漁港   「人魚姫〜続編集」

沈思男

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第4章 みにくいアヒルの子

第2話 包玉

今朝は雲一つない快晴だ。
潮の香りが混じった清々しい風が市場を吹き抜けている。

入り口に近い方では、叔父貴と若が市場の女性陣に囲まれて何やら談笑していた。若が周囲に溶け込もうとしている姿を見るのは、悪くない気分だ。

その奥、競り場の活気から少し離れた場所で、ゴリ兄貴と俺の親友が並んで立っているのが見えた。

先日、ゴリ兄貴から「悩んでないで、自分の弱い所を認めて強くなれ」と一喝されたばかりだ。その言葉が胸にストンと落ちて、少しだけ視界が開けた気がしている。

俺は親友の背後に足音を忍ばせて近づき、無防備なそのケツを思いっきり叩いてやった。
もちろん、同意のない振る舞いはただのセクハラだが、俺たちの間では合意の上だ。
「最近、全然俺の部屋に遊びに来ないじゃないか」
溜まっていた文句をぶつけると、親友は振り返って、困ったように、笑った。

「悪い悪い。今、頑張って子作り中なんだよ。できたら報告がてら遊びに行くからさ」
俺の想いを知っているくせに、そうやって平然と笑う。本当に憎めない奴だ。だが、胸の内を正直に言葉にできたおかげで、憑き物が落ちたようにスッキリした。もう悩みなんてどこにもなかった。

翌朝、活気づく市場に親友の姿はなかった。
競り場を眺めているのは、叔父貴と若の二人だ。それにしても叔父貴は、いつ見てもいいケツをしている。
叔父貴に対してもセクハラの許可は得ているから、今すぐにでもあのプリケツを叩きに行きたい衝動に駆られたが、隣に若がいる手前、今日ばかりは自重せざるを得ない。

妙な物足りなさを感じながら隣の競り場へ視線を移すと、そこにはゴリ兄貴の広い背中があった。チャンスだ。
後ろから不意を突いて抱きついてやろうと、心臓の鼓動を早めながら忍び寄る。ゴリ兄貴に突発的に抱きつくなんて、初めての試みだ。指先に触れる温度を想像してドキドキが止まらない。彼なら絶対に怒らない――そう信じて、いよいよ手を伸ばそうとした、その時だった。
「おい、若ッ! てめえ、またやりやがったな!」
数人の漁師の親父たちが怒鳴り込んできて、若の腕を荒々しく掴んで連れ去ってしまった。また何かやらかしたのだろう。
ゴリ兄貴へのアプローチを邪魔された苛立ちもあったが、叔父貴とゴリ兄貴の二人が、心配そうな顔で若のあとを追いかけていくのが見えた。
獲物を逃した俺は、溜息をつきながら二階の事務所へ上がり、淡々と仕事を始めた。

昼前、叔父貴と親父たちが連れ立って事務所にやってきた。
「今日はもう、昼から飲みに行って仕切り直しだ」
親父たちはまだ鼻息を荒くして怒っていたが、叔父貴がそれをなだめるようにして連れ出していく。少し遅れて、ゴリ兄貴と若も上がってきた。若は完全にスネていて、誰とも口を利こうとしない。
彼らが去り、昼休みの時間になった。

今日はなんとなく、飯屋ではなくコンビニにしようと思い立った。
別に約束をしたわけではない。だが、いつもの海岸沿いの小さな公園へ向かうと、やはり若がやってきた。今日は子供を連れていない。

若は一言も喋らず、俺の隣にドカッと腰を下ろした。
そして、唐突に俺の股間をギュッと掴んだ。
いつものことだ。俺も拒まず、黙ってその感触をそのままにさせておく。若はそのまま、先ほどの親父たちへの愚痴をこぼし始めた。

自分が百パーセント悪いことは、本人も痛いほど分かっているのだろう。けれど、抑えきれない苛立ちがある。きっと叔父貴やゴリ兄貴からも諭され、正論を突きつけられてきたはずだ。
だから、俺が言うべきことは何もない。若はただ、誰かに話を聞いてほしいだけなのだ。家では話せず、同年代に友人もいない。今の俺の役目は、黙って彼の言葉を受け止めることだけだった。

ふと思った。正面から向かい合っていたら、きっとこんな話はしづらい。隣り合わせで同じ海を眺めているからこそ、言葉が出てくるのかもしれない。
テーブルの下で男の股間を握り続けている光景は、客観的に見れば異様だ。けれど、俺が逃げない、拒まないという確信が、彼に安心感を与えているのだろうか。なんとなく、若という人間が少しだけ分かってきた気がした。

昼休みは短い。
「そろそろ戻るわ」
俺が席を立とうとすると、奴は自分が一方的に愚痴っていたことにようやく気づいたようで、
「……すいませんでした」と短く呟いた。
俺はほとんど何も話せなかったが、スクーターに跨りながら最後にこう告げた。

「話したいことがあれば、また俺の隣に座れ」

若の視線を背中に感じながら、俺は事務所へと戻った。
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