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交渉
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時を同じくして、メアの元にある男が訪れていた。
メアのいる階層にはモンスターが湧かず、先人の冒険者や炭鉱夫といった人達が中継地点に使っていたであろう場所だ。そこの一室でアンデッドの状態異常に効くアイテムの調合や研究を行っていた。
薄暗い洞窟の中、人の手で室内のように整えられた一室で、生き物の気配は無く、メアが触っている物品や書物をめくる音だけがこだましていた。
机の整理の為に物を退かそうとした時、室内に入り込んでいた何者かの影に気付いた。
「何者だっ!」
今の今まで全くと言っていいほど気配を感じなかった。それはまるで仄かに感じる風に乗って流れてきた蒲公英の種のようにそこにいた。
在ろう事か男は忘れもしない、メアとウルカノがダステル村で戦ったあの男と似た風貌をしていた。
「漸く気付いてくれたか。 あまりにも研究に没頭していたもので声をかけづらくてな」
「馬鹿な・・・、いつからそこに?」
男はフッと鼻で笑う。
「それほど長い間いたわけじゃないさ。つい先日くらいだろうか。気付いてもらえないもんだから少し君の研究資料も見させてもらっていたところだ」
「先日だって? それじゃぁ丸々一日以上はここにいたってことか? ありえない!あんたの気配は今まで全く感じなかった」
いくら没頭していたからとはいえ、何者かに背後を取られるほど油断した覚えはないし、そこまで鈍感なわけでもない。
メアには直ぐに分かった。同じような経験をメアも先日味わったからだ。
村を襲ったあの男の気配と同じだ。この男からも圧倒的な力の差から生まれる桁違いの気配遮断能力。きっと同じ域かそれに近づかなくては気配など読み取れる筈もないのだろう。
「あんたのその装い・・・、あいつらの仲間なのか?」
メアは率直に、生き残りの始末に来たのだと思っていた。
「あいつら・・・あぁ、あの村を焼き払った連中のことか? 」
村での出来事を知っているようだった。
何故知っているのか、見ていたのか、誰かから聞いたのか。メアが思考を巡らせていると男は笑い出した。
「ハハハ! 違う違う、私は奴らとは違う。だが似たようなものだ。役割が違うだけでね」
「役割・・・?」
男はそれまで陽気な喋り方をしていたが、突然真面目な声色に変わり語り始めた。
「私はそんなことを話しに来たのではない。君に交渉しにきたのだ。いや、違うな・・・君はこの申し出を断ることはできない」
唐突な話に頭が真っ白になる。
そもそもメアには交渉できるほどのものなど何もない。既に失ってしまったのだから。
「俺には・・・交渉出来るようなものは何もない。事情を知ってるなら分かるだろ? 村も家族も誇りも何もかも・・・」
「そうだね。今の君には交渉するに値するだけのものはないだろう。だから、これから君にやってもらうことにこそ、私の求めるものがあるのだ」
要するに何か仕事をしろという事だろう。
だが今のメアに何をさせようというのか。ダステル村周辺のエリアからも出られない。
「あんた程の者が俺に何をさせようっていうんだ?自分でやった方が早いだろう・・・
?」
メアが卑屈になり、少しばかりの皮肉を込めて男に言い返した。事実、メアにできることは限られている。
「今の君にしかできないことだ・・・」
何か出し惜しみしているかのように含んだ言い方をしているようだった。
「このクエストのボスになっている君にしか・・・ね?」
男から告げられた言葉に、状況が飲み込めなかった。勿論クエストやボスといった事は知っている。だが何故今そんな言葉が出てくるのか、メアには心当たりはなく、何とも結びつかない。
「な・・・何を、言っている・・・」
「言葉の通りさ。君は今、このエリアのボスに設定されているんだ。そして街では君を倒すクエストが発注されている」
さらっと恐ろしいことを言ってのける。つまり指名手配のような状態になっているということだ。
「クエストって・・・どういうことだ。俺がボス?は・・・話が見えない・・・」
「君が現状を知らないのは知ってる。だから話しに来た。そして交渉に来た。君ならきっと乗るであろう条件を手土産にね」
交渉とはよく言ったものだ。この男はメアが今ここで起きていることや、メアの身に起きていることを知らないと分かっている上で、交渉などと口にしている。
