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白き不法侵入者と、隣の席の家出姫
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1
十二月。
修学旅行から戻り、日常が帰ってきた。
南国・鹿児島といえど、朝夕は冷え込み、桜島の頂にはうっすらと雪化粧が見える日もある。
僕たち桜島南高校バレーボール部は、一月の春高本戦(全国大会)出場を逃した悔しさをバネに、来年のインターハイへ向けて再始動していた。
平和な日常。
しかし、それは唐突に、そして非常識な形で終わりを告げる。
1年A組の教室。
種子島凛は、いつものように始業前の時間を有効活用していた。
タブレットを開き、昨日の部活で収集した悠真のバイタルデータと、次期大会の対戦校候補の分析を行う。周囲のクラスメイトが談笑する声は、彼女にとってはただの環境音(ノイズ)でしかない。
彼女の世界は、数字と論理、そして「先輩を勝たせること」だけで完結していた。
キーンコーンカーンコーン……。
チャイムが鳴り、担任教師が入ってくる。
「起立、礼」の号令。
いつも通りのホームルームが始まる――はずだった。
ガララッ!!
教室の後ろの引き戸が、勢いよく開け放たれた。
先生も生徒も、一斉に振り返る。
そこに立っていたのは、この学校の生徒ではなかった。
純白のブレザーに、深紅のチェック柄スカート。
県内最強の私立・薩摩学院の制服だ。
プラチナブロンドの長い髪をハーフツインテールにし、宝石のような瞳を輝かせた美少女が、仁王立ちしている。
「……見つけましたわ」
少女――御門蘭は、教室中を見回し、窓際の席に座る凛を見つけると、優雅に微笑んだ。
「ごきげんよう、凛さん。……ここが1年A組で間違いありませんわね?」
凛は口をポカンと開けていた。
思考回路がフリーズする。なぜ、他校の生徒が、しかもライバル校のマネージャーが、平然とここにいるのか。
警備員は何をしている? いや、それ以前に常識というものは?
「……ちょ、君! どこの生徒だ! 何をしている!」
担任教師が慌てて声をかける。
だが、蘭はそれを華麗にスルーし、ツカツカと教室に入ってきた。
そして、凛の隣の空席(欠席者の席)に、当然のように鞄を置いて座った。
「ふぅ。遠かったですわ」
「……御門さん。何をしているんですか」
凛が低い声で問う。声が震えている。
「見れば分かりますでしょう? 授業参観ですわ」
「意味が分かりません。不法侵入です。出て行ってください」
「嫌ですわ。お兄様に『部屋から出るな』と言われたので、家出してきましたの。……今日からしばらく、こちらの学校で愛する悠真様の監視……いえ、見守りをさせていただきます」
蘭は悪びれもせず、自分のバッグからティーセットを取り出し始めた。
教室中がどよめく。「誰あの子?」「すげー可愛い」「薩摩学院の制服じゃん!」
計算外のエラー。凛の完璧な日常に、制御不能なウイルスが侵入した瞬間だった。
「……調子狂うわ。なんちゅうこつ……」
凛は小さく、方言交じりで呟いた。頭痛が痛い、とはこのことか。
2
昼休み。
2年C組の教室。
「悠真様ぁぁぁっ!!」
予鈴と同時に、廊下から甘ったるい声が響いてきた。
僕、日向悠真が身構えるよりも早く、教室のドアが勢いよく開かれる。
「お昼ですわ! 一緒に食べましょう!」
薩摩学院の制服を着た蘭が、息一つ切らさずに飛び込んできた。
手には、重箱のような豪華な弁当包みを持っている。
クラスメイトたちが「うわ、他校の女子だ」「すごい美人」「日向の知り合いか?」とざわつく。
「ら、蘭ちゃん!? なんでここに……その制服……」
「家出して参りました! お兄様の束縛にはもう耐えられませんの!」
彼女は僕の机に重箱を広げ、身を乗り出して僕の両手を握りしめた。
「悠真様! 私、行く当てがありませんの! ……どうか、私を助けてくださいまし!」
「た、助けるって言われても……」
「まずは腹ごしらえですわ! 私の手作りだし巻き卵、あーんして差し上げます!」
狂信的だ。
彼女の行動力は、常軌を逸している。
その横で、ゴゴゴゴ……と低い音が聞こえた。
