World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
367 / 1,646

認めたくない真実

しおりを挟む
 どうしてだろう。もう会えないのだと分かった途端に、その人との思い出を思い返すのは・・・。

 何故だろう。普段から側にあるものに対し、思い出を振り返る様な感情を抱かないのは・・・。

 人とは皮肉なことに、失うことで失ったモノとの思い出や関係性を考える時間を得る。何か良いことがあった日が特別なのではなく、何不自由なく過ごせている日々こそ特別な日々の積み重ねなのだと。

 そして出会いは自ら築き上げなければならないのに対し、消失とはいつも突然にやって来る。もしそれが誰かの手によって齎されたものなら、人は失った悲しみを憎しみに変え、自ら堕ちることを厭わない修羅となってしまうだろう。

 「フーファン・・・?ガキ共・・・?」

 何も知らなかったシュユーは二人の会話のやり取りに、耳を疑う様な単語を聞き入れてしまう。当然、フーファン達のことを知ればシュユーが冷静でいられなくなることは分かっていた。

 だからこそチン・シーもそれを悟られぬよう注意していた。しかし、そんな彼女の気も知らずに口を開くロロネーの言葉に、彼女自信ですら信じられないといった反応を示していた。

 思わずシュユーの状態を確認するチン・シー。虚を見ているかのように呆然と立ち尽くす彼の身体から力が抜けるのをまるで目に見えるように感じる。必死に彼に呼び掛け、意識をこちらに向けようとするチン・シーだったが、彼の頭は良からぬことを想像しいっぱいになっていく。

 「おいおい・・・俺が悪者みてぇな面はやめてくれ。邪魔して来たのそっちなんだぜぇ?大人しくしてりゃぁ、もっとマシな引導をくれてやったって言うのに・・・」

 善行を心掛けてはいたが、とても人に誇れるようなことをして来た訳ではない。故に碌な死に方をしないのは覚悟の上だった。だが部下達について来るかと声を掛け、道徳から外れた道へ連れ込んだのは自分だということを、彼女はよく理解しており、責任も感じている。

 シュユーの不安定な精神状態を煽るロロネーを尻目に、チン・シーはシュユーの側までやって来て彼の肩を掴む。強引に彼の視界に入り込むことで、余計なことを考えさせず、彼の意識をこちらに向ける。

 そして今、シュユーが最も取りたいであろう行動を考慮し、彼に指示を出すチン・シー。

 「いいかシュユー、よく聞け。お前に真実を目にする覚悟があるか?そしてそれを受け入れることが出来るか?」

 彼は戸惑っているようだった。まだ頭の整理がついていないのだろう。真実とは何か、受け入れるとは何のことなのか。冷静であれば然程難しいことではない。だが想像出来ない、したくないものを考えるというのは、今の彼にとって難しいことなのかも知れない。

 彼女の言葉に、何のことだか分からぬまま肯くシュユー。そして彼に下される命令は、今にも彼が確かめたいことを許可するものであり、チン・シー海賊団の主柱とも言える部分の修復を図る重要なものだった。

 「お前は船長室に戻り、そこに居る筈の者達を守れ。その道中で治療・回復を行える部隊を引き連れておくことを忘れるな。これは重要なことだ。分かったら急ぐんだシュユー。時間が惜しい・・・」

 命令の内容を話終わったチン・シーは、彼の背中を押し早急にこの場から立ち去り、船長室へ向かうよう促す。その途中、フーファン達を治療し回復させられる者達を連れて行くよう伝えて。

 ロロネーの言っていたことが本当なら、最早必要のないことなのかも知れない。だが偽りだらけの男を完全に信用することは出来ない。少しでも望みがあるのなら、それが最も必要なシュユーに託し、彼に任せるしかない。

 命令通り船長室へ向けて走り出した彼を見送り、一部始終を止めることなく黙って見逃したロロネーと、再びこの男の手中に落ちたであろうハオランと対面する。男は健気に希望へ縋ろうとする彼女らの行動を、嘲笑うかのように笑みを浮かべていた。

 戻ったところでどうすることも出来ない。そしてシュユーという男が、最早使いものにならなくなったであろうことも、彼は理解している。絶望を前に膝を着くか、怒りに身を包みこの場へ戻るか。しかし、それも時既に遅し。

 ロロネー自身、そして最高の武力であるハオランがこの男の物となっているのに対し、チン・シー側は彼女自身とシンの回復を行なっていた船員二人、そしてロロネーの知らぬ存在が二人。

 数で優っているものの、ロロネーの表情からは余裕が伺える。再び戦線に復帰できるまでに回復したシンと、船員の二人が戦闘態勢に入り、互いの出方を伺う。

 暫しの静寂を経て、初めに動き出したのはチン・シーだった。シン達は元より、彼女の動きをサポートするように戦う技術が求められており、その動きによって戦い方を変える動きをとるつもりだった。

 彼女はロロネーではなく、ハオランに向けて動き出す。元より彼と接触しリンクすることが目的であったことを考えれば、当然といった動き。それを予測出来ないロロネーではなかった。

 チン・シーの前に立ちはだかるように前に出て来るロロネーに対し、船員の二人がそれを阻止しようと攻撃を仕掛ける。だが、ロロネーは亡霊達と同じように身体を透過させると、二人を無視してチン・シーへ斬りかかる。

 ロロネーの鋭い刃が迫る中、それでも足を止めることなく向かっていくチン・シー。ハオランから離れるように回避しなければ斬られるという、誘導するかのような男の斬撃に敢えて突っ込んでいく。

 刃が彼女の肌に触れようかというギリギリのところで、チン・シーは前方へ滑り込み低い態勢で潜り抜けると、そのまま床の中へと沈んでいったのだ。この場に妖術師はいない筈。目の前で起きた想定外の出来事に、思わず目を見開くロロネー。

 だがチン・シーの身体は床に消えたというよりも、自身の影の中に落ちていったという方が的確だろう。それもその筈。彼女はシンのスキル“潜影“で一気にハオランとの距離を詰めたのだ。

 背後へ走り抜けるチン・シーへ振り返るロロネー。すぐさま後を追おうと下半身を霧に変え飛んで行こうとするも、その身体は何かにつっかえているかのように動かない。

 自身の身に起きている異変に、足元を確認するロロネー。すると男の目に映ったのは、複数の影がロロネーの影を縛り付けるように纏わり付いている光景だった。妖術とは明らかに違う攻撃に、何者の仕業かと辺りを見渡す。

 そこで思い出したのが、この戦場に迷い込んでいる招かれざる者がいること。首をぐるりと回し、その者の姿を捉える。そこには影を操るシンが、してやったりといった表情で男を見ていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...