元天才リベロの僕は、激重ヒロインたちに管理されています。

シエリヌス

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決戦・魔王城への進撃

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1

 一月三日。
 決戦の朝。
 僕、日向悠真は、自宅の玄関前で呆然と立ち尽くしていた。

 目の前には、数人の黒服の男たち。そして、黒塗りの高級車。
 その開いた後部座席に、御門蘭が押し込められようとしていた。

「……待ってくれ! 蘭ちゃん!」

 僕が叫ぶと、蘭が悲痛な顔で振り返る。

「来ないでください、悠真様!」

 彼女の細い腕を掴んでいるのは、兄・御門蓮だ。
 彼は黒いロングコートをなびかせ、冷徹な目で僕を見下ろしている。

「……遊びは終わりだ、日向。これ以上、御門家の恥を晒させるわけにはいかない」
「嫌だ! 私は戻りたくない!」

 蘭が抵抗する。しかし、蓮は動じない。

「戻らなければ、桜島南高校バレー部に『教育的指導』が入ることになるぞ? ……活動停止、あるいは廃部。父上の力を使えば容易いことだ」
「ッ……卑怯ですわ!」
「力を持つ者がルールを作る。それが世の中だ」

 蓮の言葉に、蘭の動きが止まった。
 彼女は僕を見た。そして、僕の後ろにある「桜島南での楽しい日々」を守るために、唇を噛み締めた。

「……分かりました。戻ります」
「蘭ちゃん!?」
「その代わり、お兄様。……約束してください」

 蘭は涙を堪え、兄を睨みつける。

「今日の試合。……もし悠真様が勝ったら、私を自由にしてください。二度と、私の人生に干渉しないと誓ってください!」

 蓮は妹の必死な形相を見て、フンと鼻を鳴らした。

「……いいだろう。だが、負ければお前は一生、籠の鳥だ。そして日向、お前も俺のモノになる」
「……構いませんわ」

 蘭は車に乗り込んだ。
 閉まるドアの隙間から、彼女は僕に微笑みかけた。

「……信じていますわ、悠真様。私を、奪い返しに来てくださると」

 車が走り去る。
 残されたのは、排気ガスの匂いと、重すぎる約束。
 僕は拳を握りしめた。爪が食い込み、血が滲む。
 これはもう、ただの試合じゃない。彼女を取り戻すための、奪還作戦だ。

2

 数時間後。
 私立薩摩学院高等学校、メインアリーナ。

 敵地であるこの体育館は、完全なアウェイの空気に包まれていた。
 僕たち桜島南のメンバーがコートに入ると、数百の視線が突き刺さる。部員、父兄、OB。その全てが敵だ。

「……蘭ちゃんは?」

 楓が不安そうに探す。
 彼女はいた。
 敵チーム、薩摩学院のベンチ。
 真っ白なジャージを着せられ、パイプ椅子に座らされている。その顔色は蒼白で、まるで生気のない人形のようだ。隣には監視役のように蓮が立っている。

「……ほんのこて連れ戻されちょったんやね」
 楓の声が震える。「あいつら、やり方が汚か!」
「感情的にならないでください。……怒りはパフォーマンスを下げます」

 凛が冷静に、しかしタブレットを持つ手は白くなるほど強く握りしめられていた。

「勝てばよか。勝って、正面から連れ戻す。……それだけです」
「ああ。分かってる」

 僕はコートの中央に進み出た。
 ネットを挟んで、蓮と対峙する。
 魔王は、腕を組んで僕を見下ろした。

「……来たか。無駄な足掻きを」
「無駄じゃない」

 僕は睨み返す。

「蘭ちゃんを返してもらう。……そして、あんたのその歪んだ価値観も、ここで叩き壊す」

 蓮の眉がピクリと動く。
 彼は不敵に笑い、右手を挙げた。

「……面白い。やってみろ、“元”天才」

 『ピーッ!』

 審判の笛が鳴り響く。
 エキシビションマッチ、開始。
 蘭の運命をかけた、最後の戦いが始まった。

3

 第1セット。
 薩摩学院のサーブからスタートする。
 サーバーは蓮だ。
 彼はベースラインに立ち、ボールを高く放り上げた。

 ドォンッ!!

 空気が破裂したような音。
 ボールが唸りを上げて飛んでくる。
 春高予選の時よりも、さらに速い。重い。
 僕の『過剰共感』が、ボールの軌道を予測する。

(……右だ!)

 身体を滑り込ませる。腕を組む。インパクトの瞬間。

 ガツッ!!

「ぐっ……!」

 重い。まるで鉄球だ。
 腕が弾かれる。ボールはコート外へ大きく逸れた。

「アウト! ポイント、薩摩学院!」

 0 - 1。
 たった一球で、会場の空気が支配された。

「……くそっ、マジかよ。あいつ、まだ進化してんのか」
 一ノ瀬が顔を引きつらせる。

 そこからは、防戦一方だった。
 蓮のスパイクは、予選の時のような「力任せ」ではなかった。
 冷静に、的確に、こちらのブロックの隙間を縫い、レシーバーのいない場所へ打ち込んでくる。
 「力」と「技」の融合。手も足も出ない。

 0 - 8。
 タイムアウト。

「……申し訳ありません。データが通用しません」
 凛が唇を噛む。「相手のスペックが、想定レンジを逸脱しちょっ……」

 ベンチの空気が沈む。
 その時、相手ベンチの蘭と目が合った。
 彼女は泣きそうな顔で、小さく首を横に振った。
 『もういいです。逃げてください』と言っているようだった。

 ……逃げる?
 ふざけるな。
 僕は、もう逃げないって決めたんだ。

「……凛ちゃん」
 僕は顔を上げた。
「あれ、やるよ」
「……え?」
「遼さんに教わったやつ。『意識の誘導』だ」

 凛がハッとする。
「ですが、成功率はまだ……」
「このままじゃ100%負ける。やるしかないんだ」

 僕はコートに戻った。
 ブロックの配置を変える。わざとクロス側を空ける。
 蓮がトスを呼ぶ。
 彼は空いたスペースを見て、迷わず腕を振った。

(……かかった!)

 僕は動いていた。
 彼が打つと決めたその瞬間に、ボールが来る未来の場所へ。

 ドパァンッ!!

 完璧なレシーブ。
 ボールが上がり、一ノ瀬が決める。

「よっしゃあぁぁぁッ!!」

 反撃の狼煙が上がった。
 ここから、僕たちの本当の戦いが始まる。

4

 試合の流れが変わった。
 僕がコースを限定し、誘導し、拾う。
 蓮は最初こそ戸惑っていたが、すぐに適応しようとしてきた。フェイント、軟打、ブロックアウト。多彩な攻撃で揺さぶってくる。
 だが、僕には最強の頭脳がついている。
 
「先輩! 3番の視線、右に偏っています! ストレート警戒!」
「了解!」

 ベンチからの凛の声が、僕の思考を加速させる。
 彼女のデータ解析と、僕の誘導。
 二つの武器が噛み合い、絶対王者の攻撃を少しずつ、だが確実に削いでいく。

 第1セットは23 - 25で落としたものの、第2セットは25 - 23で取り返した。
 セットカウント 1 - 1。
 勝負はファイナルセットへともつれ込んだ。

 インターバル。
 ベンチに戻った僕たちは、全員肩で息をしていた。
 体力の消耗が激しい。相手のスパイクを受けるたびに、腕の感覚がなくなっていくようだ。

「……悠真、水!」

 楓が凍ったボトルを首筋に当ててくる。冷たさに意識が覚醒する。
 彼女の顔は真っ赤で、涙目だった。

「腕、真っ赤やんか……。もうボロボロやん……」
「大丈夫だよ、楓。まだ動ける」
「無理せんでよ……。でも、わっぜかっこよかよ。きばれ!」

 楓が僕の手をギュッと握る。その震えが、僕に力をくれる。
 彼女は「守る」ことをやめ、「信じる」ことを選んでくれた。その想いに応えたい。

「……データ通りです」

 凛がタブレットを覗き込みながら呟いた。
 彼女の手も震えている。

「御門蓮のスタミナ消費率、および決定率が低下しています。先輩の『誘導』が、彼に微細なストレスを与え続けている証拠です。……人間は、思い通りにならんと判断力が鈍る。そこが勝機です」

 凛が顔を上げる。その瞳は、勝利への渇望でギラギラと輝いていた。

「いけます。……兄さんが届かんかった場所に、先輩なら届きます」

 彼女の信頼が、重く、熱く、僕の背中を押す。

 コートの反対側を見る。
 薩摩学院のベンチは静まり返っていた。
 蓮が一人、パイプ椅子に座り、タオルを被っている。誰も彼に声をかけられない。監督さえも、今の彼には触れようとしない。
 孤独な王様。
 その横で、蘭がじっと兄を見つめていた。そして、ふと僕の方を見て、小さく頷いた。
 『助けて』とは言わない。ただ、『信じています』という目だった。