隣の席の霧島楓が、コンビニのおにぎりを握り潰している音だ。
「……悠真。それ食べっと?」
楓の声が低い。バリバリの鹿児島弁になっている。
「えっ、楓も作ってきてくれたの?」
「当たり前やろ! 今日はハンバーグやっど! 誰か知らん他校の女の卵焼きなんか食わせん!」
右からだし巻き卵。左からハンバーグ。
逃げ場がない。
そこへ。
「……失礼します」
ガラリと教室のドアが開き、凛が入ってきた。
彼女は不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。
「凛ちゃん!」
「……先輩。校内放送で呼び出されそうになりましたよ。不審者が校内を徘徊していると」
「あら、人聞きが悪いですわね。未来の編入生ですわよ?」
蘭は悪びれもせず、凛に微笑みかけた。
「凛さんこそ、私を置いてきぼりにしてズルいですわ。隣の席でしたのに」
「……貴女、あのまま授業を受けるつもりだったんですか。教頭先生に摘み出されていましたよ」
凛はため息をつき、僕の前にタブレットを置いた。
「先輩。今日のカロリー摂取目標です。霧島先輩のハンバーグは脂質が高いので、半分残してください」
「ええっ!? せっかく作ったとに!」
「蘭さんの弁当は……成分不明なので却下です」
「酷いですわ! 愛情というスパイスがたっぷりですのに!」
右からハンバーグ。左から重箱。正面からデータ。
さらに。
「……騒がしいわね」
廊下側の窓から、神宮司雫が顔を出した。
彼女はパンをかじりながら、面白そうにこの惨状を眺めている。
「日向くん、美術室に避難する? 静寂と紅茶ならあるわよ」
「雫先輩! 抜け駆けはずるいです!」
四方向からの包囲網。
僕は天を仰いだ。他校生まで乱入してきて、僕の学校生活は崩壊寸前だ。
3
放課後。第2体育館。
部活の時間になっても、蘭は帰らなかった。
それどころか、彼女は真っ白なジャージ(薩摩学院指定のもの)に着替え、堂々と体育館に入ってきた。
「……何をしているんですか」
凛がバインダーを抱えて立ちはだかる。
「見れば分かりますでしょう? マネージャー業務ですわ」
「部外者は立ち入り禁止です。スパイ行為とみなします」
「あら、私はただ悠真様のお役に立ちたいだけですの。……それに、お兄様の弱点データ、知りたくはありませんこと?」
蘭が悪魔の囁きをする。
凛の眉がピクリと動いた。
「……取引ですか」
「協力、と言ってくださいな。打倒・御門蓮。……利害は一致していますわ」
蘭はニッコリと笑う。その瞳の奥には、兄に対する深い愛憎が渦巻いている。
凛は少し考え込み、やがて小さく息を吐いた。
「……分かりました。ただし、練習の邪魔はしないこと。それと、その派手なジャージ、目障りなので端にいてください」
「交渉成立ですわね♡」
こうして、敵チームのマネージャーが練習に参加するという、異常事態が発生した。
練習中。
凛はいつものように、的確な指示を飛ばす。効率的で、無駄のない管理。
対して、蘭は。
「悠真様! ナイズレシーブです! 素敵ですわ!」
「キャプテンさん、もっと高く跳べませんの? 悠真様が拾ってくださったボールですのよ?」
彼女は、悠真(僕)以外には興味がない。
他の部員に対しては辛辣だが、僕が動くたびにタオルを持って駆け寄ろうとする。
「……邪魔です、御門さん。プレーエリアに入らないでください」
凛が制止する。
「あら、選手の汗を拭くのもマネージャーの仕事ではなくて?」
「プレー中は集中力を削ぐだけです。……ちっ、言わんと分からんとか」
凛の口調が荒くなっている。
バチバチと火花が散る。
そのせいで、僕たちは練習に集中できない……かと思いきや、意外な効果があった。
「……あいつら、怖えな」
一ノ瀬が呟く。
「下手にミスったら、あの薩摩のお嬢様に『悠真様の邪魔』って罵られそうだし、凛ちゃんには方言混じりで詰められる……」
「……やるしかないな」
三雲が眼鏡を押し上げる。
二人のマネージャーのプレッシャー(と殺気)が、逆に部員たちの尻を叩き、練習の密度が上がっていたのだ。
4
練習後。
片付けをしていると、蘭が僕のところへやってきた。
手には、怪しげな色のドリンクが入ったボトルがある。
