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第三章

第三十五話 透明になる敵

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 僕たちの迷い込んだ建物には、何らかの秘密が隠されている。
 脱出するには、竜の絵が鍵になるようだった。
 部屋の中をスキャンすると、人の影が見えた。
 しかし、扉を開けると中には誰もいない。
 敵は、透明になっているのだろうか?
「キミは、物が見える原理は分かるかい?」
 ハクは、僕に問い掛けた。
 僕は、黙って首を横に振る。
「我々が物体を見ることができるのは、光が物体に当たって反射するからなんだ」
「ビリー? 物理の授業で習ったよね?」
 ルカが僕の腕を掴む。
「そうだっけ?」
「もう……どうせ授業中もゲームやってたんでしょう?」
「ゲーム以外のことに興味ないから……」
「はははっ、キミ面白いね」
 ハクが話しを続ける。
「それなら、光学迷彩という言葉を聞いたことはあるかい?」
 僕は頷いた。
「ゲームでは、透明になる装備のことを言うけど……」
「現実でも、実際に透明になる研究が進められていてね……。もし、物体が光を反射せずに後方に迂回させることができれば、その物体は目に映らず、後方にある背景を目に映すことができる」
「敵が、光学迷彩を装着している可能性はありますね」
 コレルは言った。
「その可能性はあるね」
 透明人間か……。
 そんな能力があったら、色んなことに使えそうだな。
 覗いたり、悪戯したり……。
 良くないことしか思い浮かばない。
 なんか、自分が情けなくなってくる。
「ハァ……」
「ビリーどうしたの? ため息なんか吐いて」
「いや……なんでもない」
「部屋に何か落ちている!」
 部屋の中をRCラジコンで確認していたコレルが声を上げた。
 扉の外から部屋の中を覗くと、床で何かが光っている。
 ナイフだ――。
 これで、僕とアーラが攻撃されたに違いない。
「体は透明になれても、武器は透明にできないみたいだね」
 ハクが言った。
 銃を使わないのは、音やマズルフラッシュで位置がばれるからだろうか?
「ビリー危ない」
 ルカが叫んだ。
 僕は、ルカの方を振り返った。
 シュン――。
 何かが飛んでくる。
 それは、僕の顔すれすれの所を通り過ぎていった。
 カラン――。
 そして、壁に当たり地面に落ちた。
 危なかった……もう一歩前に出ていたら、顔に刺さっていた。
 部屋の中に落ちているのと、同じナイフだ――。
「あっちが一瞬光ったんだ」
 ルカが指差す方は通路の先。
 なぜ……部屋の外から攻撃されるんだ!?
 敵は、部屋の中にいるんじゃないのか?
 僕は壁に手を突き、超音波敵影探知スキャニングソナー・ウォールハックで部屋の中をスキャンした。
 ピコーン――。
 反応があった。
 敵は、間違い無く部屋の中にいる。
「瞬間移動したのか? それとも、高速で動いているのか?」
 僕は、通路に向けてけん銃を構えた。
「くそ、どうなっているんだ!」
 ハクが、僕の肩に手を乗せる。
「落ち着くんだ……」
「姉さん、またそんな物取り出して……」
 コレルの声がする方を見ると、アーラが500mlの瓶を手にしていた。
 瓶の中にはオレンジ色の液体が入っていて、布で蓋がされている。
 アーラは、瓶を地面に置いた。
「姉さん、屋内でそれはまずいよ」
「あとで消せばいい……」
 コレルの制止にもお構いなく、アーラはマッチを擦りその布に点火した。
「さがってろ」
 アーラはそう言って僕を押しのけ、部屋の中に向かって火の付いた瓶を投げ入れた。
 パリン――。
 ボッ――。
 瓶が割れると共に、部屋の中に火が付いた。
「ぐわあぁぁっ」
 部屋の中から、叫び声が聞こえてくる。
 声のする方を見ると、壁がぼやけて見える。
 透明な何かが動いているのが分かる。
 敵は、止まっている時にしか透明になれないんだ。
 殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーが反応する。
 僕は敵に照準を合わせ、トリガーを引いた。
 パァン――。
 放った弾丸は敵に命中した。
「敵を倒した!」
 僕は皆に伝える。
 部屋中に火が回っていく。
「姉さん、火を消化しないと!」
 コレルが叫ぶ。
 アーラが、別の部屋から水を入れたバケツを持ってきて部屋に水を掛けた。
 ルカも、洗面器に水を入れて持ってきた。
 そして、部屋に向かって水を掛ける。
「あれ?」
 ルカが不思議そうな顔をする。
「どうしたの?」
 僕はルカを見つめた。
「うん……いや、なんでもない」
 ルカは首を横に振る。
 何かあったのだろうか?
