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神代 コウ

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人間らしい外道

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 反応の遅れた天臣の身体を、掠めるようにイルの黒刀が切り裂く。僅かに剣先が触れた程度で辛うじて深傷には至らなかったが、イルの黒刀には天臣の鮮血が付着し、それを巻き上げた。

 「天臣さんッ!?」

 慌てて駆け寄ろうとする蒼空とケイルを、イルは彼らを閉じ込めた靄の檻の中へ、再び誘う。

 周囲の靄が二人の身体に引き寄せられるように集まり、その全身を覆う。すると、それまで立ち込めていたステージ上の靄と引き換えに、二人の姿がそこから消え去っていた。

 「ッ!? 二人を何処へやった!」

 「アンタは一度経験済みだろ?何処にも連れていってはいない。またあの暗闇の中さ。だが・・・アイツがいない今、今度は抜け出せるかなぁ?」

 一対一の状況を作り出したイル。これで天臣との戦いに邪魔が入らなくなった。男を有利な状態へ運んでいた靄はなくなったが、靄は再び作り出すことができる。

 今、真っさらな状態に戻ったところで、動揺している天臣相手なら苦戦はしないだろうとの考えだった。

 実際のところ、天臣にとってはかなり厳しい状況だった。友紀との関係性を問われ、迷いが生まれてしまった彼には、冷静に戦況を判断できる味方が必要だった。

 そしてイルの靄の檻は、本体であるイルに大きな影響を与えることが出来なければ脱出は不可能に近い。

 シンの行っていたスキルは特殊で、檻の中から術者であるイルの身体を妨害出来たことにより解除することが出来たが、そうでない場合は靄が作り出す幻覚を消し去り、魔力の消費を促して本人による術の解除を狙う他ない。

 唯一可能性があるとすれば、二度目である蒼空は幻覚のカラクリについて、ある程度知識があることが大きいだろう。

 「さて、俺達も楽しむとしようじゃないか。アンタの首を持っていけば、彼女へのいい贈り物になる」

 「どう言う意味だ・・・?」

 疲労の色が見え始めた天臣。そして味方の援護も受けられなくなり、精神的にも揺さぶられ、それまでの覇気が失われつつあった。

 その様子を見たイルは、口角を上げて不気味に笑う。そして黒刀を握りしめ、天臣に急接近すると靄を纏った刃で斬りかかる。

 「あの女がアンタに、心の奥底を見せなかったとはいえ、アンタがあの女にとって重要な存在であるのは確かなようだ。そんな人間が死んだとあらば、嘸かし辛かろう?」

 「友紀はお前が想像している以上に強い人間だ。過去に何があったのかは確かに知らない・・・。だが、俺一人の死で折れるような事は、決してないッ・・・!」

 イルの一撃を受け止めるも、それまでの鍔迫り合いとは違い、天臣がやや推される展開となり始めた。

 先程受けた攻撃の影響もあるが、やはり戦いに集中できなくなってることが、本来の彼の力を抑え込んでしまっている。

 何とかイルの一撃を弾き返すも、ここぞとばかりに手数を増やして襲いかかる連撃を、捌け切れずにいた。致命傷は辛うじて避けているものの、細かいフェイントや大きなダメージにならないものは受けてしまっている。

 「それもアンタの理想像に過ぎないッ!そうあって欲しい!そうに違いない!そうやって自分を誤魔化し、何かあった時の責任を他人に押し付けているんだッ!面白いよなぁ!?他人の為と、その人間を信じていると思い込んでいるのが、本当は自分を正当化する為の言い訳になっているんだからなぁ!」

 「お前に俺の何が分かるッ・・・!?それこそ、お前の倫理観の押し付けではないかッ!」

 「ハッ!違うね!俺の見てきた、正当性や正義感を振りかざす人間達は、結局皆んな我が身可愛さの、汚ねぇ奴らばかりだったさ!命の危機に晒されると、平気で他人のせいにし裏切る。そうやって周りの振り回されて来た者達は、人間の醜さを知り堕ちていくんだよ。人の道を外れた“外道“へとなぁ!」

 イルの猛攻を抑え切れなくなった天臣は、その場を退きながら追撃を払う。しかし、体力面でも上回るイルのスピードからは逃れることが出来ず、防戦一方となってしまう。

 「それは・・・お前自身の事じゃないのか?お前の口ぶりだと、他人を自分の為に利用し、都合の良いように命を弄ぶ・・・。外道はお前だッ!」

 「ハハハッ!そうさ!俺は外道さ!だが、外道で何が悪い!?人の道しか歩いてねぇような人間は、周りや世間体、常識や道徳なんぞという、何処の誰が決めたのかも分からねぇモンに縛られた操り人形よ!そんな奴らより、本能剥き出しの外道の方が、よっぽど“人間らしい“じゃぁねぁか!」

 ステージ上を逃げ回るように移動し続ける天臣の背後に、これまでのイルによる斬撃で撒き散らされた新たな靄から突き出した、真っ黒な鉄柵が現れる。

 突如した金属音に後を振り返るも、その時にはもう避けられないほど近くに鉄柵は迫っていた。

 激しく身体を打ち付ける天臣。その衝撃で前に押し出された彼の肩に、イルの黒刀が突き刺さる。

 「ぐぁッ・・・!」

 「甘い甘いッ!逃げるんなら、俺の攻撃を受けてねぇで、全速力で遠くへ逃げねぇとな!?」

 気が付けば、ステージ上は再びイルの黒い靄によって埋め尽くされていた。それこそ、蒼空達を檻に閉じ込める前よりも多く、そして濃く視界を蝕んでいる。

 「・・・逃げる?そんな選択肢、俺には無い・・・」

 「知ってるさ。同じような人間を何人も見てきた。あの女の為とか抜かすつもりだろ?強がるなよ・・・。今の俺とアンタは似ている。女の為に手土産を持ち帰ろうとしている者同士だ。だが、俺にとってアンタの首は、飾りに過ぎない・・・。“あっち“の決着は、始まる前に付いたも同然だからな・・・」

 男はすぐに天臣を殺さなかった。鉄柵に押し付けられ、刀を突き刺されたこの状況なら、一方的にどうにでも出来たはず。

 何を企んでいるのかは分からないが、これを利用しない手はない。少しでもこの時間を活かし、何か手立てを考えなければ・・・。天臣はまだ、諦めてはいなかった。

 それは友紀のためでもあったが、何よりこの男の言う通り、自分の為でもあった。友紀からも明かされなかった彼女の過去を、天臣は知りたくなってしまったからだった。
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