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8:金田鉄雄の家
①
しおりを挟む色を失った廃屋を目の前にして、慎吾は怖気づいていた。
ウソだと分かっていても、やっぱり怖い。
「早く入ろうぜ。誰かに見つかったら、怒られるし」
直人がまともなことを言う。
最初に動いたのは意外にも奈緒子で、なんのためらいもなく敷地内へ入っていった。残された三人も慌ててあとに続く。
カギのかかっていないドアを開けて家の中へ最初に入ったのは、ワチコだった。
「じゃ、お先」
呑気に言った直人がワチコに続き、タイミングを失ったままチラと見ると、今まで目も合わせてくれなかった奈緒子が慎吾をじっと見つめていた。
耐えきれず目を逸らし、すぐにまた奈緒子を見て、
「怖いの?」
と、慎吾は冗談めかした。
「チャーだって怖いんじゃない?」
「ぼくは……ぼくは平気さ。怖くないよ」
「じゃ、先に行ってよ」
奈緒子がやっと微笑んでくれて、ようやく今日がはじまったような気がした。
「じゃあ、先に行くよ」
「うん」
覚悟を決めて中へ足を踏み入れた慎吾の目にまず止まったのは、靴箱の上にある水が涸れた水槽だった。敷かれた砂利の上に、得体の知れない小動物のミイラが転がっている。
奈緒子の息遣いを背に感じながら慎吾は上がりかまちに足をかけ、一呼吸してから薄暗い廊下をゆっくりと進んだ。廊下のすぐ左側に灰色の絨毯敷きの階段があったが、二階のようすは薄暗くてよく分からなかった。不意にTシャツをなにかに引っ張られ、ギョッとして振り返ると奈緒子に裾を掴まれていた。
額の汗を拭ってさらに先へ進むと、突き当りに木目のいくつかが人の顔に見えるドアがあった。恐る恐るドアノブをひねると、二三度回してようやくドアが開いた。
入ってすぐ、慎吾はリビングの中央にあるどす黒いシミに目を奪われた。ふと過ぎる火あぶりにされたという長男を頭から振り払い、さらに中へと進む。
次の瞬間、慎吾はダイニングテーブルの下から伸びてきた手に足を掴まれた。
「ギャッゲフ!」
素っ頓狂な声を上げながら尻餅を突くと、ダイニングテーブルの下で直人とワチコが腹をかかえて笑っているのが見えた。
「ギャッゲフだって、ギャッゲフ!」
「ヒヒヒ。デブ、ビビりすぎ!」
「や、やめてよ」
立ち上がり、恥ずかしさをごまかすためにズボンをはたきながら言うと、
「気を抜いてるからだろ。お前が悪い」
と、直人が悪びれもせずに返して、ダイニングテーブルからワチコとともに出てきた。
「それよりさ、ここつまんねえよ。幽霊でも出てくりゃいいのに」
言って、ワチコが口をとがらせる。
「で、でも分かんないでしょ。まだ二階があるし、UFOが出た屋上だってあるじゃん」
「じゃ、行くか。デブが先頭な」
「え?」
「怖いのか?」
「べ、べつに怖くないよ。だってウソだもん、こんな話」
「ほんとか?」
顔をのぞき込んでくるワチコから逸らした目が、奈緒子とぶつかった。
「先に行こっか?」
またもや名乗りを上げる奈緒子に、一瞬、「怖くないのか?」と慎吾は思ったが、すぐにその思いを打ち消した。奈緒子は、あの廃病院にだってひとりでかよっていたのだ。でもじゃあ、なんで奈緒子はTシャツの裾を掴んできたのだろう?
……分からない。
「……ああ、じゃあそれで。ワチコが一番目な」
急におかしなことを言い出す直人に、
「なんでだよ?」
と、当然のようにワチコが噛みついた。
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