香帆と鬼人族シリーズ

巴月のん

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卒業とともに(完結)

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ついに今日は卒業式。
先輩達が、学校を去る日だ。

クラスのみんなと相談し、送辞は普通にやって、最後に何かサプライスをやろうということに決めた。担任達にもそのことを伝えてあったので、さほど混乱は起きなかったが、卒業生の方はそうでもなかったようだ。
担任にすら話を通さず、内緒で進めていたらしく、高3の生徒達は『いつも通り』だった。
高3Aの担任である森宮はスーツ姿で胃を抑えながら、校長に頭を下げていた。教頭先生も校長先生も眉間に皺を寄せて、腹を立てまいと我慢していた。
というのも、今日は厳かなる卒業式という1年に一度の晴れの日なのだ。
しかし、どういうわけか、騒がしい卒業式となっているのは、当の八尋や虎矢をはじめとした卒業生達が目立っているからだ。

「っつーことで、龍野八尋様が登場するぜっ!」
「八尋、後がつかえてんだよ、早くいけー!!」
「わーってんよっ。ほらほら、みんなもっと盛り上がれやー!!!」

(わ・・・・八尋達の人気はやっぱり半端ない・・すごい声。)

「いいぞー!!!」
「それでこそ、先輩達だ―――!!」
「見てよ、龍野先輩も虎矢先輩もすごくかっこよくない?」
「さすが、鬼人族を束ねる方達っす、マジしびれますー!!」

卒業生が入場した時から、在校生からは黄色い悲鳴が大量に飛びまくっている。保護者の中には顔をしかめる人が大半だったが、大笑いしている人や、笑いをこらえている人もちらほらいた。
その中で、香帆と莉里はそっと顔を見合わせ、苦笑いするしかなかった。

「やったね、族長」
「うーん、最後に1度だけ髪をピンクに戻していいかって聞かれましたけれど・・・まさか、今日とは思いませんでした」
「でも、あいつらしい」
「そうですね」

あの八尋が最後の最後に大人しくしているはずがない。確かに莉里の言う通りだと思った。
香帆が卒業生の列に顔を向けると、当の八尋と目が合った。小さく手を振ると、向こうは大きく手を振っていた。

「香帆っ!!」
「先輩っ、危ないから前を見て下さい、ぶつかりますから!!」
「先輩じゃなくて、八尋って呼んでようぅううう!!」

(うう、恥ずかしい・・・見なかったことにしよう。)

・・・・大きな声で喋る八尋のせいで、香帆まで注目されてしまった。もうここは顔をそむけるしかないと視線を外した。
それを見た八尋が涙声になったが、虎矢がさくっと席まで掴んで連れて行ってくれた。ちなみに、虎矢の髪の色も金髪だ。


(ああもう、虎矢さんがいなかったらどうなっていたことか!)


目立つどピンクの髪の頭の八尋を椅子に抑え込み、自分の席に戻る金髪の虎矢。違う意味でも目立った卒業生はかなり注目を浴びていた。

怒りに震える教頭先生の司会の下、淡々と進行が進む。
そして、送辞、答辞の時間がやってきた。

「では、在校生を代表して、2年A組の田城香帆、前へ」

名前が出たのと同時に、一斉に全員が香帆に注目する。
途中で眠そうになっていた八尋も、先ほどまでのだらけた様子がウソのように、姿勢を正して、座りだした。香帆は全体に聞こえる大きな声で、先輩達への感謝を述べてから一礼した。


「続きまして・・・おぃ、これは本当に?ああ、そう・・・ゴホン、失礼した。卒業生代表、龍野八尋、前へ」


教頭先生の言葉に一斉に誰もが盛り上がった。入学式ですら挨拶を拒んだ鬼人族の族長が挨拶をするのだ。誰もが興奮しても無理ないコトだろう。しかし、八尋はさすがだった。彼が前へ出ると、さきほどまでの歓声がウソのようにしんと静まり返った。

(・・・・さすがは、先輩。生徒会長よりもはるかに人気があるのもうなずける。)