だからメアは話を聞かざるを得ない。もしこの男の話を聞かなければ、事態を前へ進めることができないかもしれないからだ。
明らかにこの男は決定的な何かを知っている様子だった。その自信に満ちた様子からもそうだが、それ以上に只ならぬ雰囲気を身にまとっている。これは村を襲った男と対峙した時にも感じたものだ。
そんな男の言葉ならたとえ嘘でも信じてしまいそうになる。それほどまでにメアの精神状態は弱っていたからかもしれない。
「・・・話を聞かせてくれ」
「素直じゃないか、嫌いじゃないよ」
男はメアにどんな反応を期待していたのだろうか。またしても得意げな態度が姿を現した。
男は近くにあった椅子に腰掛けると、楽な姿勢をとり話始める。
「私の持ってきた条件を話す前に、知っておいて欲しいことから話していこうか」
男の面持ちから、その話が重要であり少し長くなりそうなことを感じ、メアも近くにあった椅子を自分の元へ引っ張ると向きを変えて座る。
「君をボスという存在に変えたのは、気づいているかもしれないが、村を襲った男だ。彼は君に意味ありげな発言を漏らしてなかったかい?」
メアは村で戦っていた時の記憶を思い返す。その中でいくつか心当たりのある発言があった。
「俺を“餌だ”とか言っていた・・・それに倒れた俺の身体に何かしていたような・・・」
「君の身体にしていたことにはいくつか意味がある。一つ目は、アンデッド化を振りまく性質の付与。 二つ目は、君をこのエリアのボスに変えるにあたっての能力の向上。これは“餌”のことについての話にも繋がってくる」
男の話した一つ目の話、アンデッド化を振りまく存在にしたことは奴らの目的に繋がることではないのだろうか。だとすれば考えられるのはその男の得意な能力やスキルであったからなのか、メアの召喚の性質に合わせただけか。
そして二つ目にこそ奴らの目的に関係している重要なことだろう。だがそれほどに能力が向上しているのだろうか、メアは自分の身体に然程変化を感じてはいなかった。
「そして“餌”というのは、彼らの目的である人物を探すための餌という意味だろう。このクエストにはレベル制限が設けられている。強過ぎる冒険者が参加出来ないようにね。そして彼らが探している人物というのが、その制限の対象にならないんだ」
メアの頭にいっぺんに情報が入ってきた。
途中でそれぞれのことに対して思考を巡らせていると話しについていけなくなりそうだった。
「つまり、奴らは俺を餌にその人物がここにやって来るのを待っているということか?」
「まぁ、そういうことになるね。ただ待っているというのとは少し違う。彼らはきっと世界のあちこちに“餌”を撒いているだろうから君はその内の一つになる。罠を張って探し回っているんだ」
メアと同じく世界中に蜘蛛の糸を張るかのように罠を張り、その人物を探しているのだろう。だがレベル制限にはどんな意味があるのだろう。探している人物のレベルに合わせているのだろうか。
「クエストのレベル制限にはどういった意味がある?」
「鋭い質問だ。これがその人物を探す上で重要になってくるんだ。まずその人物を探すための“餌”なんだから、他の者に食いつかれるのは望ましくない。だから奴らは、普通そのレベル帯ではクリアできないような制限をかけているんだ。その人物以外突破出来ないように」
つまり、メアがボスを務めるこのクエストは、その人物以外クリア出来ないような設定になっているということ。もしメアが倒されるようなことが起きれば、その人物が現れたと思い奴らがここにやってくるという仕組みになっているということだ。
「だが、誰もクリア出来ないようなクエストが存在し続けられるものなのか?」
誰もクリア出来ないクエストなどバグのようなもの。すぐに修正や削除が行われても可笑しくないはずだ。
「勿論、君の言う通り存在し続けることはできない。要するに彼らの張っている罠は時限式なんだ」
メアはあることに気づきゾッとした。
「・・・クエストがなくなったら、どうなるんだ?」
男の口が止まった。
その事からメアが想像している最悪のことが起こるのだろうと察する。
「・・・クエストがなくなれば君は消えるだろう。それにこの閉ざされたエリア諸共、そこに存在する人もモンスターも全て消える」
メアは愕然とした。
奴らの探す人物が来ようが来なかろうが、どの道メアに与えられた道は“死”しかない。ただ与えられた猶予を過ごす他ないと悟った。
