【R15】交わる道シリーズ

巴月のん

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第一章*交差点

交差点と会いたくなかった人

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会社の帰り道、綾乃あやのは久しぶりに交差点で信号待ちをしていた。

少し今時にしては珍しい真っ黒な艶あるロングの髪を三つ編みに束ね、白いブラウスに花柄のスカートをはいて、ピンクの日傘を差しながらぼんやりと信号を眺めていた。
信号が点滅して青に変わった時、綾乃は足を踏み出そうとしたが、後ろから腕を引っ張られたために、信号を渡れなかった。
驚きで足が竦んだが、我に返って信号を見やればもう赤になっていたので、仕方がなく立ちどまった。

腕に掴まれている感触が熱い。そう思いながら、腕をつかんでいた人を見上げれば、懐かしい顔が目の前にあった。
そこにいたのは久しぶりに会った『彼』だった。

「あや、の…っ。」
「…久しぶりですね、佐野さの秋良あきらさん。」

(ずっと会っていなかったけれど…この人、私の名前を覚えていたのね。)

それにしても相変わらず、端正な顔立ちだなと思いながらも、綾乃は冷めた目で、目の前にいる秋良を眺めていた。汗をかきながら、茶髪の髪をかき上げた彼は口を開いたが、その間も腕を放そうとしない。

「やっと、会えた。ずっと、ずっと、ここを通るのを待っていた。」
「そうですか。帰りたいので、腕を外してください。」
「待てよ、綾乃。あの日のことを、説明させてくれ。」
「安心してください。私たちは恋人同士じゃありません。あなたで言うなら、いつでも解消できる単なるセフレです。なので、別の女性と一緒にいたことの説明も不要ですし、今はもう無関係なので、あなたのお好きなようになさってください。では。」

綾乃は、信号が青になったのを見逃さず、一気にノンブレスで言いながら、掴まれていた腕を思いっきり振りほどいて走り出した。

「お、おい、待てよ!!」

隙をつかれた秋良は追おうとするが、自動車に阻まれ、その上に信号が変わってしまったので、横断歩道を渡れなかった。それを見逃さなかった綾乃は元陸上部の経験を活かし、さらにダッシュしてその場から離れた。
しばらくした後、交差点から離れたのを確認し、周りを見渡す。影も見えないことから、もう大丈夫だと安堵した綾乃はその場に崩れ落ちた。

(…思い、出した。あの日は2年前のクリスマスで、今は夏だから…2年9ヶ月振りだわ。)

ようやく息を整え、鞄を持ち直してマンションへと戻ろうと再び歩き出した。その間、綾乃は久々にあった秋良との過去を思い浮かべていた。

二度出会うことなどないと考えていたあの『彼』との出会いはまさにあの交差点だった。

彼の家があの交差点のすぐそばにあるアパートで。
彼の部屋がある二階の窓からナンパされたことがきっかけだった。
綾乃は最初こそは不審に思っていたが、結構ほだされる自分の性格がもとで引き込まれていき、最終的に身体の関係を持ったというわけだ。

告白こそなかったものの、なんとなく付き合っているみたいな関係で接していたのだが、彼にとっては違っていたとわかったのはあのクリスマスの日。
会社の帰りにいつものように交差点を通って、アパートに寄って部屋をノックしようとした時、彼のいたしている声が聞こえたのだ。そして、綾乃以外の女性の声も。

(あの時に現実に引き出されたのよね。だから、アパートの鍵をポストに入れて、その場を離れて、二度近寄らなかった。あの日からずっと交差点を通らず、別の道を遠回りしていたのだけれど。)

今日はなぜかあそこを通ってしまった。

過去を思い出しては今日の失態を悔やむ。ようやくついたマンションの鍵を開けて部屋へ入った。暑かったので、エアコンをつけて、少し涼もうとソファーへ座る。思わず独り言を呟いてしまうのはやっぱり動揺がどこかで残ってしまっているせいだろう。

「・・・そういえば、あの時に鞄を落としてしまったせいで、クリスマスプレゼントもどっかへ消えたのよね。」

(今となっては、クリスマスプレゼント自体買わなきゃよかったと思うし、なくなって結果オーライだけれど。)

「とりあえず、もうあの交差点は絶対行かないようにしよう。」

目を閉じて思いを馳せる。
綾乃にとってあの交差点はまさに鬼門なのだ。もう終わった過去を思い出せる嫌な場所。あそこに行かなければもう『彼』とのつながりはなくなる。


だから、大丈夫・・・・

よしと、気合を入れて夕食作りに取り掛かる。もうすでに綾乃の頭の中に『彼』のことは残っていなかった。


二度会うことはない。そう思っていたのに、再び彼と出会った。しかも、元上司だった田中さんに呼ばれた店で。
お店の中で元上司を探して見回すと手を振っている元上司がみえた。そしてそれと同時に、隣にいる男が見知った人であることにも気づいた。それに気づいた時、綾乃が顔を引きつらせたのはもちろん言うまでもないだろう。

