イジメられても平然とすることができた。
それぐらい、我慢強かったと思う。
「うーん。一度でいいから勝って、遙を愛でたいんだけれどなぁ。」
だから、こうやってゲームで負けることも全然問題ない。
ま、遙に対しては惚れた弱みもあるかもしれないけれど、さ。
勝ったせいで気分がよいのか、さっきまで唸っていた態度とは大違いな遙に呆れながらも、隣にいた嵐はさっきまで話していたことを改めて説明した。
「温泉?」
「そう。1泊2日で温泉にいかない?俺の親が商店街のくじ引きで当てたんだけれど、2人とも忙しいから行く暇ないって俺にくれたんだよ。」
「なんだ、そんなことなら友達と一緒に行ってくればいいじゃない。はい、解決。」
「いやいや、俺は遙と行きたいの!むさくるしい男どもと一緒に行くなら好きな子と一緒の方がイイに決まってるじゃないか!」
「佐野君とは付き合っていないし、告白を受けた覚えもない。」
「それは遙が総スルーしているからでしょ!俺は毎回毎回なけなしの勇気をもって告白しているよ?そのたびにあっさりと俺の繊細なハートを打ち砕いておいて何を言っているの?!」
「そのなけなしの勇気をもって友達と一緒に行っておいで。」
「・・・くっ・・・この手だけは使いたくなかったが・・・使わざるを得ない・・・これぞ、最終手段!この超レアフィギュアが目に入らぬか!」
鞄からスマホを取り出して画像を見せる。そこには遙がずっと欲しがっていたフィギュアが写っていた。どんなに欲しくても数に限定があるため、なかなか手に入らず諦めていたのだ。遙はというと、ちらっと話したことはあったが、まさか手に入れるとは・・・・!と驚いていた。
「うっ、そ、それは・・・っ・・・・シリアルナンバー入りの世に300体しかないという!」
「ほっんとうにかなり苦労したんだよー?もし、行かないっていうならこれは・・・」
「こ、これは・・・?」
「ひっじょうに、残念だけれど・・・・処分することになるね!」
「うう・・・くっ・・わ、解ったわよ。温泉にいけばいいんでしょ。もちろん、ソレ・・・・引き換えにくれるわよね?」
「フィギュアのためならあっさりと頷く遙さん素敵ぃ・・・うう、フィギュアに負ける俺って!!」
温泉の日程を告げるも不満だらけの嵐をスルーしながら遙もしっかりと予定をスケジュールに書き込んだ。
「わーい、(フィギュアもらえるの)楽しみ~♪」
「・・・副声音がバッチリ聞こえる気がするのはなんでだろう・・・フィギュアは温泉から帰って来てからだからね・・・うう・・・切ない。」
「はーいっ。あ、ゲームを持って行ってもいいよね?さすがにPS5は無理だけれど、PSPとか。」
「どうせ、ダメって言っても持っていくんでしょ?別にいいよ。もちろん勝負もありだからね。」
「えー。また佐野君が負けるよ?」
「うーん。そうかもだけれど、一度ぐらいは勝って遙を愛でたいなって。」
「・・・あけすけにいわないでください。」
「そうはいっても、遙からの方の提案だよ?負けたら抱かれてもいいし付き合っても良いって言ったの。」
「酔っぱらっていた時の戯言をしっかりスマホで録音していたあんたに言われても。」
「あははー。あ、バイトの時間だ・・・行ってきまーす。」
呆れながらもそう言ってバイトにと消えていった嵐に遙はポツリと呟いた。
嵐のバイト先は24時間OKのゲームショップなので、働く時間も日によって違う。最近は時間があればゲームをしに遙のマンションに来ることが増えていた。
遙も最初は遠い目になったが、どこかに行こうと言われないだけマシかと思いなおし、なんだかんだで、一緒にゲームで盛り上がることが多い。
「・・・行ってきますって・・・あんたの家、ここじゃないんだけれどな。」
それで夜に泊まることになっても、嵐は遙に一切手を出さなかった。遙も最初は警戒していたけれど、そこまで非道じゃないと言い切った嵐の言葉にそれもそうかとあっさりと警戒をといた。何故か嵐は複雑そうだったけれど、結局今の今までそういうことはしてこなかったのですっかり安心しきっていた。
