World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
516 / 1,646

完封

しおりを挟む
 男に蹴られた身体を起こし立ち上がるシン。不意打ちを食らい、必要以上のダメージを貰ってしまった。今はただ、目の前の男を黙らせるしかない。あわよくばその身柄を拘束し、知っていることを洗いざらい吐かせてやると、シンは薄暗い船室の環境を利用し、影を男の背後へと忍ばせた。

 「実力を・・・?アンタの目的は何だ?」

 シンは男の気を逸らそうと、言葉を投げかける。しかし、男はシンの思惑には一切乗ろうとはしなかった。彼の動きを読んでのことなのか、はたまたこの男自身の性格の問題なのかは分からない。

 「お前には知る必要のねぇことさ。用があるのはこっちなんだ。いいから言われた通りに向かってこいよ!」

 全く会話に応じようとしない男に、これ以上の時間稼ぎは不可能と判断したシンは、男の言葉が途切れると同時に、忍ばせていた影を男の影に縛りつける。感づかれる前に、シンは短剣を抜き、低い体制のまま正面から斬りかかる。

 男は両腕を横に広げ、かかってこいと言わんばかりに無防備な姿を晒す。シンの方だけを見て、一切デイヴィスのことなど気にかけていなかった男は、迫るシンの影から逃れる退路すら、既に封じられていることなど知る由もなかった。

 シンのスキルで動かす影は床を這い回り、例え飛んで避けようとも対象の影が床にあれば捉えることができる。ましてや現状のように薄暗い環境や光の届かぬ闇夜であれば、より僅かな影でも見つけ出し強力な力で押さえ付ける。

 二人が会話をしている間にデイヴィスは、男の身長より高い位置の船室の壁に、目を凝らさなければ気づかないような細いピアノ線のようなワイヤーを張り巡らせていた。

 男がシンの影を避けようと飛び上がれば、忽ちデイヴィスのワイヤーに絡め取られることになるだろう。全く相手にしない男の態度に、デイヴィスのプライドが傷ついたのだろう。

 必ず一泡吹かせてやろうという強い意志を感じる。アサシンと忍者による攻撃は、生身の人間であれば一瞬にして確殺。シンもデイヴィスも、男がどこへ逃げようと確実に捉えられるよう、包囲網を敷く。

 すると男は、顔を動かすことなく視線だけを床へ向けた。その視界には、迫るシンの影が捉えられていた。だが、この狭い室内を戦いの場に選んだのがこの男の落ち度だろう。光の限られる室内では、この二人のスキルを見切るのは至難の技だ。

 例え技を見切られようと逃れることは出来ない。しかし男は、二人の全く想像していない方法で、この窮地を乗り越えて見せたのだ。

 突然動き出した男は、近くにあった机を蹴り飛ばす。そして置かれていた椅子を掴むと、素早くデイヴィスの方へと投げる。机はそのままシンの方へと飛んで行く。

 シンもデイヴィスも、一瞬迫る家具に視界を遮られてしまい、男の姿が見えなくなる。だがそれはほんの一瞬の出来事。シンは机を短剣で真っ二つに裂き、デイヴィスも蹴りで椅子を弾き飛ばす。

 だが、二人の視線の先に男はいなかった。目の前を物体が通り過ぎるという僅かな一瞬の間に、男は何処かへと姿を消したのだ。デイヴィスの張り巡らせたワイヤーに何かが触れた形跡はない。

 シンの影に至っても、薔薇の蔓のように目がらせているため、どこへ逃げよう男の影がシンの影に触れればすぐに分かる筈。しかし、二人の仕掛けた罠に獲物はかかっていない。

 逃げ場のない状況から、どうやって姿を消したのか。二人が困惑する中、男はシンが切り裂いた机の片割れから静かに身を乗り出す。床に打ち付けられる寸前、僅かに濃くなる机の物陰から、男の身体が這い出るように現れ、その気配に気づかぬシンに再び重たい蹴りをお見舞いする。

 割れた机が床に衝突し、転げる音と共にシンの身体は再び壁に突き刺さるようにして打ち付けられた。男の蹴り事態には、然程の威力はない。だがそれ以上に、シンの精神面へのダメージの方が大きかった。

 悉く打ち破られる二人の攻撃。そしてその回避方法も、二人が知り得ない未知なるものであることが、更に二人の心の乱れを誘発していった。

 「シンッ!」

 「なんッ・・・で・・・?一体どこから・・・?」

 上下の動きは完全に封じられていた筈。ならば横の動きしかあり得ないが、視界に映る光景に、男が両サイドに回避する様子など見受けられなかった。ならば一体どこで男を見失ったのか。

 考えうる限り、机と椅子を投げてよこした僅かな一瞬しかあり得ない。だがどう考えても、人一人の身体が隠れられる程のスペースなどないのだ。机は二つに裂かれずとも、大人一人の身体を隠し切るには不十分。椅子など以ての外だ。

 「スーパーイリュージョンでも見せられているかのような反応だな。全く滑稽だぜ。これなら負ける気がしねぇな・・・」

 男は期待外れのものを見せられているように、大きな溜め息と呆れた表情を浮かべる。そして依然として、デイヴィスは眼中にない様子だった。

 「余所見してる場合かよッ・・・!」

 デイヴィスは風遁のスキルを纏わせた手裏剣を複数、背を向ける男目掛けて投げ放つ。手裏剣は男に命中する手前で、刃の部分が中心部から分裂し、四散する。予測できない方向へ飛び散る、複数の手裏剣の刃部分。

 頭上には未だにデイヴィスの張り巡らせたワイヤーがある。上には避けられない。それを利用し、デイヴィスもワイヤーを切らぬよう上には飛んでいかないように調整していた。

 しかし男は、避ける避けない已然の方法でデイヴィスの攻撃をやり過ごして見せた。デイヴィスの手裏剣の刃は、男のコートへ刺さる。そのコートには確かに貫かれたような跡を残し、その奥にあるであろう男の身体へ命中した。

 だが男は、痛がる素振りも何かが当たったような反応すら示さなかったのだ。同時に、コートに空いた穴はすぐに修復され、何事もなかったかのように元通りになった。

 「ッ・・・!? 確かに当たった筈だ!何故ッ?」

 次の瞬間、デイヴィスの足に鋭い痛みが走った。下を向き、痛みを感じる箇所へ視線を送ると、そこにはデイヴィスが投げた筈の、手裏剣の刃が深々と突き刺さっていたのだ。

 「・・・ッ!?」

 膝から崩れ落ちるデイヴィス。大したこともされていない筈なのに、全く歯が立たないまま地に伏せさせられるシンとデイヴィス。男への攻撃の前に、先ずはこの不可解な男の能力を理解しなければ、戦闘の場に立つことさえ許されない。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

処理中です...