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第一章

第八話 だから、仕方なく……

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 次の拠点とするために、採掘場の横の小屋に襲撃をかけた。
 しかし、先行して突入したペーロから、家には敵が誰もいないと連絡が入った。
「ばかな!? ドローンで索敵した時には確かに三人いた。ここから家を見張っていたが、家から出てきた形跡は無い」
 アイはすぐに地上走行ドローンを動かし始め、索敵に向かった。
 地上走行ドローンは、手のひらに載るくらいのサイズで、ボディの横に大きなタイヤが二つ付いていた。
 昔遊んだミニ四駆やラジコンを思い出す。
 ボディには尻尾のような突起が付いている。それはバネになっていて伸縮することでジャンプして段差を乗り越えることができる。
 地上走行ドローンは屋内の索敵に最適だ。ダクトや小さな隙間から侵入できる。
 ただし気をつけないとならないのが、走る時に段差などで僅かな音が出てしまうことだ。
「ペーロは見つからないように隠れていてくれ」
『あいよ』
 ドローンの映像が、常にモニターに映し出される。
 家の隅々まで探し回ったが、一人も姿が見えない。
「おかしい……どこにもいない」
 アイに焦りが見える。口調が速くなる。
「家から外に出ていないとすると、家の中にまだ隠れている可能性が高い」
『だけどよぉ、家の中からは物音一つ聞こえないぜ?』
 いったい敵はどこに消えたのだろうか? どこかで息を潜めて隠れているのか?
 アイはドローンを、床にある落とし戸の前で止めた。
「ペーロ、この床の落とし戸を開けてみてくれ」
『地下室に隠れたか?』
「開けたら覗き込まずに、すぐにフラッシュを投げ入れるんだ」
『ラジャー』
 ペーロがフラッシュを投げ入れる映像が映し出された。
「ドローンで先行する」
 ドローンは、薄暗い地下に着地した。
 そこには、樽や食料が保管されていた。
「これは!?」
 アイが声をあげた。
 地下室の奥に、人が通れる大きさの穴がぽっかり空いていた。
「トンネルが掘られている……ここから逃げたのか」
 アイはドローンで、トンネル内を索敵し始めた。
 ドローンには小さなライトが搭載されているだけなので、先の方までは見えない。
「かなり奥まで続いている。恐らく坑道に繋がっているのだろう」
 ペーロから無線が入った。
『どうする?』
 アイは少し考えたが、すぐに返事をした。
「もうすぐ夜がくる。いつまでもここにいるわけにもいかない。我々も家の中に入ろう」
 僕らは坂道を急いで上り、ペーロの待つ家に向かった。
 家に着くと、すぐに作戦会議が開かれた。
「向こうには、私達のことはばれているだろう」
「これじゃあ、いつトンネルから襲ってくるか分からないぜ? 完全に立場が入れ替わっちまったな」
「あの坑道の入り口からの襲撃もあり得る。やられる前にこちらから攻めるしか無いな」
「坑道に入るのか?」
「坑道に闇の者シャドウアイズが出ないことを祈りたい」
 闇の者シャドウアイズと言う台詞を聞いて、一瞬その場の空気が凍り付いた。
「私がドローンで先行する。その後にペーロが続いてくれ」
 アイは黒マントに目を向けた。
「あんたは、坑道の入り口側を見張ってくれ」
 黒マントは黙って頷いた。
「待ってください! わたしも行きます!」
 それまで黙っていたハイジが口を開いた。
 皆の視線が彼女に集まった。
「あんな……ハイジちゃん……」
 ペーロが何か告げようとしていたが、ハイジが遮った。
「ペーロさんばかり危険な役目を押しつけるわけにはいきません。わたし、傷の手当てくらいしかできませんが、足手まといにならないようにします!」
「ハイジちゃん……」
 ペーロは半泣きになりながら頷いた。
「ありがとな……」
「わかった。ペーロとハイジ二人で向かってくれ」
 僕も行かなきゃならないだろうか?
 女の子のハイジが行くから? 仲間だから?
