18 / 104
19.04.10
しおりを挟む
喫茶店に変な客がいた。見てくれは至ってまともだった。私よりも世間受けが良さそうな服装だ。2つ隣の席に座っていたその人は、自身の領地にパソコンや本を広げていて、随分と勉強熱心に見えた。しかし、それらに集中して取り組むことはなく、キーを4,5回叩いては、スマホをいじり、飲み物を口にし、本を開いてはすぐに閉じる。その1つ1つの造作が乱暴に音を立てるので、気になってしまう。実際、店とトラブルを起こしたこともあるのか、席についたまま、その喫茶店のカスタマーセンターのようなところに電話しているようだった。店員が過去のトラブルのせいで、今も自分を変な目で見てくる、みたいな内容の電話を3回もしていた。私は、あの人よりもまともだと思って、安心した。
昨日からの続き。休職期間の終わりが近づいている。私は判断を迫られていた。
会社から指示をされた通り、週に1回、医務室付けの社員に連絡をすることは欠かしていなかった。大体毎回同じ内容で「医者に罹ってきました。特に進捗はありません」的なことを送った。そうすると「わかりました。お体に気をつけてください」みたいな返信が来る。冷めたルーティーンだった。
実際、医者に毎週しっかりと通っていたが、そこでは大した治療を受けていなかったと思う。初めての来院時には時間をかけてくれたものの、2回目以降、10分~15分と時間は短くなった。話す内容も、外に出られているか、食事はとれているか程度のことで、治療を受けているという感じでもない。「この病気の人は増えている」、「物の受け取り方を変える」、「まずは自分の人生を大切にしよう」、みたいな紋切型の言葉を毎回聞いた。と言っても、私も「特に大きな変化はありません」みたいなことを言い続けていたので、それは何も新しいことは言えないだろうな、という気もする。いつだって自分の意思が求められる。だが、治療として画期的な何かがあるかもしれない、と思っていた私からすると、それは期待外れだった。
私は与えられた薬もまともに飲んでいなかった。気持ちを楽にする薬、睡眠薬、と聞かされていた。2回くらい飲んだことがある。実感が湧かなかったので、それから飲んでいない。医師には飲んでいませんと言うことも出来ず、今でも通院時に金を払いながら、持って帰って来た薬は貯蔵している。捨てることも出来ず、いずれ会社に戻って、また嫌になった時に飲めばいい、と思っている。
このように全く薬を飲んでいなくても、私は会社に戻れそうな気がしていた。元々、本当に病気だったのかも怪しいくらいだ。掃除、自炊、外出、趣味の活動のどれも行うことが出来ていた。仕事だけがやる気が起きなかった。また経営計画に戻り、大嫌いな人たちに囲まれるのは嫌だった。復帰を阻んでいたのは、当時はそれだけだったはずだ。
診断書の期限が切れる3ヵ月くらい前になって、いつも通り医務室に定期報告をすると、係長が話したがっている、と返信が来た。当然、話したくなかったが、それを上手い言葉で表明出来ず、仕方なく了承した。
「おー、元気か?」
仮にも鬱病で休職している人間に、第一声が「元気か?」と言うのはまずいんじゃないだろうか、と思いながら、曖昧に応えた。
「お前が休職してから、みんなで話し合ってな、どんな業務もみんなでカバー出来るような体制に変えたんだよ。安心して戻ってこられるような体制に出来るようにしてるからさ。無理して戻ろうとしなくていいけど、そういう風にはなり始めてるからさ、安心してな」
それは有難いですね。それを聞いても、私はまるで復帰しようと前向きに思うことが出来なかった。係長は当初予定されている休職期間が終了する今だからこそ、改善途上とは言え、職場改善をする心構え、今までとは異なることを伝えたかったのだと思うが、それは響かなかった。それどころか、私は今復帰しても、前と同じで経営計画にて働かなければいけなくなるのだとこの電話で確信し、休職を更に伸ばそうと決めた。
