132 / 1,646
人生の必要な事
しおりを挟む
夜の間に聖都ユスティーチを出発したシン達一行は、道中いくつかの町や村に立ち寄りながら、港町グラン・ヴァーグへと向かった。聖都の街並みと周辺エリアの光景しか知らないツクヨにとって、そんな取るに足らない道草がとても新鮮に感じていた。
彼らをグラン・ヴァーグへ送り届けてくれると名乗り出てくれた、馬車の主人でもあるアランとも親しくなり、子供がいると言っていた彼の為にお土産を買ったり酒を酌み交わしたりと、その旅は明るく楽しいものとなっていた。
「まるで別の世界に来たかのようだな!」
立ち寄った町で一夜を明かすことにした一行は、情報集めを兼ねて酒場で酒を呷っていた。そんな酔いの回っていい気分になっていたツクヨが、シンとミアにWoFの世界観の感想を述べていた。
「実際、別の世界だけどな。どうだ?最近のゲームは、中々良いものだろ?」
グラテスの村で彼女の意外な一面を目にしていたシンは、酒豪のミアが次々にツクヨの空いたグラスに酒を注ぎ酔わせ、彼の未だに少し距離を感じる堅さを解していくと、彼の内心の思いについて探りを入れて行く。
「そうだな、やってみるまではゲームなんて子供時代を忘れられない、大人の現実逃避みたいに考えていたけど・・・。いやぁ、全くそんなことはなかった!寧ろ何故今まで遠ざけていたのか分からないくらいだよ。これは妻や娘がハマるのも理解できる」
そう言うと、手にしたグラスに並々と注がれた酒を一気に飲み干し、卓に勢い良く下ろしながら気持ち良さそうに息を吐く。すると先程の息とは違った、胸に秘めたものを外に溢れ出させるかのように溜めた息を吐き、頭を項垂れさせたまま話を続ける。
「もっと早くに気づいていれば・・・。また違った家族の形を築けただろうにな。馬鹿だな・・・俺は、勝手な先入観で距離を作り、ただ面倒だと理解しようとしなかった。疲れて帰って来てるのに・・・折角の休日なのにと・・・、休ませてくれという思いが先行して優先され、二人との時間を作れなかった。いや、作らなかった・・・」
彼の言うことは、シンやミアにも理解できた。他人と何かを共有しようとしても、それに対する熱量というものは人それぞれであり、一人が熱心に取り組んでいてももう一人も同じとはいかないものだ。
あまり乗り気じゃない、今は気分じゃないと、口にせずとも何処か態度や言動に現れてしまうものなのかもしれない。だが人と関わっていけば、必ず誰しもが相手の気持ちを忖度し、配慮し、自分を抑えなければ上手くいかないものだろう。それが自分の興味のない事柄を遠ざけ、理解する意思を邪魔し、物事だけではなく人との距離をも開けていく。
「俺が・・・自分のくだらない事情を優先したばっかりに、こんなに楽しい時間を共にできなかった・・・。同じ話題を共有出来ず、肩身の狭い思いをさせてしまっていたのかもしれないな・・・」
酒気を帯び、明るく陽気だった最初の彼が嘘のように大人しく、しんみりとしてしまう。そんな彼の後悔を始めは黙って聞いていたミアだったが、重くなる空気に耐えかねたのか、豪快に項垂れるツクヨの背中を引っ叩き始めた。
「痛ッ!!何するのッ!?君ッ!」
「あぁしてれば、こうしてればなんて考えても仕方がないだろッ!?折角の酒が不味くなる!」
ツクヨは叩かれたところを摩りながらミアの方を向くと、モヤモヤしていた思いがリセットされ、しんみりしていた自分を客観的に見て、先の見えない事に悩んでも前に進めないことを悟り、笑みを溢す。
「アンタは二人を探しに来たんだろ!?今はそれでいいじゃねぇか!考えたり後悔すんのは、その後ですりゃぁいいのさ」
「そう・・・だな、そうだよな!二人に会って言いたいことがいっぱいあるんだ!一緒にしたいことも山ほどある!俺のせいで止まっていた時間を、俺の手で取り戻すんだ!」
元気を取り戻したツクヨのグラスに、更にミアが酒を注ぐ。シンは二人の止まらない様子を見て、頭を抱えながら溜息を吐き、首を横に振ると一人で酒を嗜む。だが、その後にミアが口にした言葉に、彼もふと自分の過去を振り返る。
「人生ってぇのは、なるようにしかならないって良く言うだろ?アタシらも過去にいろいろあったけどさ、きっと人生に変化があった時ってぇのは、その時のアタシらに必要なことだから起こるんじゃぁねぇのかなって、最近思うようになってさ・・・。こっちの世界に来たのも、アタシらには必要な事だったのかもしれねぇな」
「必要なこと・・・?」
ミアの話に、思わず答えを聞こうと声が漏れるシン。それまで黙っていたシンが突然話に入ってきたことに、ミアとツクヨの視線がシンへと突き刺さり、慌ててグラスの酒を飲み干したシン。
「・・・あぁ・・・、アタシらはもう一度人生をやり直すために、これから必要な事を経験していくのかもな・・・」
彼女の言葉は、ミアも含め三人の酔いを冷ますほど重たい言葉となり、心にのしかかった。
WoFのバグに巻き込まれたことも、ミアに出逢いこちらの世界で前に進むことを決意したことも、サラやメアに出逢い人から感謝される喜びを知ったことも。聖都でアーテムや朝孝、シャルロットにイデアール、そしてツクヨと出逢い、正しい道を歩くことよりも大事な想いを貫く決意をし、それが招いた結果を受け入れる覚悟をしたこと。
その全てが、彼らが現実で生きていたのならば経験し得なかったことだとするのなら、それは彼らにとって欠けていたもの、そしてこれから必要となることなのかも知れない。
彼らをグラン・ヴァーグへ送り届けてくれると名乗り出てくれた、馬車の主人でもあるアランとも親しくなり、子供がいると言っていた彼の為にお土産を買ったり酒を酌み交わしたりと、その旅は明るく楽しいものとなっていた。