しかし、男はそんなことを告げるためだけにメアの元を訪れたのではなかった。男は言っていた。メアがきっと乗るであろう条件を手土産にしてやってきたのだと。
「そこで私の持ってきた手土産だよ、メア君」
男は何故か言ってもいないメアの名を口にしていた。だが、今のメアにはどうでもいい取るに足らないことだった。
「・・・手土産?」
「そう、始めにも話したじゃないか。私は君と交渉しにきたんだよ。君がきっと乗る条件を持ってね」
メアの目に少しだが光が戻った。
この男の言う交渉の条件とは、メアがその交渉に前向きになる条件である可能性が高い。そうじゃなければ自暴自棄になるかもしれないメアに話をしても無駄な事になってしまう。
だが飄々としていた男の口調が、重く険しいものに変わる。
「だが、君にも覚悟してもらう。この条件は君自身を救うものではないからだ」
男の言う覚悟とは、メアに“死”に向かう覚悟をしてもらうということだろう。メア自身の“死”へ向かう道は変わらないのかもしれない。だが男の言うメア自身の救いではないという事から、何かしらメアに関わりのあるものの救いに繋がるということ。
ただ死んでいくのを待つのではなく、何かの救いのために死んでいく、そういった覚悟の話だ。
メアは男のフードで隠れた顔を見つめる。
「君にかけられたものは、謂わば呪いのようなものだ。その呪いを解除することはできない。だが私の力で上書きすることはできる」
呪いに対する上書きと聞くと、更なる苦行が与えられるような気がして、メアの気持ちをグッと押し込まれるような感覚が襲う。
「君には、このクエストの制限に当てはまり、尚且つ君に匹敵する、或いは上回るかもしれない者を倒してもらいたい」
男の話は矛盾していた。
このクエストに設けられているレベル制限に該当する者には、このクエストはクリアできないという話ではなかったのか。それとも奴らの探している人物を倒せという話なのだろうか。
「奴らの探している人物の他に、そんな者が現れるというのか?」
「現れるかどうかは分からない。だがもし君がその人物を倒すことが出来たのなら、君の覚悟と引き換えに村の人々を元に戻すと約束しよう」
メアは思わず口を開けていた。
自分の命一つで、村の人達が帰ってくる。サラとの約束も守れる。
暗闇の中を手探りで探すことと、明確に示される救いの道を歩むこと、男の交渉を断り自身で村を救う方法を探すことと、男の交渉を承諾し覚悟すること。
二つを天秤にかけた時、メアのこたえは考えるまでもなかった。
確かに男のことを信じすぎているのかもしれないが、メアには男の出す条件にすがる他なかった。
「・・・断れる筈がない。俺にはあんたを信じるしかない。こういうことか、あんたの言っていたきっと条件に乗るということは」
「交渉成立だね? 信じていただけたようで何よりだ」
条件のことに関して、ふと疑問に思ったことがある。奴らの探している人物と、メアのクエストをクリアするかもしれない人物の違いが判断できないことだ。
「一つ聞きたいんだが、奴らの探している人物と、あんたの言う俺に匹敵する人物の区別はできるのか?」
「彼らの探す人物はレベル制限の壁を超えてくる。その人物に制限は意味を成さない。・・・もしその人物が来たのなら君より遥かに強いだろうね。そして君が倒されれば交渉も糞もないってことさ」
この男の言うことが正しいのなら、奴らの探す人物がここを訪れてもアウトということになる。
「つまり、クエストが削除なり修正されるか、奴らの探す人物がここに来るまでに、俺に匹敵する者が現れるのを祈るしかないってことなのか・・・?」
条件が厳しい。
只でさえ時間制限あるというのに、メアが倒されても終わり、メアに匹敵する者が来なくても終わり。奇跡でも起きない限り無謀な話ではないか。
「希望を持つのと持たないのでは、生き方が変わる。君にはわかる筈だ。一度希望を失った君なら・・・」
男が始めて感情的な話をし始めた。
今まで淡々と説明をしているだけだった印象だったが・・・。
「望み続けた者にだけ奇跡は起こる。望んでも望まなくても変わらないのなら、望んで前向きになる方が良いとは思わないかい?」
男の言葉から暖かい感情を感じる。
先が見えず真っ暗な中、差し伸べられる手が見えるだけでも気持ちは救われる。
例えその手に届かなくとも誰かが居てくれるというだけで、メアの心は安らいだ。
「さぁ、私の話は終わりだ。一度君も地上に出てみると良い。少しずつ物語は動き始めているころだから」
