World of Fantasia

神代 コウ

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小さき命に映る水面

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 ミアが船を去って暫くした後、ツクヨの乗っている船にも静かに異変が訪れようとしていた。船は巡回する航路へと戻り、船首やマストからの情報で味方船の波の後を、速度を維持したまま追順する。

 ツクヨは、ツバキの介抱をしてくれている治療班の者と共に、その容態を心配そうに見守っていた。

 「そんなに側に付いていなくても大丈夫ですよ。命に別状はありませんから・・・」

 「あぁ・・・はい、ありがとうございます。ただ・・・彼のような子供の痛ましい姿というものが、心配というか・・・心苦しくて、放っておけなくて・・・」

 彼には家庭があって、子供もいた。そして思い出したくもない悲劇を目の当たりにしたせいか、ツバキのような少年など子供の傷つく光景がトラウマのようになっている。シンやミアの前では、パーティを組む関係上、不安要素を抱えているというマイナス思考を与えない為に、何とか抑え込む努力をしていた。

 もし、自身に乗り越えることの出来ないような欠陥があれば、彼らの旅路に同行させてもらえなくなってしまうのではないか。ツクヨ自身にもこのWoFの世界で、消えた妻と娘を探すという、その命を捧げても叶えたい願望がある。

 その為にはきっと、一人の力では不可能だ。ましてやツクヨはゲームに疎く、この世界の仕様が全くといっていいほど分からない。故に、同じ異世界への転移が可能になってしまった境遇にあるシンやミアは、彼の望みを叶える上でも欠かせない存在なのだ。

 「お優しいのですね・・・」

 治療をしてくれている船員の女性が、そんな言葉をツクヨにかける。しかし、違うのだ。確かに彼の人柄から来る優しさというものもあるだろう。だがその実、それは彼の純粋な優しさではなく、自身の中にあるトラウマを周囲の者に知られたくない。

 いざという時に動けなくなる弱点を抱えているということを、シンやミアに知られたくない。見放されたくない。彼らのように逞しく、未知の世界で生きていける自信がない。

 ツクヨはツバキの傷付いた姿を見て、自分の内にあるトラウマを思い出し、それが知られ孤立することが怖かった。そんな臆病な自分を優しい人間だという船員の女性の純粋な言葉が、彼の心を抉った。

 「私は・・・そんな人間ではないんです・・・」

 急に視線を落とし顔を背けるツクヨの反応に戸惑うも、深くは聞こうとせず自身の仕事に戻っていった。洗礼の中で傷を負った時とは打って変わり、穏やかな表情でベッドで横たわるツバキを見ながら、ツクヨは誰に尋ねるわけでもなく、意識のないツバキに独り言のように語りかけていた。

 「私は・・・君を利用し、善人ぶっているのかもしれないな・・・。彼女の言葉を聞いた時、胸が痛かったんだ。きっと後ろめたい事がある証拠だろう・・・。怖いんだ。何も思い出せない自分が・・・。弱さを持っている事を知ったら、彼らが私を置いて行ってしまうのではないか・・・。君を心配するフリをして、私は善人の皮を被ろうとしているんだ。・・・何とみっともなく、小さな人間なんだ・・・」

 そう言うと、ツクヨは彼の頭を起こさぬよう優しく数回撫でる。その時のツクヨの表情は、寝床についた娘を優しく撫でる父親の表情をしていた。きっと恐らく、ツバキと自分の娘を重ねたのだろう。

 「でも・・・君を守りたいという気持ちは嘘じゃない・・・。君は凄いな・・・こんな歳で、師匠を・・・親代わりのウィリアムさんを乗り越えようと、一人であんな乗り物まで作ってしまうんだからな。私も負けていられないな・・・」

 少し表情の豊かになるツクヨ。彼はツバキの前で、自身の中にあるトラウマと向き合っていくことを心に誓いながら、ゆっくり席を立った。

 すると、先程まで席を外していた船員の女性が戻って来て、不安そうにツクヨに話かける。なんでも船員達の治療で離れられない彼らに代わり、彼らの食事を取りに行こうとしたところ、普段よりもヤケに船内が静かなことが引っ掛かったようで、それを知らせに来たのだそうだ。

 丁度することもなく、このまま厄介になっているだけでは申し訳ないと、ツクヨが名乗りを上げ、代わりに食事を持ってくると提案した。

 「わかりました。代わりに私が行ってきます」

 彼女は助かりますと、ホッとした様子でツクヨに頼む。数十人分の食事ともなれば、彼女では何回往復するか分からない。丁度男手の空いていたツクヨは、正に適任といえるだろう。

 そして彼は、彼女の紹介の元、別の船員の者と共に食堂へと向かって行った。

 「助かるわ。男達は戦闘に備えなきゃならないし、丁度良かったと言ったら悪いけど、ツクヨさんが残ってくれていて良かった。本当にお優しい方・・・本当に・・・ホントに・・・」

 二人が食堂へ向かった後、彼女はツクヨの人当たりの良さや親切な態度に感銘を受けていたのだが、何処か様子がおかしい。遠い目をして、去り行く恋人に想いを馳せるような顔は徐々に下を向き、声色も高いものから少しずつ低くなっていく。

 「本当に・・・馬鹿な人・・・」
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