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第三章

エピローグ

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 ジリリリリリリッ――。
 ベルの音がけたたましく鳴り響いた。
 僕は手探りで、目覚ましのスイッチを探す。
 時計の針は、丁度7時を指している。
 あと5分――。
 もう一度目を閉じた。
 毎朝、この瞬間が気持ち良い。
「常輝、起きなさい!」
 目覚ましの次は、母親の大声が耳を刺す。
 しぶしぶベッドから体を起こした。
 リビングではテレビ番組のキャスターが、まるで家族のひとりかのように喋っている。
 食卓にはご飯と味噌汁と、晩ご飯の残りのコロッケが並べられていた。
 僕はそれを口に運びながら、テレビに目を向ける。
『台風による被害で、森北地区では電気と水の復旧の目処が立たず――』
 テレビ画面には、屋根が飛ばされた家が映し出された。
 幸い僕の住んでいる地域は、そこまで被害は大きくなかった。
 気の毒に――と思う一方で、自分の家じゃなくてよかった――とも思う。
 他人ごとだし、これ以上の興味も湧かない。
『昨夜、高田町の路上で少年が遺体で発見されました――。腹部に銃で撃たれたような痕があり、警察は何らかの事件に巻き込まれたものとして調査しています』
「えぇ? ちょっと近くじゃないの……」
 母親が声をあげる。
 町の方だ――。
 見覚えのある商店街に、何人もの警察が動き回っている映像が流れる。
『続きまして、今日の天気です』
「気をつけなさいよ? 遅くならないうちに帰ってくるのよ」
「あぁ……」
 小さな町だ……どうせすぐに犯人は捕まるだろうし、町に行く予定もない。
 毎日、学校と家を往復するだけだけから――。
 朝食を済ませ、鞄を持って家を出た。
 自転車に跨がり、学校へと向かう。
 乾燥していて、気持ちのいい朝だ――でも、すこし肌寒い。
 9月も終わろうとしている……夏も終わり、秋が近づいてくる。
 僕はこの夏の記憶が殆ど無かった。
 何日間も失踪していたらしいが、その時のことを何も覚えていないのだ。
 友達のルカも、同じだった。
 親戚のお婆ちゃんは、神隠しとか言っていたけど、結局ふたりで家出したんだろう――ということにされた。

「ビリーの腕太くなった?」
 休み時間に、ルカが腕を触ってきた。
「え、そうか?」
 力こぶを作って、自分でも触ってみる。
 言われてみれば、夏前よりもなんかたくましくなった気もする。
 リーン――。
 音叉のような甲高い音が鳴り響いた。
「このペンダント、面白いよね?」
 僕の胸には、兵士が付けるドッグタグがある。
 ルカも同じのをしていた。
 二人のドッグタグが共鳴して音が鳴った。
「これってさー、お揃いで買ったんだっけ?」
 ルカの質問には、僕も答えられなかった。
 気に入って付けているけど、まるで買った覚えがない。
 キーン、コーン――。
 チャイムが鳴り、教師が入ってくる。
 僕は、机の中から教科書とノートを取り出した。
「きりーつ……礼……」
 日直の号令に従い挨拶をする。
 教師が黒板に書いたことを、ノートに書き写す――毎日がこの繰り返しだ。
 当たり前の日常が、流れるように過ぎていく。
「読書の秋……ということで……本を読んで、読書感想文を提出して貰います」
 教師がそう言うと、クラスメイトは悲鳴をあげる。
 えーっ――。
 喜ぶ奴など一人もいないだろう。
 僕も新作のFPSが出たばかりで忙しい。
「ねぇねぇ、何読む?」
 ルカが話掛けてくる。
「なるべく薄いやつ……」
「放課後一緒に買いに行かない?」