そう言い残すと、男の身体はスーッと透けてゆき煙のように揺らめいて消えていった。
「地上・・・? そうか、暫く戻ってなかったな」
メアは男の残した言葉に動かされるように部屋を後にすると、ダンジョンを戻って地上を目指した。
メアのいる階層にはモンスターが湧かず、先人の冒険者や炭鉱夫といった人達が中継地点に使っていたであろう場所だ。そこの一室でアンデッドの状態異常に効くアイテムの調合や研究を行っていた。
薄暗い洞窟の中、人の手で室内のように整えられた一室で、生き物の気配は無く、メアが触っている物品や書物をめくる音だけがこだましていた。
机の整理の為に物を退かそうとした時、室内に入り込んでいた何者かの影に気付いた。
「何者だっ!」
今の今まで全くと言っていいほど気配を感じなかった。それはまるで仄かに感じる風に乗って流れてきた蒲公英の種のようにそこにいた。
在ろう事か男は忘れもしない、メアとウルカノがダステル村で戦ったあの男と似た風貌をしていた。
「漸く気付いてくれたか。 あまりにも研究に没頭していたもので声をかけづらくてな」
「馬鹿な・・・、いつからそこに?」
男はフッと鼻で笑う。
「それほど長い間いたわけじゃないさ。つい先日くらいだろうか。気付いてもらえないもんだから少し君の研究資料も見させてもらっていたところだ」
「先日だって? それじゃぁ丸々一日以上はここにいたってことか? ありえない!あんたの気配は今まで全く感じなかった」
いくら没頭していたからとはいえ、何者かに背後を取られるほど油断した覚えはないし、そこまで鈍感なわけでもない。
メアには直ぐに分かった。同じような経験をメアも先日味わったからだ。
村を襲ったあの男の気配と同じだ。この男からも圧倒的な力の差から生まれる桁違いの気配遮断能力。きっと同じ域かそれに近づかなくては気配など読み取れる筈もないのだろう。
「あんたのその装い・・・、あいつらの仲間なのか?」
メアは率直に、生き残りの始末に来たのだと思っていた。
「あいつら・・・あぁ、あの村を焼き払った連中のことか? 」
村での出来事を知っているようだった。
何故知っているのか、見ていたのか、誰かから聞いたのか。メアが思考を巡らせていると男は笑い出した。
「ハハハ! 違う違う、私は奴らとは違う。だが似たようなものだ。役割が違うだけでね」
「役割・・・?」
男はそれまで陽気な喋り方をしていたが、突然真面目な声色に変わり語り始めた。
「私はそんなことを話しに来たのではない。君に交渉しにきたのだ。いや、違うな・・・君はこの申し出を断ることはできない」
唐突な話に頭が真っ白になる。
そもそもメアには交渉できるほどのものなど何もない。既に失ってしまったのだから。
「俺には・・・交渉出来るようなものは何もない。事情を知ってるなら分かるだろ? 村も家族も誇りも何もかも・・・」
「そうだね。今の君には交渉するに値するだけのものはないだろう。だから、これから君にやってもらうことにこそ、私の求めるものがあるのだ」
要するに何か仕事をしろという事だろう。
だが今のメアに何をさせようというのか。ダステル村周辺のエリアからも出られない。
「あんた程の者が俺に何をさせようっていうんだ?自分でやった方が早いだろう・・・
?」
メアが卑屈になり、少しばかりの皮肉を込めて男に言い返した。事実、メアにできることは限られている。
「今の君にしかできないことだ・・・」
何か出し惜しみしているかのように含んだ言い方をしているようだった。
「このクエストのボスになっている君にしか・・・ね?」
男から告げられた言葉に、状況が飲み込めなかった。勿論クエストやボスといった事は知っている。だが何故今そんな言葉が出てくるのか、メアには心当たりはなく、何とも結びつかない。
「な・・・何を、言っている・・・」
「言葉の通りさ。君は今、このエリアのボスに設定されているんだ。そして街では君を倒すクエストが発注されている」
さらっと恐ろしいことを言ってのける。つまり指名手配のような状態になっているということだ。
「クエストって・・・どういうことだ。俺がボス?は・・・話が見えない・・・」
「君が現状を知らないのは知ってる。だから話しに来た。そして交渉に来た。君ならきっと乗るであろう条件を手土産にね」
交渉とはよく言ったものだ。この男はメアが今ここで起きていることや、メアの身に起きていることを知らないと分かっている上で、交渉などと口にしている。