「いざ、ココに立つと、緊張で胸がいっぱいになるな。・・・俺には、気の利いた言葉を言うことはできない。そのかわり、俺自身の言葉で伝えたいと思う。・・・・正直、ここに入学した時は、つまんねぇ学校だと思っていた。センセーも煩くて、校則もありきたりで、なんっつーの、面白味のないとこだと思っていた」

でも、違ったと、八尋は全体を見渡し、先生を3人指さして笑った。それぞれ、A組の担任をしてきた歴代の先生たちだとすぐに気づいた。

「・・・このセンセーたちがこれまた俺達をよく把握してくれてよ。俺達のやり方をある程度認めてくれた。ガチガチにしめるでもなく、かといって、放置するわけでもない。絶妙な間を持って俺らを指導してくれた」

消火器を廊下に振りまいたりとか、バイクで乗り込んだりとか、ほんと、色々バカやって困らせた。それなのに、広い心で怒って呆れて、それでも最後には「お前らだからしょうがねぇわ」と笑ってくれた。

「・・・それから、保護者のみんなにもいろいろと迷惑をかけたと思う。毎晩夜遅くまでバカやってる俺達を筆頭に、色々と愛想をつかしたくなったのも、一度や二度じゃないはずだ。それでも、今日まで俺達を養おうと必死になってくれた」

なんだかんだいって、俺達を見守ってくれた。受験の時には、夜食を作り、送り迎えもしてくれた。何かあったら警察に頭を下げてくれた。

「俺達は、なんだかかんだいって、ガキだった。なんっつーの、自分の世界に引きこもっていただけ。でも、この学校で、新しい友達ができて、新しい仲間ができて、新しい人間関係を築いたことで、俺達の世界は広がった」

一旦言葉を止めた後、何故か視線を向けてくる八尋に、嫌な予感を覚えた香帆だが、逃げられるはずもなく。八尋の口から、香帆の名前が出た時、やっぱりかと恥ずかしくなったが、その後に続いた言葉に思わず目を見開いた。

「俺の場合は、香帆と出会ってめちゃくちゃ変わったと思う。はっきり言って、香帆と会うまでの俺はバカ過ぎた。他のやつらからも、親父からも、目や顔つきが変わったと言われた。・・・前は、人の気持ちも考えられなかった。俺自身が良ければ全部それでいいって思っていた。でも、香帆の優しさに触れて、どんどん、お礼を口にできるようになって、香帆の言うこと一つ一つを守っていたら、新しい世界が広がっていった。もし、香帆と出会ってなかったら、小娘と学校中を走り回ることもなかったし、授業もまともに受けることもなかったし、何より、お前らと想い出を作ろうという気も起きなかった。・・・・前の俺なら受け容れられなかった・・・ことを、受け入れられるようになった。お前らとつるんで、授業を受けて、受験勉強を一緒に頑張る。そういう当たり前のことができるとは、思ってなかった」



真剣な顔で話す八尋の言葉が体育館の中で浸透していく。誰もが無言で聞き入っていた。


「なんっつーの・・・学校って、ガキが集まってダセェことするだけだと思っていたけれど、そうじゃなかったってことを、香帆のお蔭で気づけた。もし、香帆がいなかったら、学校の良さっつーのも解んなかったと思う。
・・・こんな俺みたいに、変わった奴らはいっぱいいる。変わらなかったやつも何らかの成長はしている。こんなメンドクサイ俺達を3年間育ててくれたこの学校とセンセー、それから、ずっと俺らを学校に行かせてくれた保護者のみなさん、本当にありがとうございました。そして、いろいろと迷惑をかけてマジですみませんでした」

八尋が指を鳴らすと、卒業生が全員一斉に起立し、合図とともに全員が一斉に頭を下げた。数秒だけだったのに、やけに長く感じたのは、それぐらいお辞儀がしっかりしていたからだろう。
気付けば、香帆は涙目になっていた。隣にいる莉里もハンカチで目を覆っていた。周りをそっと見まわすと、八尋の父親である八郎は、手で顔を覆い隠して座っていたし、卒業生の担任達の中には泣いている人もいた。

(・・・そりゃ、嬉しいですよね。だって、これは紛れもない先輩達の本音ですもん。)

