泡にはならない/泡にはさせない

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第7話 「”会話にならない人”はお断りなんですよね」

 夏樹が友人達と相談をしていた頃、千歳はプールにいた。アスリートの千歳は、今日も忙しい。今度の大会選抜メンバーに選ばれていることもあり、常より練習は厳しさを増しているくらいだ。尤も今は休憩中だったが。
「ふぅ……」
 水分補給を終えた千歳は、溜息を吐いた。いかに鍛えていても、時には休まないとやっていられない。しかし、厳しい練習以上に千歳を悩ませていたのは、最近増えたアルファ達の”新たなアプローチ”だ。
 千歳が夏樹と”友達”になったと言う話は、すぐに大学および、その周辺に広がったらしい。千歳は、自分が何かと騒がれやすい立場の人間であると自覚しているから、別にこのくらいは屁でもない。ただ、問題はそれによって、折角下火になりかけていたアルファ達からの接触が増したことだ。所謂、”アルファらしい”アルファ達が、揃いもそろって、”自分と友達になろう!”と言う言葉を引っ提げてやって来る様になったのである。

 最初にやって来たのは、柔道部の部長だと名乗るアルファだった。アルファらしい立派な体躯に、自信に満ちた態度を搭載した彼は、練習の最中にプールを訪れた挙句、開口一番、
「俺と”友達”になろうぜ。あんなパッとしない奴より、オレの方が絶対、いい”友達”になれる!」
 と、宣った。もちろん、千歳はお断りした。”友達”になりたいだけなら兎も角、そこで夏樹を貶す意味が分からない。友人を悪く言われるなんて気分が悪いし、その言い方ではまるで千歳の目が曇っている様ではないか。それ以前に、自分の株を上げるために他人を貶すような奴は、大体ろくでもないと相場が決まっているのだ。後、仮にも部長を名乗るなら、TPOはわきまえて欲しい。
 次に遭遇したのは、見るからに遊び慣れていそうな華やかな雰囲気のアルファだった。中休みにベンチでくつろいでいた千歳の隣に断りもなく座って来たその人物は、
「オレの魅力を知ってくれれば、すぐに”友達”の先に行きたくなるって!」
 と、言って来た。更には、千歳の肩を抱き寄せながら、聞いてもいないのに自分の遍歴やら成績やら、親の肩書やらをベラベラ喋り出すと言うおまけ付きでだ。千歳は、これもお断りした。”自分を知って貰おう”とする気概は買うが、”相手を理解しよう”とする視点が欠けているのはいただけない。何より、断りもなく異性に触るなんてマナーがなっていないではないか。その辺りが緩いオメガもいるのかもしれないが、生憎千歳はそうではないのだ。
 続いて接触してきたのは、少し年嵩の高級感漂う装いをしたアルファだった。大学の若教授の関係者だと言うその人物は、そこ経由で千歳を呼び出し、挨拶もそこそこに、
「”友達”から始めたいなら、そう言ってくだされば、こちらも対応しましたのに……」
 と、肩をすくめながら言って来た。神経質そうな見た目の通り、接触までは”一応”折り目正しい人物だったが、千歳はお帰り願った。(ものすごく申し訳なさそうな表情の)若教授が仲介人になってはいるが、これはお見合いではないのだ。正直、初対面なのに、既に話が纏まっている様な口ぶりは勘弁して欲しい。いや、お見合いだったとしても即座にお断り必至だっただろうが。
 他にも何人か来た記憶があるが、千歳は最初の3人でお腹いっぱいになり、数えるのを止めてしまった。全員、言っていることが同じなら、千歳の話を聞こうとしない態度も同じだったからだ。何より、全員”目がいやらしい”。”オメガなんて、アルファに従ってなんぼ”と言う考えが、透けて見える……いや、それ全開で取り繕う努力が全く見えていないのだ。だから、あれだけ自分のことばかり前面に押し出して話を進めようとしているのだろう。彼らにとって、”千歳の意見”は必要ないらしい。

「(どんなに社会的地位があっても、金持ちでも、家柄がよくても……”会話にならない人”はお断りなんですよね)」
 苦々しい気分を抱えながら、千歳は立ち上がった。
「(やっぱり、こう言う時は泳ぐに限りますね)」
 千歳は、プールへと飛び込んだ。

「千歳、お疲れ!」
 千歳が練習を終えて、体育館を出ると、いつも通り、夏樹が待っていた。毎日毎日、飼い犬の様に待っている夏樹の姿は、千歳の中ですっかり恒例になった。普段、自慢話ばかりしてくるアルファ達に囲まれて過ごしている千歳にとって、初邂逅以降『番』の話は持ち出さず、大学生らしい生活のあれそれや、友人との馬鹿話をしてくる夏樹との会話は、清涼剤でもあった。

「それで隣の席の奴が講義中にガム噛んでさー」
 いつも通りの帰り道。いつも通り、千歳は夏樹の話を聞きながら、並んで歩く。
「(ああ、癒されますね。どうして、”エリート”なアルファさん達は、こんな普通の学生が出来るコミュニケーションが出来ないんでしょうか?)」
 ”普通に”コミュニケーション出来ることのなんと心安らぐことか……千歳はほとんど聞いているだけで、偶に相打ちを打つ程度だが、この時間が嫌いではなかった。”押しつけがましくなく、無理に関係を進めようとしない”。そんな安心感があるから、千歳も肩の力を抜ける。”もう少し、一緒にいてもいいかな?”と思えるのだ。この1ヶ月で、千歳も絆されていた。

「あ、あのさ、千歳……」
「はい?」
 内心和んでいた千歳だったが、夏樹の口調が緊張を孕んだことに気づいたことで、気持ちを切り替えた。夏樹はわかりやすい人間で、こう言う時は言い出すまで待ってやるのが正解だと千歳も理解していた。
「千歳、今度の日曜日、何か予定ある?」
「予定ですか?」
 千歳は、スケジュール手帳を思い返す。確か、今週は何もなかったはずだ。強いて言うなら、久しぶりに撮り貯めたドラマでも消化しようかと思っていたところだ。
「……特になかったかと」
「本当!?」
 夏樹の表情が、パッと明るくなった。本当に表情豊かなことだ。くるくる変わる表情が面白い。
「よかったら、その日、一緒に水族館行かない!?海の生き物が好きって聞いたんだけど……」
「水族館……ですか」
 確かに、千歳は、海の生き物が好きだ。特にイルカが好きで、いつかイルカと一緒に泳ぐのが夢だったりする。
「(そう言えば、久しく行っていませんね…)」
 幼い頃はよく連れて行って貰った記憶があるが、最近は忙しさの余り、ご無沙汰になっていた。折角の休み、家でゴロゴロするのもいいが、外出するのも気分転換になっていいかもしれない。何より、横目に”縋る子犬の目”をした夏樹が見える。
「わかりました。水族館、一緒に行きましょう」
「しゃっ!」
 思わずガッツポーズをする夏樹を、千歳は微笑ましいそうに見つめた。外出ごときで、そこまで喜ばれるのもちょっと照れくさかったけれど。
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