「おおー、いい天気だし絶景だし、気持ちいい~~!」
「お気に召して何より。富士山も形がはっきりわかるぐらい綺麗に見えて気持ちイイよね。」
「うんうん。」
旅館の部屋でくつろいでいる2人の目の前には窓があり、富士山が遠くではあるが聳え立つのが見えていた。
「温泉入る前にゲームしようかな。」
「そういえば聞いたことなかったけれど、遙はいつからゲームにはまったの?」
「私?うーん、元々中学生の時からゲーム好きだったけれど、再熱したのは・・・1年半ぐらい前?」
「あれ・・・ってことは、店に通い出した頃かな?」
「よく覚えてたね・・・うん、多分その頃からかな。社会人になってからは仕事やら彼氏やらでちょっとゲームどころじゃなかったから。」
「ふーん・・・」
お互い、PSPを取り出して、いつも対戦に使うソフトを差し込む。お互いにリンクして、ゲームができる態勢になった。
・・・本当にゲームは飽きない。
緻密に計算して情報を集めれば、それだけ攻略パターンも増えるし、楽しい。
だから、相手が勝っても苦にならないし、負けても全然問題ない。
それだって、相手が気を緩めてくれるチャンスになるしね。
「ねーまた賭け勝負しようよ。」
「どうせ、また佐野君が負けるよ。いい加減諦めたら?」
「ええ、わからないでしょ、まぐれ当たりってのもあるかも!あっ、それとも連勝に自信がないとか?そうだよね、うんうん、それなら仕方がないかあ。」
「えっ・・そんなことない、いいわ。受けて立つわ!」
「あはは、そうやってノリやすい遙が好きだよ~♪」
「嬉しくないわっ!!」
ゲームのBGMが流れているこの空間でこうやって二人で共有しているこの時間が好きだ。
最初こそ、やる気満々だった遙だったが、次第に顔色が悪くなっていく。
目のまえにいるキャラが最初は優勢だったのに、今は技のコンボを繰り出されて身動きとれなくなっているからだ。どんなにキーを押しても技を防ぐことができない。
そして技を繰り出しているキャラを操作している嵐はこのチャンスを逃すまいと、遙のキャラのHPを削っていった。
そして・・・真っ青になる遙のゲーム機の画面に表示された文字は『KO負け』。
・・・・俺は昔からそうだった。
喧嘩でその子に負けても、その子が勝てないっていう相手には勝った。
イジメをしてきた子に対しては卒業ギリギリになってから、証拠を並べ立てて暴露した。
卑怯だって叫ばれたこともあるけれど、俺は相手に効果的かどうかを秤にかけてその場で我慢することを選んだだけ。
ゲームだってそうだ。
テトリスは駒をためて綺麗に並べてから最後に一気に消す。
RPGはたった一人になってから、必殺技を発動して一気に逆転勝ち。
対戦ゲームは・・・・相手が勝って喜んでいるのを愉しんで、相手が一番のっているここぞって時に・・・・勝って、落とす。
いつもそうやって我慢してきた先には大きな喜びが待っていた。
だから、我慢するのは好きだ。
それだけ相手に絶大な効果を与えられるしね。
ちなみに一番好きな言葉は『一発逆転』。
「えっ・・・・・・・」
「やったー!初めて遙に勝った。ねぇこの画面が見える?俺の勝ちだよ?」
嵐は自分のゲーム機の画面に表示されている『勝ち!』の文字を遙に見せたが、当の遙は目を見開いて唖然としていた。
・・・この勝った瞬間に相手が呆然とする顔を見るのがたまらなく好き。
今までもそうやって勝ってきたから、俺をよく知る親友やいとこなんかは、「Mと見せかけたS」だって俺を評価してくる。そんな評価は嬉しくない。
まぁ、そんなんだから、本当に負けるのは苦じゃない。先にすごい楽しみがあるって知っているし、一発逆転を狙って勝った時の快感はかなりクルから好きだ。
我に返った遙は震える声で嵐を指さしながら言ったが、嵐は笑いながら曖昧に濁す。もちろんそれを逃す遙じゃない。
