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明媚な歌声
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緊迫する空気に、状況を把握出来ていない様子のジルとカルロス。言葉を発する事すら憚られる中で、真っ先に動き出したのはシアラだった。何かの気配を感じ取ったのか、先程何者かが横切った廊下とは別に、まだ一行が足を踏み入れていなかった扉の閉まった部屋へと向かう。
素早い身のこなしで扉を蹴破ると、足に巻かれたベルトに装着していたナイフを取り出し、武器を構える。僅かな間その場で止まり、内部の様子を瞳だけを動かし五感を研ぎ澄ませるような静寂が訪れる。
その様子を見守っていた一行だったが、それは当たり前のように彼らの中に溶け込み、既にチャドの背後に立っていた。全員を後ろからの攻撃から守るように立っていたチャドの背後は一瞬だけガラ空きになってしまっていた。
だがそんな中でも気配を探っていたケイシーが、途絶えた謎の人物の気配をすぐさま掴む。
「チャド!後ろだッ!!」
肩に乗るケイシーの声に、彼を信じ切っているチャドは瞬時に身構えると、ローブの下から何やら素早いものが背後へと伸びていく。
チャドの着ているローブの下から現れたのは、強靭な鱗を纏ったドラゴンのような尻尾だった。腕のように自由自在に動く尻尾を器用に使い、博物館の貴重な物を壊さぬよう尻尾を振るうチャド。
しかし、物理的に何かに触れたという感覚はなかったようだ。
「なッ・・・何だそれッ!?竜の尻尾ぉ!?」
「貴方は一体・・・!」
今までのチャドの様子からは全く想像も出来なかった姿に、驚きを隠せないジルとカルロス。普段からモンスターなどと戦うような者でもない限り、その異様な姿を街中で目の当たりにすれば、いくら味方とはいえど恐怖心を抱いても仕方がないだろう。
言うなれば、日々を過ごす平和な日常の中に突如として人を喰らうモンスターが現れたようなものだろう。異色の護衛を連れていると知られているアンドレイだったが、想像もしていなかったものが姿を現し、彼らを襲う敵よりも意識を奪われてしまう二人。
「チャドは珍しい竜人族なんだ。大丈夫、私の心強い“友人“だから」
二人を安心させるようにチャドの種族について説明するアンドレイ。竜人族とはその名の通り、竜の特徴を持ちながら人の姿に留まり、様々な種族の言葉を理解する高い知性をも兼ね備える、WoFの世界でも貴重で珍しい種族とされている。
その為、殆どの人前には姿を現す事もない故に、ジルやカルロスのようにその存在自体知らない人も多いのだという。
「ケイシー、次は?」
二人の反応に僅かに悲しそうな表情を見せたチャドだったが、すぐに迫る脅威へと意識を向けると、気配を読み取れているであろうケイシーに、その者がどこへ消えたかと問う。
だが彼は、一瞬感じたその気配が妙な動きを見せたことに困惑していた。
「何だ・・・?さっき感じた気配が、この建物全体に広がっていってる・・・?」
ケイシー曰く、先程感じた一個人としての気配が、まるで建物全体を覆う黒い霧のように充満しているようだ。当然ながら、気配を感じ取ることの出来ない者達にそれを確かめる術もなければ視認することも出来ない。
要するにこれで、気配を感じ取ったところでどこから攻撃してくるか分からなくなったという事だ。
すると、広がる気配と同時にその場にいた誰もが感じる事ができる、とあるものが聞こえ始めた。それは何者かが歌う鼻歌のように、緊迫な現場には似つかわしくない優しい音楽だった。
「これは・・・“マタイ受難曲“?」
「バッハの曲か。まさにこの場に相応しいという訳だな?」