「こっちよ! 佐野さん、この子が、話していた後輩の水上みずかみ綾乃。こちらは私の前の職場の上司で旦那の友達にあたる佐野さん。」

(世間は狭い。しかも、言っていなかった名字までばれてしまったではないか。)

綾乃は内心でため息をつき、わざとらしく初対面であるふりをして挨拶した。挨拶の意図に気づいたのだろう一瞬眉を顰めた彼は、自分に合わせた対応をしてくれはしなかった。

「初めまして、水上綾乃と申します。」
「…初めまして、じゃねぇだろう。つい1週間前に再会したじゃねぇか。」
「何のことやらわかりかねます。」
「ちっ…!」

秋良の悪態も華麗にスルーして、紅茶を注文して座った。そして、元上司の方に顔を向けて、笑顔という名の圧力をかけて質問する。

「田中先輩、一体なぜ彼と私を会わせたんですか?しかも、この人に私のことを話したんですね?」
「やっぱり知り合いだったのね。この人ね、私の主人の友達なのよ。で、前に家に飲みに来た時に、酔っぱらってあなたの名前を出していたの。それで後輩と名前が同じだわって話したら、すごく食いついてきて、特徴は?とか髪の色とか目の色とかいろいろ聞いてきたあげくに、会わせろ!ってうるさく言われたのよね。」
「はた迷惑な行動ですね、それ。」
「お前が交差点になかなか現れないからだ。…もっと早く、お前の家や職場を知っておけばよかったと何度後悔したことか。」
「私はもう会いたくないから行かなかったんですけれど。」
「お前が好きにしろと言ったんじゃねえか。とりあえず、連絡先を教えろ。そして、俺の話を聞け。」
「嫌です。田中先輩、話はそれだけのようですので、紅茶を飲んだら帰ります。あとはお任せしますので。」

経緯を聞けば、肩を思わず落としてしまった。思わず彼に対してチクリと嫌味を言ってしまうのは仕方ないことだろう。
彼の話を聞きたくないし、連絡先も教えたくなったので、一気に紅茶を飲み終え、お店をでようと立ち上がった。(もちろん、代金は支払った。)

それを阻んだのはやはり彼だった。すでに元上司は他人事のように座ったままなのが窓から見えた。できればこの目の前にいる男を引き留めてほしかったと思いながら、綾乃は道路の方へと歩き出す。

それを追いかけてくるこの人のしつこさといったら。

「帰るなら、車で送ってやるから場所を教えろよ。」
「心配無用です、ほら、そこの自転車で来ていますので。」
「…自転車だと?」
「ええ、たまたまでしたけれど、思わぬところで役に立ちましたね。」


(少なくとも、この目の前にいる男除けにはなったわ。)


綾乃は自転車の鍵を取り出し、自転車を動かしだした。すると秋良がいきなり覆いかぶさってきた挙句、唇を封じてきた。両手がふさがっているのをよいことに!!片方のハンドルから手を放し、彼を押しのけようとするも相変わらずびくともしない。

(こんなところは昔と変わらないようで、それすら懐かしく感じてしまう自分が嫌だ。久しぶりの感触にめまいがする。しかし、ここで押し切られたら負けだ。)

綾乃は彼に振り回されないようにと、必死にしびれる指と頭を動かしていた。しかし、彼は執拗に舌を入れてくる。

「っ・・・!」

綾乃はようやく、口が離れたのを逃さず、秋良の股間を狙って膝キックを食らわせた。

「ぐっ・・・お、まえ!!」
「キス代のおつりは結構よ。二度姿を現さないでちょうだい。」
「俺は、諦めるつもりはないからな!」
「セフレは他を当たってください。では。」

濡れた唇を腕でぬぐい、いい加減にしろと言いたげに冷たい視線で一瞥してから自転車にまたがる。そして思いっきり力を入れてペダルを漕いで逃げた。

後ろから秋良の叫び声が聞こえたが、綾乃は無視し続けた。


「単なるセクフレにキスなんかしないし、2年以上も忘れられる訳ねーだろうが!!!」


綾乃はマンションへと向かった。ひたすら何も考えずに思いっきり自転車を飛ばしたせいか、部屋にいくと身体が重い。
着くなり、ソファーに寝そべる。ぐったりと横になりながら、綾乃はぽつりとつぶやいた。

一人きりの部屋だと、どうしても思い出してしまう。


「…2年以上、か。過去に戻れるなら、あの男と関わるなと自分に説教しているところだわ。本当に、二度会いたくなかったのに。」


出会ってしまったのが運のつきというのだろうか。あの男が飽きるまで、当分は付きまとわれそうだ。


(あの男は飽きっぽいから、次を見つけたらこちらには来なくなるでしょう。それまでの辛抱よ。)


力を抜くと眠気がやってくる。よほど疲れたのだろう、それに抗えず目を閉じて眠りについた。



しかし、綾乃は知らない。
彼女の計算とは裏腹に彼は会社までやってくる執念深さを見せ、ついには結婚までしてしまう未来が待っているということを。





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