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神代 コウ

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明日へ繋ぐ記憶の印

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 しかし、彼女の前に現れたのはレオンとカルロスの二人だけ。当然ジルは、姿を見せなかったクリスの行方について尋ねる。二人は凄い剣幕で先に脱出だと、何も分からぬままのジルを連れ、グーゲル教会から外へと飛び出す。

 扉の外はすっかり真夜中になっており、街灯が街並みを照らし出している。普段と変わらぬ様子の街並みに、三人は教会の中だけまるで別世界だったのではないかと錯覚する程だった。

 「外は・・・至って普段通りだな・・・」

 「あぁ・・・。だが人があまり見当たらないな」

 呑気に外の様子について語る二人に、事情を知らないジルが何故クリスが一緒じゃなかったのかについて問い詰める。レオンとカルロスは、クリスを教会に置いてきた経緯を説明していると、彼らにとある変化が訪れる。

 それは教会にいた時には感じなかった、眠りに誘う音楽の影響だった。教会の外に脱出することは出来たが、それでも聞こえてくる音楽は鳴り止まない。そして今になって、彼らが最も警戒していた“眠気“がその身を襲ったのだ。

 「お・・・おい、何だか俺・・・」

 「カルロス・・・お前もか。急激に眠気が・・・」

 よりオルガンに近づいたカルロスとレオンが先に眠気に襲われる。二人の様子に危惧していた出来事が起きてしまったと、ジルは少しでも二人を教会から遠ざけようと、意識の朦朧とする二人の手を引いて夜の街の中を当てもなく、ただ遠くへと進んでいく。

 「しっかりして!少しでも遠くに行けば、記憶への影響も少なくて済むかもしれないわ」

 「ジル・・・お前は平気なのか・・・?」

 オルガンとの距離こそ多少違えど、音楽の聞こえていた範囲に関しては同じだったはず。それなのにジルだけ二人よりも影響が遅れていると言うことは、音源との距離の他にも条件があるのではないか。

 ジルはその変化について、昨日の一件が絡んでいるのではないかと推測していた。

 「少し身体のだるさは感じるけど、二人程ではないわ」

 「何で・・・?一緒に教会で音楽を聞かされていたろ?」

 「それについてだけど。昨日、貴方達はあの音楽を聞いて記憶を失ったじゃない?その影響が身体に蓄積されているんじゃないかしら?」

 それを聞いてレオンもカルロスも、自身とジルの違いについて考えるとそれ以外に思い当たる節はなかった。次第にレオンとカルロスの身体から力が抜けていき、立っていることすらままならなくなり、その場に倒れてしまう。

 「ちょっと!ダメよ、意識をしっかり保って!」

 「そう・・・言われたってよぉ・・・もう・・・」

 二人を起こそうとするジルの表情にも、次第に眠気による影響が現れ始めた。彼らの身体を引っ張ろうとするジルの腕にも力が入らない。レオンは自身の力ではどうにもならない身体を何とか起こし、まだ辛うじて動けるジルにとある事を託す。

 「ジル・・・聞いてくれ。教会にいた奴ら、クリスに“触れていた“。これは夢でも幻覚でもない・・・だが、これが現実なのかという証明もできない。恐らく次に目を覚ます時には、これらの記憶も忘れてしまうだろう・・・」

 「えぇ、そうね・・・。やっぱり私達に調べられる事件ではないのかも・・・」

 「それは・・・まだ分からない。だが“次の俺達“に繋ぐことは出来る・・・」

 「どう言う事・・・?」

 レオンはこの眠気には抗えない事を悟り、今回知り得た情報を明日の自分達に思い出させる為、とある作戦を思いついたようだ。しかしそれを実行できるのは、まだ立っていられるだけの意識を保てているジルしかいない。

 彼は要件を簡潔にまとめ、出来るだけ多くの“記憶の断片“を残すようジルに伝える。

 「行ってくれ、ジル・・・!俺達を置いて、出来るだけ多くの場所に・・・」

 レオンは伝えるべきことを伝えると、そこで眠りについてしまった。街に人気はなく、道端で眠るレオンとカルロスを路肩に引き摺ると、ジルはレオンに言われた通り彼らを置き去りにし、街の中を彷徨う。

 「本当に・・・これで、何とか出来るのね・・・?分かった、出来るだけ・・・行けるところまで行ってやるわよッ・・・!」

 ジルはどこかへ向かうということはなく、ただひたすらに街の中をあちこち歩き回った。鳴り止まぬ音楽に意識と身体の力を奪われつつも、彼女は足が前に進む限り移動することをやめなかった。

 そしてついに力尽きると、彼女も置いて来たレオンやカルロスと同様に、アルバの街中、それも歩道の真ん中で倒れ込んでしまう。体を引き摺りながら建物の壁にもたれ掛かると、暫く周囲を見渡した後、近くに落ちていた石ころで石畳の歩道に何かを刻んだところで限界を迎えた。
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