「・・・・もしかして・・・手加減していた?」
「違うって~。第一俺そこまでマゾじゃないしぃ。まぐれまぐれ。あっ、もしかして賭けが怖いからそうやって言い訳してる?大丈夫、優しくしてや・・・いたっーい!!なんで叩くの~!!」
「とんっでもないマゾね!!でも、まるで狙いすましたようにここぞって時に勝つって・・・なんだか腑に落ちない・・・。」
「とりあえず、賭けは俺の勝ちだから今夜は俺に存分に愛されてね?」
「っ・・・・・!」
「・・・・遙?」
せっせと荷造りを始めた遙にもしかしてと嵐は聞いた。まさか帰るつもりかと。思いっきり縦に頷いた遙に対して今度は嵐が慌てる番だった。
「まさかの逃亡!!ちょっと、それは卑怯じゃない?賭けはどうなるのさー!それに、フィギュアだって!」
「フィギュアは惜しいけれど、涙をのんで諦めるわ。私の身には代えられないから!」
「ちょ、そんなに嫌がるー?じゃあ、しょうがない。今回はまぐれだし、賭けの内容を変えてあげる。そうだな・・・これからは俺のことを名前で呼ぶって言うのはどう?それならいいでしょ?」
俺って素晴らしい!と言いながら提案してきた嵐に、遙は内心で確信した。
前に朋美が佐野君はくえないから気をつけなさいと言っていたのを鼻で笑い飛ばしていたけれど・・・今なら理解できると遙は実感していた。
「・・・・佐野君、最初から・・・ソレを狙っていたでしょう?」
「んーまぐれだと思ってもらった方が精神的にいいと思うよ?俺がこれをまぐれって言っているんだからそれでいいじゃない?」
「・・・・それ、暗に手加減していたって認めたようなものじゃない!」
「えーそんなこという?じゃあ。俺の提案は却下ってことでやっぱり俺に愛でられる方にする?」
「ぐっ・・・・・・。」
「別に俺はどっちでもいいよ?でもね、酔っぱらったとはいえ、自分で言った言葉は実行するべきだと思うよ。」
ああ、本当に俺って我慢強いなあ。
せっかくのチャンスをふいにしてしまうんだから。
本当は、夜のチャンスを狙っていたけれど、まだ遙の方で心の準備ができていないんじゃあ、しょうがない。
もう少しだと思っているんだけれどな。本当に嫌だったら泊まらせないと思うし、フィギュアがあるとはいえ、のこのことここまでついてこないと思う。
無自覚かもしれないけれどさ、信用はされてるっぽいし、きっと脈はあると思っているから待てるけれど・・・。でもさ、頑張っている俺にちょっとのご褒美ぐらいくらいくれてもいいと思う。
だから、名前ぐらい呼んで欲しいな。
「・・・はぁ、解ったわよ。君の勝ちでいいわ、嵐君。」
「やった!!」
「ということで、一旦この賭けは終わりってことでいいよね。」
「え。」
「私もやられっぱなしは気にくわないから・・・そうだね、今度は嵐君が負けたら名字呼びに戻る。んで、私が負けた日は家に泊まらないっていう賭けにしよう。うん、そうしようね?」
「ちょっとそれ、おかしくないか?それってどっちか選ばないといけないってことだろう!?遙は負けてもいいの?」
「おかしくありませーん。手加減されるぐらいなら負ける方がマシですから。」
まさかの不意打ち!!
ああ、もうこれだから・・・・・遙が好きなんだよ。
こういう返しができるって人ってなかなかいないよ?
嵐は遙に合わせて別のゲームソフトを起動させた。お互いにもう次の対戦に向けて準備している。こういう切り替えのタイミングが合う所も嵐は気に入っていた。
「ああもう、そんな遙が大好きだよ。それでこそ、攻略のしがいがある。」
「・・・そんな満面の笑みで舌なめずりされても。」
「我慢してこそ、手に入られたときの喜びがでかいからねー。」
だから、俺は我慢することは好きだし、苦にならないし、全然問題ない。
その方が喜びも達成感もかなりでかいからね。
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