「これから、俺達は、保護者の庇護を離れて自分で責任を取らないといけない世界へ羽ばたくことになる。きっと、その時にこそ、親の偉大さ、学校の大切さ、先生のありがたみを知ることになるんだろうけれど、今の俺達はまだ歩き出したばかりのひよっこ。・・・なので、もう少しの間だけ、俺達を支えてくれると嬉しいです。
・・・・在校生のみんな、学校がつまんねーとかそういうことを言ってるヤツは出直せ。一生を共にできる相手でも探してこいや。好きな奴でもイイ、親友でもイイ。友達でもイイ。なんっつーの、そういう奴を見つけて、自分の変化を楽しめたら、きっと世界が輝いて見えるだろうと思う。最後に一言だけ言わせてくれ」


時間的にも最後だ、感謝の言葉でも出てくるのだろうと誰もが注目していたのに、八尋はやっぱり八尋だった。


「さっき、在校生代表をやった、田城香帆は俺の嫁になる女だ。断じて声かけるんじゃねぇ、もし新しい後輩どもが手ェ出したり、香帆に近寄ったりした時にゃ、お前らの命はないと思え!!俺が卒業する以上、お前らに任すしかない俺のやり場のない怒りと悲しみは半端ないぞ。・・・以上、卒業生代表、龍野八尋」

・・・みんなはどっと笑っていたが、香帆だけは笑えなかった。運悪くも、香帆の纏うオーラの変化に気づいたのは、隣にいた莉里だけだった。

「香帆、愛され・・・ひぃっ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・うふふふふふ、龍野先輩ったら」
「か、香帆・・・気、気を確かに・・・・まだすること、ある!あるから!」

何度も揺らしてくる莉里を余所に、香帆は卒業生が退場する時間になるまで、ずっと恨み言を呟いていた。


教頭先生が「卒業生退場。拍手をお願いします。」と言い終えたのと同時に、ピアノの音が鳴った。ワンテンポ遅れて、歌声が聞こえる。
卒業生は突然の曲に驚いていたが、ステージ上に立っている莉里を中心とした数名の生徒達とピアノを伴奏している香帆の姿を見て悟った。
この曲は卒業生を送るために捧げられた歌なのだと。
そして、莉里が歌っていることに気づいた誰もが、驚きの声をあげていた。無理はない。滅多に声を出さない莉里が歌っているのだから。このサプライズには、卒業生どころか、先生や在校生にも効果があったようで、大好評だった。


卒業生が出ていった後、在校生たちは椅子の片づけも放り出し、我先にとばかりに、卒業生達の所へと走って行った。別れの挨拶を交わしあうグループがあちこちにと固まっていた。
卒業式の後、校舎に残る人達も結構いたが、香帆と八尋達は早々に学校を出た。

「まさか莉里が歌ってくれるなんて!!」
「頑張った・・・褒めて」
「いくらでも褒めるよ、もちろん!!!!」

虎矢に撫でられて嬉しそうな莉里を余所に、八尋は少し不機嫌になっている香帆をなんとかなだめようと必死だった。

「か、香帆さん?」
「・・・・・・おめでとうございます、龍野先輩」
「なんで、先輩なの――――?!香帆さん、香帆さんや、怒ってますよね?なんでっ?」
「怒ってませんよ。ええ、あの答辞だって、最後の最後がなければ、とっても素晴らしいものでした」
「ひぃいい、だって、だって香帆可愛いんだよ?めっちゃ人気あるんだよ?!ヘビやサルだってカードが大変だって言ってるし!」
「・・・・・で?」
「えっとぉ・・・・・・公衆の面前でスミマセンでした」
「謝るぐらいなら、最初から言わないでください。もう・・・・!!」

ぷんぷんと拗ねる香帆に何度も頭を下げる八尋。

「あーあ、香帆ちゃんの機嫌直し大変だねぇ、ガンバレよ。俺は莉里を送ってからアジトへ行くから」
「他人事のように!!うう、りょーかい・・・」

八尋の情けない様子を見た莉里は、呆れながらも言葉を紡いだ。

「相変わらず馬鹿だね、族長」
「何だと!?」
「・・・今でも正直認めたくない。でも、不本意だけれど、香帆を任せられるのは、あんただけだと思う。だから、そのまま馬鹿なままでいてよ・・・あたしも楽しかったわ、ありがと、龍野さん」
「キモイこと言うな。俺達はこれからも、ギャアギャア言い合う関係でイイんだよ・・・こっちこそ、サンキュ、んで、これからもよろしくな。登良野」


