World of Fantasia

神代 コウ

文字の大きさ
1,382 / 1,646

光の糸とたった一度の衝撃

しおりを挟む
 「何だ・・・この感覚はッ・・・?」

 ブルースはツクヨに聞こえないような小さな声で心の声を漏らす。突然驚きの表情と共にツクヨとの距離を取るブルースに、助けに入ったツクヨも何事かと声を掛ける。

 だが、感じた悪寒とは裏腹にツクヨの表情やその性格からも、悍ましい事をするような人間には思えなかったブルースは、自分の勘違いだと思い込むようにし、今はこの戦局を乗り越えることに尽力する。

 「俺では奴にダメージを与えられなかった」

 「魔力を帯びてもですか?」

 「あぁ、奴は他の連中とは勝手が違うようだ。今度は俺が援護に回るから、アンタが攻撃してみてくれないか?」

 初めは相手の音による攻撃を警戒し過ぎたせいで、ブルース一辺倒の戦闘を余儀なくされていたが、バッハの攻撃に注視し発動のタイミングでツクヨと入れ替わることが出来れば、致命傷を避けることが可能なのではないかと考えた。

 「それは構わないけど、例の攻撃に関しては何か対策が?」

 「奴は音を鳴らすことで攻撃をする。手の動きに注意しろ。鍵盤を出し、演奏を始めようとした時、何よりも先に奴の腕を叩け。俺も奴の動きには注目しておく。万が一の時は全力で下がれ、俺が身代わりに入る。俺の身体なら奴の攻撃は通用しない・・・筈だ」

 彼が曖昧な回答をしたのには理由があった。これまでの戦闘の中で、明確にブルースを狙った音による攻撃を霊体のバッハは放ってきていなかった。

 ゾルターンの時は勿論、先程の強化バフもブルースへ向けた攻撃というよりも、教会にいる人間全員を対象とした範囲攻撃であったと思われる。意図してブルースへの攻撃を控えているのか、或いはそれら以外の攻撃手段を持ち合わせていないのか。

 バッハがブルースへ攻撃を仕掛ける際は、物理的に掴み掛かるような行動を取っていた。

 先程の相手に強化バフをばら撒くという予想外の攻撃があったように、未だ未知の部分が多い相手にブルースは慎重になっていた。二人が入れ替わり作戦の変更を伝えていると、バッハはブルースの話にあった鍵盤を生み出す動きを見せる。

 「あれだ!あの動きに注意しろ!」

 ツクヨに注意するように声を掛けるのと同時にすぐさま動き出していたブルースは、近くに落ちていた瓦礫の一つを拾い上げ、バッハの腕ごと鍵盤を破壊せんとする勢いでそれを投げ放つ。

 鍵盤を掻き消され恐ろしい表情でこちらを睨みつけるバッハ。成程と攻略法を目の当たりにしたツクヨは、次なるバッハの攻撃をブルースの見せてくれたお手本と同様に、バッハの腕を切り落とさんと刀を振るう。

 素早くバッハの懐に飛び込んだツクヨは、再び演奏しようと鍵盤を出現させる動作をした腕に切り掛かる。すると、見事その腕は切断され、鍵盤と同様に切り離された腕も一緒に煙のように消滅していった。

 しかしここで予想外の反応をバッハが見せた。

 ツクヨの切り掛かった攻撃に対し、明らかにダメージを負ったと思われるリアクションをしたのだ。

 「ギャァァァアアアッ!?!?」

 悲痛な叫びと共に後退していくバッハ。これまでにない反応に、ブルースは勿論当人であるツクヨも驚きの表情を浮かべる。今こそ攻め時と、千載一遇のチャンスとばかりに次なる攻撃へと躍り出るツクヨ。

 だが当然ながら、バッハも同じ攻撃は二度も喰らわぬと言わんばかりに、上空へと浮上していった。実体のあるもので不可能な動きでツクヨの攻撃を躱すと、一行の攻撃が届かぬところで新たな腕を生やしたバッハが鍵盤を展開する。

 「しまった!上空でッ・・・!?」

 「させるかッ・・・!」

 謎の人物達の攻撃を掻い潜り、上空にいるバッハの真下へと飛び込んだブルース。彼の着地で巻き上がった瓦礫を、素早い足技で器用に上空へと打ち上げていく。

 僅かに鍵盤を鳴らされるも、攻撃の発動までに何とか間に合ったようで演奏を中断させる事に成功する。複数の瓦礫がバッハの身体や腕を貫通していく。演奏の邪魔をするのであれば、攻撃に魔力が乗っていなくとも可能らしい。

