名も無き旋華の詩〜主人公は存在しないけど、それでもモブたちが物語を作り上げる件〜

鬱宗光

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春より参られし桜華様!

第1話 春よ

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春風や
桜吹かれて
散る花や
舞う花見上げ
蒼天にゆく

今年も変わりなく、桜並木が連なる河川敷に見事な桜が咲いた。

河川敷を歩く多くの学生たちは、見事に咲き誇った桜を眺めながら、スマホを片手に春の風情を楽しんでいた。


そんな中、今日も心苦しい思いを誤魔化すべく、不意に思い付いた短歌を口ずさむ男子生徒がいた。 

その男子生徒の名は、佐渡桃馬さどとうま

春桜しゅんおう学園に通う二年生にして、一応どこにでもいるモテない男子学生である。

ちなみに、昨年度の"桃馬"は、女子との絡みは数多くあったものの、付き合うまでには至らず、その代わりに二人のイケメンから言い寄られる始末であった。

そのため、昨年度の今頃に思い描いていた順風満帆じゅんぷうまんぱんな学園生活は、日を追う事に崩壊して行き、今では現在進行形でBL展開のルートに片足を突っ込んでいた。

このままでは、"春"の暖かさを感じる心の桜が咲き誇る前に、真っ赤に燃え上がる"真夏"の様な薔薇ばらが先に咲き誇ってしまいそうな勢いであった。

そうなっては、心の桜は切り倒され、更に切り株の上には、大量の薔薇ばらが突き立てられる事になるであろう。


そして現在に至り、新年度を迎えて早や三日目である。

依然と変わらぬ学園生活に、今日もため息をつきながらうつむいていると、そこへ背後から幼馴染みの村上憲明むらかみのりあきが声を掛けて来た。

憲明「おはよう桃馬~♪また一人でほうけているのか?」

桃馬「…うるせぇ、彼女持ちのお前に、俺の気持ちが分かるかよ。」

憲明「はっはっ、それはすまない。だけど、まだ二年生になったばかりだぞ?希望持てって~。」

桃馬「そうは言うけどな、もう二年生だぞ?この春の内に作れないと……、まじで後がない……色々と。」

憲明「うーん、確かに言われてみれば、三年生は受験や進路やらで忙しいからな。何も考えないで楽しむなら、二年の夏休みまでには何とかしたい所だな。」

憲明の言う通り、順風満帆な学園生活を送るには、何のしがらみもない二年生の時が勝負である。

憲明「にしても、どうして"人種"に"こだわる"んだ?エルフ族や魔族でもいいだろ?」

桃馬「はぁ、俺もそうしたいけど、何故か俺だけ人間以外付き合っちゃダメって言われているんだよ。兄さんは、獣人族のシノン姉さんと付き合ってるのに…。」

憲明「っ、と、桃馬だけってのは……、ちょっとえぐいな。」 

桃馬「だ、だろ!?俺だって、シノン姉さん見たいなケモ耳少女と付き合いたいよ……。」

憲明「うーん、何とも世知辛い話だな。それに比べて俺なんかは、家族から胴上げされて、天井に穴が開いたくらいだよ……。」

桃馬「っ、ふ、ふん。そ、そりゃあ、可愛いエルフが彼女なんだから、逆に喜ばない方が異常だろ。」

憲明の余計な一言に少しキレた桃馬は、負のオーラを放ちながら憲明に嫌みをぶちまけた。



ここで小話。

この物語に描かれている世界は、平凡な格差社会と紛争などが広がる現実世界で、突如として異世界へと繋がる亜空間が現れ、二つの世界が亜空間と数多くのゲートで繋がった世界である。


事の発端は、さかのぼること十年前。

突如、日本近海の太平洋側に、異世界へと通じる亜空間が現れた事が始まりであった。

当時の日本政府と国民は、得体の知らない亜空間に困惑するも、日本政府の意を決した独自調査の末。

なんと亜空間の先には、今まで想像の産物だと思われていた"異世界"へと繋がっていたのであった。

世紀の大発見に、興奮が抑えられない当時の日本政府は、これを国民へ向けて大々的に発表し、日本中を歓喜の渦に包み込んだ。

その後、若い国民からの熱心な押しもあり、多彩な交渉と調査が行われた末、夢にまで見た"異世界"との交流文化がスタートしたのであった。

更に当時の日本政府は、異世界に住まう"異種族"たちの権利を守るべく、異種族安全保護法を即座に制定し、五年後には国際法にも取り入られた。

※異種族とは、異世界に住む、エルフ族、魔族、獣人族など、人間以外の総称である。

そして話しは戻し。

異世界との交流文化が始まってから早や十年。

今や現実世界の日本では、当たり前の様に異世界から訪れた人々が暮らしている。

そのため、エルフと言う絶世の美女を彼女にしている憲明は、未だ彼女が居ない桃馬に取って嫉妬の塊であった。

憲明「ま、まあ、そう怖い顔するなよ?最悪、愛犬の"ジェルドとギール"が居る訳だし…、どっちかと駆け落ちでもすれば……。」

桃馬「おい、こら憲明?それ本気で言ってるのなら、マジで張っ倒すぞ?」 

彼女が居ないとは言え、贅沢ぜいたくにも二匹のケモ耳男子から好かれている桃馬は、日々の日常から"処男しょだん"と言う花園を狙われていた。

処男しょだんとは、いわゆる隠語(淫語)であり、その意味は、男のけつ、あるいは純穴じゅんけつとも言う。

そのため桃馬は、皮肉にも危険地帯と化している学園内において、二匹のケモ耳男子に拘束され、"いきり立ったブツ"をねじ込まれない様に、最新の注意を払いながら学園生活を送っていた。

それ故、憲明の駆け落ちの話は冗談になっていなかった。

憲明「っ、じょ、冗談に決まってるだろ~?そう怒るなって~。」

桃馬「…冗談になっていないから怒ってるのだが?」

憲明「ま、まあまあ、そもそも彼女がいないギールはともかく、仮にも"ジェルド"は"小頼"の彼氏なんだぞ?」

桃馬「今では肩書きのカップルに見えるけどな…。」

憲明「うーん、確かにそうだな。ダメ元でジェルドを"くれ"と言えば、大人しく渡すかもな。」

桃馬「はぁ、そうなったら小頼の思う壷だよ……。間違い無くBL同人誌のネタにされる……。」

?「私がどうかしたの?」

桃馬「えわっ!!?」

憲明「っ!?」

突如背後から聞こえた女子の声に、思わず声を上げながら驚いた桃馬に続き、憲明は慌てて背後を振り返った。

?「きゃっ!?な、何よ桃馬?」

桃馬「こ、小頼!?い、今の話……、き、聞いていたか?」 

小頼「えっ?聞くも何も、私の名前が聞こえたから気になって話し掛けただけだよ?」

桃馬「そ、そうか。ま、まあ、大した話じゃないから気にするな。」

小頼「ふーん、変な桃馬だね~。(ふふっ、必死に誤魔化そうとしてるけど無駄無駄~♪今の会話は、バッチリと聞かせてもらったからね~♪ふふっ、ようやく桃馬も……、自分の価値に気づき始めた様だね~。)」

