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憧れの歌姫
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街の警備隊だけではなく、他所から来た護衛らしき物達が宮殿の前に集合し、各方面へと散らばって行くのが見える。駆けて行った一部隊を目で追ってみると、偶然ゴミ出しをしていた街の人が話しかけられ、話を聞かれているようだ。
どんな会話をしているのかまでは分からないが、レオンも彼らに見つかれば何をしていたのか話を聞かれるに違いない。何か目的や事情があるなら別だが、特定の家に押し入り調査をするなど、事件に関与している可能性がない限りあり得ない。
そんなフェリクス宅に上がり込んでいたいたともなれば、レオンも何かを知っているとして事情聴取をされるのは間違い無いだろう。ましてや、フェリクスから何らかの殺人に繋がる物的証拠などが見つかった場合、レオンへの疑いも強まることになってしまう。
フェリクスを優秀な教師として慕っているレオンは、彼に至ってはそんな人間ではないと信じているが、強い動機があると周囲に知られていれば、犯人にそれを利用されかねない。
要するに、殺害の道具やその手段に繋がる何かを家の中に持ち込まれていたとしても不思議ではないのだ。彼の部屋の様子から、やけ酒でもしたかのような散らかりようだった為、本人の記憶も確かではないと思われる。
「先生が殺人だって?んな訳あるかよッ!・・・とりあえず様子を見る為にも家に戻らないと・・・。余計なことして、先生に迷惑はかけられない・・・」
ジークベルトの遺体が発見されて調査が始まったばかりなのか、まだそれほど多くの人員が街中に放たれている訳ではなかったようだ。地の利のあるレオンにとっては、街の人間でもそうそう知らないであろう路地などを駆使して自宅を目指した。
レオンがフェリクス宅を訪れている同時刻。パーティー会場で歌手として活動をする女性、“カタリナ・ドロツィーア“と会話をしていた様子のジルヴィアが、早朝の街中をとある場所を目指して歩いていた。
「まさかこの街に、あの方にゆかりのある場所があったなんて・・・」
彼女が訪れたのは、とある人物の博物館だった。音楽学校の優秀な生徒として信用を得ていた彼女は、来客のために運んでいた貴重な品を、その博物館に戻す手伝いを請け負っていた。
博物館には明かりは灯っていなかったが、代わりに建物の路地に一人の女性が立っていた。その女性はジルヴィアを見つけると、こっちだと手を振って自分の存在をアピールする。
待たせてしまったかと小走りになるジルヴィアを尻目に、先に路地裏へと入っていく女性。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。お父様が心配して護衛を付けると言って聞かなくて・・・」
「仕方がないわ。お年頃の娘さんだもの、心配になるのも当然よ」
「それでも、カタリナさんの名前や宮殿の方々の手伝いだと説明したのに。いつまでも子供扱いでは、私も安心して卒業できません」
「ふふふ、貴方は大人なのね。でも心配してくれる人がいるという事は、とっても幸せなことよ?お父様のこと、嫌いにならないであげてね?」
「それは心配ありません。私もお父様やお母様が大切ですもの。だからこそ私も、貴方のような誰もを魅了する歌で恩返しがしたいのに・・・」
言葉に力がなくなるジルを見て、掛ける言葉が見つからないカタリナは黙って博物館の裏口に鍵を差し込み、扉を開けて中へと案内する。
「頼まれていた物は持ってきた?」
「えぇ、ここに・・・」
カタリナに聞かれ、宮殿へ持ち込んでいたというものを取り出したジル。その手にはとある楽譜があった。パーティーで披露された演奏の楽譜らしく、複製されたものはいくつかあるようだが、原本はジルが持ち帰ったそれしか存在しないのだという。
パーティーを訪れた著名人達は、その逸品に一目でもお目に掛ろうと遥々遠くの国からやって来る者達も大勢いたそうだ。
「ですが、そうまでしてこの楽譜が見たかったのかしら・・・。同じものならいくらでも世に出回っているというのに」
「違うわ。楽譜の価値というよりも、その音色が彼によって刻まれたという確かなものに価値があるのよ。音楽が生まれた時代や経緯、そう言ったものは刻まれた紙にも染み込んでいるもの。まして、彼の遺物となれば世に残された物は珍しい・・・。私も、本物にお目に掛かれて凄く光栄だわ」
しみじみとジルの持ってきた楽譜を預かり、大事そうに抱えるカタリナの姿からは、まるで大切な我が子を抱くかのような優しい表情をしていた。以前からジルは、彼女が何故その人物の物となると様子が変わるのかについて気になっていた。
「あの・・・一つお聞きしてもよろしいですか?」
「えぇ、構わないわ。私も貴方には知っておいて欲しい話があったから・・・」
「?」
カタリナは何故か、他の者達と話す時とジルと話す時で少しだけ様子が違っているようだった。だがそれは、ジルだけが感じていた違和感に過ぎず、他の者達にはその違いは分からなかった。
何が違うかについてはうまく説明できないが、ジルはまるで大人の自分と話しているかのような感覚になっていたのだ。
「その・・・何故カタリナさんは片付けの手伝いを申し出たのですか?それもこの博物館の物に志願して・・・」
「あら?さっきも言ったように、これはとても貴重なもので・・・」
「そうじゃないですよね?」
今度はカタリナがジルの質問に驚かされていた。彼女は音楽の歴史に関することになると、いつもより感情的になることがある。取り分けある人物のことになると尚更だった。
その変化にジルは気づいていたのだ。そして、ジルがそれに気が付いていることに、カタリナも気が付いていたようでもある。だからこそ、彼女と二人きりで話ができるこの機会に、ゆかりのあるこの場所を選んだのかもしれない。
「何故貴方は、音楽の父バッハの事になるとその・・・様子が変わるのか・・・」
「・・・貴方は私によく似ているわ。実はね・・・私昔は音楽や歌が嫌いだったの・・・」
「・・・!?」
世界的にも歌姫と称されるほどのカタリナ・ドロツィーアが、それ程の才能を持ちながら音楽が嫌いだったという、どこにも出ていない話を聞いてジルは驚きを隠せなかった。
歌の技術や感情表現など、ジルはその教材、目標としていた人物の中でも特にカタリナの存在が、一番ジルの音楽に対する気持ちや技術を向上させるのに参考としていたからだった。
そんなジルにとって憧れの存在でもある彼女が隠していた過去の本音に、ジルの疑問は止まらなかった。
どんな会話をしているのかまでは分からないが、レオンも彼らに見つかれば何をしていたのか話を聞かれるに違いない。何か目的や事情があるなら別だが、特定の家に押し入り調査をするなど、事件に関与している可能性がない限りあり得ない。
そんなフェリクス宅に上がり込んでいたいたともなれば、レオンも何かを知っているとして事情聴取をされるのは間違い無いだろう。ましてや、フェリクスから何らかの殺人に繋がる物的証拠などが見つかった場合、レオンへの疑いも強まることになってしまう。
フェリクスを優秀な教師として慕っているレオンは、彼に至ってはそんな人間ではないと信じているが、強い動機があると周囲に知られていれば、犯人にそれを利用されかねない。
要するに、殺害の道具やその手段に繋がる何かを家の中に持ち込まれていたとしても不思議ではないのだ。彼の部屋の様子から、やけ酒でもしたかのような散らかりようだった為、本人の記憶も確かではないと思われる。
「先生が殺人だって?んな訳あるかよッ!・・・とりあえず様子を見る為にも家に戻らないと・・・。余計なことして、先生に迷惑はかけられない・・・」
ジークベルトの遺体が発見されて調査が始まったばかりなのか、まだそれほど多くの人員が街中に放たれている訳ではなかったようだ。地の利のあるレオンにとっては、街の人間でもそうそう知らないであろう路地などを駆使して自宅を目指した。
レオンがフェリクス宅を訪れている同時刻。パーティー会場で歌手として活動をする女性、“カタリナ・ドロツィーア“と会話をしていた様子のジルヴィアが、早朝の街中をとある場所を目指して歩いていた。
「まさかこの街に、あの方にゆかりのある場所があったなんて・・・」
彼女が訪れたのは、とある人物の博物館だった。音楽学校の優秀な生徒として信用を得ていた彼女は、来客のために運んでいた貴重な品を、その博物館に戻す手伝いを請け負っていた。