 アイも、ペーロも、ハイジも何も言ってこない。
 だから僕は何も喋らなかった。
 アイのドローンに続き、ペーロとハイジが洞窟を進んで行った。
 洞窟には所々ランプが灯っているが、先の方は真っ暗でほとんど何も見えない。
 ドローンのライトの僅かな灯りだけが頼りだった。
 僕は、アイの背中越しにモニターを見つめていた。
 パァン、パァン、パァン――。
 突然の発砲音に、その場の空気が張り詰めた。
 ペーロから無線が入る。
『ちくしょう……待ち伏せされていた』
「撃たれたのか!?」
『すぐに手当てをします』
「状況は!?」
 アイが大きな声をあげた。
『わからねぇ……暗くて何も見えねぇ』
 モニターには何も映っていない。
 無線越しにアイとペーロの会話が続く。
「一端引くか?」
『いや、背中を向けるのはもっとまずい。背後から撃たれかねない』
『俺が坑道から詰める』
 黒マントは無線でそう言った。
「わかった。頼んだ」
『それなら、こっちもこのまま突き進むぞ』
「大丈夫なのか?」
『大丈夫じゃねーけどやるしかねぇだろ? 俺がやらなきゃ、ほかにできる奴がいねーんだ』
 ペーロのその言葉は、何もしていない僕の胸に深く突き刺さった。
『心配すんなって、出口は俺達と黒マントで塞いでいるんだ。追い詰められているのはあちらさんだぜ?』
「すまない……私は何もしてやれなくて……」
 違う……。
 ペーロもハイジも黒マントも前線で戦っている。
 アイさんだって、ドローンで索敵して、みんなに指示を出して。
 何もしていないのは……僕だけだ。
 戦いから逃げて……挙げ句の果て他人任せで……。
 ドン――。
 僕は右手を握りしめ、壁を思い切り叩いた。
「どうしても嫌なら……やらなくていい」
 アイは僕を振り返らず、モニターを見たまま口を開いた。
「私もハイジも戦ってないのだから……」
 それは独り言のようだったが、僕に向けられた言葉だってことはわかった。
「だが……そのぶんほかのメンバーに負担がかかる」
 僕は黙って聞いていた。
「君たちに辛い部分ばかり押し付けて、本当に申し訳なく思っているよ」
 そこまで言うとアイは振り向いて、僕の顔をみて続けた。
「だけどわかってほしい。君の力は強力だ。その力があれば、きっと私達は元の世界に戻ることができる」
 アイはパックパックの中から拳銃を取りだし、グリップを僕に向けて差し出した。
 僕が家の机の上にに置いてきた拳銃だ。
 僕の幼稚な考えなんて見透かされている――そう思えて恥ずかしかった。
 アイの顔を見ると、これが必要なんだろう? そう書いてある。
「……すみません」
 色んな意味を込めてそう言った。
 そして僕はアイから拳銃を受け取った。
「作戦を……僕に指示を下さい!」
 アイは笑顔で頷いてくれた。
「……分かった。私も別のドローンで索敵する」
 僕はアイの出した飛行ドローンの後に続き、地下からペーロとハイジの後を追いかけた。
 暫くすると人影が見えてきた。
「ビリーさん!」
 ハイジだ。
「ごめん……」
 僕はそう告げた。
 ハイジは黙って首を横に振った。
「ペーロは?」
「一人で先に進んでしまいました」
「わかった。すぐに行こう!」
 僕は急いで先に進んだ。
 ハイジも後ろを付いてくる。
 前方から足音が聞こえてきた。
 恐らくペーロのものだ。
 そして、もう一つ別の音が聞こえた。
 カチリ――。
 撃鉄を起こす音だ。
 闇の中に微かだが、ペーロの姿が確認できた。
 そして、すぐ後ろに拳銃でペーロを狙う敵の姿も……。
 僕は大声で叫んだ。
「ペーロ!」
 パァン――。
 洞窟に銃声が響く。
 ペーロは素速く身を伏せた。
 僕は慌ててペーロに駆け寄った。
「大丈夫!?」
「あぁ、声掛けてくれなかったら危なかったぜ」
 走り去る足音が聞こえる。
 敵は洞窟の奥に逃走したようだ。。
「遅かったじゃねーか? 待ちくたびれたぜ」
 ペーロは片膝を突いたまま手を僕に差し出した。
「ごめん」
 僕はそう言ってペーロの手を掴んだ。
 敵は闇に姿を隠した。
 これがゲームなら、僕は声を出す前に敵を撃っていた……。
 僕の中の殺したくないという意識が、瞬時に銃を抜くことができない理由だろう。
 地下道は途中まで灯りが灯っていたが、敵が逃げた方向は真っ暗だった。
「どうする、追うか?」
 ペーロは僕に問い掛ける。
『一端引いた方がいい……』
 アイから無線が入った。
 僕のアビリティは視界で捕らえた相手に対して有効だ。暗闇ではどうすることもできない。
 引こうと思って振り返った時だった。
 パァン――、パァン――。
 後方の暗闇から銃声がした。
 しまった――。
 パリンという破裂音と共に辺りが暗闇に包まれた。
 そんなばかな……僕はこの道を通ってきたんだ……後方には誰もいない筈……。
 どこかに抜け道があったのか……。
「みんな、大丈夫?」
 暗闇で何も見えないが、二人に声を掛けた。
「はい」
「あぁ、撃たれてねぇ」
 すぐ近くでハイジとペーロの声が聞こえた
「まずいな、真っ暗で何も見えねぇ」
 僅かな明かりも無く、戻る方向も敵の方向も分からない。。
 そうか……敵は僕たちを狙ったんじゃない……。
 ランプを撃ったんだ。
 だが、何のために?