 部屋の炎はすぐに消えた。
 焼き芋のような、焼け焦げた臭いが辺りに充満する。
 部屋の中央には、白いメタリック状のスーツに全身を包んだ男が横たわっていた。
「これが……光学迷彩?」
 僕の問い掛けにハクが答えた。
「どうだろう? 光学迷彩は高度な技術だ……このスーツにそれほどの技術力が詰め込まれたとは思えない。透明化が彼のアビリティなのかも知れないね」
 アビリティで透明になれるのか……。
 かなり強力な敵だった。
 キラッ――。
 目の前で何かが光った。
「うわぁっ」
 ルカが叫び声を上げる。
 見ると、ルカは腕を押さえて蹲っていた。
 地面にはナイフが落ちている。
 攻撃されたのか!?
 なんで?
 倒したはずなのに――。
 部屋の中を確認すると、確かに敵は倒れている。
「敵は、もう一人いるんだ」
 ルカが声を上げた。
 迂闊だった……敵は一人だと勘違いしてしまっていた。
「ビリーくん、アビリティでスキャンするんだ」
 僕は通路にある柱に手を突いた。
 今までは室内の敵を索敵するために、壁に手を当てていたけど、柱でもいけるだろうか?
 ピコーン――。
 甲高い音がなり、超音波敵影探知スキャニングソナー・ウォールハックが発動する。
 しかし、ノイズのようなものが走り、うまく敵の影を捉えられない。
「だめだ、密閉している空間じゃないからうまくいかないのかも……」
「ちょっと、姉さん僕たちまで危ないよ」
 僕の後ろで、コレルが叫んだ。
 振り返ると、アーラがまた瓶に火を付けていた。
「ビリー、危ないから下がってて」
 コレルが叫ぶ。
 振り向いた時、僕の後ろで何かが光った。
 ナイフだ――空中にナイフが浮いている。
 武器は、透明化できない――。
 ということは、そこに敵がいる。
「そこだな?」
 アーラは、僕が近くにいるにも関わらずお構いなしに火炎瓶を投げつけた。
 僕の顔の真横を火炎瓶が通り過ぎる。
「うわぁっ」
 僕は急いでコレルたちの方へ掛けだした。
 ボウッ――。
 通路が炎に包まれた。
 壁がぼやけて見える。
 敵が動いているんだ――。
 それは、ナイフと共に僕たちの方に移動してきた。
 しかし、敵の姿が見えるのなら、僕の敵では無い。
 殲滅の自動照準オートエイム・オートトリガーが発動する。
 パァン――。
 弾丸は、敵に命中した。
 ドサッ――。
 敵はその場に倒れ込んだ。
 そして、人が完全に姿を現した。
 目の前には、先程の敵と同じように、白いメタリック状のスーツを着た女が倒れていた。
 この人も透明になれるアビリティか……?
 僕は、うずくまるルカの方に駆け寄った。
「ルカ、大丈夫?」
「うん、大した怪我じゃ無い」
 見ると腕を切られているようだ。
 僕はバックパックから包帯を取り出し、ルカの腕に巻いて止血した。
 通路に付いた火は、ハクとアーラがバケツで消していた。
 辺りにほかに敵がいる気配はない。
「アーラの機転のおかげで敵を見つけることができた……ありがとう」
 僕はアーラにそう告げた。
 するとアーラは、一瞬驚いたような表情をみせ、鼻をかきながらすぐに視線を逸らした。
「あぁ……」
 彼女は、そう一言呟いた。
「姉さん! 今回はうまく行ったけど――」
 コレルがアーラに詰め寄る。
「行動に移す前に相談してよね? 一歩間違えたら、みんなが危険な目に遭っていたんだから」
「あぁ……」
 アーラは、悪びれることもなくそう返事をした。
「ひとつの問題は解決したわけだが……これで終わりじゃ無い」
 ハクは、煙草に火を付けながらしゃべり出した。
「もう一つの問題――迷路を解かないと、一生ここで暮らすことになる」
 迷路の謎……か。
 僕たちは、再びコレルのRCラジコンを先頭に歩き出す
 僕はその間も絶えず、室内を超音波敵影探知スキャニングソナー・ウォールハックで索敵を行った。
「階段が見えてきたよ」
 コレルが口を開く。
 見ると、階段は上の階と下の階に続いている。
 それと、階段を進まずに直進するという選択肢もあった。
 コレルがRCラジコンを下の階に向けて進める。
 ハクもコレルに続いて階段を降りはじめた。
 階段の前には、青い玉を咥えた龍の像がある。
 その龍は、天に向かって昇っていた。
「待ってください……上に行ってみませんか?」
 僕は皆に告げた。
「何を言ってるんだ? 下に降りないと出口につかないだろう?」
 ハクが不思議そうに尋ねてくる。
「試したいんです」
「龍の秘密が分かったのかい?」
「はい……確信は持てませんが」
「コレル、上の階を索敵しておいてくれないか?
