上 下
78 / 262
第一章 少女たちの願い(後編)

ストーカーですにゃ!

しおりを挟む
 木々がサァッと揺れる午後の風。
 その風に揺られて、夏音は川沿いの道を歩いている。

「……あの」
「……うん?」
「……あの……」

 これは、どういう状況なのだろう。

「いい加減離れてくれないですかにゃ?」
「んぅ? おっけー!」

 夏音の懇願を聞き、素直に離れる少女がいる。
 夏音は先程まで、目の前の少女に抱きつかれていた。
 執拗に付き纏われていたため、夏音が何を言っても聞いてくれないと思っていたのに。

「ねーねー、夏音ちゃ~ん。暇だなー」
「……だからなんだって言うんですにゃ……?」
「夏音ちゃんと一緒に遊びたいな~」

 屈託の無い笑みで声を踊らせる。
 だが、その目は笑っていない。
 そのことに気付いているから、夏音はこの人が苦手だ。

「ねーえー、夏音ちゃーん」

 いつの間にか夏音の頭に顎を乗せ、体重を寄せてくる少女に。
 夏音の我慢は限界だった。
 だが――

「あれ、夏音……ちゃん……? どう……した、の?」

 天の助けが舞い降りた。
 太陽の光を浴びてキラキラしている髪が、夏音の眼には一層輝いて見える。

「真菜おねーさん!」

 夏音はその天の助け――もとい、真菜に駆け寄って、その人の背中へと隠れるように回った。
 そして、先程まで夏音に付き纏っていた少女を指さして叫ぶ。

「この人夏音のストーカーですにゃ! どっか行けですにゃ!」
「……え、そう……なの?」

 夏音の指摘に、真菜は眼前の少女を見やった。
 それに続くように、改めて夏音も少女を見る。

 昔ながらの艶やかな黒髪に、蒼輝サファイアのような蒼い瞳をしている。
 真菜と同じような背の高さをしていて、その格好は――

「夏音ちゃんたら酷いなー。将来を誓い合った仲なのに~」
「そんな誓いはしてないですにゃ! ってか近づくなですにゃああ!」

 音もなく、気配もなく夏音の後ろにやってきた少女は、さしずめ“忍者”のようだった。
 申し訳程度の服を纏っていて、動きやすさを重視しているようだ。

 そうやって考えている間にも、抱きつかれて、頬ずりされて。
 夏音はもう疲弊し切っている。

 と、そこにまた新たに人が来た。

「えっと……夏音ちゃん――でしたよね?」
「もしかして……緋依おねーさん――ですにゃ?」

 夏音はこの人のことを、結衣から聞いたことがある。
 戦闘時は天使の姿になるのだとか。
 ――それにしても……

「……綺麗、ですにゃ……」

 少々癖のある檸檬色の髪に、空を丸ごと閉じ込めたような淡い水色の瞳が揺れる。

 真菜が太陽のようなら、さしずめ緋依は月のようだ。
 真菜は誰をも惹きつける魅力があるが、緋依は静かに光る魅力がある。

 なので、気にしていないと気付けない。
 だが気付くと、太陽より存在感を放つ月。

「ふんふん。どっちも良くて決められないですにゃ」

 勝手に何かを納得し始めた夏音に、年上の少女たちはついていけないようだった。

「ふーん……夏音ちゃん、こんなにお仲間いたんだね……」

 何やら先程と打って変わって暗い影を落とす少女を。だが、夏音は完全に無視する。

「……ところ、で……あなたの、名前……は?」

 自分の世界に入り込んだ夏音を横目に、真菜が少女に訊く。

「あー……そうだね。名前言ってなかったね」

 笑みを消して、いつの間にか夏音から離れていた少女が「てへへ」と悪戯っぽく舌を出す。

「僕は美波。観月美波みづきみなみだ」

 黒髪の少女が名乗った途端、ザァッと一陣の風が吹いた。
 それは、その少女の名前を聴くなという警告のようで。

 ――なんだか、胸騒ぎがした。
しおりを挟む

処理中です...