World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
1,043 / 1,646

記憶の男

しおりを挟む
 しかし、その狙いを実行しようにも今のシンには魔力も体力もない。いくら策があろうと今の状態のシンを見る限り、とてもではないが落ち着いてそれを実行できるとは思えない。

 すぐに全快という訳にはいかないが、ケツァルは持ち合わせの回復薬でシンの消費した魔力と体力の回復を図る。それまで膝をついていたシンは自力で立ち上がれるくらいにまで回復し、煙の人物の魔力が残るというアズールの元へと向かうと、再び彼の意識の中へ入る為、自身の影をアズールの中へと送り込む。

 ふと力の抜けるシンの身体を受け止めるダラーヒム。そしてシンの意識は再びアズールの意識の中へと入っていくと、意識が乗っ取られていた時とは違った光景が真っ暗な海の中で浮かんでいっては消えていく。

 自我を持ったままの相手に“操影“のスキルを使うのは初めてだったシン。前回の時とは違い、記憶の絵画が浮上してくるのではなく、今アズールが見ている光景や少し前の出来事を思い出しているかのような絵画に変わっている。

 やはり本人の意識がある場合、その人物の過去を覗き見ることは難しいようだ。シンはアズールの意識の中で煙の人物の残したと思われる痕跡を探す。そして最初にアズールの意識の中へ入った時に煙の人物を見つけた場所よりも更に奥に、あの時に感じた気配と同じものを見つける。

 そこにあったのはアズールの記憶ではない、別の何かの記憶を映し出した絵画だった。他の絵画とは違い、その記憶の映像を映し出した絵画だけは浮上することもなく、弱々しく揺れながらその場に滞留している。

 明らかに毛色の違う光景はアズールの記憶ではなく、入り込んでいる煙の人物の記憶なのではと推測していたシンは、煙の人物を引き摺り出す前にその記憶の絵画から情報を掴む為、暫くその映像を眺める。

 映し出されていたのは、白衣を着た人物達に囲まれるものだった。

 「彼の記憶はどうだ?」

  一人の研究員らしき人物が、記録を記載する研究員に話しかけている。記憶の持ち主である煙の人物と思われる当人の視界は、何処かの容器に液体と一緒に入れられているかのような気泡と聞き取りづらい音声をしている。

 「えぇ、問題ありません。以前の記憶は全て消え去ってます」

 「馬鹿な奴だ。被検体に情など持つからこうなる。丁度新しい実験をしようと思っていたところだ。実験体が手に入ったと思う事にしよう」

 「しかしこれで今月三件目ですよ?少し多いようにも思えますが・・・」

 「精神の研究をしていればこうなってしまうのも分からなくはない。だからこそ目的や志を見失うなと言ってきたのだがな」

 研究員達の会話から、この記憶の持ち主は何らかの失態を犯したようだ。その代償として研究対象として実験体となったようだ。精神の研究ということは、それによって煙の人物は意識の中へ入り込むという特異な能力を身に付けたのだろうか。

 海賊のロッシュも、ロロネーとの人体実験によってそのパイロットというクラスのスキルを昇華させ、通常では考えられないような用途でのスキルを用いる事に成功していた。

 彼らのそれも同じで、命ある者を実験体とし通常のWoFではあり得ないスキルへの進化を目論んでいるのかもしれない。しかしそんなことが可能なのだろうか。既にシステムで組まれている筈のスキルや能力を、AIが独自に研究開発し新たなものを作り上げるなど。

 だが異変といえば、シン達の存在や今まで戦ってきたゲーム上のWoFでは居なかった者達の存在も、十分におかしな存在であり異様な現象と言える。自分達の周りだけでなく、シン達のいるこの世界の各地でも、彼らの知らぬ異変が起こり始めているのだろうか。

 シンが見ている記憶の絵画の持ち主は、研究員達の会話を聞いていたのかそのまま目を閉じると、次はまだ実験体となる前の映像を絵画に映し出す。

 そこには先程の彼と同じ状況にある人間の女性が、液体の入った大きな容器に入れられている。彼女の容態を確認しながら、彼は手にしているタブレットのデータを確認している。

 すると、眠っていた実験体の女性が目を覚まし、彼の方へ近づいてくる。内側から優しく容器を叩くと、それに気づいた彼は優しく微笑み彼女と容器越しに手を合わせる。

 「おはよう、最近調子がいいみたいだね。バイタルが安定してる。このままなら来週あたりにも外に出られるかもしれない」

 するとそこへ、扉の開く音が聞こえてくる。急ぎ手をしまう彼と、それをキョトンとした表情で見つめる女性。部屋に入ってきた別の白衣を着た研究員が、彼に実験体の彼女の経過を訪ねる。

 「彼女の容態はどうだい?順調にいってるかな?」

 「えぇ、問題ありません。この調子なら来週には外での臨床実験に移れそうです」

 嬉しそうに語る彼とは対照的に、後からやって来た研究員の男は何かを心配するように彼に対し注意を促す。

 「研究が順調なのはいいが、あまり対象に対して感情を入れ込み過ぎるなよ?実験の過程が急変することは多い。そうなった時に精神に異常をきたすかもしれないのは、他でもないお前なんだ・・・」

 研究員の男は彼を心配して言葉を掛けている。実験体の女性と彼の仲を引き裂くような言い方になってしまっていることを自覚しているようで、慎重に言葉を選んでいる様子が窺える。

 「分かってるさ・・・。彼女はあくまで実験体。十分承知している・・・」

 思い詰めるように俯く彼を見て、本当は内心感情を捨てきれていないのではと心配しつつも、研究員の男はそれだけを伝え部屋を後にした。二人だけとなった部屋で深刻な表情を浮かべる彼は、自分に言い聞かせるかのように口を開く。

 「分かってるさ・・・。このままここにいては駄目だって。だから俺は・・・」

 彼はそのまま容器の中にいる彼女へと視線を移す。彼の様子を見ていた彼女は、こちらを向いた彼を見て嬉しそうに微笑む。無邪気な子供のようにコロコロと表情を変える彼女に、彼は決心したかのような表情を浮かべる。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

【完結】デスペナのないVRMMOで一度も死ななかった生産職のボクは最強になりました。

鳥山正人
ファンタジー
デスペナのないフルダイブ型VRMMOゲームで一度も死ななかったボク、三上ハヤトがノーデスボーナスを授かり最強になる物語。 鍛冶スキルや錬金スキルを使っていく、まったり系生産職のお話です。 まったり更新でやっていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 「DADAN WEB小説コンテスト」1次選考通過しました。 ──────── 自筆です。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

処理中です...