 その隙抜刀の構えを取っていたツクヨは、低い体勢から上空のバッハ目掛けて、鎌鼬のような斬撃の刃を放った。

 「風刃一閃ふうじんいっせん!」

 抜刀は常人の目では捉える事すらできなかった。気がついた時にはツクヨは既に刀を鞘に納め、カチンと音を立てて刃を納刀すると、上空のバッハの身体は真っ二つに割れていた。

 再び叫び声を上げながら姿を消すバッハ。その様子からも大きなダメージが入っているのは伺える。しかし姿を消してしまったことで、次にどこから現れるのかが分からなくなってしまう。

 「クソッ・・・!仕留め損ねた・・・!?」

 「十分だ。奴とてこの教会から出て攻撃を仕掛けるのは不可能だろう。気配を探り、次の出現場所に注意を払ッ・・・!?」

 姿を隠したバッハに、どこから現れてもいいように気配を感じ取れるように気を配るブルース。しかし次の瞬間、教会の床や壁、天井からもあらゆる場所から、光が反射するような煌めきが一斉に視界に入る。

 それはブルースにのみ見えたものではなく、時を同じくして近くにいたツクヨや謎の人物達と戦うバルトロメオ。そして教会の端で隠れるようにゾルターンの回復や戦闘を行う仲間をサポートするアカリ達もまた、その視界の中に幾つもの煌めきを捉えていた。

 「マズイッ・・・避けろッ!!」

 何が来るのかなど想像もつかなかった。だがそれを目にした誰もが、良からぬことがこれから起こるのだということを悟っていた。ブルースの声で一斉にその煌めきの射線上から外れるように動き出す一行。

 それは銃弾のように早く一行の身体を貫いた。

 しかし、白い光のようなものに貫かれたところで痛みや違和感がある訳ではなかった。ただ単に、何やら光る糸のようなものが身体に繋がれただけだったのだ。

 何をされたのか全くわからない一行は、繋がれた糸を外そうと試みるも触れることすら叶わない。バルトロメオが召喚した腕に触れさせるも、魔力を帯びた腕でもそれに触れることは出来なかった。

 「んだよコレッ・・・!?」

 「これも奴の攻撃なのか・・・?」

 今度は生身の仲間達だけでなく、ブルースにもその糸は繋がれていた。音による攻撃ではないのだろうが、不気味なものが付与された事に変わりはない。何とかして解除の方法を探ろうとするも、手段が見つからない。

 一行が戸惑っていると、姿を消していたバッハが教会の高い天井から上半身だけを生やして静かに現れる。そして地上にいる一行に向けて片腕をゆっくり伸ばすと、親指と中指を合わせパチンと指を鳴らした。

 次の瞬間、謎の糸に繋がれた一行に強い衝撃が走る。まるで心臓を巨大な銅鑼が打ち鳴らされたかのような衝撃が、全身に響き渡る。その衝撃は全身を麻痺させ、呼吸すらままならなくさせた。

 生身の肉体を持つ一行はその場に崩れ落ち、必死に息を吸おうともがき苦しむ。そして作り物の身体を持つブルースは、今の一撃により身体の機能を破壊され、苦しみこそないものの身動きが取れない状況に陥ってしまう。

 床に倒れてしまい、一行の無事を確認できなくなってしまったブルースが声を掛けようとするも、発声の機能が破損してしまったようで声を上げることすら叶わない。

 動かぬ身体で必死に瞳を動かし教会の様子を探ろうとするも、ブルースの位置からでは何も見つけることは出来なかった。

 あれだけ暴れ回っていたバルトロメオの能力も消え、ゾルターンの作り出していた土人形も消滅してしまった。

 教会に残された謎の人物達は戦闘体勢を解除し、その場で棒立ちの状態になる。

 天井からその様子を眺めていたバッハは、それまでの悍ましい姿から人に近い姿へと戻ると、ゆっくりと床へと降り立ち、再び教会にあったオルガンの位置へ向かうと、そこでチェンバロと呼ばれる鍵盤楽器を召喚すると、何事もなかったかのように戦地で演奏を始めた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

処理中です...