突然、手を叩き合った2人を見た虎矢と香帆は顔を見合わせて、首を傾げた。


「・・・なんだかんだいって、コレだからなぁ」
「はい、なんだかんだいって、凄く気が合ってるってカンジなんですよね。別にいいですもん、私達もこれから、ずっといい関係でいましょうね」
「あっははは、そうだね、俺も、家族ぐるみで、付き合いを続けられたらいいな。んでもって、俺達の子どもが結婚したりとかっていうのいいよなぁ」
「なぬぅっ!?俺達の子はお前にはやらねぇよ!!!」
「ああ、いいですね・・・ソレ。虎矢さんの子どもなら、女狂いより安心できそうです」
「香帆さんや、それはどういう意味ですか―――――っ!?」
「・・・・香帆も、隆も、大概に・・・・行くよ、隆」
「はいはーいっ、また、後でね、香帆ちゃん、八尋!」

楽し気に離れて行った2人の後ろ姿を眺めながら、香帆はポツリと呟いた。

「・・・・先輩。公園に行きませんか?」
「あ、うん。いいけれど・・・めずらしーね?」

気分が良くなったらしい香帆に連れられて、八尋は公園のベンチへと座った。
その向かい側に香帆が立って、くすくすと笑っている。

「ど、どうしたのさ、香帆?」
「先輩、遅くなったけれど、質問させてください?」
「・・・・・え、なに、何なのーっ?」
「Trick or Treat?」
「え・・あ、ああっ、そ、そういうことねー?」

香帆が突然英語で聞いてきたことに一瞬固まった八尋だが、やっとあの日の再現だと気づいたのか、香帆のセリフを思いだして口にした。

「えっと、Happy Halloween?」
「はい、良くできました。お菓子じゃないですけど、プレゼントです」

香帆は鞄からコップほどのサイズの瓶を取り出し、八尋に渡した。八尋は手のひらに収まった瓶に目を丸くして飴・・・・?と呟いた。

「ふふふ、一番上のピンクのを食べてみて下さい」

香帆の含み笑いに何かあると悟った八尋は、期待を胸に、飴を取り出し、ピンク色の包み紙を開いた。

「・・・え、こ、これって・・・・ゆび、わ・・・」

指輪を見たことで、頭がパニックになった八尋が口を開こうとしたその時、温かい感触が唇に触れた。
香帆が、八尋にキスをしたのだと解ったのは、数秒後。
突然のことにビシッと固まった八尋。固まった八尋を余所に香帆は、八尋の指に指輪をはめた。

「あ・・・・良かった、ピッタリですね。・・・・コレ、首輪代わりなんで、大学でちゃんと付けてください」
「・・・え、あ、はい、もちろんですともっ!!!!」
「龍野八尋さん、これからも、ずっと私の傍にいてくれますか?」
「・・・・・・か、髪の毛を茶色にするんで、これからも、お願いします」
「あはははっ・・・そこまで再現しなくてもいいんですよ―――――!!!!」

まだ、混乱しているらしい八尋を余所に香帆は声を上げて笑うことが出来た。
自信を持てなかったら、きっと自分からこんなことはできなかった。

でも、今なら大丈夫と思える。
本当に首輪と迷ったけれど、自分もお揃いでつけたかったから、指輪にした。
手作りだから、誰にも真似されることもないし。
それに・・・・

「うう・・・俺、香帆にはやられっぱなしだよう・・・・もっと頑張らないとぉ」


いえいえ、いつもは私がやられっぱなしなんですよ。今日は意趣返しが出来て嬉しいです。
こんな風に、これからも、色々あると思うけれどゆっくりと、時間をかけて一緒にいたいです。


だから・・・・




だから、これからもよろしくお願いします、未来の旦那様――――。











ハッピーエンド!!


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