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第一章 少女たちの願い(前編)

戦いというにはあまりに……

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 そして、再び人気のない森に降り立った。

「……こんな短時間、で……戻ってくる……とは、ね。一度……逃げた……くせに」
「あははぁ。私もそう思ってるんですけどねぇ」
「あなたはどっちの味方なの……」

 猫耳の狩人の少女は皮肉げに。
 ガーネットはそれに呼応するように。
 結衣は呆れながら――言う。

 だが今回そこには三人ではなく、四人の影が揺らめいていた。

「へぇ……助っ人を……呼んだ、の? 誰だか……知らない……けど、私の邪魔を……する……なら……死んでもらう……から……ね」

 禍々しい紅い眼が、一層不気味に――畏怖を伴って揺れる。
 そこまで恐怖を感じさせることが出来ることに、結衣は憧憬の念すら感じられた。
 しかし、簡単に負ける訳にはいかないのだ。
 結衣はガーネットを猫耳の少女に向けると、詠唱を紡いだ。

「全力全開!! ――大砲バング!」

 初っ端からぶちかまそうと、魔法で編んだ鉄砲玉のようなオーブが――猫耳の少女を目掛けて繰り出される。

「ふぅん……これ、あの時の……技……だよね? そんなの……もう対策、済み……」

 そう言うと同時。
 猫耳の少女は虚空に消え、後ろから声が響いた。

「あなたは、後ろ……からの、攻撃に……弱い。だから、残像を……残して、移動……した」
「なっ――!?」

 ――速い。いくらなんでも速すぎる。
 増幅魔法でやっと追い付けるか追い付けないかという程。
 とてもじゃないが、結衣では対応できない。
 それほどまでのスピードに、為す術なく至近距離からの矢を受けようとしていた時――

「やめて!」

 突如聴こえてきた声と同時に、何かが結衣の後ろにいた猫耳の少女目掛けて投げ出された。

「結衣を――友達を、死なせるわけにはいかない!」

 凛とした力強い声が響く。
 間一髪で死を免れた結衣は、その声の主の方を見やる。

 せーちゃんは強く鋭い眼差しで、責めるように猫耳の少女を睨んでいる。
 その手には結衣と戦った時の――魔法が効かない武器を携えていた。

 そして猫耳の少女の方を見やると。
 少女は冷や汗をかきながら、どこか虚ろな目で――せーちゃんを見据えている。
 すると突然。

 ザアアアアア。

「あ、雨!? しかも今度は土砂降り!?」

 とことん空気を読まない雨に、結衣は思わず叫んでしまった。
 すると、猫耳の少女は――見据えていたせーちゃんではなく、結衣の方に迫ってきた。

「な、なんで?? ――増幅ブースト!」

 困惑しながらもなんとか言葉を紡いだ結衣は。
 増幅魔法を使いながら、空中に飛んだ。

「チッ……」
「今舌打ちされたぁ!?」

 何が何だか分からず、無造作に放たれる矢を回避しようと、必死に逃げ回ることしか出来ない。

 猫耳の少女は不気味な紅い瞳で、結衣を睨み付ける。
 その眼が何故か逸らせず、じっと覗き込むように見つめ返した。
 その奥に何か、光に照らされる何かが――あるような気がして――

「結衣! 何やってるの! 止まっちゃダメ!」

 せーちゃんの凛とした声にハッと我に返り、目の前に迫り来る猫耳の少女を眼で捉える。
 その眼が――どこか、今にも泣きそうに視えた……
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