愛の記憶 / Tip of Love

ミツ

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第9章 愛の記憶-2

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俺は黄泉(よみ)の駅に降りた。

すると何処からともなく私服の頑強な警備員二人が俺の左右に近づいて来た。
とっさに、腕時計にタイマーを入れた。

それはきっかり15分後に、この箱の中にあるペン型小型爆弾に爆発を指示するだろう。
これで交渉権を一つ手に入れた。

少しは俺は有利に立つことができる。

「ミスター・ヒョウですね、私達はこの駅の警備員です。お手持ちの箱の中身について少々お聞きしたい事があります。どうぞ、駅公安室の方へお越し下さい」

「悪いが、俺は急いでいるんだ。文句があるならそこのThree Leave社の偉いさんに直接言うのだな、、」

しかし、振り切ろうとする俺は、左右から両足が浮き上がる位に持ち上げられた。
そして、そのまま専用エレベーターの前に連れて行かれた。

俺は持ち札を明かすしかないと判断をした。

「この箱には、とんでもない重要な物が入っているんだ。もし、このままだと14分後、いや13分25秒後に破壊される。
あんたらの首どころか、この駅長の首が飛ぶぜ。解ったら、直ぐその手を今直ぐ離すんだ」

二人の警備員は薄ら笑いを浮かべながら、俺をエレベータに放り込んだ。
ドアが閉じた瞬間に俺は後頭部に衝撃を受けて気を失った。

ぼんやりした意識の中で、女の声がする。
両腕が痛い、俺は椅子に腕を固定されているようだ。

「だから、孤児院育ちは嫌なのよ。人を疑る事しかしないから、まず疑り、そして疑り、さらに疑るのよ。彼らには信頼の言葉は存在しない
まあ、あたしも変わらないけどね。あら、気がついたみたいね、、、ヒョウ、おはよう、起きなさい

言っておくけどあなたの腕時計のタイマーはもう止めてあるわ。そしてペン型爆弾もね」


俺の前にはあの婆さんが横たわっていた。
ここはどこだ、ああ多分Three Leave社の中にある病院の一室だろうか。

俺の体はイスに固定されて1mmも動かせない。
少し右横に、同じようにイスに固定されたパティがいる。

彼女は目の前にある大きな水槽を哀しそうな目で見つめていた。
ぼんやりとした視界がようやく見えはじめた僕は、その水槽を見て驚いた。

脳が中央に浮かんでいるじゃあないか。
そして、パティのつぶやきが聞こえてきた。

「・・・お父様・・・お父様・・・」

という事は、この容器の中にある脳は エリック・マクガイヤー氏の脳というのか。
やはり婆さんに殺されたのか。

そうか、パティがこの会社の全権を移譲すると、パティの父親であるエリック氏がじゃまになる。
体面上でも彼の意見を聞かなければならなくなる。

だから、殺したのか。

または、脳のデータの移植の実験をして、成功しても失敗しても殺すつもりだったのに違いない。
俺はゆっくりと婆さんに話しかけた。

「で、エリック氏の脳の中にあんたのデータはもう移植したのかい」

「ほ、あんた、ただの馬鹿じゃあないね。失敗よ。そう、それは失敗。
そんな簡単には脳の中にはデータを移せやしない。脳の中の記憶は大脳側頭葉の中の海馬という所にあるのよ

でもね、体で覚えた記憶と聴視覚で覚えた記憶は記憶する場所が違うの
いい、マイクロチップで全体を一括でデータ処理するやり方とは全く違うの、、解る? それはね、つまり…」

その言葉を遮るように、ベッドの横の小さなスピーカーから声が聞こえてきた。

「レイチェル様、どうか、どうか。娘だけは、助けて下さ、、おねが,,」

「あ、あ、あ、、お父様、お父様、、」

なんと、電極に繋がれたガラス容器の中の脳が、喋り出したみたいだ。
この声はパティの父親のエリックなのか。

まだ、脳だけは生きているのか。

そんな事が有り得るのか。

俺はそのむき出しの脳を凝視した。
もう彼には、このばあさんの慈悲を得るしか娘を助ける方法はないのか。

「おだまり、エリック。今、せっかく私が脳とマイクロチップの違いについて低能なあんた達に説明をしてあげているのに。ええい、面倒くさいわね。

簡単に言ってあげるわ。脳とデータとの違いはね、よく人工頭脳との比較で言われるような
想像力や愛情や個性なんかでは無いの
想像力は膨大なデータの組み合わせでできるし、愛情はある対象に固守するプログラムを組めば簡単

個人の個性だってある種のデータの強調だけで人間の脳と同じ結果を生むわ。
よくお聞きなさい、根本的な違いは一つよ。単純な事。

コンピュータは、どんなデータも階層で組み上げれば、一つのデータとして処理できるわ
例え相反する命令を指示しても、そのデータの階層が違えば問題はないわ

だけど、脳は他の脳とのデータの共有、融合ができないシステムなのよ
いい、どんな名医でも患者の脳が感じる個人の痛みは永遠に理解できない

だから検査で調べるのよ。データの共有は有りえないの
例え多重人格でさえ根っこは一つ、同じ経験を幾つの人格で受け止めるしかないの。理解した?」

「レイチェル会長様、私には良く解らないのですが。とにかく、どうか娘だけは同じ目には、合わせないで下さい
同じ失敗をするだけですから。お願いします。お願いします」

「失敗? 誰が失敗って言ったのよ。確かにデータの移植は失敗だわ。でもそんな事は私は初めから無理だって解っていたの
あんたにした実験は成功したの」

俺を含めて、パティとエリック(脳)は驚いた。
成功とはどういう意味だ。

何に成功したというのだ。我々は訳が解らなくなった。
「レイチェル会長様、申し訳ございません。一体、何に成功したというのですか?」

「ああ、今日は気分が良いわ、本当に最高の気分。この体が最後だから
もうどこの血管が切れようが、知った事ではないわ。私は生まれ変われるのよ、今日。

もう老いや病気、痛み、この狭苦しいベッドともお別れね。
ああ、嬉しいわ。じゃあ、親切についでに、教えてあげましょうね、私は私の脳のデータをその小娘に移植なんかしないの

は、は、は、は、は、、、

エリック、あんたのガラス容器にあんたの愛する娘を一緒に入れてあげるわ

せいぜいスキンシップを楽しめばいいわ。ず~と、これからどちらかが死ぬまでね」

婆さんはこの晴れ舞台の為に真っ赤な口紅と大きな緑の涙の形をしたエメラルドのイヤリングを付けて薄笑いをしていた。



そして言葉を失った。
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