「悠真様。特製ドリンクですわ。マムシとスッポンと、愛をブレンドしましたの♡」
「い、いいよ……お水で……」
「遠慮なさらず! これを飲めば、お兄様のスパイクも指一本で止められますわ!」
狂信的だ。
彼女の中では、僕を「兄を超える存在」にすることが至上命題になっているらしい。
「……御門さん」
凛が横からボトルを取り上げた。
「成分表を見せてください。ドーピング検査に引っかかるようなものは困ります」
「失礼な。全て天然素材ですわ」
「……分析します。それまで先輩には飲ませられません」
凛はボトルを没収し、代わりに市販のスポーツドリンクを僕に渡した。
ナイスフォローだ、凛ちゃん。
「……ちっ。ガードが堅いですわね」
蘭は舌打ちをし、それでもニコニコと僕に微笑みかけた。
「まあいいですわ。時間はたっぷりありますもの。……ねえ、悠真様」
彼女は僕の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「私、帰りたくありませんの。……今夜、泊めていただけますわよね?」
彼女の瞳は、アメジストのように美しく、そして底が見えないほど切羽詰まっていた。
家に帰れば、兄の支配が待っている。
彼女は本気で逃げ場所を求めているのだ。
校門を出ると、楓と雫が待っていた。
「悠真! 遅か!」
「……疲れた顔してるわね」
いつものメンバー。
でも、今日の帰り道はいつもと違う。
白いコートを着た他校の美少女が、当然のように僕の隣を歩いているからだ。
「……ねえ、悠真」
楓が不安そうに僕の顔を覗き込んだ。
「あの子、どこに行くつもりね? こっちはウチらの家の方向やけど……」
嫌な予感がした。
僕は歩みを早め、自宅の方へ足を向けた。
上町(かんまち)の住宅街。我が家の前。
蘭は門の前で立ち止まり、クルリと振り返った。
「ここが悠真様のお城ですのね! 素敵ですわ!」
彼女は悪びれもせず、キャリーケースを引いて敷地内に入ろうとする。
「ちょ、ちょっと待て!」
「あら、どうされました? 行く当てのない美少女を、まさか野宿させるおつもりですの?」
上目遣い。
計算された可哀想な表情。でも、その震えは本物だった。
「はあぁぁぁ!?」
僕、楓、凛、雫の叫び声が、夜の住宅街に響き渡った。
僕の「管理」された日常は、ますますカオスに、そして逃げ場のないものになっていく。
冬の風が、冷たく吹き抜けた。
十二月。
修学旅行から戻り、日常が帰ってきた。
南国・鹿児島といえど、朝夕は冷え込み、桜島の頂にはうっすらと雪化粧が見える日もある。
僕たち桜島南高校バレーボール部は、一月の春高本戦(全国大会)出場を逃した悔しさをバネに、来年のインターハイへ向けて再始動していた。
平和な日常。
しかし、それは唐突に、そして非常識な形で終わりを告げる。
1年A組の教室。
種子島凛は、いつものように始業前の時間を有効活用していた。
タブレットを開き、昨日の部活で収集した悠真のバイタルデータと、次期大会の対戦校候補の分析を行う。周囲のクラスメイトが談笑する声は、彼女にとってはただの環境音(ノイズ)でしかない。
彼女の世界は、数字と論理、そして「先輩を勝たせること」だけで完結していた。
キーンコーンカーンコーン……。
チャイムが鳴り、担任教師が入ってくる。
「起立、礼」の号令。
いつも通りのホームルームが始まる――はずだった。
ガララッ!!
教室の後ろの引き戸が、勢いよく開け放たれた。
先生も生徒も、一斉に振り返る。
そこに立っていたのは、この学校の生徒ではなかった。
純白のブレザーに、深紅のチェック柄スカート。
県内最強の私立・薩摩学院の制服だ。
プラチナブロンドの長い髪をハーフツインテールにし、宝石のような瞳を輝かせた美少女が、仁王立ちしている。
「……見つけましたわ」
少女――御門蘭は、教室中を見回し、窓際の席に座る凛を見つけると、優雅に微笑んだ。
「ごきげんよう、凛さん。……ここが1年A組で間違いありませんわね?」
凛は口をポカンと開けていた。
思考回路がフリーズする。なぜ、他校の生徒が、しかもライバル校のマネージャーが、平然とここにいるのか。
警備員は何をしている? いや、それ以前に常識というものは?