心の中で不純な本音を漏らす彼女の名は、"長岡小頼ながおかこより"と言い、桃馬と憲明とは小学時代からの幼馴染みである。

更に小頼は、桃馬の処男しょだんを狙っている"ジェルド"と言うケモ耳男子の彼女でもあり、愚かにも"ジェルド"の愚行を望んでいるヤバい奴でもある。


小頼「ふふっ、それより二人とも?早くしないと遅刻するよ?」

憲明「おっと、そうだな。ほら、桃馬も行くぞ?」

桃馬「あ、あぁ、…はぁ、叶う事なら桜が散ってしまう前に"春"が来てほしいな。」

そよ風にあおられ、"ゆらゆら"と揺れ動く桜を見上げた桃馬は、ため息をつきながら"ボソッ"胸の内を漏らした。

その後、学園に向けて先行する小頼と憲明を追い掛けた桃馬は、桜並木が広がる河川敷を後にするのであった。

すると、桃馬が見上げていた桜の木の上に、笑みを浮かべた一人の少女が姿を現した。

?「クスッ、今日も面白い余興を見せてもらったわ♪それより学園か~、異世界との文化交流が始まってから早や十年……、お陰で私も人の世に降りやすくなった事だし、私も学園生活を送って見たいな~。」


桜の様な美しいピンク髪をなびかせている少女は、期待と好奇心に心を踊らせながら再び姿を消したのであった。





桃馬たちが住まう街。

その名も信潟県しながたけん青海市あおみし

この街には、異世界交流文化の発展を促進させるため、日本政府によって創設された"春桜しゅんおう学園"と言う特殊な学校が存在する。

この"春桜学園"には、現実世界の若者たちを始め、異世界より参った多種多様な生徒たちが通っている。

更に、春桜学園の顔でもある正面口の校門には、フランスの凱旋門がいせんもん彷彿ほうふつとさせる様な高貴な門が備わっていた。

また、高貴な門をくぐれば広い庭園を始め、中央には噴水広場が広がっており、何とも異世界の環境を考慮された西洋作りであった。


そんな豪華な学園に通う桃馬たちは、何とか遅刻と言う惨劇を回避し、早速、噴水広場で待ち合わせているケモ耳男子の"ジェルド"と合流しようとしていた。

ここで春桜学園についての説明。 

一見、金持ち学校の様に見える"春桜学園"ではあるが、意外と誰でも通える学園となっている。

学業の課程は三カ年。

しかし、少し特殊な点もあり、各学年のクラスは全六組まで存在し、一から五組までが一般生徒が使うクラス。

そして六組は、金持ち、貴族、特待生などが使うエリートクラスとなっている。

そのため、色々な面で差があり、一から五組の生徒たちは、公立高校と何ら変わらぬ教育に続いて、授業料も格安で済むメリットがあった。

更に、一般生徒たちへの優遇ゆうぐうは厚く、入学試験においても、一定の偏差値、あるいは何かしらの能力に秀でていれば、簡単に入学できるシステムであった。

しかし、春桜学園の教育方針は、異世界の教育方針も取り入れているため、決闘、学園行事、授業の内容次第で、怪我をしてしまう可能性は十分にあった。

そのため、春桜学園に通うためには、苛烈かれつな怪我を負う覚悟がなければ到底付いていけない学校でもある。

一方、六組の場合では、一般生徒よりも高度で繊細な授業に続き、一部施設の専用など、家柄にも恥じぬ学園生活を送れる事から、特待生を除く金持ちと貴族層から高額な授業料をまかなっていた。