次の通院時、医師に「まだ、復帰したくないです」と後ろ向きな意思を伝える。医師は何も問わずに、さらさらと追加の3ヵ月分の診断書を作成する。同情も何もなく、お願いにただ応えるだけ。安定した収入源の1つとしての私、だろうか。
医務室担当にまだ戻れないことを告げ、診断書は郵送で送りつけた。私の休暇は続く。年の瀬が迫っていた。
細かい話は明日以降に続ける。
昨日からの続き。休職期間の終わりが近づいている。私は判断を迫られていた。
会社から指示をされた通り、週に1回、医務室付けの社員に連絡をすることは欠かしていなかった。大体毎回同じ内容で「医者に罹ってきました。特に進捗はありません」的なことを送った。そうすると「わかりました。お体に気をつけてください」みたいな返信が来る。冷めたルーティーンだった。
実際、医者に毎週しっかりと通っていたが、そこでは大した治療を受けていなかったと思う。初めての来院時には時間をかけてくれたものの、2回目以降、10分~15分と時間は短くなった。話す内容も、外に出られているか、食事はとれているか程度のことで、治療を受けているという感じでもない。「この病気の人は増えている」、「物の受け取り方を変える」、「まずは自分の人生を大切にしよう」、みたいな紋切型の言葉を毎回聞いた。と言っても、私も「特に大きな変化はありません」みたいなことを言い続けていたので、それは何も新しいことは言えないだろうな、という気もする。いつだって自分の意思が求められる。だが、治療として画期的な何かがあるかもしれない、と思っていた私からすると、それは期待外れだった。
私は与えられた薬もまともに飲んでいなかった。気持ちを楽にする薬、睡眠薬、と聞かされていた。2回くらい飲んだことがある。実感が湧かなかったので、それから飲んでいない。医師には飲んでいませんと言うことも出来ず、今でも通院時に金を払いながら、持って帰って来た薬は貯蔵している。捨てることも出来ず、いずれ会社に戻って、また嫌になった時に飲めばいい、と思っている。
このように全く薬を飲んでいなくても、私は会社に戻れそうな気がしていた。元々、本当に病気だったのかも怪しいくらいだ。掃除、自炊、外出、趣味の活動のどれも行うことが出来ていた。仕事だけがやる気が起きなかった。また経営計画に戻り、大嫌いな人たちに囲まれるのは嫌だった。復帰を阻んでいたのは、当時はそれだけだったはずだ。
診断書の期限が切れる3ヵ月くらい前になって、いつも通り医務室に定期報告をすると、係長が話したがっている、と返信が来た。当然、話したくなかったが、それを上手い言葉で表明出来ず、仕方なく了承した。
「おー、元気か?」
仮にも鬱病で休職している人間に、第一声が「元気か?」と言うのはまずいんじゃないだろうか、と思いながら、曖昧に応えた。
「お前が休職してから、みんなで話し合ってな、どんな業務もみんなでカバー出来るような体制に変えたんだよ。安心して戻ってこられるような体制に出来るようにしてるからさ。無理して戻ろうとしなくていいけど、そういう風にはなり始めてるからさ、安心してな」
それは有難いですね。それを聞いても、私はまるで復帰しようと前向きに思うことが出来なかった。係長は当初予定されている休職期間が終了する今だからこそ、改善途上とは言え、職場改善をする心構え、今までとは異なることを伝えたかったのだと思うが、それは響かなかった。それどころか、私は今復帰しても、前と同じで経営計画にて働かなければいけなくなるのだとこの電話で確信し、休職を更に伸ばそうと決めた。
次の通院時、医師に「まだ、復帰したくないです」と後ろ向きな意思を伝える。医師は何も問わずに、さらさらと追加の3ヵ月分の診断書を作成する。同情も何もなく、お願いにただ応えるだけ。安定した収入源の1つとしての私、だろうか。
医務室担当にまだ戻れないことを告げ、診断書は郵送で送りつけた。私の休暇は続く。年の瀬が迫っていた。
細かい話は明日以降に続ける。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる