World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
184 / 1,646

重なる禍い

しおりを挟む
 エンジンが掛かり加速を始めた船が一気に二人の乗るボードを追い抜き、今度はシンとツクヨを引っ張り更に加速した船は、砲弾の雨を置き去りにして彼方先へと進んでいく。

 的を外した砲弾が海へ落ち、高い水飛沫を上げながら彼らを見送る。こうして少年の研究と覚悟のおかげで、レース序盤の洗礼を掻い潜り、激戦区を抜けることに成功したシン達一行。最早彼らを追う船はいなかった。

 だが、それでも彼らにとってその代償は大きかった・・・。

 「抜けたぞ!ミア、ツバキの容態はどうだ?」

 「治癒アイテムは使った。だが良くならない・・・。何故だッ!リーベの時の方が重傷だったのに・・・、それでも彼女は復帰したぞ!?」

 負傷したツバキを手当てするミアだったが、その怪我は一向に良くならず、出血こそ止まれど少年の容態を回復させるまでには至らなかった。

 彼女の言うように、これまでの経験であればこれはおかしなことだった。聖都で行われた戦闘では、門の前でイデアールに敗れ負傷したシンを、そして聖都内で死闘を繰り広げたリーベは腹部を貫かれながらも、ミアの手当てにより傷は塞がり一命は取り留めた。

 しかしどうだろう。ツバキの傷はあの時の負傷に比べれば、とても治らない傷では無いように思える。この事からシンの脳裏にある、以前から疑問に思っていたゲームならではの現象のことが思い浮かんだ。

 戦闘中の怪我やダメージは耐えたり治ったりするのに、どうしてストーリー上のイベントになると急にキャラクター達は脆くなるのだろう。戦闘でいくら斬られようが撃たれようが、一度その戦闘が終了すれば負傷は治り再起することが良くある。

 ツバキの負傷から、彼の傷はイベントによる負傷なのではないかと考えたシン。もしそれが、この世界にも反映されているのならば彼はここで脱落、或いは失うことになるのではないか。

 「まさか・・・これはイベントによる負傷なのか・・・?」

 「イベント・・・?何だそれは?普通に負傷するのとは違うのかい?」

 ゲームに疎いツクヨには、シンの言っていることが分からなかった。しかしミアには彼の意図が伝わり、介護する手が少年から離れる。勿論、諦めた訳ではない。今ツバキにしてやれる事がこれ以上ないからこそ、彼女は少年の元を離れ船のハンドルを代わりに握り、シンとツクヨが合流出来るよう安全な場所まで移動させることを優先した。

 激戦区を抜け、一行の後ろを追ってくる物陰や気配はない。徐々に速度を落とし、海上に隆起した岩陰に船を寄せると、ボードに乗る二人はミアとツバキの乗る船と合流し、彼の容態を確認する。

 「出来るだけのことはした・・・。後は彼自身の復帰を待つしかない」

 側にいてツバキの様子を見ていたミアが、合流した二人に状況を説明するも、彼の様子を見た二人はかける言葉が見つからず、その場で立ち尽くしていた。彼らの沈黙はツバキの安否を気遣ってのこともあるが、同時に今後のレースへの不安に対する沈黙でもあった。

 「どうする?彼無くしてレースを勝ち抜くなんて出来るだろうか・・・。それに何処にあるかも分からない転移ポータルを探し出すのにだって、この船の機動力を活かせる彼の技術が必要だ。・・・如何にかして彼を復帰させないと」

 そもそもシン達の目的はレース自体ではなく、あの謎の男が提供した転移ポータルの入手だ。しかしそれを達成するのにも、やはりツバキの操縦技術が必要になるのは間違いない。数ある島の中から転移ポータルのある場所を探すには、それだけ多くの島を訪れなければならない。かといって、海上戦術に疎く少数のチームである彼らが手分けをして探すわけにもいかない。

 「だがどうやって・・・?回復アイテムではツバキを復帰させるまでには至らなかった。それに俺達の中に蘇生や回復のスキルを使える者はいない・・・」

 アイテムによる回復や蘇生は、ミアの錬金術によるスキルを用いることで可能だ。しかしプレイヤーに使うようなアイテムでは、彼の復帰は叶わなかった。それならスキルはどうだろう。一行の中に回復スキルを使える者がいないのならば、探すしかない。そう思ったミアが二人にある提案を持ちかける。

 「なら、スキルを使える者を探すしかない」

 「つまり協力者を探す・・・と?」

 「あぁ・・・幸いアタシらはレース前のグラン・ヴァーグで、いくつかのチームと知り合うことが出来た。中には友好的に接してくれる者もいる筈だ、それを探そう。それに大所帯ともなれば回復のスキルを持つ船員を連れてる可能性はある」

 陸から離れ、海を渡れば宿や医者にはかかれなくなる。その為、船に多くの物資を積んで凌ぐ手段や、船員に回復や蘇生を行える者を同行させるのは当然の準備とも言える。

 「グレイスやシュユーのところの船団を見つけて協力を仰ぐ。ツバキの自力復帰を待っている余裕がない以上、それしか手段はない・・・」

 しかし、レースが始まれば自分達以外の者は全てライバルになる。仮に自分達が逆の立場だとして、ライバルの戦線復帰に手を貸すだろうか。それでも、海という不慣れなフィールドにおいて最早シン達に考えるだけの余裕はない。

 洗礼を乗り越え、ひと段落したシン達は次にツバキを復活させる手段を模索することとなった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。 ──────── 自筆です。

処理中です...