 放課後、ルカを自転車の後ろに乗せ町に向かった。
 中心地まできて、歩道に自転車を止める。
 田舎町とはいえ、繁華街は人通りが多い。
「本屋……どこだっけ?」
 書物とは無縁の生活をしているので、前に本屋に入ったのは数年前で場所を覚えていない。
「こっちこっち」
 ルカが先導して駆けだして行く。
 本屋に行くのがそんなに楽しみなのだろうか?
 漫画の感想文っていうなら話は別だけど、文字だけの本は読みたくない……。
 感想と言われても、面白かったです――の一行しか書ける自信が無い。
「ちょっと待って……」
 ドン――。
 いきなり駆けだしたものだから、人とぶつかってしまった。
「あ、すみません……」
 僕は頭を下げる。
 見ると、ぶつかったのは同い年くらいの女の子だった。
「ごめんなさい……」
 その子は慌てた様子で大通りを走って行った。
 リーン――。
 音叉のような音がする。
 胸のドッグタグが共鳴した!?
 僕は、走り去る少女を見つめた。
 ドン――。
 再び人とぶつかる。
 今度は、後ろからきた男に突き飛ばされた。
 男も少女と同じ方向に走っていく。
 もしかしてあの子……あの男から逃げているのだろうか?
 町を行く人は、そんなことは気にもせず、ただ自分の目的地に向かって歩き続ける。
 この国の人は、赤の他人には興味を示さない。
 揉めごとに関わり合いたくないからだ――。
 自分のことを犠牲にして、人助けをするなんてお人好しは、ほとんどいない。
 僕もそうだ――。
 知り合いならともかく……初めてあった人だ……。
 僕には関係ない。
 だから、背を向けた。
 ルカが、道の先で手を振っている。
 僕は、ルカの方へと歩き出した。
 でも、数歩歩いて足を止める。
 はたして……そうだろうか?
 あの子、どこかで会ったような……。
 僕は振り返った。
 少女の姿は、人混みに飲まれて見えなくなっていた。
 僕は走り出した。
 急いで男の後を追いかける。
 何か気になる……。
 あの子を放ってはおけない……そんな気がした。
 男は、裏通りに走って行った。
 大通りとは違い、道行く人の数は少ない。
 前を走る少女の姿も見えた。
 二人は路地裏に入って行く。
 僕もすぐにそこに駆け込んだ。
 細い道の先には塀があり、行き止まりだった。
 少女は男を見つめていた。
 その表情は、怯えている。
 男は、ポケットから何かを取り出した。
 金属製の装置――けん銃だ。
 モデルガンか何かだろう――初めはそう思った。
 しかし、今朝のニュースを思い出す。
 本物かも知れない――。
 男は、銃口を少女に向けていた。
 早く警察を呼ばないと――。
 でも、通報してから何分でくるのだろうか?
 10分でこれるとは思えないし……30分?
 男は今にも発砲しそうなのに……警察が間に合うわけが無い。
 男は僕に気づいていない――。
 今なら――。
 正義感が働いたのか、ただのヒーローきどりか、ここで少女を助けたら格好いいとでも思ったのだろうか?
 僕は男の後ろから、体ごと突っ込んでいった。
 ドン――。
 ラグビーのタックルなんて格好のよいものではない。
 ただ、体全体でぶつかっただけだ。
 僕は、男もろともゴミ捨て場の中に倒れ込んだ。
 カラン――。
 銃が地面に落ちる。
 これを男に拾われたら――僕が殺されかねない。
 先に拾うんだ!
 僕は、急いでけん銃を拾い上げる。
 なぜだろう? 初めて手にするのに、違和感を感じない。
 ずしりとする重みも、金属の硬さも冷たさも……。
 毎日手にしているスマホのように、ごく自然に手に馴染む。
 そして、銃口を男に向けた。
 こうすれば、男はびびって逃げるだろう――。
 そう思った。
 案の定、男は後ずさりする。
 脅しのつもりだった――。
 男がこの場からいなくなってくれればそれでよかった。
 しかし――。
 男はバタフライナイフを取り出した。
 カチン――。
 ナイフの先を僕に向ける。
 襲い掛かってくる気だ――。
 それを見た僕は躊躇しなかった。
 正当防衛になるとか、そんな気持ちが働いたんじゃない。
 ただ目の前の男を、敵――と認識したのだ。
 僕は、右手の人差し指でトリガーを引いた。
 パァン――。
 甲高い音が鳴り響く。
 一瞬だった――。
 男に声を上げる時間も、逃げ出す隙も与えない。
 一瞬で、男の命は消えて行った。
 ゴト――。
 男は額から血を吹き出し後方へ倒れ込んだ。
 なにをしているんだ――!?
 僕は――!?
 僕はこの手で……人を……殺した。
 それなのに……なにも感じない。
 戸惑いも……恐怖も……罪悪感も……。
 怖くて、無我夢中で撃ったんじゃない――。
 明らかに殺そうと思ってトリガーを引いた。
 僕は……。
 付近が騒がしくなる。
 誰かくる――。
 逃げよう!
 僕は、うずくまっている少女の手をとった。
 そして、一緒に走り出した。
 陽の当たらない路地裏から、光が差す通りへと駆けていく。
 裏路地の入り口には、別の少女が立ってこっちを見ていた。
 殺したところを、見られただろうか?
 その少女と目が合った。
 僕はすぐに目を逸らし、何ごともなかったかのように少女の横を通り抜ける。
 すれ違いざまに、少女は言葉を発した――。

 逃げれるべき場所なんてどこにもないのよ。
 どこにも……。
 戦って勝ち上がって行くしか無い。
 敗者はどぶ水をすするしかない。
 それが嫌なら戦うの……。
 永遠に……。
 死ぬまでね。

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この物語は、これで終わりとなります。
最後までご愛読いただき、誠にありがとうございます。
沢山の応援とコメントが、執筆の励みになりました。
新たな物語を皆さまにお届けできるよう、精進したいと思います。
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みんなの感想(4件)

ユーノ
2019.08.15 ユーノ
ネタバレ含む
穂村緋彩
2019.08.17 穂村緋彩

今後も様々な能力を持った敵を出して行きたいですね

解除
ユーノ
2019.08.02 ユーノ
ネタバレ含む
穂村緋彩
2019.08.02 穂村緋彩

いつもありがとうございます!
謎の答えは、次話をご期待ください。

解除
ユーノ
2019.07.18 ユーノ
ネタバレ含む
穂村緋彩
2019.07.18 穂村緋彩

いつも読んでいただき、ありがとうございます。
応援コメント、励みになります!
面白い作品になるよう、三章もがんばって執筆していきます!

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