だからメアは話を聞かざるを得ない。もしこの男の話を聞かなければ、事態を前へ進めることができないかもしれないからだ。
明らかにこの男は決定的な何かを知っている様子だった。その自信に満ちた様子からもそうだが、それ以上に只ならぬ雰囲気を身にまとっている。これは村を襲った男と対峙した時にも感じたものだ。
そんな男の言葉ならたとえ嘘でも信じてしまいそうになる。それほどまでにメアの精神状態は弱っていたからかもしれない。
「・・・話を聞かせてくれ」
「素直じゃないか、嫌いじゃないよ」
男はメアにどんな反応を期待していたのだろうか。またしても得意げな態度が姿を現した。
男は近くにあった椅子に腰掛けると、楽な姿勢をとり話始める。
「私の持ってきた条件を話す前に、知っておいて欲しいことから話していこうか」
男の面持ちから、その話が重要であり少し長くなりそうなことを感じ、メアも近くにあった椅子を自分の元へ引っ張ると向きを変えて座る。
「君をボスという存在に変えたのは、気づいているかもしれないが、村を襲った男だ。彼は君に意味ありげな発言を漏らしてなかったかい?」
メアは村で戦っていた時の記憶を思い返す。その中でいくつか心当たりのある発言があった。
「俺を“餌だ”とか言っていた・・・それに倒れた俺の身体に何かしていたような・・・」
「君の身体にしていたことにはいくつか意味がある。一つ目は、アンデッド化を振りまく性質の付与。 二つ目は、君をこのエリアのボスに変えるにあたっての能力の向上。これは“餌”のことについての話にも繋がってくる」
男の話した一つ目の話、アンデッド化を振りまく存在にしたことは奴らの目的に繋がることではないのだろうか。だとすれば考えられるのはその男の得意な能力やスキルであったからなのか、メアの召喚の性質に合わせただけか。
そして二つ目にこそ奴らの目的に関係している重要なことだろう。だがそれほどに能力が向上しているのだろうか、メアは自分の身体に然程変化を感じてはいなかった。
「そして“餌”というのは、彼らの目的である人物を探すための餌という意味だろう。このクエストにはレベル制限が設けられている。強過ぎる冒険者が参加出来ないようにね。そして彼らが探している人物というのが、その制限の対象にならないんだ」
メアの頭にいっぺんに情報が入ってきた。
途中でそれぞれのことに対して思考を巡らせていると話しについていけなくなりそうだった。
「つまり、奴らは俺を餌にその人物がここにやって来るのを待っているということか?」
「まぁ、そういうことになるね。ただ待っているというのとは少し違う。彼らはきっと世界のあちこちに“餌”を撒いているだろうから君はその内の一つになる。罠を張って探し回っているんだ」
メアと同じく世界中に蜘蛛の糸を張るかのように罠を張り、その人物を探しているのだろう。だがレベル制限にはどんな意味があるのだろう。探している人物のレベルに合わせているのだろうか。
「クエストのレベル制限にはどういった意味がある?」
「鋭い質問だ。これがその人物を探す上で重要になってくるんだ。まずその人物を探すための“餌”なんだから、他の者に食いつかれるのは望ましくない。だから奴らは、普通そのレベル帯ではクリアできないような制限をかけているんだ。その人物以外突破出来ないように」
つまり、メアがボスを務めるこのクエストは、その人物以外クリア出来ないような設定になっているということ。もしメアが倒されるようなことが起きれば、その人物が現れたと思い奴らがここにやってくるという仕組みになっているということだ。
「だが、誰もクリア出来ないようなクエストが存在し続けられるものなのか?」
誰もクリア出来ないクエストなどバグのようなもの。すぐに修正や削除が行われても可笑しくないはずだ。
「勿論、君の言う通り存在し続けることはできない。要するに彼らの張っている罠は時限式なんだ」
メアはあることに気づきゾッとした。
「・・・クエストがなくなったら、どうなるんだ?」
男の口が止まった。
その事からメアが想像している最悪のことが起こるのだろうと察する。
「・・・クエストがなくなれば君は消えるだろう。それにこの閉ざされたエリア諸共、そこに存在する人もモンスターも全て消える」
メアは愕然とした。
奴らの探す人物が来ようが来なかろうが、どの道メアに与えられた道は“死”しかない。ただ与えられた猶予を過ごす他ないと悟った。
しかし、男はそんなことを告げるためだけにメアの元を訪れたのではなかった。男は言っていた。メアがきっと乗るであろう条件を手土産にしてやってきたのだと。
「そこで私の持ってきた手土産だよ、メア君」
男は何故か言ってもいないメアの名を口にしていた。だが、今のメアにはどうでもいい取るに足らないことだった。
「・・・手土産?」
「そう、始めにも話したじゃないか。私は君と交渉しにきたんだよ。君がきっと乗る条件を持ってね」
メアの目に少しだが光が戻った。
この男の言う交渉の条件とは、メアがその交渉に前向きになる条件である可能性が高い。そうじゃなければ自暴自棄になるかもしれないメアに話をしても無駄な事になってしまう。
だが飄々としていた男の口調が、重く険しいものに変わる。
「だが、君にも覚悟してもらう。この条件は君自身を救うものではないからだ」
男の言う覚悟とは、メアに“死”に向かう覚悟をしてもらうということだろう。メア自身の“死”へ向かう道は変わらないのかもしれない。だが男の言うメア自身の救いではないという事から、何かしらメアに関わりのあるものの救いに繋がるということ。
ただ死んでいくのを待つのではなく、何かの救いのために死んでいく、そういった覚悟の話だ。
メアは男のフードで隠れた顔を見つめる。
「君にかけられたものは、謂わば呪いのようなものだ。その呪いを解除することはできない。だが私の力で上書きすることはできる」
呪いに対する上書きと聞くと、更なる苦行が与えられるような気がして、メアの気持ちをグッと押し込まれるような感覚が襲う。
「君には、このクエストの制限に当てはまり、尚且つ君に匹敵する、或いは上回るかもしれない者を倒してもらいたい」
男の話は矛盾していた。
このクエストに設けられているレベル制限に該当する者には、このクエストはクリアできないという話ではなかったのか。それとも奴らの探している人物を倒せという話なのだろうか。
「奴らの探している人物の他に、そんな者が現れるというのか?」
「現れるかどうかは分からない。だがもし君がその人物を倒すことが出来たのなら、君の覚悟と引き換えに村の人々を元に戻すと約束しよう」
メアは思わず口を開けていた。
自分の命一つで、村の人達が帰ってくる。サラとの約束も守れる。
暗闇の中を手探りで探すことと、明確に示される救いの道を歩むこと、男の交渉を断り自身で村を救う方法を探すことと、男の交渉を承諾し覚悟すること。
二つを天秤にかけた時、メアのこたえは考えるまでもなかった。
確かに男のことを信じすぎているのかもしれないが、メアには男の出す条件にすがる他なかった。
「・・・断れる筈がない。俺にはあんたを信じるしかない。こういうことか、あんたの言っていたきっと条件に乗るということは」
「交渉成立だね? 信じていただけたようで何よりだ」
条件のことに関して、ふと疑問に思ったことがある。奴らの探している人物と、メアのクエストをクリアするかもしれない人物の違いが判断できないことだ。
「一つ聞きたいんだが、奴らの探している人物と、あんたの言う俺に匹敵する人物の区別はできるのか?」
「彼らの探す人物はレベル制限の壁を超えてくる。その人物に制限は意味を成さない。・・・もしその人物が来たのなら君より遥かに強いだろうね。そして君が倒されれば交渉も糞もないってことさ」
この男の言うことが正しいのなら、奴らの探す人物がここを訪れてもアウトということになる。
「つまり、クエストが削除なり修正されるか、奴らの探す人物がここに来るまでに、俺に匹敵する者が現れるのを祈るしかないってことなのか・・・?」
条件が厳しい。
只でさえ時間制限あるというのに、メアが倒されても終わり、メアに匹敵する者が来なくても終わり。奇跡でも起きない限り無謀な話ではないか。
「希望を持つのと持たないのでは、生き方が変わる。君にはわかる筈だ。一度希望を失った君なら・・・」
男が始めて感情的な話をし始めた。
今まで淡々と説明をしているだけだった印象だったが・・・。
「望み続けた者にだけ奇跡は起こる。望んでも望まなくても変わらないのなら、望んで前向きになる方が良いとは思わないかい?」
男の言葉から暖かい感情を感じる。
先が見えず真っ暗な中、差し伸べられる手が見えるだけでも気持ちは救われる。
例えその手に届かなくとも誰かが居てくれるというだけで、メアの心は安らいだ。
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