博物館には明かりは灯っていなかったが、代わりに建物の路地に一人の女性が立っていた。その女性はジルヴィアを見つけると、こっちだと手を振って自分の存在をアピールする。
待たせてしまったかと小走りになるジルヴィアを尻目に、先に路地裏へと入っていく女性。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。お父様が心配して護衛を付けると言って聞かなくて・・・」
「仕方がないわ。お年頃の娘さんだもの、心配になるのも当然よ」
「それでも、カタリナさんの名前や宮殿の方々の手伝いだと説明したのに。いつまでも子供扱いでは、私も安心して卒業できません」
「ふふふ、貴方は大人なのね。でも心配してくれる人がいるという事は、とっても幸せなことよ?お父様のこと、嫌いにならないであげてね?」
「それは心配ありません。私もお父様やお母様が大切ですもの。だからこそ私も、貴方のような誰もを魅了する歌で恩返しがしたいのに・・・」
言葉に力がなくなるジルを見て、掛ける言葉が見つからないカタリナは黙って博物館の裏口に鍵を差し込み、扉を開けて中へと案内する。
「頼まれていた物は持ってきた?」
「えぇ、ここに・・・」
カタリナに聞かれ、宮殿へ持ち込んでいたというものを取り出したジル。その手にはとある楽譜があった。パーティーで披露された演奏の楽譜らしく、複製されたものはいくつかあるようだが、原本はジルが持ち帰ったそれしか存在しないのだという。
パーティーを訪れた著名人達は、その逸品に一目でもお目に掛ろうと遥々遠くの国からやって来る者達も大勢いたそうだ。
「ですが、そうまでしてこの楽譜が見たかったのかしら・・・。同じものならいくらでも世に出回っているというのに」
「違うわ。楽譜の価値というよりも、その音色が彼によって刻まれたという確かなものに価値があるのよ。音楽が生まれた時代や経緯、そう言ったものは刻まれた紙にも染み込んでいるもの。まして、彼の遺物となれば世に残された物は珍しい・・・。私も、本物にお目に掛かれて凄く光栄だわ」
しみじみとジルの持ってきた楽譜を預かり、大事そうに抱えるカタリナの姿からは、まるで大切な我が子を抱くかのような優しい表情をしていた。以前からジルは、彼女が何故その人物の物となると様子が変わるのかについて気になっていた。
「あの・・・一つお聞きしてもよろしいですか?」
「えぇ、構わないわ。私も貴方には知っておいて欲しい話があったから・・・」
「?」
カタリナは何故か、他の者達と話す時とジルと話す時で少しだけ様子が違っているようだった。だがそれは、ジルだけが感じていた違和感に過ぎず、他の者達にはその違いは分からなかった。
何が違うかについてはうまく説明できないが、ジルはまるで大人の自分と話しているかのような感覚になっていたのだ。
「その・・・何故カタリナさんは片付けの手伝いを申し出たのですか?それもこの博物館の物に志願して・・・」
「あら?さっきも言ったように、これはとても貴重なもので・・・」
「そうじゃないですよね?」
今度はカタリナがジルの質問に驚かされていた。彼女は音楽の歴史に関することになると、いつもより感情的になることがある。取り分けある人物のことになると尚更だった。
その変化にジルは気づいていたのだ。そして、ジルがそれに気が付いていることに、カタリナも気が付いていたようでもある。だからこそ、彼女と二人きりで話ができるこの機会に、ゆかりのあるこの場所を選んだのかもしれない。
「何故貴方は、音楽の父バッハの事になるとその・・・様子が変わるのか・・・」
「・・・貴方は私によく似ているわ。実はね・・・私昔は音楽や歌が嫌いだったの・・・」
「・・・!?」
世界的にも歌姫と称されるほどのカタリナ・ドロツィーアが、それ程の才能を持ちながら音楽が嫌いだったという、どこにも出ていない話を聞いてジルは驚きを隠せなかった。
歌の技術や感情表現など、ジルはその教材、目標としていた人物の中でも特にカタリナの存在が、一番ジルの音楽に対する気持ちや技術を向上させるのに参考としていたからだった。
そんなジルにとって憧れの存在でもある彼女が隠していた過去の本音に、ジルの疑問は止まらなかった。
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