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第二章*曲がり角
曲がり角で会えたなら
しおりを挟むここの近くのバス停は曲がり角にあり、あまり人が並ばない静かなところで、小さな赤いベンチが一つあるだけ。
俺は中学生の時、そこで運命の人を見つけた。
もちろん、貴女のことだよ、冴子さん。
当時の僕から見たら貴女はとても大人に見えたし、貴女から見れば、俺はただのガキに見えただろうね。
今でも鮮明に思い出すなぁ。
中学生になってからバス通学を始めた時、バスの乗り方やお金の払い方が分からず困っていた俺を助けてくれたお姉さんが冴子さんだった。
ガキの俺が憧れのお姉さんに一目惚れするには十分な理由だよね。
ただ高校は別の県に進学したから三年間しか会えなかったんだよ。だからこそ、あの卒業式の朝に告白したわけ。でも、やっぱりというかなんというか・・・うん、見事に振ってくれたよ、冴子さんは。
あーはいはい。まぁ、まだまだガキだった俺が振られるのも当然だったということにしておこう。
『黒宮冴子さん、あなたのことが好きです。』
『…君さ、よくこんな年上に向かってよく告白できるねー。』
『言っておきますが、僕は本気です。どうしたらあなたと結婚できますか?』
『んー、そうだなぁ。私がまだ結婚してなくて、君がいい会社に入って、女性にモテモテなぐらいかっこよい男になっていたら結婚してあげてもいいわよ。』
(今思えば、中学生の俺に対しても真摯に答えてくれた貴女だからこそ好きになったんだろうけれど。)
そして、数年後、俺はバス停で懐かしい姿を見かけることになる。
スーツの上からでもよくわかるスタイルの良さ。
うなじによく映えるショートボブヘア。
前髪を耳にかけてピンで止めるとよく見えるまつ毛の長い横顔。
すらりとした長い手足。
昔のように、長い髪の毛ではないし、髪の色も変わっていた。
でもすぐにわかったね、あの時に告白したあのお姉さんだって。
だから、貴女はあの時と相変わらず、この曲がり角でバスを待っているんだなぁって、嬉しくてずっと気にかけていたんだよ。
ちなみに、大学卒業後、あちこち転勤を繰り返して海外からようやく日本に戻ってきた時、迷わずここで一人暮らしをすることを選んだのは、貴女を忘れられなかったから。
「…って、言ったら引くかな?」
にこにこと告げれば、冴子は「重過ぎるわ」と呟いた。
引き気味ながらも、彼女が口にしたのはそれだけだった。まぁ要するに、受け止めてはくれたということだろう。
安堵した自分に対し、冴子は首をかしげて疑問を口にした。丁度よいタイミングで沸いた珈琲を入れたコップを渡しながら肩をすくめた。
「ねぇ、なんですぐに話しかけなかったの?会社でわざわざ会わなくても、バス停で話しかけてくれたらすぐに思い出したかもしれないのに。」
「冴子は男心を解ってないよね。」
(できるなら、惚れた女の方から気づいてほしいって思うのが心理でしょう?)
内心で思うも、口には出さない。冴子のことだから、何を言っても照れて裏拳で突っ込んできそうだし。
沈黙していると、男心ってなんなの?と言わんばかりに腕を組んで考え込んでいる冴子が目に入った。
(あ、考え込んでる冴子も可愛いなぁ。)
結婚する前は「冴子さん」と呼んでいたけれど、今は「冴子」呼びに変えた。
彼女から指摘を受けた当初はなかなか呼び慣れなかった。だけれど、少しずつ慣れてきた今では呼んでしっくりくるようになった。
過去を思い出すと、昔と今では随分と変化がでてきたのだと思わず笑みがこぼれてしまう。
(ふふ、嬉しいですね。距離が近づいた感じで。これもまた夫婦だからこその醍醐味でしょうかね。)
しかし、そのぼのぼのした雰囲気を壊すのが冴子であって。
「うーん、男心ねぇ…好きな人がいても身代わりで他の女性たちと遊べることもやっぱり男心に当てはまるのかしら?えっと、確か…実花さんとか、だったかしら?」
(・・・・・冴子は本当に的確に俺の黒歴史を抉り出してくれるな。)
これが、嫉妬であれば嬉しいと思う。
しかし、今の冴子はどう見ても疑問を感じている様子で、歯牙にもかけていないといった雰囲気だ。春彦本人としてはいたたまれない。
(・・・・・・・・本当にあの時に実花が現れたことは最大の誤算だったよ。)
実花が冴子に珈琲をぶちまけたあの後は本当に大変だった。
喚く実花を冷たい目で黙らせたら、次は泣いて許しを請おうとしてくるし。
同じようなことが二度もあってたまるかと思って、全ての女性問題を切った。あれは今でも英断だったと思っている。
実際、そのお陰で結婚式がスムーズに進んで、冴子もにこにこと嬉しそうな顔をしていたのだから良しとしよう。
実花は最後まで、「酷い」とか「なんで」とかわめいていたが、冴子からあんな冷たい目を向けられた俺の身にもなってほしい。
いつもバスの中で、俺の話を聞いて微笑んでくれたのに、あの時はどうみても「屑だわ」って言いたげな(いや、実際言っていたようなものだが。)あの冷たい無表情は忘れられない。
(あの時ばかりは、仕事を放り出して問題解決を優先したな。もうあんな面倒なことは嫌だし、何より冴子に嫌われたくなかったから。)
思わず無言になってしまったがここで何かを言わなければ変に誤解されそうなので、とりあえず言葉を振り絞って口を開いてみる。