5

 運命の第3セット。
 互いに譲らないシーソーゲーム。
 14 - 14。デュース。
 あと2点取った方が勝ち。蘭の運命が決まる。

 薩摩学院の攻撃。
 蓮にトスが上がる。
 彼は、僕を見た。
 その目に、初めて「焦り」の色が見えた。

(……こいつ、どこに打っても拾いやがる。俺の邪魔をするな)

 蓮の思考が聞こえる。
 彼は孤独だった。チームメイトを信じず、妹を檻に閉じ込め、たった一人で戦っている。だから、追い詰められると視野が狭くなる。
 僕は、わざと重心を左にずらした。右を空ける。「こっちだよ」と誘うように。

 蓮が腕を振る。
 クロスだ。僕の誘導に乗った――そう思った瞬間。

 ガッ!

 蓮の手首が、ありえない角度で返った。
 ストレート。
 僕の裏をかいた、逆方向への強打。

「……しまっ――」

 逆を突かれた。足が出ない。
 ボールが、僕の右側、誰もいないライン際へ落ちる。
 落ちるはずだった。

「させんよッ!!」

 横から、白い影が飛び込んだ。
 一ノ瀬だ。
 彼はブロックに跳んだ直後、着地と同時に反転し、ボールに飛びついたのだ。
 絶対に間に合わないタイミング。だが、彼は執念で腕を伸ばし、ボールの下に拳をねじ込んだ。

 ボォン!
 ボールが上がる。

「キャプテン!!」
「繋げぇぇぇッ!!」

 一ノ瀬が叫ぶ。
 その声に、三雲が反応する。乱れたボールを、アンダーで高く上げる。
 打つのは、誰だ?
 一ノ瀬は倒れている。剛田先輩はブロックの戻りで遅れている。バックアタックか? いや、態勢が悪い。

 その時。
 後衛から、猛然と走り込んでくる影があった。

「……日向ァ!! どけぇぇッ!!」

 一ノ瀬だ。
 彼は倒れた状態から、獣のような速さで起き上がり、助走に入っていた。
 泥臭い。フォームもぐちゃぐちゃだ。
 でも、その姿は、誰よりも「エース」だった。

 僕は道を開ける。
 一ノ瀬が跳ぶ。蓮がブロックに跳ぶ。
 空中戦。高さでは蓮が勝る。
 だが、一ノ瀬はブロックを避けない。真正面から、蓮の腕めがけてボールを叩きつけた。

 ドガァァァッ!!

 ボールが蓮のブロックを弾き飛ばし、天井高く舞い上がる。
 ブロックアウト。

 『ピーッ! マッチポイント、桜島南!』

 15 - 14。
 あと一点。
 蓮が呆然としている。「なぜ、あんな体勢から打てる?」。彼の計算にはない。理屈じゃない。
 仲間を信じて繋ぐ、それがバレーボールだ。

6

 ラストプレー。
 僕たちのサーブ。
 相手は崩れている。トスは、当然エースの蓮へ。全員が分かっている。

 蓮が跳ぶ。
 3枚ブロックがついている。コースはない。
 それでも彼は、力でねじ伏せようと腕を振る。

 ドォンッ!

 ブロックに当たったボールが、吸い込まれるようにコートの中央へ落ちる。
 フェイントだ。
 誰もいない、コートの真ん中。

 ――いや。
 そこに、僕がいた。

 読んでいたわけじゃない。
 ただ、チームメイトが必死に繋いでくれたボールを、絶対に落としたくないという一心で、足が動いた。
 無心。
 思考(ノイズ)のない、純粋な反射。

 滑り込む。
 掌の皮一枚で、ボールを拾い上げる。

「……上がった!」

 ボールはネットを越え、相手コートへ。
 チャンスボールになってしまった。叩かれる。
 誰もがそう思った。

 だが、ボールは予想外の回転がかかり、相手コートのライン際、ポトリと落ちた。
 薩摩学院の選手たちは、誰も反応できなかった。彼らもまた、限界だったのだ。
 ボールが床を叩く音が、スローモーションのように響いた。

