バラバラ女

ノコギリマン

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10:奈緒子の家

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「いいよ。いい匂いじゃん。ぼくは好きだけど」

 精一杯のウソをつきながら部屋を見渡す。なにもない部屋だった。四方の壁に曼荼羅が飾られているだけで、女の子らしいモノがひとつもない。申し訳程度に置かれた勉強机の横に並んだ洋服箪笥の扉が少し開いていて、白いワンピースがいくつも掛けられているのが見えた。

「ちょっと、待っててね」

 奈緒子が部屋を出ていき、ひとり残された慎吾は改めて部屋の様子を観察した。勉強机に敷かれたクリアシートの中には、〈邪悪体ヲ遠ザケル五ヶ条〉と書かれた、小汚いわら半紙が入っていた――


◆◆


 一、外出時、邪悪体ノ入魂ヲ防グタメ、身体ヲ露出セザルガ吉ナリ
 二、マタソノ折ニハ、護封色第二位色デアル〈清白〉ヲ身に纏ウガ最モ吉ナリ
 三、室内ニオイテハ護封色第三位色デアル〈天紫〉ヲ纏ウガ吉ナリ 
 四、マタ部屋ノ四隅ニハ盛塩ヲ3~5センチ大ニシテスエルトナホ吉ナリ
 五、マタ婦女子ノ場合、護封花デアル薔薇ノ薫香ヲ室内ニ充界サセルガ吉ナリ

 以上ヲモッテシテモ必ズシモ邪悪体ヲ完全ニ遠ザケルコト能ワズ、入魂セシ折、護封色第一位色デアリマタ総覇色デモアル〈覇赤〉ヲモチイテ入魂者ノ身体カラ邪悪体ヲ追否サセルコトモデキルガ、コノ最終奥義デモアル〈追否ノ儀〉ハ功徳ヲ積ミシ聖悟師ニヨッテシカ執リ行ウコトガデキズ。


◆◆


 ――怖気が走っていた。

 見てはいけないものを見てしまったのではないかと脅えながら部屋を見渡すと、四隅に盛塩もりしおがあった。

 思わず出た大きなゲップを、

「大丈夫?」

 戻ってきた奈緒子にタイミング悪く聞かれてしまう。

「う、うん。なんか、すごいね、奈緒子んチ」
「おかしいでしょ。全部、コモダさんがやらせてるの」
「コモダさんって、あの、さっきの人?」
「そう」

 慎吾にグラスを手渡しながら奈緒子がこたえる。

 座ってグラスを覗くと、泡のはじける真っ黒な液体がナミナミと注がれていた。得体の知れなさから躊躇する慎吾の前で、奈緒子が自分の分をゴクゴクと飲み干してゆく。

「どうしたの? 飲みなよ」

 手つかずのグラスに気がつき、奈緒子が言う。

「う、うん……でもこれ、なに?」

 悲しみの光が、サッと奈緒子の瞳に宿った。

「あ、ごめん。ちがうんだ……」
「怖いの? 大丈夫だよ、それただのコーラだから」
「あ、え、コーラ? コーラって、コーラ?」
「コーラって、コーラ」

 グラスを手に取り恐る恐る口に含むと、知っている味が口内を駆け巡り、ノドに炭酸のつぶてを当てながら胃にすべり落ちていった。

「あー、ウマイ! やっぱり最高だな!」
「なにそれ、オジサンみたい」

 奈緒子が吹き出し、慎吾もようやく笑うことができた。

「でもさ、あの人ってなんなの? お父さん、じゃないよね?」
「やめてよ、あのヒトはそんなんじゃないよ。お父さん……もう死んでるから」

 奈緒子に初めて会った日の、あの物憂げな顔が脳裏をぎる。

 謎が解けたような気がして、それなのになぜか心がかき乱されていた。

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