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遺したもの、遺されたもの
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だが一つ、チン・シーはある事についてだけは眉を潜ませた。それはレイド戦に関する情報が一切なかった事だった。元々事前に情報公開されるものでもないようだが、無線機のダイアルをレースの放送に合わせれば、誰がレイド戦に参加したか、どの一団が活躍しているかなど、会場のアナウンスが入ってくるのだという。
「奴の濃霧で電子機器の通信妨害もあったようだが・・・。それにしても情報が少な過ぎる」
「ならばいつもとは勝手が違うという事だろう。ロロネーの一件や、アンタ達の知らないスポンサーの件もある」
シン達の目的である異世界への転移ポータル。それをレースに持ち込んできた、黒いローブの男。様々な筋に繋がりがあり、情報通であるシー・ギャングのキングですら全く正体を掴めていなかった人物。
ロロネーの人の域を越えた能力。レースの常連であるチン・シーが気にかけるレイド戦の異変。突如として現れた、異世界への転移ポータルという怪しげなアイテムを持ち込んだ謎の人物。
それらの要因は、彼らの未来にどんな影響を及ぼすのか。そしてシン達はこの世界にもたらされている異変について、情報を掴むことができるのか。
まだ動かせる海賊船の修繕と、船員達の治療に時間を割いていた一行。シンやツクヨの治療は他の者達よりも早く済んだのだという。治療を施していた者達は彼らの回復ぶりに嘸かし驚いたそうだ。それもその筈。彼らはこの世の者とは別の存在なのだから。
チン・シーは彼らだけでなく、シン達へ自作の船とボードでその名を世に広めようと試みる少年、ツバキの治療も行ってくれた。その慈悲は偏に彼らの活躍があってこそのもの。恩を売ったことでグレイスの時と同様、チン・シー海賊団の信用と同盟に近い関係性を築くことが出来た。
ただ、ミアとの会話の中で彼女が付け足したのは、あくまでシン達に降り注ぐ厄介払いや、戦闘での協力といったものだけで、レースでの勝負には手を貸さないというものだった。それは勿論だとミアは笑った。情けを掛けられ順位を得たところで、嬉しくもなければツバキの為にもならない。
治療を施されていたツクヨが目を覚ます。周囲には同じく治療を受ける船員達の姿があった。その中には見知った顔の小さい少女と、その子の手を握りしめ寄り添う男がいた。
「・・・シュユーさん・・・?その子は・・・フーファン・・・」
ツクヨの声にゆっくりと握っていた小さな手を置き、少女を起こさぬよう立ち上がる。掛けられた布団をめくり、上体を起こしたツクヨはベッドから足を出し、身体を気遣うようにゆっくりと立ち上がる。
そして少女の眠るベッドの横に立つシュユーの元まで歩くと、少女に何があったのかを問う。
「お身体の方は・・・大丈夫そうですね。驚きました。あれ程の重症がこんなにも早く良くなるとは・・・」
「えっ・・・えぇ、身体だけは丈夫でして・・・。ははは・・・はは・・・。それよりこの子は確か、フーファン?彼女も戦っていたのですか?」
ツクヨの言葉に、目を閉じて俯いてしまうシュユー。暫しの沈黙の後、彼は顔を上げ自らが主人に与えられた役割と、そこで自身の意思を優先してしまったことで、チン・シーとハオランの接触が僅かに遅れてしまったことを懺悔し、その後船長室で見た光景を口にした。
「フーファン達妖術部隊は、我が主人の活路を開く為、襲撃してきたロロネーの足止めを行ったようです。勿論、主人は仲間を置いていくことなど出来ぬと反対したそうなのですが、彼らの術で強引に外へと出されたそうです・・・」
チン・シーの性格からして、確実に事を成せる保証がある時以外の殿など、許すはずもないことは分かっていた。それでも彼女らは、主人をハオランの元へ向かわせるため掟に背いた。自分達だけではロロネーを倒すことなど出来ぬと、分かっていながら。
「その後の戦闘について知る者はいません。フーファンの部隊の者は、まだ誰も目を覚ましていないので・・・」
辺りを見渡すと、少女と同じように横たわる妖術師達が何人かいるが、誰一人目を覚ましている者はいない。外傷によるダメージで重症化しているのではないようで、ロロネーによる何かしらの呪いを受けた可能性があると、治療班の者が言っていたそうだ。
「私が駆けつけた時にはロロネーは居らず、何故か仲間同士で戦っている状況でした・・・。正気の船員に話を伺うと、大きな物音と共に濃い霧が室内から漏れ出すと、中には倒れたフーファン達が居たそうです。直ぐに治療を施そうとしたら突然目を覚まし、武器を持って暴れ出したようで・・・。近接武器を持っての戦闘など出来ない筈の彼らがです・・・。まるで別人のように呻き声を上げながら襲いかかり、傷つける訳にもいかず、耐え凌いでいたのだとか・・・。それで私が彼らを気絶させ、今に至るという訳です・・・」
彼らの症状を聞き、ツクヨはふとある人物に起きていた出来事と重なったように感じた。それは他でもない、無数の魂に肉体を乗っ取られていたハオランのことだった。呪いによる対象を徐々に弱らせるようなことを、ロロネーがするだろうか。
直接刃を交えたツクヨには、とてもそうは思えなかった。そんな能力を使うのであれば、端から呪いをかけ弱らせながら戦っていた筈。ハオランのように肉体を乗っ取らせたのは、彼女らの能力を買い何かに活かせると思ったからではないだろうか。
そんな事を考えていると、突然ツクヨが持っていた布都御魂剣が淡い光を放ち始める。それに気づいたシュユーがツクヨにその事を伝え、彼は剣を手に持ち何事かと眺める。
その光を見て、ツクヨはある事を思い出す。何故彼は物理攻撃の通じないロロネーを攻撃することが出来たのか。それだけでは無い。ツクヨの持つ布都御魂剣は、触手の女で海の怪異でもあったクトゥルプスにも有効な攻撃を与えていた。
彼らの共通点とは何か。そして布都御魂剣とは、ツクヨ達の暮らす現実世界では神話上の剣や霊剣として語られている。その逸話の中には神聖なものや、常軌を逸した力を持っていたともされる話が存在する。
ツクヨはまだその剣の本当の力を知ることはないが、彼の持つ布都御魂剣もまた、持つべき者が扱うと真価を発揮する能力があり、その中には邪気や悪なるものを退ける権能が備わっていたのだ。
「もしかしたら・・・」
彼はベッドに横たわる少女の元へ近づき、手にした剣を近づける。すると光は少女の身体に光を送り込むが、それ以上のことは何も起こらない。どうやら外部から近づけるだけでは、今のツクヨにその権能を扱うことは出来ないようだった。
「・・・シュユーさん・・・彼女を救えるかもしれません」
「本当ですかッ!?」
確実なことは言えない。だが確信はあった。布都御魂剣に眠る力はこれまで何度もツクヨを窮地より救い、力を与えてきた。そしてその力は、クトゥルプスやロロネーのような悪鬼に絶大な効果を発揮した。
神話に登場する霊剣が、この世界に実物として存在している。そしてその身を通して体験してきたツクヨだからこそ、ロロネーにより何かを施されたフーファン達に掛けられた呪いを解けるのではないかと直感で感じたのだ。
布都御魂剣を握るツクヨの手が震える。これからしようとしていることは、ツクヨにとっても恐怖やトラウマに立ち向かう大事な一歩となる。それを前にして彼の足が竦む。かつての光景が何度も何度も脳裏で再生される。
救えなかった命と同じ大きさの命が、今また彼の前で潰えようとしている。また同じ光景を目にしなければならないが、あの時と違うのはツクヨの心を取り巻くもの。絶望ではなく、救えるかもしれないという希望の光。
今にも胸を貫き飛び出さんとする心臓を押さえ込み、ツクヨは布都御魂剣を両手で振り上げ剣先を、横たわるフーファンへ向け一気に振り下ろした。
「ツクヨ殿ッ!?何をッ!!」
「もう・・・小さな命が目の前で消えるのは見たくない・・・。帰って来い、フーファン」
止めに入ろうとするシュユーだったが、ずっとフーファンに寄り添い座っていたことで、足が思うように動かずツクヨを止められない。振り下ろされた剣先が少女の胸を貫く。同時に光が少女の身体を包み、その中から黒い煙を排出させる。
勢いよく何かが呻き声を上げながら飛び出すと、煙は徐々に消えていった。フーファンの胸に突き刺さっている剣先から血は出ていない。ツクヨがゆっくり剣を引き抜くと、少女の身体は無傷で済んでいた。
唖然とし、少女の様子を窺うシュユー。そして自分のした行いが、如何なる結果を齎すか見守るツクヨ。彼らの注目を浴びるフーファン。暫くの沈黙の後に、小さく少女の方から音が聞こえた。
「・・・っんん・・・」
ずっと眠り続けていた少女が、まるで朝日の光で目を覚ますかのように声を上げ、ゆっくりと目を開ける。
「ここは・・・シュユーさん?それと・・・ツクヨさん?・・・戦いは・・・?」
少女の声と、血の通った表情を目にしたシュユーは、その瞳いっぱいに涙を浮かべフーファンを抱きしめた。状況を理解していないフーファンは、そんなシュユーの行動を不思議に思いながら、まだ意識がハッキリしていないのか呆然としている。
目を覚ましたフーファンを見て、無事に救うことが出来た安堵からか、その場に尻餅をつき全身の力が抜け、未だ震える脚を手で押さえるツクヨ。そして思わず落としてしまった剣を拾い上げ、その剣が紛れもなく現実世界の神話を基に作られたものである事を確信する。
その後、フーファンと同じように眠り続ける妖術師達にも、布都御魂剣の能力を使い身体からロロネーの送り込んだ魂を浄化させる。皆、外傷はあるものの命に別状はなく、暫くすれば再起も可能になると治療班の者が言っていた。
だがまだ安心は出来ない。自身の身体に別の魂を入れられた後遺症が残らないとも限らない。それこそハオランのように強靭な肉体と精神を持ち合わせていない彼女らでは、尚のことだろう。
それでも自らの過ちで彼女らの窮地を招いてしまったと責めるシュユーは、代わりツクヨへ感謝を告げる。
「何とお礼を申せば良いか・・・。このご恩は生涯忘れません。皆を・・・フーファンを救っていただき、感謝の言葉もありません」
「いえ、私も・・・自分の為でもありました。過去の恐怖から少しでも前に進めるよう必死で・・・」
「貴方ならきっと大丈夫です。人の持つ力の何たるか、そしてそれを扱うだけの心を持っていらっしゃる・・・。私が保証します、ツクヨ殿。貴方ならきっとその過去を乗り越えることが出来ましょう」
幾つもの命が失われた。残された者達の心には、そんな彼らの思いが付いてまわることだろう。だが決してそれは重荷ではなく、残された者達の道を照らし出す灯火としてあり続けるのだろう。
彼らをこのまま船で連れて行くことは出来ない。丁寧に供養した後に、彼らの肉体は彼らの生きた海へと還して行く。その光景は、決してシン達の生まれた時代では経験することのないものとして、心と身体に深く刻まれた。
「奴の濃霧で電子機器の通信妨害もあったようだが・・・。それにしても情報が少な過ぎる」
「ならばいつもとは勝手が違うという事だろう。ロロネーの一件や、アンタ達の知らないスポンサーの件もある」
シン達の目的である異世界への転移ポータル。それをレースに持ち込んできた、黒いローブの男。様々な筋に繋がりがあり、情報通であるシー・ギャングのキングですら全く正体を掴めていなかった人物。
ロロネーの人の域を越えた能力。レースの常連であるチン・シーが気にかけるレイド戦の異変。突如として現れた、異世界への転移ポータルという怪しげなアイテムを持ち込んだ謎の人物。
それらの要因は、彼らの未来にどんな影響を及ぼすのか。そしてシン達はこの世界にもたらされている異変について、情報を掴むことができるのか。
まだ動かせる海賊船の修繕と、船員達の治療に時間を割いていた一行。シンやツクヨの治療は他の者達よりも早く済んだのだという。治療を施していた者達は彼らの回復ぶりに嘸かし驚いたそうだ。それもその筈。彼らはこの世の者とは別の存在なのだから。
チン・シーは彼らだけでなく、シン達へ自作の船とボードでその名を世に広めようと試みる少年、ツバキの治療も行ってくれた。その慈悲は偏に彼らの活躍があってこそのもの。恩を売ったことでグレイスの時と同様、チン・シー海賊団の信用と同盟に近い関係性を築くことが出来た。
ただ、ミアとの会話の中で彼女が付け足したのは、あくまでシン達に降り注ぐ厄介払いや、戦闘での協力といったものだけで、レースでの勝負には手を貸さないというものだった。それは勿論だとミアは笑った。情けを掛けられ順位を得たところで、嬉しくもなければツバキの為にもならない。
治療を施されていたツクヨが目を覚ます。周囲には同じく治療を受ける船員達の姿があった。その中には見知った顔の小さい少女と、その子の手を握りしめ寄り添う男がいた。
「・・・シュユーさん・・・?その子は・・・フーファン・・・」
ツクヨの声にゆっくりと握っていた小さな手を置き、少女を起こさぬよう立ち上がる。掛けられた布団をめくり、上体を起こしたツクヨはベッドから足を出し、身体を気遣うようにゆっくりと立ち上がる。
そして少女の眠るベッドの横に立つシュユーの元まで歩くと、少女に何があったのかを問う。
「お身体の方は・・・大丈夫そうですね。驚きました。あれ程の重症がこんなにも早く良くなるとは・・・」
「えっ・・・えぇ、身体だけは丈夫でして・・・。ははは・・・はは・・・。それよりこの子は確か、フーファン?彼女も戦っていたのですか?」
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「フーファン達妖術部隊は、我が主人の活路を開く為、襲撃してきたロロネーの足止めを行ったようです。勿論、主人は仲間を置いていくことなど出来ぬと反対したそうなのですが、彼らの術で強引に外へと出されたそうです・・・」
チン・シーの性格からして、確実に事を成せる保証がある時以外の殿など、許すはずもないことは分かっていた。それでも彼女らは、主人をハオランの元へ向かわせるため掟に背いた。自分達だけではロロネーを倒すことなど出来ぬと、分かっていながら。
「その後の戦闘について知る者はいません。フーファンの部隊の者は、まだ誰も目を覚ましていないので・・・」
辺りを見渡すと、少女と同じように横たわる妖術師達が何人かいるが、誰一人目を覚ましている者はいない。外傷によるダメージで重症化しているのではないようで、ロロネーによる何かしらの呪いを受けた可能性があると、治療班の者が言っていたそうだ。
「私が駆けつけた時にはロロネーは居らず、何故か仲間同士で戦っている状況でした・・・。正気の船員に話を伺うと、大きな物音と共に濃い霧が室内から漏れ出すと、中には倒れたフーファン達が居たそうです。直ぐに治療を施そうとしたら突然目を覚まし、武器を持って暴れ出したようで・・・。近接武器を持っての戦闘など出来ない筈の彼らがです・・・。まるで別人のように呻き声を上げながら襲いかかり、傷つける訳にもいかず、耐え凌いでいたのだとか・・・。それで私が彼らを気絶させ、今に至るという訳です・・・」
彼らの症状を聞き、ツクヨはふとある人物に起きていた出来事と重なったように感じた。それは他でもない、無数の魂に肉体を乗っ取られていたハオランのことだった。呪いによる対象を徐々に弱らせるようなことを、ロロネーがするだろうか。
直接刃を交えたツクヨには、とてもそうは思えなかった。そんな能力を使うのであれば、端から呪いをかけ弱らせながら戦っていた筈。ハオランのように肉体を乗っ取らせたのは、彼女らの能力を買い何かに活かせると思ったからではないだろうか。
そんな事を考えていると、突然ツクヨが持っていた布都御魂剣が淡い光を放ち始める。それに気づいたシュユーがツクヨにその事を伝え、彼は剣を手に持ち何事かと眺める。
その光を見て、ツクヨはある事を思い出す。何故彼は物理攻撃の通じないロロネーを攻撃することが出来たのか。それだけでは無い。ツクヨの持つ布都御魂剣は、触手の女で海の怪異でもあったクトゥルプスにも有効な攻撃を与えていた。
彼らの共通点とは何か。そして布都御魂剣とは、ツクヨ達の暮らす現実世界では神話上の剣や霊剣として語られている。その逸話の中には神聖なものや、常軌を逸した力を持っていたともされる話が存在する。
ツクヨはまだその剣の本当の力を知ることはないが、彼の持つ布都御魂剣もまた、持つべき者が扱うと真価を発揮する能力があり、その中には邪気や悪なるものを退ける権能が備わっていたのだ。
「もしかしたら・・・」
彼はベッドに横たわる少女の元へ近づき、手にした剣を近づける。すると光は少女の身体に光を送り込むが、それ以上のことは何も起こらない。どうやら外部から近づけるだけでは、今のツクヨにその権能を扱うことは出来ないようだった。
「・・・シュユーさん・・・彼女を救えるかもしれません」
「本当ですかッ!?」
確実なことは言えない。だが確信はあった。布都御魂剣に眠る力はこれまで何度もツクヨを窮地より救い、力を与えてきた。そしてその力は、クトゥルプスやロロネーのような悪鬼に絶大な効果を発揮した。
神話に登場する霊剣が、この世界に実物として存在している。そしてその身を通して体験してきたツクヨだからこそ、ロロネーにより何かを施されたフーファン達に掛けられた呪いを解けるのではないかと直感で感じたのだ。
布都御魂剣を握るツクヨの手が震える。これからしようとしていることは、ツクヨにとっても恐怖やトラウマに立ち向かう大事な一歩となる。それを前にして彼の足が竦む。かつての光景が何度も何度も脳裏で再生される。
救えなかった命と同じ大きさの命が、今また彼の前で潰えようとしている。また同じ光景を目にしなければならないが、あの時と違うのはツクヨの心を取り巻くもの。絶望ではなく、救えるかもしれないという希望の光。
今にも胸を貫き飛び出さんとする心臓を押さえ込み、ツクヨは布都御魂剣を両手で振り上げ剣先を、横たわるフーファンへ向け一気に振り下ろした。
「ツクヨ殿ッ!?何をッ!!」
「もう・・・小さな命が目の前で消えるのは見たくない・・・。帰って来い、フーファン」
止めに入ろうとするシュユーだったが、ずっとフーファンに寄り添い座っていたことで、足が思うように動かずツクヨを止められない。振り下ろされた剣先が少女の胸を貫く。同時に光が少女の身体を包み、その中から黒い煙を排出させる。
勢いよく何かが呻き声を上げながら飛び出すと、煙は徐々に消えていった。フーファンの胸に突き刺さっている剣先から血は出ていない。ツクヨがゆっくり剣を引き抜くと、少女の身体は無傷で済んでいた。
唖然とし、少女の様子を窺うシュユー。そして自分のした行いが、如何なる結果を齎すか見守るツクヨ。彼らの注目を浴びるフーファン。暫くの沈黙の後に、小さく少女の方から音が聞こえた。
「・・・っんん・・・」
ずっと眠り続けていた少女が、まるで朝日の光で目を覚ますかのように声を上げ、ゆっくりと目を開ける。
「ここは・・・シュユーさん?それと・・・ツクヨさん?・・・戦いは・・・?」
少女の声と、血の通った表情を目にしたシュユーは、その瞳いっぱいに涙を浮かべフーファンを抱きしめた。状況を理解していないフーファンは、そんなシュユーの行動を不思議に思いながら、まだ意識がハッキリしていないのか呆然としている。
目を覚ましたフーファンを見て、無事に救うことが出来た安堵からか、その場に尻餅をつき全身の力が抜け、未だ震える脚を手で押さえるツクヨ。そして思わず落としてしまった剣を拾い上げ、その剣が紛れもなく現実世界の神話を基に作られたものである事を確信する。
その後、フーファンと同じように眠り続ける妖術師達にも、布都御魂剣の能力を使い身体からロロネーの送り込んだ魂を浄化させる。皆、外傷はあるものの命に別状はなく、暫くすれば再起も可能になると治療班の者が言っていた。
だがまだ安心は出来ない。自身の身体に別の魂を入れられた後遺症が残らないとも限らない。それこそハオランのように強靭な肉体と精神を持ち合わせていない彼女らでは、尚のことだろう。
それでも自らの過ちで彼女らの窮地を招いてしまったと責めるシュユーは、代わりツクヨへ感謝を告げる。
「何とお礼を申せば良いか・・・。このご恩は生涯忘れません。皆を・・・フーファンを救っていただき、感謝の言葉もありません」
「いえ、私も・・・自分の為でもありました。過去の恐怖から少しでも前に進めるよう必死で・・・」
「貴方ならきっと大丈夫です。人の持つ力の何たるか、そしてそれを扱うだけの心を持っていらっしゃる・・・。私が保証します、ツクヨ殿。貴方ならきっとその過去を乗り越えることが出来ましょう」
幾つもの命が失われた。残された者達の心には、そんな彼らの思いが付いてまわることだろう。だが決してそれは重荷ではなく、残された者達の道を照らし出す灯火としてあり続けるのだろう。
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