これにより、学園のバランスが保たれている。

そして話しは戻し……。

春桜学園、噴水広場にて……。

小頼「えっと、ジェルドは~、おっ、いた!お~いジェルド♪」

噴水広場に腰を下ろしている白髪のケモ耳男子を見つけた小頼は、手を振りながら駆け寄った。

ジェルド「ん?」

小頼の声を耳にした白髪のケモ耳男子こと、"ジェルド・ヴラント"は、こちらへ駆け寄って来る小頼を見るなり、クールに"スッと"立ち上がった。

しかし、いつもと何か違うジェルドの仕草に、桃馬と憲明は違和感を感じていた。

桃馬「ん、今日のジェルドは、駄犬っぽく尻尾を振らないな?」

憲明「い、いや、尻尾を振る依然に、あの"らしくない"クールな感じは何だ……。」



小頼「ジェルド~♪」

ジェルド「おっとと、おはよう小頼♪」

勢いよく抱き着いて来た小頼をクールに抱き締めたジェルドは、どこからどう見ても"かっこいい"ケモ耳イケメン男子であった。

しかし、駄犬センサーに敏感な桃馬と憲明は、ジェルドのとある仕草を見逃さなかった。

それは、ジェルドのトレンドマークでもある白くて"ふわふわ"とした尻尾が、小頼を抱き締めた途端に、激しく振り回し始めたのであった。


憲明「と、桃馬……、あれってまさか……。」

桃馬「う、うん、あれは凄く喜んでいるな……。恐らくだけど、小頼からの指示でクールに接して欲しいとか言われたんじゃないか?」

憲明「うーん、何か有り得る話だな。」

桃馬「だろ?それにほら……、小頼の右手を見てみろよ。」

憲明「ん?っ、あ、あ~。なるほどね……、ご褒美が首輪か。」

仮にもジェルドは、白狼はくろう族と言う立派なおおなみ族にも関わらず、実際はシベリアハスキー以下の残念な駄犬であった。

そのため、普段と変わらぬ駄犬ぶりを見せられた桃馬と憲明は、少し呆れながらジェルドを見守った。

するとそこへ、どこから現れたのだろうか。

駄犬ジェルドを小さくした様な、白髪のケモ耳少女が、桃馬の右袖みぎそでを"クイクイ"と引きながら訪ねて来た。

桃馬「っ、ん、おや…?」

白髪ケモ耳少女「あぅ、えっと……」

突然、見知らぬケモ耳少女に右袖を引かれ、一瞬だけ驚いた桃馬であったが、ケモ耳少女の不安そうな様子を察するに、入学したての新入生かと思った。

すると桃馬は、すぐに腰を下ろして目線を合わせると、何とも可愛らしい白髪のケモ耳少女に話し掛けた。

桃馬「どうしたの君?もしかして、一年棟の行き方が分からなくなったのかい?」

白髪ケモ耳少女「っ、い、いえ…、わ、私は…、そ、その…、わぅ……、あ、あの……お、"お兄ちゃん"……。」

桃馬「っ!?」

何とも不安を感じさせるケモ耳少女の"お兄ちゃん"発言は、ちょうど"ケモ耳少女ロス"に陥っている桃馬に大きな衝撃を与えた。

憲明「っ、と、桃馬……、お前ってやつは……、い、一体いつから、そんな可愛い子を妹にしたんだ!?」

桃馬「ち、ちがっ!?俺は何も知らんよ!?」

憲明「そ、そんな事を言って……、人間以外の種族と付き合えないからって、隠れてジェルド似の少女にお兄ちゃん呼びをさせるなんて……。」

桃馬「っ、そ、そんな悲しい事をする訳ないだろ!?てか、誤解を招く様な事を誇張こちょうして言うなよ!?」

わざとらしい解釈かいしゃくに続いて、要らぬ誇張まで入れて来る憲明に対して、桃馬は激しく反論した。

するとそこへ、ようやく異変に気がついたジェルドが、愛する桃馬のそばに居る白髪のケモ耳少女に気づいた。

ジェルド「……んっ、あれ?って、え、"エルゼ"!?」

エルゼ「わぅ?お、お兄ちゃん?」

ジェルドに呼び掛けられたケモ耳少女は、キョトンとした表情でジェルドの方を見つめた。

桃馬「えっ、お、お兄ちゃん……?」

憲明「っ、も、もしかして君……、ジェルドの妹なのか?」 

エルゼ「っ、コクコク。」

冒頭の"お兄ちゃん"発言に衝撃を受け、最後までケモ耳少女である"エルゼ"の話を聞いていなかった桃馬と憲明は、大きな勘違いをしていた。

本来、"お兄ちゃんのお友達ですか?"っと、尋ねようとした"エルゼ"であったが、初対面である桃馬に対して緊張してしまい、冒頭の"お兄ちゃん"の所で詰まってしまったのであった。


するとそこへ、何とも愛くるしい"エルゼ"の姿を視界に捉えた小頼が、満面な笑みを浮かべながら、瞬時に"エルゼ"の元へと駆け寄った。

小頼「ふへぇ~♪おはようエルゼちゃん♪今日も"ゆるふわ"で可愛いね~♪」

エルゼ「んんっ♪……っ。」

小頼の手慣れた手つきで、"モコモコ"とした頭を撫でられている"エルゼ"は、嬉しそうに尻尾を振っていた。

しかし、桃馬と憲明の前でデレてしまった事が、少し恥ずかしかったのだろうか。

エルゼは慌てた様子でジェルドの元へと駆け寄るなり、そのまま背後に隠れてしまった。

ジェルド「え、エルゼ?ここまで来て隠れちゃだめだろ?」

エルゼ「で、でも……。」

桃馬「な、なあ、ジェルド?そ、その子は、本当にジェルドの妹なのか?」

ジェルド「あぁ、そうだよ。確か、桃馬と憲明は、俺の妹に会うのは初めてだったよな?」

桃馬&憲明「う、うん。」

初めて会うどころか、妹が居た事する知らなかった桃馬と憲明は、少し驚きながら頷いた。

ジェルド「あはは、それなら早速紹介するよ。ほら、エルゼ?俺の後ろに隠れていないで、しっかり前に出て挨拶をするんだ。」

エルゼ「で、でも……。」

ジェルド「そんなに心配しなくても大丈夫だよ?それにこの二人は、いつもエルゼに聞かせている中学時代からの友達だよ?」

エルゼ「わ、わふぅ‥‥、そ、それは分かるけど……。」

初対面と言う事もあって警戒しているのだろうか。

不安そうにしているエルゼは、ジェルドの背後に隠れたまま、出て来てくれる気配が無かった。

ジェルド「うーん、困ったな……。」

桃馬「な、なあ、ジェルド?別に無理をさせてまで、エルゼちゃんを前に出さなくてもいいんじゃないか?」

憲明「そうそう、見た所エルゼちゃんは、極度の人見知りの様にも見えるし、下手に無理をさせたらパニックを起こすかもしれないよ?」

ジェルド「た、確かにそうだけど……、狼族に取って"最初の挨拶"は、極めて重要な"しきたり"だし…。」

全ての狼族に取って、初対面の相手に対する"最初の挨拶"とは、極めて重要な"しきたり"であり、"友好の証"を示すための作法であった。

そのため、挨拶をしない、挨拶を返さない場合は、相手に対して"友好の証"を示さない所か、"友好の証"を受け取らない意志を表してしまうため、狼族のコミニュケーションは、人間よりも繊細であり、また"シビヤ"である。

※訳あって話せない者は除く。

それ故ジェルドは、"最初の挨拶"でエルゼがつまずかない様に、しっかり挨拶をさせようとしていたのであった。


桃馬「ま、まあ、ジェルドの気持ちも分かるよ?狼族に取って"最初の挨拶"は、相手の印象を決定付ける重要な事だからな。」

ジェルド「あ、あぁ、そうだよ……、例え相手が桃馬たちであっても、これだけはしっかりさせたいからな。」

憲明「うーん、それなら今は軽い挨拶で済ませて、本格的な挨拶は、エルゼちゃんが慣れた時にやればいいんじゃないか?」

ジェルド「っ、う、うーん、そ、それなら……い、いいのか?」

桃馬「まあまあ、そんなに考え込むなよ?」

憲明「そうそう、"おはよう"レベルの挨拶なら差し支えないだろ?」

ジェルド「うーん、物は考えようか……。」

あまり例を見ない挨拶のやり方に、思わず考え込んでしまったジェルドは、しれっと背後へ回り込もうとしている桃馬と憲明に気づかなかった。

エルゼ「わふぅ?」

桃馬「ははっ、初めましてエルゼちゃん♪俺の名前は佐渡桃馬だ。ジェルドとは中学時代からの……ゆ、友人だ。これからよろしくな♪」

エルゼ「とうま……先輩?」

桃馬「っ!」

憲明「っ、と、桃馬!?」

純粋ケモ耳少女に、"名前付きで先輩"と言われた桃馬は、何かに撃たれた様な感覚と共に後方へ倒れ込んだ。

エルゼ「っ、はわわ!?だ、大丈夫ですか!?」

憲明「…っ、だ、大丈夫大丈夫♪心配しなくても大丈夫だよ♪(な、何と言う威力だ……。関係のない俺が聞いてもこの威力……。き、気になる……も、もし仮に、俺の名前で先輩って呼ばれたら……。)」

