ありえない店員さんに捕まった

巴月のん

文字の大きさ
3 / 6

ありえない店員さんの戦略

しおりを挟む



今日もテレビからゲームのBGMが流れている。


少しずつ少しずつ積み重ねるのは楽しい。
クリアに向かっているって思えるから。
もう少し頑張ろうって思えるから。


今思えば、結構昔から我慢強いタイプだったと思う。


俺の操作しているキャラが押されていく。
それと同時に遙のテンションがただ上がりなのは彼女のキャラが勝っているからだ。

「よしここで必殺技のコンボっ!!」
「あっ!」

ここでHPを削られて負けた。画面では、遙が操作していたキャラがガッツポーズをして、俺の操作していたキャラがKO負けされている。

「あーあ、また負けた~。相変わらず遙は強いね。」
「やった~♪」

負けることも苦にならなかったし、嫌じゃなかった。
ひたすらひたすら我慢することを昔から楽しんでいた。
喧嘩で負けても全然泣かない子どもだったし、イジメられても平然とすることができた。
それぐらい、我慢強かったと思う。

「うーん。一度でいいから勝って、遙を愛でたいんだけれどなぁ。」

だから、こうやってゲームで負けることも全然問題ない。
ま、遙に対しては惚れた弱みもあるかもしれないけれど、さ。

勝ったせいで気分がよいのか、さっきまで唸っていた態度とは大違いな遙に呆れながらも、隣にいた嵐はさっきまで話していたことを改めて説明した。

「温泉?」
「そう。1泊2日で温泉にいかない?俺の親が商店街のくじ引きで当てたんだけれど、2人とも忙しいから行く暇ないって俺にくれたんだよ。」
「なんだ、そんなことなら友達と一緒に行ってくればいいじゃない。はい、解決。」
「いやいや、俺は遙と行きたいの!むさくるしい男どもと一緒に行くなら好きな子と一緒の方がイイに決まってるじゃないか!」
「佐野君とは付き合っていないし、告白を受けた覚えもない。」
「それは遙が総スルーしているからでしょ!俺は毎回毎回なけなしの勇気をもって告白しているよ?そのたびにあっさりと俺の繊細なハートを打ち砕いておいて何を言っているの?!」
「そのなけなしの勇気をもって友達と一緒に行っておいで。」
「・・・くっ・・・この手だけは使いたくなかったが・・・使わざるを得ない・・・これぞ、最終手段!この超レアフィギュアが目に入らぬか!」

鞄からスマホを取り出して画像を見せる。そこには遙がずっと欲しがっていたフィギュアが写っていた。どんなに欲しくても数に限定があるため、なかなか手に入らず諦めていたのだ。遙はというと、ちらっと話したことはあったが、まさか手に入れるとは・・・・!と驚いていた。

「うっ、そ、それは・・・っ・・・・シリアルナンバー入りの世に300体しかないという!」
「ほっんとうにかなり苦労したんだよー?もし、行かないっていうならこれは・・・」
「こ、これは・・・?」
「ひっじょうに、残念だけれど・・・・処分することになるね!」
「うう・・・くっ・・わ、解ったわよ。温泉にいけばいいんでしょ。もちろん、ソレ・・・・引き換えにくれるわよね?」
「フィギュアのためならあっさりと頷く遙さん素敵ぃ・・・うう、フィギュアに負ける俺って!!」

温泉の日程を告げるも不満だらけの嵐をスルーしながら遙もしっかりと予定をスケジュールに書き込んだ。

「わーい、(フィギュアもらえるの)楽しみ~♪」
「・・・副声音がバッチリ聞こえる気がするのはなんでだろう・・・フィギュアは温泉から帰って来てからだからね・・・うう・・・切ない。」
「はーいっ。あ、ゲームを持って行ってもいいよね?さすがにPS5は無理だけれど、PSPとか。」
「どうせ、ダメって言っても持っていくんでしょ?別にいいよ。もちろん勝負もありだからね。」
「えー。また佐野君が負けるよ?」
「うーん。そうかもだけれど、一度ぐらいは勝って遙を愛でたいなって。」
「・・・あけすけにいわないでください。」
「そうはいっても、遙からの方の提案だよ?負けたら抱かれてもいいし付き合っても良いって言ったの。」
「酔っぱらっていた時の戯言たわごとをしっかりスマホで録音していたあんたに言われても。」
「あははー。あ、バイトの時間だ・・・行ってきまーす。」

呆れながらもそう言ってバイトにと消えていった嵐に遙はポツリと呟いた。
嵐のバイト先は24時間OKのゲームショップなので、働く時間も日によって違う。最近は時間があればゲームをしに遙のマンションに来ることが増えていた。
遙も最初は遠い目になったが、どこかに行こうと言われないだけマシかと思いなおし、なんだかんだで、一緒にゲームで盛り上がることが多い。

「・・・行ってきますって・・・あんたの家、ここじゃないんだけれどな。」

それで夜に泊まることになっても、嵐は遙に一切手を出さなかった。遙も最初は警戒していたけれど、そこまで非道じゃないと言い切った嵐の言葉にそれもそうかとあっさりと警戒をといた。何故か嵐は複雑そうだったけれど、結局今の今までそういうことはしてこなかったのですっかり安心しきっていた。

「おおー、いい天気だし絶景だし、気持ちいい~~!」
「お気に召して何より。富士山も形がはっきりわかるぐらい綺麗に見えて気持ちイイよね。」
「うんうん。」

旅館の部屋でくつろいでいる2人の目の前には窓があり、富士山が遠くではあるが聳え立つのが見えていた。

「温泉入る前にゲームしようかな。」
「そういえば聞いたことなかったけれど、遙はいつからゲームにはまったの?」
「私?うーん、元々中学生の時からゲーム好きだったけれど、再熱したのは・・・1年半ぐらい前?」
「あれ・・・ってことは、店に通い出した頃かな?」
「よく覚えてたね・・・うん、多分その頃からかな。社会人になってからは仕事やら彼氏やらでちょっとゲームどころじゃなかったから。」
「ふーん・・・」

お互い、PSPを取り出して、いつも対戦に使うソフトを差し込む。お互いにリンクして、ゲームができる態勢になった。




・・・本当にゲームは飽きない。

緻密に計算して情報を集めれば、それだけ攻略パターンも増えるし、楽しい。

だから、相手が勝っても苦にならないし、負けても全然問題ない。

それだって、相手が気を緩めてくれるチャンスになるしね。



「ねーまた賭け勝負しようよ。」
「どうせ、また佐野君が負けるよ。いい加減諦めたら?」
「ええ、わからないでしょ、まぐれ当たりってのもあるかも!あっ、それとも連勝に自信がないとか?そうだよね、うんうん、それなら仕方がないかあ。」
「えっ・・そんなことない、いいわ。受けて立つわ!」
「あはは、そうやってノリやすい遙が好きだよ~♪」
「嬉しくないわっ!!」

ゲームのBGMが流れているこの空間でこうやって二人で共有しているこの時間が好きだ。

最初こそ、やる気満々だった遙だったが、次第に顔色が悪くなっていく。
目のまえにいるキャラが最初は優勢だったのに、今は技のコンボを繰り出されて身動きとれなくなっているからだ。どんなにキーを押しても技を防ぐことができない。
そして技を繰り出しているキャラを操作している嵐はこのチャンスを逃すまいと、遙のキャラのHPを削っていった。

そして・・・真っ青になる遙のゲーム機の画面に表示された文字は『KO負け』。



・・・・俺は昔からそうだった。


喧嘩でその子に負けても、その子が勝てないっていう相手には勝った。
イジメをしてきた子に対しては卒業ギリギリになってから、証拠を並べ立てて暴露した。

卑怯だって叫ばれたこともあるけれど、俺は相手に効果的かどうかをはかりにかけてその場で我慢することを選んだだけ。

ゲームだってそうだ。

テトリスは駒をためて綺麗に並べてから最後に一気に消す。
RPGはたった一人になってから、必殺技を発動して一気に逆転勝ち。
対戦ゲームは・・・・相手が勝って喜んでいるのを愉しんで、相手が一番のっているここぞって時に・・・・勝って、落とす。

いつもそうやって我慢してきた先には大きな喜びが待っていた。
だから、我慢するのは好きだ。
それだけ相手に絶大な効果を与えられるしね。


ちなみに一番好きな言葉は『一発逆転』。



「えっ・・・・・・・」
「やったー!初めて遙に勝った。ねぇこの画面が見える?俺の勝ちだよ?」

嵐は自分のゲーム機の画面に表示されている『勝ち!』の文字を遙に見せたが、当の遙は目を見開いて唖然としていた。



・・・この勝った瞬間に相手が呆然とする顔を見るのがたまらなく好き。
今までもそうやって勝ってきたから、俺をよく知る親友やいとこなんかは、「Mと見せかけたS」だって俺を評価してくる。そんな評価は嬉しくない。
まぁ、そんなんだから、本当に負けるのは苦じゃない。先にすごい楽しみがあるって知っているし、一発逆転を狙って勝った時の快感はかなりクルから好きだ。


