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第一章 少女たちの願い(前編)

逃げる時は全力で逃げる

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「私の、願いの……ために――死ん、で……」

 そう言い放った少女は、牙を剥き、今にも襲いかかりそうな体勢を取る。
 それはもう人間であることをやめ、獣に堕ちたように見えた。
 結衣もすぐさま戦闘態勢を取り、いつどこから襲いかかられてもいいように構える。

 すると突然、雲一つなかった青空が白一色に染まり、水滴を垂らす。

「あ、雨……?」
「結衣様! 避けてください!」

 結衣が雨に気を取られて上を向いている隙に。
 猫耳の少女は弓を構え、矢を放っていた。

 結衣はすぐさま防御魔法を貼り、ドーム状の防壁が出来上がる。
 しかし、無造作に投げ込まれる矢に耐えきれなくなったのか、パキンと音を立てて崩れた。

「ぐっ……!」

 その衝撃波で体勢を崩し、結衣の身体は石のように転がり、ドアを壊しながら家の中に強引に入れられた。

「結衣様! 大丈夫ですか!?」
「うっ……こ、これぐらい……治癒魔法でなんとか……」
「無駄……だよ。そん、な……隙が……あるなら、速攻で……矢を放つ……から」

 かつてないスピードで猫耳の少女が迫る。
 こんな力を持ってたのか……
 あの時とは、比べ物にならない。
 だけど、結衣も――負ける訳にはいかないのだ!

「――増幅ブースト!」

 そう言葉を紡ぎ、迫る少女をギリギリで躱す。増幅魔法をもってしてもなお、互角のスピードを見せる少女。

 かつてない苦戦を強いられ、治癒魔法すらまともにかけられない。
 どうすれば勝てるのか。
 そう考えさせてくれる間も与えない。

(――つ、強い!)

 まともにやり合っても勝てるわけがなく。
 対峙している相手はいつもの真菜ちゃんでも、初めて戦った敵でもなかった。

 ただ純粋に勝利を求める、明確な殺意を持った――厄介すぎる、敵。

 腕も脚も、傷だらけで立っているのがやっとなぐらい。
 それでも、結衣は――勝つために。

「――空間転移シフト!」

 “逃げ”の一手を、選んだ。
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