「まるで別の世界に来たかのようだな!」
立ち寄った町で一夜を明かすことにした一行は、情報集めを兼ねて酒場で酒を呷っていた。そんな酔いの回っていい気分になっていたツクヨが、シンとミアにWoFの世界観の感想を述べていた。
「実際、別の世界だけどな。どうだ?最近のゲームは、中々良いものだろ?」
グラテスの村で彼女の意外な一面を目にしていたシンは、酒豪のミアが次々にツクヨの空いたグラスに酒を注ぎ酔わせ、彼の未だに少し距離を感じる堅さを解していくと、彼の内心の思いについて探りを入れて行く。
「そうだな、やってみるまではゲームなんて子供時代を忘れられない、大人の現実逃避みたいに考えていたけど・・・。いやぁ、全くそんなことはなかった!寧ろ何故今まで遠ざけていたのか分からないくらいだよ。これは妻や娘がハマるのも理解できる」
そう言うと、手にしたグラスに並々と注がれた酒を一気に飲み干し、卓に勢い良く下ろしながら気持ち良さそうに息を吐く。すると先程の息とは違った、胸に秘めたものを外に溢れ出させるかのように溜めた息を吐き、頭を項垂れさせたまま話を続ける。
「もっと早くに気づいていれば・・・。また違った家族の形を築けただろうにな。馬鹿だな・・・俺は、勝手な先入観で距離を作り、ただ面倒だと理解しようとしなかった。疲れて帰って来てるのに・・・折角の休日なのにと・・・、休ませてくれという思いが先行して優先され、二人との時間を作れなかった。いや、作らなかった・・・」
彼の言うことは、シンやミアにも理解できた。他人と何かを共有しようとしても、それに対する熱量というものは人それぞれであり、一人が熱心に取り組んでいてももう一人も同じとはいかないものだ。
あまり乗り気じゃない、今は気分じゃないと、口にせずとも何処か態度や言動に現れてしまうものなのかもしれない。だが人と関わっていけば、必ず誰しもが相手の気持ちを忖度し、配慮し、自分を抑えなければ上手くいかないものだろう。それが自分の興味のない事柄を遠ざけ、理解する意思を邪魔し、物事だけではなく人との距離をも開けていく。
「俺が・・・自分のくだらない事情を優先したばっかりに、こんなに楽しい時間を共にできなかった・・・。同じ話題を共有出来ず、肩身の狭い思いをさせてしまっていたのかもしれないな・・・」
酒気を帯び、明るく陽気だった最初の彼が嘘のように大人しく、しんみりとしてしまう。そんな彼の後悔を始めは黙って聞いていたミアだったが、重くなる空気に耐えかねたのか、豪快に項垂れるツクヨの背中を引っ叩き始めた。
「痛ッ!!何するのッ!?君ッ!」
「あぁしてれば、こうしてればなんて考えても仕方がないだろッ!?折角の酒が不味くなる!」
ツクヨは叩かれたところを摩りながらミアの方を向くと、モヤモヤしていた思いがリセットされ、しんみりしていた自分を客観的に見て、先の見えない事に悩んでも前に進めないことを悟り、笑みを溢す。
「アンタは二人を探しに来たんだろ!?今はそれでいいじゃねぇか!考えたり後悔すんのは、その後ですりゃぁいいのさ」
「そう・・・だな、そうだよな!二人に会って言いたいことがいっぱいあるんだ!一緒にしたいことも山ほどある!俺のせいで止まっていた時間を、俺の手で取り戻すんだ!」
元気を取り戻したツクヨのグラスに、更にミアが酒を注ぐ。シンは二人の止まらない様子を見て、頭を抱えながら溜息を吐き、首を横に振ると一人で酒を嗜む。だが、その後にミアが口にした言葉に、彼もふと自分の過去を振り返る。
「人生ってぇのは、なるようにしかならないって良く言うだろ?アタシらも過去にいろいろあったけどさ、きっと人生に変化があった時ってぇのは、その時のアタシらに必要なことだから起こるんじゃぁねぇのかなって、最近思うようになってさ・・・。こっちの世界に来たのも、アタシらには必要な事だったのかもしれねぇな」
「必要なこと・・・?」
ミアの話に、思わず答えを聞こうと声が漏れるシン。それまで黙っていたシンが突然話に入ってきたことに、ミアとツクヨの視線がシンへと突き刺さり、慌ててグラスの酒を飲み干したシン。
「・・・あぁ・・・、アタシらはもう一度人生をやり直すために、これから必要な事を経験していくのかもな・・・」
彼女の言葉は、ミアも含め三人の酔いを冷ますほど重たい言葉となり、心にのしかかった。
WoFのバグに巻き込まれたことも、ミアに出逢いこちらの世界で前に進むことを決意したことも、サラやメアに出逢い人から感謝される喜びを知ったことも。聖都でアーテムや朝孝、シャルロットにイデアール、そしてツクヨと出逢い、正しい道を歩くことよりも大事な想いを貫く決意をし、それが招いた結果を受け入れる覚悟をしたこと。
その全てが、彼らが現実で生きていたのならば経験し得なかったことだとするのなら、それは彼らにとって欠けていたもの、そしてこれから必要となることなのかも知れない。
0
あなたにおすすめの小説
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。
鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。
鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。
まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。
────────
自筆です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる