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記憶の男
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しかし、その狙いを実行しようにも今のシンには魔力も体力もない。いくら策があろうと今の状態のシンを見る限り、とてもではないが落ち着いてそれを実行できるとは思えない。
すぐに全快という訳にはいかないが、ケツァルは持ち合わせの回復薬でシンの消費した魔力と体力の回復を図る。それまで膝をついていたシンは自力で立ち上がれるくらいにまで回復し、煙の人物の魔力が残るというアズールの元へと向かうと、再び彼の意識の中へ入る為、自身の影をアズールの中へと送り込む。
ふと力の抜けるシンの身体を受け止めるダラーヒム。そしてシンの意識は再びアズールの意識の中へと入っていくと、意識が乗っ取られていた時とは違った光景が真っ暗な海の中で浮かんでいっては消えていく。
自我を持ったままの相手に“操影“のスキルを使うのは初めてだったシン。前回の時とは違い、記憶の絵画が浮上してくるのではなく、今アズールが見ている光景や少し前の出来事を思い出しているかのような絵画に変わっている。
やはり本人の意識がある場合、その人物の過去を覗き見ることは難しいようだ。シンはアズールの意識の中で煙の人物の残したと思われる痕跡を探す。そして最初にアズールの意識の中へ入った時に煙の人物を見つけた場所よりも更に奥に、あの時に感じた気配と同じものを見つける。
そこにあったのはアズールの記憶ではない、別の何かの記憶を映し出した絵画だった。他の絵画とは違い、その記憶の映像を映し出した絵画だけは浮上することもなく、弱々しく揺れながらその場に滞留している。
明らかに毛色の違う光景はアズールの記憶ではなく、入り込んでいる煙の人物の記憶なのではと推測していたシンは、煙の人物を引き摺り出す前にその記憶の絵画から情報を掴む為、暫くその映像を眺める。
映し出されていたのは、白衣を着た人物達に囲まれるものだった。
「彼の記憶はどうだ?」
一人の研究員らしき人物が、記録を記載する研究員に話しかけている。記憶の持ち主である煙の人物と思われる当人の視界は、何処かの容器に液体と一緒に入れられているかのような気泡と聞き取りづらい音声をしている。
「えぇ、問題ありません。以前の記憶は全て消え去ってます」
「馬鹿な奴だ。被検体に情など持つからこうなる。丁度新しい実験をしようと思っていたところだ。実験体が手に入ったと思う事にしよう」
「しかしこれで今月三件目ですよ?少し多いようにも思えますが・・・」
「精神の研究をしていればこうなってしまうのも分からなくはない。だからこそ目的や志を見失うなと言ってきたのだがな」
研究員達の会話から、この記憶の持ち主は何らかの失態を犯したようだ。その代償として研究対象として実験体となったようだ。精神の研究ということは、それによって煙の人物は意識の中へ入り込むという特異な能力を身に付けたのだろうか。
海賊のロッシュも、ロロネーとの人体実験によってそのパイロットというクラスのスキルを昇華させ、通常では考えられないような用途でのスキルを用いる事に成功していた。
彼らのそれも同じで、命ある者を実験体とし通常のWoFではあり得ないスキルへの進化を目論んでいるのかもしれない。しかしそんなことが可能なのだろうか。既にシステムで組まれている筈のスキルや能力を、AIが独自に研究開発し新たなものを作り上げるなど。
だが異変といえば、シン達の存在や今まで戦ってきたゲーム上のWoFでは居なかった者達の存在も、十分におかしな存在であり異様な現象と言える。自分達の周りだけでなく、シン達のいるこの世界の各地でも、彼らの知らぬ異変が起こり始めているのだろうか。
シンが見ている記憶の絵画の持ち主は、研究員達の会話を聞いていたのかそのまま目を閉じると、次はまだ実験体となる前の映像を絵画に映し出す。
そこには先程の彼と同じ状況にある人間の女性が、液体の入った大きな容器に入れられている。彼女の容態を確認しながら、彼は手にしているタブレットのデータを確認している。
すると、眠っていた実験体の女性が目を覚まし、彼の方へ近づいてくる。内側から優しく容器を叩くと、それに気づいた彼は優しく微笑み彼女と容器越しに手を合わせる。
「おはよう、最近調子がいいみたいだね。バイタルが安定してる。このままなら来週あたりにも外に出られるかもしれない」
するとそこへ、扉の開く音が聞こえてくる。急ぎ手をしまう彼と、それをキョトンとした表情で見つめる女性。部屋に入ってきた別の白衣を着た研究員が、彼に実験体の彼女の経過を訪ねる。
「彼女の容態はどうだい?順調にいってるかな?」
「えぇ、問題ありません。この調子なら来週には外での臨床実験に移れそうです」
嬉しそうに語る彼とは対照的に、後からやって来た研究員の男は何かを心配するように彼に対し注意を促す。
「研究が順調なのはいいが、あまり対象に対して感情を入れ込み過ぎるなよ?実験の過程が急変することは多い。そうなった時に精神に異常をきたすかもしれないのは、他でもないお前なんだ・・・」
研究員の男は彼を心配して言葉を掛けている。実験体の女性と彼の仲を引き裂くような言い方になってしまっていることを自覚しているようで、慎重に言葉を選んでいる様子が窺える。
「分かってるさ・・・。彼女はあくまで実験体。十分承知している・・・」
思い詰めるように俯く彼を見て、本当は内心感情を捨てきれていないのではと心配しつつも、研究員の男はそれだけを伝え部屋を後にした。二人だけとなった部屋で深刻な表情を浮かべる彼は、自分に言い聞かせるかのように口を開く。