「……ちょ、君! どこの生徒だ! 何をしている!」
担任教師が慌てて声をかける。
だが、蘭はそれを華麗にスルーし、ツカツカと教室に入ってきた。
そして、凛の隣の空席(欠席者の席)に、当然のように鞄を置いて座った。
「ふぅ。遠かったですわ」
「……御門さん。何をしているんですか」
凛が低い声で問う。声が震えている。
「見れば分かりますでしょう? 授業参観ですわ」
「意味が分かりません。不法侵入です。出て行ってください」
「嫌ですわ。お兄様に『部屋から出るな』と言われたので、家出してきましたの。……今日からしばらく、こちらの学校で愛する悠真様の監視……いえ、見守りをさせていただきます」
蘭は悪びれもせず、自分のバッグからティーセットを取り出し始めた。
教室中がどよめく。「誰あの子?」「すげー可愛い」「薩摩学院の制服じゃん!」
計算外のエラー。凛の完璧な日常に、制御不能なウイルスが侵入した瞬間だった。
「……調子狂うわ。なんちゅうこつ……」
凛は小さく、方言交じりで呟いた。頭痛が痛い、とはこのことか。
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昼休み。
2年C組の教室。
「悠真様ぁぁぁっ!!」
予鈴と同時に、廊下から甘ったるい声が響いてきた。
僕、日向悠真が身構えるよりも早く、教室のドアが勢いよく開かれる。
「お昼ですわ! 一緒に食べましょう!」
薩摩学院の制服を着た蘭が、息一つ切らさずに飛び込んできた。
手には、重箱のような豪華な弁当包みを持っている。
クラスメイトたちが「うわ、他校の女子だ」「すごい美人」「日向の知り合いか?」とざわつく。
「ら、蘭ちゃん!? なんでここに……その制服……」
「家出して参りました! お兄様の束縛にはもう耐えられませんの!」
彼女は僕の机に重箱を広げ、身を乗り出して僕の両手を握りしめた。
「悠真様! 私、行く当てがありませんの! ……どうか、私を助けてくださいまし!」
「た、助けるって言われても……」
「まずは腹ごしらえですわ! 私の手作りだし巻き卵、あーんして差し上げます!」
狂信的だ。
彼女の行動力は、常軌を逸している。
その横で、ゴゴゴゴ……と低い音が聞こえた。
隣の席の霧島楓が、コンビニのおにぎりを握り潰している音だ。
「……悠真。それ食べっと?」
楓の声が低い。バリバリの鹿児島弁になっている。
「えっ、楓も作ってきてくれたの?」
「当たり前やろ! 今日はハンバーグやっど! 誰か知らん他校の女の卵焼きなんか食わせん!」
右からだし巻き卵。左からハンバーグ。
逃げ場がない。
そこへ。
「……失礼します」
ガラリと教室のドアが開き、凛が入ってきた。
彼女は不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。
「凛ちゃん!」
「……先輩。校内放送で呼び出されそうになりましたよ。不審者が校内を徘徊していると」
「あら、人聞きが悪いですわね。未来の編入生ですわよ?」
蘭は悪びれもせず、凛に微笑みかけた。
「凛さんこそ、私を置いてきぼりにしてズルいですわ。隣の席でしたのに」
「……貴女、あのまま授業を受けるつもりだったんですか。教頭先生に摘み出されていましたよ」
凛はため息をつき、僕の前にタブレットを置いた。
「先輩。今日のカロリー摂取目標です。霧島先輩のハンバーグは脂質が高いので、半分残してください」
「ええっ!? せっかく作ったとに!」
「蘭さんの弁当は……成分不明なので却下です」
「酷いですわ! 愛情というスパイスがたっぷりですのに!」
右からハンバーグ。左から重箱。正面からデータ。
さらに。
「……騒がしいわね」
廊下側の窓から、神宮司雫が顔を出した。
彼女はパンをかじりながら、面白そうにこの惨状を眺めている。
「日向くん、美術室に避難する? 静寂と紅茶ならあるわよ」
「雫先輩! 抜け駆けはずるいです!」
四方向からの包囲網。
僕は天を仰いだ。他校生まで乱入してきて、僕の学校生活は崩壊寸前だ。
3
放課後。第2体育館。
部活の時間になっても、蘭は帰らなかった。
それどころか、彼女は真っ白なジャージ(薩摩学院指定のもの)に着替え、堂々と体育館に入ってきた。
「……何をしているんですか」
凛がバインダーを抱えて立ちはだかる。
「見れば分かりますでしょう? マネージャー業務ですわ」
「部外者は立ち入り禁止です。スパイ行為とみなします」