ジルとカルロス、そしてアンドレイにはそれがバッハの作曲したものであることはすぐに分かった。シアラやチャド達も、式典での演奏で耳にしていた事からも、どこか馴染みのあるような曲だと感じていた。
アンドレイら一行が聞いていたそれは、グーゲル教会やニクラス教会でシンやブルースらが聞いていた演奏とは少し異なっていたものの、それは楽器による演奏か鼻歌であるかの違いでしかなかった。
それどころか、アンドレイらのいる博物館では、僅かながらだが演奏も一緒に聞こえるくらいだ。一行を惑わせる優しい曲調が、一体何を意味するのかこの時の彼らにはまだ知る由もなかった。
歌が聞こえてきた事に意識を持っていかれた瞬間に、チャドの背後に現れた気配が再び彼らを襲う。
次に襲われたのはジルとカルロスだった。一行を襲う何者かは、二人が戦闘を行えない人物であると分かった上で襲ってきているようだ。気配を殺しながら二人の間に割って入るように姿を現した何者かは、外にいる謎の人物達と同じように不気味な仮面と衣装を見に纏い、耳元で囁くように歌い出した。
「ぅわッ!何だぁ!?」
「ッ!?」
二人が驚きのリアクションを取ると同時に、より近くにいたシアラがその何者かの顔を蹴り上げるように、華麗な足技を見せる。事前にアンドレイから謎の人物達との戦い方をレクチャーされていた護衛の三人は、攻撃する際に対象に触れる部分に魔力を集中させて放っていた。
これは魔力を放出しながら放つ攻撃や、纏わせて放つ一撃よりもより精錬された鋭く重い一撃を与えることができる。デメリットとして、確実に命中させる自信がない限り、外せば無駄打ちになる上に魔力を集中させている部分以外は生身で受ける事になる。
シアラの蹴りは、爪先に魔力を集中させており、攻撃を悟った謎の人物が身を引くも間に合わず、見た目にそぐわぬ歌声を披露するその仮面にヒビを入れた。
それによりバランスを崩したその人物は、ジル達の身長に合わせて曲げていた膝を伸ばして、ふらふらと数歩だけ退く。すかさずその人物を魔力を纏わせた尻尾で締め上げるチャド。今度こそ捕えることに成功したかのように思われたが、尻尾を巻き付けて締め上げる最中、その人物は黒い煙となって消えてしまった。
素早い身のこなしで扉を蹴破ると、足に巻かれたベルトに装着していたナイフを取り出し、武器を構える。僅かな間その場で止まり、内部の様子を瞳だけを動かし五感を研ぎ澄ませるような静寂が訪れる。
その様子を見守っていた一行だったが、それは当たり前のように彼らの中に溶け込み、既にチャドの背後に立っていた。全員を後ろからの攻撃から守るように立っていたチャドの背後は一瞬だけガラ空きになってしまっていた。
だがそんな中でも気配を探っていたケイシーが、途絶えた謎の人物の気配をすぐさま掴む。
「チャド!後ろだッ!!」
肩に乗るケイシーの声に、彼を信じ切っているチャドは瞬時に身構えると、ローブの下から何やら素早いものが背後へと伸びていく。
チャドの着ているローブの下から現れたのは、強靭な鱗を纏ったドラゴンのような尻尾だった。腕のように自由自在に動く尻尾を器用に使い、博物館の貴重な物を壊さぬよう尻尾を振るうチャド。
しかし、物理的に何かに触れたという感覚はなかったようだ。
「なッ・・・何だそれッ!?竜の尻尾ぉ!?」
「貴方は一体・・・!」
今までのチャドの様子からは全く想像も出来なかった姿に、驚きを隠せないジルとカルロス。普段からモンスターなどと戦うような者でもない限り、その異様な姿を街中で目の当たりにすれば、いくら味方とはいえど恐怖心を抱いても仕方がないだろう。
言うなれば、日々を過ごす平和な日常の中に突如として人を喰らうモンスターが現れたようなものだろう。異色の護衛を連れていると知られているアンドレイだったが、想像もしていなかったものが姿を現し、彼らを襲う敵よりも意識を奪われてしまう二人。