我に返った遙は震える声で嵐を指さしながら言ったが、嵐は笑いながら曖昧に濁す。もちろんそれを逃す遙じゃない。

「・・・・もしかして・・・手加減していた?」
「違うって~。第一俺そこまでマゾじゃないしぃ。まぐれまぐれ。あっ、もしかして賭けが怖いからそうやって言い訳してる?大丈夫、優しくしてや・・・いたっーい!!なんで叩くの~!!」
「とんっでもないマゾね!!でも、まるで狙いすましたようにここぞって時に勝つって・・・なんだか腑に落ちない・・・。」
「とりあえず、賭けは俺の勝ちだから今夜は俺に存分に愛されてね?」
「っ・・・・・!」
「・・・・遙?」

せっせと荷造りを始めた遙にもしかしてと嵐は聞いた。まさか帰るつもりかと。思いっきり縦に頷いた遙に対して今度は嵐が慌てる番だった。

「まさかの逃亡!!ちょっと、それは卑怯じゃない?賭けはどうなるのさー!それに、フィギュアだって!」
「フィギュアは惜しいけれど、涙をのんで諦めるわ。私の身には代えられないから!」
「ちょ、そんなに嫌がるー?じゃあ、しょうがない。今回はまぐれだし、賭けの内容を変えてあげる。そうだな・・・これからは俺のことを名前で呼ぶって言うのはどう?それならいいでしょ?」

俺って素晴らしい!と言いながら提案してきた嵐に、遙は内心で確信した。
前に朋美が佐野君はくえないから気をつけなさいと言っていたのを鼻で笑い飛ばしていたけれど・・・今なら理解できると遙は実感していた。

「・・・・佐野君、最初から・・・ソレを狙っていたでしょう?」
「んーまぐれだと思ってもらった方が精神的にいいと思うよ?俺がこれをまぐれって言っているんだからそれでいいじゃない?」
「・・・・それ、暗に手加減していたって認めたようなものじゃない!」
「えーそんなこという?じゃあ。俺の提案は却下ってことでやっぱり俺に愛でられる方にする?」
「ぐっ・・・・・・。」
「別に俺はどっちでもいいよ?でもね、酔っぱらったとはいえ、自分で言った言葉は実行するべきだと思うよ。」


ああ、本当に俺って我慢強いなあ。


せっかくのチャンスをふいにしてしまうんだから。
本当は、夜のチャンスを狙っていたけれど、まだ遙の方で心の準備ができていないんじゃあ、しょうがない。
もう少しだと思っているんだけれどな。本当に嫌だったら泊まらせないと思うし、フィギュアがあるとはいえ、のこのことここまでついてこないと思う。
無自覚かもしれないけれどさ、信用はされてるっぽいし、きっと脈はあると思っているから待てるけれど・・・。でもさ、頑張っている俺にちょっとのご褒美ぐらいくらいくれてもいいと思う。


だから、名前ぐらい呼んで欲しいな。


「・・・はぁ、解ったわよ。君の勝ちでいいわ、嵐君。」
「やった!!」
「ということで、一旦この賭けは終わりってことでいいよね。」
「え。」
「私もやられっぱなしは気にくわないから・・・そうだね、今度は嵐君が負けたら名字呼びに戻る。んで、私が負けた日は家に泊まらないっていう賭けにしよう。うん、そうしようね?」
「ちょっとそれ、おかしくないか?それってどっちか選ばないといけないってことだろう!?遙は負けてもいいの?」
「おかしくありませーん。手加減されるぐらいなら負ける方がマシですから。」

まさかの不意打ち!!

ああ、もうこれだから・・・・・遙が好きなんだよ。

こういう返しができるって人ってなかなかいないよ?


嵐は遙に合わせて別のゲームソフトを起動させた。お互いにもう次の対戦に向けて準備している。こういう切り替えのタイミングが合う所も嵐は気に入っていた。


「ああもう、そんな遙が大好きだよ。それでこそ、攻略のしがいがある。」
「・・・そんな満面の笑みで舌なめずりされても。」
「我慢してこそ、手に入られたときの喜びがでかいからねー。」





だから、俺は我慢することは好きだし、苦にならないし、全然問題ない。
その方が喜びも達成感もかなりでかいからね。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

処理中です...