小頼「……ふふっ。(あの二人、まんまとエルゼちゃんの誘惑に落ちたわね……。)」

少し遠目から桃馬と憲明の様子を伺っていた小頼は、まんまとエルゼの可愛さにハマった二人を見るなり嘲笑あざわらっていた。

憲明「ね、ねぇ、エルゼちゃん?お、俺の名前は村上憲明って言うんだけど……、一度でいいから憲明先輩って言ってくれるかな?」

エルゼ「ふぇ、は、はい、えっと、のりあき先輩……?」

憲明「っ!かはっ!?」

完全に心臓を撃ち抜かれた様な感覚に襲われた憲明は、思わず左胸を右手で掴みながら倒れ込んだ。

エルゼ「ふえ!?の、憲明先輩!?」

ジェルド「っ、ど、どうしたエルゼ!?って、な、何をやっているだお前らは……。」

ようやくエルゼの声に反応したジェルドであったが、気づかぬ内に倒れ込んでいる桃馬と憲明を見るなり、訳も分からず唖然あぜんとしていた。

ちなみに、ここまでジェルドが桃馬たちのやり取りに気づけなかったのは、狼族の"しきたり"について深く考え込んでいたためであった。


その後、間もなくして、学園中にホームルーム開始十分前の予鈴が鳴り響くと、エルゼの萌弾もえだんに撃たれたはずの桃馬と憲明が、一瞬で我に返るなり立ち上がった。

桃馬「やべっ!?呑気に気を失っている場合じゃねぇ!?ホームルームに遅れたら遅刻だぞ!?」

憲明「あっ、ま、待てよ!?」

小頼「ふふっ、(いい物を見せてもらったわ♪)」

周囲の生徒たちが駆け足で各学年の棟に向かう中、桃馬たちも急いで二学年棟に向けて移動した。

ジェルド「エルゼ?教室まで送ろうか?」

エルゼ「で、でも……、それだとお兄ちゃんが遅れちゃうよ?」

ジェルド「心配するな。よっと、舌噛むなよ?」

エルゼ「う、うん。」

小さなエルゼをわきに抱えたジェルドは、自慢の俊足しゅんそくで一年棟へ向けて走って行った。



   予鈴と共にフランスの凱旋門を彷彿ほうふつとさせる高貴な門が閉じられると、そこへ桜の様な美しいピンク髪をなびかせた少女が姿を現した。

?「……よっと、ふぅ~、これが春桜学園ですか。っ、い、今の学校ってこんなに立派な門があるの!?そ、それに、校内も凄く綺麗……。」

学園に到着して早々、普通の学校とは思えない程の高貴な作りに、思わず圧倒されたピンク髪の少女は、興味津々になりながらも、外壁と門を始め、高貴な門から見える庭園を"じっと"覗き始めた。

するとそこへ、一人の老人が声を掛けて来た。

老人「おやおや?君は遅刻者かな?」

?「えっ?遅刻??」

老人「むっ?ふむぅ、その反応を見るに、君はこの学園の生徒ではなさそうだな。こほん、当学園に何かご用かな?」

?「っ、えっ、えっと~、それは、その~、じ、実は私、この学園に入学したいのですが、どうすればいいのでしょうか?」

学園の関係者とも思える老人からの質問に、ピンク髪の少女は一瞬困惑するも、すぐに乱れた感情を立て直し入学への思いを告げた。

老人「うーん、そうですね。一般の方であれば二月の入学試験を受けてもらって合格するか、あるいは何かしらの能力に秀でているか。または、転校による転入試験を受けてもらい合格するかになりますね。」

?「っ、ほ、他に入学できる方法はないのですか?」

老人「おや、もしかして今がご希望ですか?ふむぅ、そうなると編入……という事になりますね。」

?「っ、で、では、その編入とやらで入学できるのですね!?」

何とか編入できる兆しを掴んだピンク髪の少女は、目の前の老人に詰め寄った。

老人「う、うーん、しかし…、この編入制度は、この世界の"人間"には適応しないのですよ。そもそも、当学園の編入制度は、異世界の出身者と、現実世界に居られる"人間"以外の方々のために作られたものですからね……。」

?「っ、そ、それなら"聖霊"はどうなのですか?」

老人「おやおや、聖霊様でしたか。これは失礼しました。聖霊様でしたら編入制度は適応しますよ。」

?「や、やった~♪それじゃあ、今日からこの学園に通えるのですね!」

老人「…いいえ、まだ編入試験がありますからね?これを合格して頂かないと編入はできませんよ?"河川敷の桜並木に住まう聖霊様?"」

?「っ、し、知っていたのですか!?」

老人「ははっ、申し訳ない。一昔に貴方様から受けた借りを返そうと思いましてね……。それにしても、あなた様は昔から何も変わられていませんね。」

?「ふえっ、ひ、一昔?え、えっと~、お、お爺さん?失礼ですが、誰かと勘違いされていませんか……?」

老人「勘違い??はて、あなたは"静乃しずのさん"ではないのですか?」

?「…っ、し、静乃って、も、もしかして、私のお婆ちゃんの事ですか!?」

目の前の老人から、若い頃の祖母と見間違われたピンク髪の少女は、まさか若い頃の祖母の事まで知っている老人に驚愕した。

老人「ほう、そうか、静乃さんのお孫さんか。道理で似てる訳だ。もし静乃さんだったら激ムズの問題を出して泣かせてやりたかったですが、そのお孫さんであれば編入試験の合否に関係なく、"校長権限"で特別に編入させて上げましょう。」

?「こ、校長権限?…って、まさか、あなたはこの学園の校長先生なのですか!?」

ようやく正体を明かした老人に、ピンク髪の少女は更に驚愕した。

校長「えぇ、そうですよ。いや~、それにしても静乃さんのお孫さんと会えるとは思わなかった。うんうん、たまには遅刻も良いものだな。」

?「ふぇ、遅刻?えっ、えっと、校長先生が遅刻ですか?」

校長「あはは、恥ずかしい事にな。しかし、今日に限って"目覚まし"が壊れるとは思わなかったが……、これもまた運命の導きかな。」

?「……運命の導きですか?」

校長「あぁ、静乃さんもよく言ってたからな……、そうだ、今静乃さんは……あっ、いや、これ以上聞くのは、流石に無粋ぶすいだな。さてと、これから校長室に行って、編入手続きでも済ませようか。」

?「っ、あ、ありがとうございます!あ、あと、できる事なら、佐渡桃馬と言う方のクラスに入りたいのですが?」

校長「佐渡桃馬くんですか?うーん、確か彼は…、二年生だと思いますけど、よろしいのですか?」

?「は、はい!それでも構いません!」

校長「分かりました。それでは、それも考慮して編入の手続きをさせてもらいますね。」

?「っ、ありがとうございます!」

これもえんの強さだろうか。

次々と導かれるかの様に、話が進む中でピンク髪の少女は深々と頭を下げた。

校長「あっ、そうだ。まだ、お名前を聞いていませんでしたね。」

桜華「あっ、はい!柿崎桜華かきざきおうかと言います♪」

不思議なえんの力で導かれた"柿崎桜華"は、満面な笑みを浮かべながらその名を明かした。

その後、校長先生の"転移魔法"によって、瞬時に校長室に送られた桜華は、早速編入手続きを受けるのであった。



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