 『ピーーーッ! ゲームセット!』

 16 - 14。
 桜島南高校、勝利。

「……」

 一瞬の静寂。
 そして、爆発するような歓喜。

「やったあああぁぁぁッ!!」

 一ノ瀬が、三雲が、剛田先輩が、僕に飛びついてくる。
 もみくちゃにされる。汗臭い。重い。でも、最高だ。

「勝った……! ほんとに勝った……!」
 楓がベンチから飛び出し、泣きじゃくりながら抱きついてくる。「うう……よかったぁ……!」
「……計算外です。ありえん……。でも、最高の結果やっど!」
 凛もまた、目元を拭いながらガッツポーズをしている。方言が隠せていない。

 勝った。
 魔王に、勝ったんだ。

 僕はネットの向こうを見た。
 蓮が、膝をついていた。
 彼は床を見つめたまま、動かない。その背中は、初めて見るほど小さく、孤独に見えた。
 僕は歩み寄る。
 ネットの下から、手を差し出した。

「……いい試合でした」

 蓮が顔を上げる。
 その目には、涙があった。
 虚無ではない。悔しさと、そして憑き物が落ちたような、人間らしい感情の光。

「……俺の、負けだ」

 彼は僕の手を握り返した。
 その手は熱かった。

「……約束通り、蘭は好きにしろ。お前も、自由だ」
「お兄様……」

 ベンチから、蘭が歩み寄ってくる。
 蓮は妹を見て、ぎこちなく、でも優しく微笑んだ。

「……すまなかったな。俺は、弱かった。お前を信じるのが、怖かったんだ」

 蘭が、兄の胸に飛び込んだ。
 彼女はずっと、この言葉を待っていたのかもしれない。最強の支配者ではなく、ただの優しい兄に戻ってくれることを。

「お兄様……! ごめんなさい、私も、お兄様を信じてあげられなくて……!」

 兄妹が抱き合う姿を、会場中が拍手で包む。
 歪んだ愛の呪縛が、今ここで解けたのだ。

7

 こうして、僕たちの冬の決戦は終わった。
 
 体育館の外。
 いつの間にか日は落ち、満天の星空が広がっていた。
 冷たい風が、火照った身体に心地いい。

「悠真! 最高やったよ! ほんと凄かった!」
 楓が僕の右腕に抱きつく。「今日はご馳走やっど! 何でも食わしてやっから!」
「……先輩。今日のデータ、保存しました。私の宝物です」
 凛が左腕を確保する。「ですが、明後日からはインターハイに向けた新メニューを開始します。覚悟してください」

「……美しい勝利だったわ」

 少し離れたところから、雫が歩いてきた。
 彼女はスケッチブックを広げて見せた。
 そこには、最後の一点を決めた瞬間の僕たちの姿が、躍動感たっぷりに描かれていた。
 「静止」を愛していた彼女が描いた、「動き」のある絵。

「タイトルは『飛翔』よ。……君はもう、私の檻には収まらないみたいね」

 雫は寂しそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。

 そして。

「悠真様ぁぁぁっ!!」

 背後から、白い弾丸が飛んできた。
 蘭だ。
 彼女は薩摩学院のジャージ姿のまま、僕の背中に飛び乗った。

「ありがとうございました! 貴方様のおかげで、お兄様と和解できましたわ! ……これで心置きなく、桜島南に転校できますわね!」
「は!?」
「お兄様も『好きにしろ』と仰ってくださいましたし! さあ、明日から毎日一緒ですわよ♡」

 ……前言撤回。
 彼女の「重さ」は、呪縛が解けても変わらないらしい。いや、むしろ加速している。

「ちょっ、どけ泥棒猫! 悠真は疲れてっとよ!」
 楓が蘭を引き剥がそうとする。
「そうです。過剰な接触は疲労回復の妨げになります。離れんね」
 凛も加勢する。
「……あらあら。賑やかね」

 四人のヒロインが、僕を巡って騒ぎ始める。
 一ノ瀬たちが「お前、やっぱり爆発しろ」と呆れ顔で通り過ぎていく。

 僕は天を仰いだ。
 冬の夜空は高く、どこまでも澄んでいた。

 リベロは、ボールを選ばない。
 来るもの全てを受け入れる。
 どうやら僕の人生も、この愛の重い少女たちを全員受け止めて生きていくしかないようだ。

「……まあ、悪くないか」

 僕は呟き、彼女たちと一緒に歩き出した。
 僕の、そして僕たちの騒がしい青春は、まだ始まったばかりだ。
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