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11:キャッチボール
③
しおりを挟む「なんだよ?」
目をつぶったままの直人が、ぶっきらぼうに言う。
「あの、ごめん」
「なにが?」
「さっきのこと、全部」
「いいよもう。べつに友だちじゃないんだろ?」
「ちがうよ、その、よく分かんないけど、さっきのは……」
「……ごめんな、おれいつもあんなだから」
「え?」
いつの間にか体を起こして慎吾を見ていた直人が、
「分かってるんだよ。そういうのがおれの悪いとこだってさ」
とつぶやいて、視線を落とした。
一緒に遊ぶようになってから、今までただのイヤなヤツでしかなかった直人が少しだけいいヤツに思えてきていたのも事実だった。さっきの言葉だって、本音なんだと思う。顔もかっこよくてオシャレでアタマもいい直人に、嫉妬していたんじゃないかと思う。実際、直人が好きな女子がいっぱいいることには、いくら鈍感な慎吾でも気がついていた。
自分の卑屈さと嫉妬心が今さらながらに恥ずかしくなった。廃病院へ直人が来るようになって、奈緒子とのあいだに敵いようもない強敵がズカズカと割って入ってきたような気になっていたのだろう。でもそれはきっと間違いで、直人は本当にただ友だちが欲しかっただけなんだろうな、と今は思える。対極にいるはずの直人が感じる孤独は、自分のものとまったく同じものなのかもしれない。
「分かんないけどさ、ぼく、キャッチボール、がんばるよ」
「は? なんで急に……いや、いいや。やる気あんの?」
「あるよ。さっきのはほら、ちょっと恥ずかしくなっちゃったっていうか」
「ああ、奈緒子がいたからな」
「ち、ちがうよ。そんなんじゃないよ」
「いいよいいよ、分かってるから」
「だから、そういうとこ反省してたんじゃないの?」
「あ、そっか、そうだよな」
直人が笑い、慎吾もなぜだかおかしくなって笑った。ガラス瓶の中のクモがせっせと作る幾何学模様の巣が、夏の日差しできらめいている。
直人が立ち上がって窓から中庭を見下ろした。続いて中庭を見ると、奈緒子とワチコが、キャッキャと楽しそうにキャッチボールをしているのが見えた。
「……どっか行こうぜ」
「え?」
「またさ、都市伝説のあるとこに」
「う、うん。でもどこにする?」
「ほら言ってたじゃん、前。バケモノネズミが出るとかって場所」
「あ、『のいず川のドクロネズミ』のこと?」
「そうそうそれそれ」
『のいず川のドクロネズミ』は、都市伝説と言うよりもただの目撃談だった――
◆◆
『のいず川のドクロネズミ』
最近、この町にある野伊豆川で、猫ほどの大きさのネズミがたびたび目撃されているという。
そのネズミの背中には、ドクロ状の模様があるとかないとか言われている。
◆◆
――直人が眼下の奈緒子たちに、
「おーい、今からのいず川に行こうぜ!」
と呼びかけた。
「なんでー?」
奈緒子が大声で訊く。
「ドクロネズミを捕まえに!」
奈緒子が慎吾を見た。
笑顔でうなずいて胸の前で握り拳を作ると、奈緒子もおなじく握り拳を作った。
慎吾は、空を見上げた。
ロの字の空が、いまはもう窮屈に感じなかった。
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