「冴子、お願いだから過去は忘れてほしいな?」
「過去って言っても数年前のことよ?」
にっこりと笑う彼女に、確信犯かとがっくりする。肩を落としながら珈琲に逃げていたら、冴子が思い出したように別の話題を話を切り出してきた。
「そうそう、今日社長に後輩を会わせたけれど、彼女が噂の綾乃さんだったわ。」
「それはそれは・・・名前が同じだけかと思っていたら本人とは。世間は狭いですね・・・。」
まだ見ぬ綾乃さんに同情したのは親友である秋良の顔が思い浮かんだからだ。
「あの馬鹿社長も過去を反省するのにいい機会だわ。それに、女たらしが結婚式の時に群がるであろう蟲どもをどう扱うか見ものね。」
「少なくとも、佐野家の親戚や親御さんは喜びに泣いて歓迎するでしょう。女たらしの噂がかなり広まっていてまともな結婚話は来なかったですから。キーキー煩く言うのはおそらく、元彼女達でしょうか。」
「綾乃は私以上に女性問題に厳しいからどうかしらね。」
くすくすと笑う冴子がいつになく黒いと感じたのは俺だけじゃないはず。それでも、生き生きとしている様子を見ると、まぁいいかと思えるから不思議だ。
ここに秋良がいたら・・・うん、確実に突っ込んでいたね、いろいろと。
(あ、でも、秋良に対してはちょっと困ればいいと思う。主に女性問題で迷惑を被った身としてはちょっとぐらいは彼の不幸を願いたいものだね。)
大体、中学生の頃、冴子さんと一緒に撮った写真を見られた時だってそうだ。
秋良から「その冴子さんってやつ、俺の会社にいるぞ。しかも、俺の秘書だ☆」とテヘペロのポーズで言われたときはさすがにムカついたんで、首を絞めた。
(べ、べつに羨ましいって理由じゃない。それに…。)
『こちらこそ、公私の区別のつかない馬鹿な社長で申し訳ございません。秘書の黒宮冴子と申します。今後、お会いすることも増えるということで、うちの社長が何かと迷惑をかけてしまうかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。』
冴子の自己紹介でちょっとわかってしまった。なんだかんだ言って、冴子は秋良のことを信用しているし、秋良の方もよいパートナーと思っているってことを。まぁ、そうでなきゃ、今でも付き合いなんかないし。
そういうところはちょっと・・・
(妬けるんだよなぁ。あ、ちょっと秋良に八つ当たりしたくなったかも。)
頭に秋良の顔が浮かんだのを消そうと手を振っていると冴子が心配そうに声をかけてきた。
「ど、どうしたのよ。突然手を振って黙り込んでさ。」
「いや、なんでもないよ。まぁ、秋良は綾乃さん相手なら腑抜けになるから、必死でなんとか挽回するはずだ。だから、結婚式は心配しなくてよいと思うけれどね。」
「・・・本当ね?」
「俺が冴子に嘘なんかつくわけないだろう?それに、万が一外れた時は、綾乃さんを慰めた後、存分に秋良に八つ当たりするといい。」
「それもそうね。」
確かにと頷いた冴子はほっとしたような表情をしている。なんだかんだいって後輩思いなのだ。ちょっと不器用なので素直に心配できないのだろう。
ふと、彼女の手に結婚指輪がはめられているのが見える。
(そういえば、俺がプロポーズする時もいろいろ会ったな…。)
思い出しても涙が出そうになる。今でもあのプロボーズは自分にとって受け止められたのは幸運でしかないと思っている。大体、あのバス停での壁ドンで初めてキスした時だって本当は緊張で胸がいっぱいだったのに。それを上まわるプロポーズで失敗などしたくなかった。
(あの告白の時だって、余裕ありまくりに見えたって冴子には散々言われたけれど、本当は全然余裕なんかなかったんだぞ・・・。)
特にプロポーズの時は散々だった。あの馬鹿秋良のせいで冴子の仕事が遅くなったから予約していた店の閉店時間が迫ってきたり、やっと来たと思ったら、もうとっくの昔に切れていた元彼女との遭遇がきっかけで喧嘩になって、その日は結局プロポーズができなかったし。
なんとか別の日に必至に仲直りしてやり直せたのは良かったけれど、俺の人生最大の告白が一番計画通りにいかないって…どうなんだろうな。
遠い目をして、過去を思い出す。癒しが欲しいと思わず、冴子を背中から抱きしめた。突然のことで冴子は驚いたが、拒否はされなかったので、甘えてみる。
「そもそも、冴子を前にして余裕があった試しなんかないんだけれどね。」
「わっ、いきなり抱きついてきてどうしたのよ?」
「ううん、冴子と結婚できて本当に良かったなぁと思っただけです。」
「ああ、そういうことね。私も再会できて、その上に結婚までするとは思わなかったわね。でも、貴方と会えて良かったとは思っているわ。」
「ずっと決めていたんですよね。もし、あの曲がり角でもう一度会えたなら、絶対結婚を申し込もうって。だからこそ、軽々しく話しかけられなかったんだけれどね?」
俺を助けてくれたお姉さんである貴女と再会して結婚できる確率なんて本当に低いと思うよね。
でもね、俺はそれを諦める気なんかなかったよ?
だからこそ、願った。
もう一度あの曲がり角で会いたいと。
だから、運命なんていう言葉で片付けたくない。
あの出会いは俺達にとっての必然だった。少なくとも俺にとってはね―――――――――。
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