 僕は、コレルにそう言った。
「わかった」
 コレルは頷き、RCラジコンを上の階に向けて走らせた。
 僕は階段を上がる前に、今いる階の部屋に入って窓の外を見る。
 この部屋は、向かいの建物の10階に当たる位置にあった。
 階段まで戻ると、コレルが口を開く。
「今上の階を索敵しているけど、敵の姿は見えない」
「ありがとう」
 僕は階段を駆け上がった。
 そして、すぐそばにあった部屋を超音波敵影探知スキャニングソナー・ウォールハックでスキャンする。
 部屋の中に敵の存在はない――。
 僕は部屋の中に入り、窓を開けた。
 窓の外を見ると、この部屋は向かいの建物の7階に当たる位置にあった。
「やっぱりだ……地上に近づいている」
 ハクも部屋に入ってきて、窓の外を覗き込む。
「登ったのに?」
「この建物は、ただ迷路のように複雑な構造をしているだけじゃないようです」
 僕は地上を指差した。
「一階の中庭を見て下さい」
 そこには、金の玉を咥えた龍の像があった。
「龍の像があるのはわかったけど、それがどうしたんだい?」
「それが向いている方は、出口です……すなわち、龍の向く方向へ進めば出口に到着できる」
「なるほど、よく気が付いたね」
 ハクは感心して頷いた。
「もしこの建物が、九龍城になぞらえているのだとすれば、9番目の龍の向く先に出口があるかもしれないねぇ」
 僕たちは通路を進んで行った。
 分かれ道には必ずといって龍の絵や像がある。
 その龍は、白、黒、オレンジ、黄色、ピンクと違った色の玉を咥えていた。
 龍の首の向く方に進んで行くと、元の道に戻ることも無く、下の階に進んでいるようだった。
 分かってきたぞ……この秘密が――。
 やがて、直進と右に曲がる分岐にさしかかった。
 床には、赤い玉を咥えた龍が描かれている。
 龍は、直進の方を向いていた。
「これが、九番目の龍だ」
 ハクは言う。
「この龍の首の向く方――この道を真っ直ぐ進んだ先に出口があるはずだ」
「いいえ、こっちです」
 僕は右を指差した。
「なぜ?」
 ハクは不思議そうに僕を見ている。
「この龍は九番目の龍ではありません」
「なにか、違いがあるのかい?」
「今までの龍は、それぞれ別々の色の玉を咥えていました。今地面に描かれている龍は、赤い玉を咥えています」
「確か子供が壁に描いた龍の絵も、赤い玉を咥えていたね」
 ルカが言う。
「だから、この龍の向く方に進むと、最初に戻ってしまうかもしれない」
「うーん……また振り出しに戻るのは、遠慮したいねぇ」
 皆が、この場所に立ち止まって僕の話を聞いていた。
「この龍をのぞいて、今まで8体の龍がありました。中庭にある龍が9番目とするならば、それまでにある龍はすべてフェイク……」
 僕は右の道に進んだ。
 皆も後を付いてくる。
 通路に外の明かりが差し込んできた。
「やった、出口だ」
 ルカが叫んだ。
 僕たちは中庭に出た。
 そこには、金の玉を咥えた龍の像が立てられている。
 そして、龍の像の向く方向に出口があった。
「よかった……これで建物の外に出れる」
 ルカがそう言って、出口の方に走り出した。
「止まって! 誰かいる」
 コレルが叫んだ。
 ルカが向かった出口の方から、男が一人歩いてくる。
 ルカは、すぐに僕の方まで戻ってきた。
「誰だ!」
 僕は男に向けて、けん銃を構えた。
 パチパチパチ――。
 男は手を叩きながら、ゆっくりと僕たちの方に向かって歩いてくる。
「楽しめましたかな?」

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