「あら、私はただ悠真様のお役に立ちたいだけですの。……それに、お兄様の弱点データ、知りたくはありませんこと?」
蘭が悪魔の囁きをする。
凛の眉がピクリと動いた。
「……取引ですか」
「協力、と言ってくださいな。打倒・御門蓮。……利害は一致していますわ」
蘭はニッコリと笑う。その瞳の奥には、兄に対する深い愛憎が渦巻いている。
凛は少し考え込み、やがて小さく息を吐いた。
「……分かりました。ただし、練習の邪魔はしないこと。それと、その派手なジャージ、目障りなので端にいてください」
「交渉成立ですわね♡」
こうして、敵チームのマネージャーが練習に参加するという、異常事態が発生した。
練習中。
凛はいつものように、的確な指示を飛ばす。効率的で、無駄のない管理。
対して、蘭は。
「悠真様! ナイズレシーブです! 素敵ですわ!」
「キャプテンさん、もっと高く跳べませんの? 悠真様が拾ってくださったボールですのよ?」
彼女は、悠真(僕)以外には興味がない。
他の部員に対しては辛辣だが、僕が動くたびにタオルを持って駆け寄ろうとする。
「……邪魔です、御門さん。プレーエリアに入らないでください」
凛が制止する。
「あら、選手の汗を拭くのもマネージャーの仕事ではなくて?」
「プレー中は集中力を削ぐだけです。……ちっ、言わんと分からんとか」
凛の口調が荒くなっている。
バチバチと火花が散る。
そのせいで、僕たちは練習に集中できない……かと思いきや、意外な効果があった。
「……あいつら、怖えな」
一ノ瀬が呟く。
「下手にミスったら、あの薩摩のお嬢様に『悠真様の邪魔』って罵られそうだし、凛ちゃんには方言混じりで詰められる……」
「……やるしかないな」
三雲が眼鏡を押し上げる。
二人のマネージャーのプレッシャー(と殺気)が、逆に部員たちの尻を叩き、練習の密度が上がっていたのだ。
4
練習後。
片付けをしていると、蘭が僕のところへやってきた。
手には、怪しげな色のドリンクが入ったボトルがある。
「悠真様。特製ドリンクですわ。マムシとスッポンと、愛をブレンドしましたの♡」
「い、いいよ……お水で……」
「遠慮なさらず! これを飲めば、お兄様のスパイクも指一本で止められますわ!」
狂信的だ。
彼女の中では、僕を「兄を超える存在」にすることが至上命題になっているらしい。
「……御門さん」
凛が横からボトルを取り上げた。
「成分表を見せてください。ドーピング検査に引っかかるようなものは困ります」
「失礼な。全て天然素材ですわ」
「……分析します。それまで先輩には飲ませられません」
凛はボトルを没収し、代わりに市販のスポーツドリンクを僕に渡した。
ナイスフォローだ、凛ちゃん。
「……ちっ。ガードが堅いですわね」
蘭は舌打ちをし、それでもニコニコと僕に微笑みかけた。
「まあいいですわ。時間はたっぷりありますもの。……ねえ、悠真様」
彼女は僕の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「私、帰りたくありませんの。……今夜、泊めていただけますわよね?」
彼女の瞳は、アメジストのように美しく、そして底が見えないほど切羽詰まっていた。
家に帰れば、兄の支配が待っている。
彼女は本気で逃げ場所を求めているのだ。
校門を出ると、楓と雫が待っていた。
「悠真! 遅か!」
「……疲れた顔してるわね」
いつものメンバー。
でも、今日の帰り道はいつもと違う。
白いコートを着た他校の美少女が、当然のように僕の隣を歩いているからだ。
「……ねえ、悠真」
楓が不安そうに僕の顔を覗き込んだ。
「あの子、どこに行くつもりね? こっちはウチらの家の方向やけど……」
嫌な予感がした。
僕は歩みを早め、自宅の方へ足を向けた。
上町(かんまち)の住宅街。我が家の前。
蘭は門の前で立ち止まり、クルリと振り返った。
「ここが悠真様のお城ですのね! 素敵ですわ!」
彼女は悪びれもせず、キャリーケースを引いて敷地内に入ろうとする。
「ちょ、ちょっと待て!」
「あら、どうされました? 行く当てのない美少女を、まさか野宿させるおつもりですの?」
上目遣い。
計算された可哀想な表情。でも、その震えは本物だった。
「はあぁぁぁ!?」
僕、楓、凛、雫の叫び声が、夜の住宅街に響き渡った。
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