World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
1,033 / 1,646

感情の制御、託された思い

しおりを挟む
 未知の薬の投与という共通の境遇を経て、ケツァルはシンの様子に嘗ての自分の話をした。どんな効果のある薬かも分からぬ物を、種族の違う者が作り出し投与されるという不安は抱いて当然。

 ケツァル自身も、自分の経験からそれは分かっていた。だが、境遇自体は少し違い、ケツァルの場合はそれを受け入れざるを得なかった。魔力を持たず、武術の才能もなかった彼は、生きていく為に冒険者の提示する話を信じ、出された薬をただただ口にするしかなかった。

 しかし今にして思えば、ケツァルが他の種族の生き物に信頼を寄せられるようになったキッカケとも言えるのだ。今の獣人族は人間を警戒し、嘗ての行動から恨みや憎しみを抱き、信用することができなくなってしまっている。

 それは人間という種族に対してだけではなく、他の種族も信用できないという警戒心を皆の心に植え付けてしまう。同族以外は信用するな。それが彼らの現状。

 だが、その考え方が内部に亀裂を生み、危機的状況に陥った際に、少数の種族となってしまったアズールらの獣人族は、助けを乞う相手もいなくなってしまう。

 そうならない為の他種族との架け橋は、ケツァルによって水面下で着実に掛けられていた。その甲斐もあり、今獣によってアジトの崩壊を迎えようとしていた獣人族は、エルフ族や人間によって窮地を脱することに成功した。

 人間を信じるキッカケをくれた見ず知らずの冒険者との話を聞き、その後のケツァルがどうやって獣人族の中での地位を確立していったのか。シンは注射への不安を忘れたいのか質問を続ける。

 「その後はどうしたんだ?彼の道具を持って一族の元に帰って。皆は素直に信用したのか?」

 「驚かれはしたな。騒動の最中でそれどころではなかったようだし、とっくに始末されていたとでも思ったんだろう」

 ケツァルは当時の様子を笑いながら語る。冒険者に言われた通り、わざと傷だらけになり身体を汚した事でその必死さが伝わり、無事に獣人族に保護された彼は、持ち帰った魔法の書物やスクロールと魔力を身につけた功績により、族長を支える血筋の家系へ戻ることが出来たのだという。

 しかし、当然ながら一度は自分のことを捨てた家系の掌返しに、ケツァルはいい気はしていなかったのだと語る。それでも様々な思いから彼の心を制御していたのは、見ず知らずの人間であり全く関わりのなかった無力な自分に力と愛情をを教えてくれた冒険者の存在だった。

 「恨んだりはしなかったのか?・・・自分を捨てた奴らだったんだろ?」

 「全くないと言ったら嘘になるが、その当時の俺は彼から言い渡された事と、彼が俺に残してくれた物が全てだったからな・・・。それを水に流してまで叶えたい思いや欲望かと問われれば、その時の些細な感情など天秤にかけるまでもない」

 まだ幼かった筈のケツァルが、自分の感情に振り回される事なく冒険者の言いつけを守り、彼の望むように一族への帰還を成し遂げたのが、シンには想像もできない事だった。

 酷い仕打ちをしてきた者達の中へ戻り、自分の意思を殺してまで日々を過ごす事。シンはもし自分ならと考えた時、例え恩人の願いとは言えども戻りたくはないし、その恩人を悪人のように恨みや怒りの矛先にしている連中を許さなかったと思った。

 ケツァルの過去と当時の覚悟に思いを巡らせてる内に、獣の力を制御する注射が終わっており、シンの身体の自由を奪っていた枷が徐々に外れていくのを感じていた。

 「さぁ、終わったぞ。時期に身体も自由に動かせるようになる筈だ」

 「おぉ!分かる、分かるぞ!さっきまで重かった身体が動くようになってる!」

 自分の力だけで立ち上がり、どこにも寄りかかる事なく立てる事に些細な喜びを感じているシンに、自分達が薬を投与された時との違いについて口を挟む。

 「そんなにすぐに効果が出るもんなのか?即効性があるなら、アタシらの時もそれでよかったんじゃねぇのか?」

 「アンタ達の場合、気を失っていたからな。身体に負担のない薬を選んだだけだろう。その方が都合も良かった筈だしな」

 ケツァルの口にした都合とは、まだ信頼できる者達であるかどうか分からないミア達の身体の自由を奪った獣の力。それを解除し、暴れられる危険性を少しでも減らしたかったのだろう。

 「都合ねぇ、まぁ信じられねぇ連中をみすみす強化するってのもおかしな話だがな」

 「そう言わんでやってくれ。俺達も慎重だっただけだ。なんせ仲間でさえ裏で何をしているか、何を考えているか分からない状況だったんだ」

 シンの身体を蝕んでいた獣の力は、ケツァルの打ち込んだ薬によって彼らの力となる。気配を探ったり消したりと、シー・ギャングの幹部であるダラーヒムでさえも出し抜く程気配を殺せる獣人族の能力の一部を引き出すことができるようになった。

 丁度その頃、獣達の襲撃から守った筈の街が再び騒がしくなる。既にリナムルには例の獣達の気配はない。何事かと窓から外を覗いたケツァルは、その目に飛び込んできた光景に眼球を見開いて驚き、言葉を失った。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~

黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。  ─── からの~数年後 ──── 俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。  ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。 「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」  そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か? まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。  この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。  多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。  普通は……。 異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。 勇者?そんな物ロベルトには関係無い。 魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。 とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。 はてさて一体どうなるの? と、言う話。ここに開幕! ● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。 ● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...