「チャドは珍しい竜人族なんだ。大丈夫、私の心強い“友人“だから」
二人を安心させるようにチャドの種族について説明するアンドレイ。竜人族とはその名の通り、竜の特徴を持ちながら人の姿に留まり、様々な種族の言葉を理解する高い知性をも兼ね備える、WoFの世界でも貴重で珍しい種族とされている。
その為、殆どの人前には姿を現す事もない故に、ジルやカルロスのようにその存在自体知らない人も多いのだという。
「ケイシー、次は?」
二人の反応に僅かに悲しそうな表情を見せたチャドだったが、すぐに迫る脅威へと意識を向けると、気配を読み取れているであろうケイシーに、その者がどこへ消えたかと問う。
だが彼は、一瞬感じたその気配が妙な動きを見せたことに困惑していた。
「何だ・・・?さっき感じた気配が、この建物全体に広がっていってる・・・?」
ケイシー曰く、先程感じた一個人としての気配が、まるで建物全体を覆う黒い霧のように充満しているようだ。当然ながら、気配を感じ取ることの出来ない者達にそれを確かめる術もなければ視認することも出来ない。
要するにこれで、気配を感じ取ったところでどこから攻撃してくるか分からなくなったという事だ。
すると、広がる気配と同時にその場にいた誰もが感じる事ができる、とあるものが聞こえ始めた。それは何者かが歌う鼻歌のように、緊迫な現場には似つかわしくない優しい音楽だった。
「これは・・・“マタイ受難曲“?」
「バッハの曲か。まさにこの場に相応しいという訳だな?」
ジルとカルロス、そしてアンドレイにはそれがバッハの作曲したものであることはすぐに分かった。シアラやチャド達も、式典での演奏で耳にしていた事からも、どこか馴染みのあるような曲だと感じていた。
アンドレイら一行が聞いていたそれは、グーゲル教会やニクラス教会でシンやブルースらが聞いていた演奏とは少し異なっていたものの、それは楽器による演奏か鼻歌であるかの違いでしかなかった。
それどころか、アンドレイらのいる博物館では、僅かながらだが演奏も一緒に聞こえるくらいだ。一行を惑わせる優しい曲調が、一体何を意味するのかこの時の彼らにはまだ知る由もなかった。
歌が聞こえてきた事に意識を持っていかれた瞬間に、チャドの背後に現れた気配が再び彼らを襲う。
次に襲われたのはジルとカルロスだった。一行を襲う何者かは、二人が戦闘を行えない人物であると分かった上で襲ってきているようだ。気配を殺しながら二人の間に割って入るように姿を現した何者かは、外にいる謎の人物達と同じように不気味な仮面と衣装を見に纏い、耳元で囁くように歌い出した。
「ぅわッ!何だぁ!?」
「ッ!?」
二人が驚きのリアクションを取ると同時に、より近くにいたシアラがその何者かの顔を蹴り上げるように、華麗な足技を見せる。事前にアンドレイから謎の人物達との戦い方をレクチャーされていた護衛の三人は、攻撃する際に対象に触れる部分に魔力を集中させて放っていた。
これは魔力を放出しながら放つ攻撃や、纏わせて放つ一撃よりもより精錬された鋭く重い一撃を与えることができる。デメリットとして、確実に命中させる自信がない限り、外せば無駄打ちになる上に魔力を集中させている部分以外は生身で受ける事になる。
シアラの蹴りは、爪先に魔力を集中させており、攻撃を悟った謎の人物が身を引くも間に合わず、見た目にそぐわぬ歌声を披露するその仮面にヒビを入れた。
それによりバランスを崩したその人物は、ジル達の身長に合わせて曲げていた膝を伸ばして、ふらふらと数歩だけ退く。すかさずその人物を魔力を纏わせた尻尾で締め上げるチャド。今度こそ捕えることに成功したかのように思われたが、尻尾を巻き付けて締め上げる最中、その人物は黒い煙となって消えてしまった。
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