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9:アイスキャンディー
②
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「アタリ」
「え?」
見ると、棒には〈アタリ! もう一本もらえるよ!〉と書かれていた。
「あ、ありがとう」
「あんまり食べんなよ、もっと太るぜ」
「分かってるよ」
ワチコが慎吾の肩をいきなり殴り、
「明日も病院に行っていい?」
と、少し申し訳なさそうにして奈緒子に訊いた。
「うん、もちろん」
奈緒子が微笑み、ワチコも微笑んだ。
肩も心も痛い慎吾は、笑えなかった。
「じゃ、これから行くとこあるから」
「うん」
「あ、それからさ、もうすぐ雨が降るから早く帰ったほうがいいよ」
ふくらはぎの古傷をかきながらワチコが空を見上げた。つられて見上げると、さっきまでの晴天がいつのまにか薄曇りの空へと様変わりしていた。
「足が痛むんだよ、雨が降りそうなとき」
「あ、それ、ぼくのおばあちゃんと一緒だ」
「ババアと一緒にすんな!」
ワチコがふたたび慎吾の肩を殴り、奈緒子が声を上げて笑った。
「じゃあ、また明日」
奈緒子にだけ手を振り、ワチコは帰っていった。
「なんなんだろ、ワチコ。ぼくのこと嫌いなのかな?」
「そんなことないよ」
「だって、肩パン二回だよ。ありえないって」
「好かれてる証拠じゃん」
慎吾は納得がいかず、痛む肩をさすりながらふたたび曇り空を見上げた。
「チャーさ、これからどうする?」
「え?」
「これから」
「あ、うん、えっと……」
「まだ四時だけど」
奈緒子が、腕時計を見ながら帰りたくなさそうに言う。
本当はもう疲れたから帰りたいと思っていた。夏休みの初日からこんなに振り回されるとは思ってもみなかった。奈緒子だけならまだしも直人やワチコだって逆らえる相手ではないし、この状況が明日から毎日のように続くのかと思うだけで、また大きなゲップをしてしまいそうな気分だった。
「……ウチ来る?」
「え?」
「お母さんが帰ってくるまでさ、一緒にいてよ」
とつぜんの誘いに高鳴る胸の音を聞かれるのではないかと、気が気じゃなかった。
まだ廃病院に通うようになって数日しか経っていない頃、それとなく奈緒子の家庭のことを聞いてみたことがあった。だが奈緒子からは「いいじゃんべつに」というつれない言葉しか引き出せずにひどく落胆したが、機会があれば奈緒子の家へ行ってみたいという思いはずっとあった。
「いいの? 行って」
「うん、お母さんが帰ってくるまでね」
「行く。行きます」
「じゃ、行こう。雨が降りそうだからカサ貸してあげるね」
ガードレールから飛び降りた奈緒子のワンピースの裾がふわりと揺れ、廃屋の階段の下から見上げた光景が脳裡を過ぎり、慎吾は顔を赤らめた。奈緒子のまだ一口もつけてないアイスが溶け落ちて、熱を帯びたアスファルトに散る。
「あーあ、落ちちゃった」
「アタリならあるけど」
「それはチャーのでしょ。わたしはとてももらえません」
「なにそれ、どういう意味?」
「アハハ。いいから行こう。雨が降って来ちゃうよ」
「うん」
飛び降りてアタリの棒をポケットへしまうと、なにがおかしいのか奈緒子が笑った。
「え?」
見ると、棒には〈アタリ! もう一本もらえるよ!〉と書かれていた。
「あ、ありがとう」
「あんまり食べんなよ、もっと太るぜ」
「分かってるよ」
ワチコが慎吾の肩をいきなり殴り、
「明日も病院に行っていい?」
と、少し申し訳なさそうにして奈緒子に訊いた。
「うん、もちろん」
奈緒子が微笑み、ワチコも微笑んだ。
肩も心も痛い慎吾は、笑えなかった。
「じゃ、これから行くとこあるから」
「うん」
「あ、それからさ、もうすぐ雨が降るから早く帰ったほうがいいよ」
ふくらはぎの古傷をかきながらワチコが空を見上げた。つられて見上げると、さっきまでの晴天がいつのまにか薄曇りの空へと様変わりしていた。
「足が痛むんだよ、雨が降りそうなとき」
「あ、それ、ぼくのおばあちゃんと一緒だ」
「ババアと一緒にすんな!」
ワチコがふたたび慎吾の肩を殴り、奈緒子が声を上げて笑った。
「じゃあ、また明日」
奈緒子にだけ手を振り、ワチコは帰っていった。
「なんなんだろ、ワチコ。ぼくのこと嫌いなのかな?」
「そんなことないよ」
「だって、肩パン二回だよ。ありえないって」
「好かれてる証拠じゃん」
慎吾は納得がいかず、痛む肩をさすりながらふたたび曇り空を見上げた。
「チャーさ、これからどうする?」
「え?」
「これから」
「あ、うん、えっと……」
「まだ四時だけど」
奈緒子が、腕時計を見ながら帰りたくなさそうに言う。
本当はもう疲れたから帰りたいと思っていた。夏休みの初日からこんなに振り回されるとは思ってもみなかった。奈緒子だけならまだしも直人やワチコだって逆らえる相手ではないし、この状況が明日から毎日のように続くのかと思うだけで、また大きなゲップをしてしまいそうな気分だった。
「……ウチ来る?」
「え?」
「お母さんが帰ってくるまでさ、一緒にいてよ」
とつぜんの誘いに高鳴る胸の音を聞かれるのではないかと、気が気じゃなかった。
まだ廃病院に通うようになって数日しか経っていない頃、それとなく奈緒子の家庭のことを聞いてみたことがあった。だが奈緒子からは「いいじゃんべつに」というつれない言葉しか引き出せずにひどく落胆したが、機会があれば奈緒子の家へ行ってみたいという思いはずっとあった。
「いいの? 行って」
「うん、お母さんが帰ってくるまでね」
「行く。行きます」
「じゃ、行こう。雨が降りそうだからカサ貸してあげるね」
ガードレールから飛び降りた奈緒子のワンピースの裾がふわりと揺れ、廃屋の階段の下から見上げた光景が脳裡を過ぎり、慎吾は顔を赤らめた。奈緒子のまだ一口もつけてないアイスが溶け落ちて、熱を帯びたアスファルトに散る。
「あーあ、落ちちゃった」
「アタリならあるけど」
「それはチャーのでしょ。わたしはとてももらえません」
「なにそれ、どういう意味?」
「アハハ。いいから行こう。雨が降って来ちゃうよ」
「うん」
飛び降りてアタリの棒をポケットへしまうと、なにがおかしいのか奈緒子が笑った。
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