 これでは敵も暗闇で何も見えないはず。
 パァン――。
「うわぁ!」
 左腕に衝撃が走った。
 熱い……。
 抑えた右手にぬるっとした液体が付いている。
 腕を撃たれた。
「大丈夫ですか? すぐに手当てを……」
「だめだ! 位置がばれる」
 向こうには僕たちの位置が分かっているのか?
 パァン――。
「くそ、撃たれた」
 ペーロが叫んだ。
 単発で狙ってきている。でたらめに撃っているとは思えない。
 こちらの場所が正確に分かっているというのか?
『銃声がしたけど、大丈夫か?』
 アイから無線が入る。
「敵にこちらの位置がばれているようです」
 僕はアイに知らせた。
『恐らく敵は……暗視スコープを使っている』
 そうか……だから、敵はランプを狙ったのか。
『その場をすぐに離れるんだ、一方的に撃たれるぞ』
「離れるったて、真っ暗でどっちに進んでいいかわからねぇぞ」
 アイの無線にペーロが答えた。
「逃げるのはだめだ……手探りで移動している間に撃たれてしまう」
 何かこれを打破する秘策はないか?
 敵は暗闇でもこちらの位置を把握している。
 圧倒的に不利だ。
 明かりを付けてもこちらから敵の位置は分からないだろう。
 どうすれば……。
 明かり……光……。
 そうだ、あれなら。
 僕はウエストポーチを探る……。
 あった……これだ。
「敵の暗視スコープを無効化する手段はある……」
 僕は答えた。
「みんな、目を閉じて伏せるんだ」
 僕は手にしていた缶のピンを抜いて投げた。
 そして、すぐに伏せた。
 キーン――。
 地下道に高音が鳴り響く。
 耳鳴りがする。
 それと同時に辺りは光で包まれた。
「フラッシュか!?」
 暗視ゴーグルは、僅かな光を集めて暗闇でも見えるようにする装置だ。
 ならば、暗視ゴーグルでこの膨大な光を見たらどうなるだろうか?
 目がやられて、暫くは回復しないだろう。
「今がチャンスだ」
 僕は通路の奥へと駆けだした。
『わかった。ドローンで先行する』
「俺もいくぜ!」
 ペーロも僕の後に続いてくれた。
 僕はアイのドローンの僅かな明かりを頼りに進んで行く。
「いた、正面!」
 肉眼で敵を捕らえた!
 二人――。
 僕は腰のホルダーから拳銃を取り出した。
 僕自身の意思で行ったのはそこまでだった。
 その後は自動で腕が動いた。
 敵の頭に銃口が向く。
 そしてトリガーが引かれた。
「貫け! 僕の弾丸っ!!」
 パァン――。
 銃を僕に向けていた敵は、頭から血を吹き出し倒れた。
 すぐさま、次の標的に狙いを定める。
 パァン――。
 もう一人も何もできないまま倒れ込んだ。
「ナイス! さすがだぜ」
「ビリーさん! 危ない」
 僕のすぐ側まで敵が迫ってきていた。
 しまった……横から……間に合わない。
 ドン!
 敵に体を預ける者がいた。
 ペーロだ。
 敵の脇腹にナイフを突き刺している。
「助かった」
「お安いご用」
 敵は僕の目の前で蹲り、うめき声を上げている。
 この人を、僕はどうすればいいんだ……。
 僕は拳銃を握ったまま、彼の前で立ち尽くしていた。
 コツリ、コツリ――。
 僕の前から足音がする。
 それは、僕が顔を上げたのと同時だった。
 パァン――。
 銃声が鳴り響いた。
 僕の足元にいた敵の額から真っ赤な血が飛び散った。
 僕の目の前には拳銃を握った黒マントが立っていた。
「これで終わりか?」
「はい……おそらく」
 黒マントは拳銃をしまい、辺りを警戒しながら僕たちのきた道を進んでいった。
 彼は一切の躊躇無く引き金を引いた。
 まるでゲームで敵にとどめを刺すように。
 人を殺すことになんの躊躇いもないのだろう。
 僕は……彼のようには……できない。
 僕も黒マントの後に続いた。
「へへ、俺達の連携も板に付いてきたな」
 ペーロが嬉しそうに僕の肩を組んできた。
「このメンバーなら、絶対に最後まで勝ち残って元の世界に戻れる。がんばろうぜ!」
 僕は頷いた。
 でも、僕は殺し合いがしたいわけではない。
 元の世界に戻りたいだけだから。
 だから、仕方なく……人を殺すんだ。

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次回、ビリーとペーロの関係に変化が!?
⇒ 次話につづく!
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