「分かってるさ・・・。このままここにいては駄目だって。だから俺は・・・」
彼はそのまま容器の中にいる彼女へと視線を移す。彼の様子を見ていた彼女は、こちらを向いた彼を見て嬉しそうに微笑む。無邪気な子供のようにコロコロと表情を変える彼女に、彼は決心したかのような表情を浮かべる。
すぐに全快という訳にはいかないが、ケツァルは持ち合わせの回復薬でシンの消費した魔力と体力の回復を図る。それまで膝をついていたシンは自力で立ち上がれるくらいにまで回復し、煙の人物の魔力が残るというアズールの元へと向かうと、再び彼の意識の中へ入る為、自身の影をアズールの中へと送り込む。
ふと力の抜けるシンの身体を受け止めるダラーヒム。そしてシンの意識は再びアズールの意識の中へと入っていくと、意識が乗っ取られていた時とは違った光景が真っ暗な海の中で浮かんでいっては消えていく。
自我を持ったままの相手に“操影“のスキルを使うのは初めてだったシン。前回の時とは違い、記憶の絵画が浮上してくるのではなく、今アズールが見ている光景や少し前の出来事を思い出しているかのような絵画に変わっている。
やはり本人の意識がある場合、その人物の過去を覗き見ることは難しいようだ。シンはアズールの意識の中で煙の人物の残したと思われる痕跡を探す。そして最初にアズールの意識の中へ入った時に煙の人物を見つけた場所よりも更に奥に、あの時に感じた気配と同じものを見つける。
そこにあったのはアズールの記憶ではない、別の何かの記憶を映し出した絵画だった。他の絵画とは違い、その記憶の映像を映し出した絵画だけは浮上することもなく、弱々しく揺れながらその場に滞留している。
明らかに毛色の違う光景はアズールの記憶ではなく、入り込んでいる煙の人物の記憶なのではと推測していたシンは、煙の人物を引き摺り出す前にその記憶の絵画から情報を掴む為、暫くその映像を眺める。
映し出されていたのは、白衣を着た人物達に囲まれるものだった。
「彼の記憶はどうだ?」
一人の研究員らしき人物が、記録を記載する研究員に話しかけている。記憶の持ち主である煙の人物と思われる当人の視界は、何処かの容器に液体と一緒に入れられているかのような気泡と聞き取りづらい音声をしている。
「えぇ、問題ありません。以前の記憶は全て消え去ってます」
「馬鹿な奴だ。被検体に情など持つからこうなる。丁度新しい実験をしようと思っていたところだ。実験体が手に入ったと思う事にしよう」
「しかしこれで今月三件目ですよ?少し多いようにも思えますが・・・」
「精神の研究をしていればこうなってしまうのも分からなくはない。だからこそ目的や志を見失うなと言ってきたのだがな」
研究員達の会話から、この記憶の持ち主は何らかの失態を犯したようだ。その代償として研究対象として実験体となったようだ。精神の研究ということは、それによって煙の人物は意識の中へ入り込むという特異な能力を身に付けたのだろうか。
海賊のロッシュも、ロロネーとの人体実験によってそのパイロットというクラスのスキルを昇華させ、通常では考えられないような用途でのスキルを用いる事に成功していた。
彼らのそれも同じで、命ある者を実験体とし通常のWoFではあり得ないスキルへの進化を目論んでいるのかもしれない。しかしそんなことが可能なのだろうか。既にシステムで組まれている筈のスキルや能力を、AIが独自に研究開発し新たなものを作り上げるなど。
だが異変といえば、シン達の存在や今まで戦ってきたゲーム上のWoFでは居なかった者達の存在も、十分におかしな存在であり異様な現象と言える。自分達の周りだけでなく、シン達のいるこの世界の各地でも、彼らの知らぬ異変が起こり始めているのだろうか。
シンが見ている記憶の絵画の持ち主は、研究員達の会話を聞いていたのかそのまま目を閉じると、次はまだ実験体となる前の映像を絵画に映し出す。
そこには先程の彼と同じ状況にある人間の女性が、液体の入った大きな容器に入れられている。彼女の容態を確認しながら、彼は手にしているタブレットのデータを確認している。
すると、眠っていた実験体の女性が目を覚まし、彼の方へ近づいてくる。内側から優しく容器を叩くと、それに気づいた彼は優しく微笑み彼女と容器越しに手を合わせる。
「おはよう、最近調子がいいみたいだね。バイタルが安定してる。このままなら来週あたりにも外に出られるかもしれない」
するとそこへ、扉の開く音が聞こえてくる。急ぎ手をしまう彼と、それをキョトンとした表情で見つめる女性。部屋に入ってきた別の白衣を着た研究員が、彼に実験体の彼女の経過を訪ねる。
「彼女の容態はどうだい?順調にいってるかな?」
「えぇ、問題ありません。この調子なら来週には外での臨床実験に移れそうです」
嬉しそうに語る彼とは対照的に、後からやって来た研究員の男は何かを心配するように彼に対し注意を促す。
「研究が順調なのはいいが、あまり対象に対して感情を入れ込み過ぎるなよ?実験の過程が急変することは多い。そうなった時に精神に異常をきたすかもしれないのは、他でもないお前なんだ・・・」
研究員の男は彼を心配して言葉を掛けている。実験体の女性と彼の仲を引き裂くような言い方になってしまっていることを自覚しているようで、慎重に言葉を選んでいる様子が窺える。
「分かってるさ・・・。彼女はあくまで実験体。十分承知している・・・」
思い詰めるように俯く彼を見て、本当は内心感情を捨てきれていないのではと心配しつつも、研究員の男はそれだけを伝え部屋を後にした。二人だけとなった部屋で深刻な表情を浮かべる彼は、自分に言い聞かせるかのように口を開く。
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