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第一章 少女たちの願い(後編)

忘れてた!

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「ふぃー……一時はどうなるかと思ったよ……」
「せやねぇ……でもま、大事にならずに済んで良かったやん」

 あのハチ騒ぎからしばらく経ち、帰り道。
 なんと、結衣と明葉の家が近くにあるらしく、二人は一緒に歩いている。

「それにしても……結衣さんはほんまええ人やねぇ……」
「……ほぇ?」

 明葉からの突然の褒め言葉に、結衣はその場で固まってしまった。
 そして、その隣を車が通り過ぎてゆく。

「……ん? どうしはったん?」

 歩みを止めた結衣に、明葉が近づく。
 結衣は頬を紅く染めて、しきりに目を泳がせている。

「え、あ、えっと……ナンデモナイヨー」

 明葉の問いかけに、結衣がカタコトで応じる。
 そんな結衣の様子を、明葉が半眼で見る。

「いや、絶対なんかあるやろ……」
「あ、あはは……」

 結衣は笑って、明葉の言葉に対する答えをにごす。
 明葉はため息をつき、「まあ、ええわ……」と言った。

「うち、駅の方に用事あるから……ほなね」
「え? あ、うん……またね……」

 最後までいい笑顔だった。
 あの笑顔は絶対、人々を幸せにできるだろう。
 いや、できるに違いない。

「結衣様ぁ……どんだけ見つめてるんですかぁ……」
「ほへあ!? べ、べべべ別に見つめてなんか……!」
「思いっきり見つめてましたけど?」

 ガーネットの指摘に、結衣は全身がゆでダコになる。
 自分ではそんなに見つめていたつもりはないのだが……
 でも、誰もが見とれるほどの笑顔だから、ついつい見てしまうのは許して欲しい。

「じゃあ、もう……帰ろっか」

 結衣は気持ちを切り替えるため、そう切り出す。
 そして――

「はっ! そう言えば図書室に寄るの忘れてた!」

 大事なことを忘れていたことを……思い出した。
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