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14:古傷
①
しおりを挟む八月十一日。快晴。
直人が持ってきた首だけのマネキンと、奈緒子たちが用意した包丁と白いワンピースがやけに不気味で、慎吾は身震いした。
「チャーは、ちゃんと持ってきたのかよ?」
「う、うん。買ってきたよ」
慎吾は青いリュックサックから水彩画用の太筆と、図工用の黄色いバケツと、小遣いをはたいて買ってきた赤の絵の具を取りだして、ワンピースの横に並べた。
「じゃあ、さっそく作ろうぜ」
「う、うん」
とは言っても、実際の作業はワンピースへの色つけと、首だけのマネキンをナマクビのように細工することだけだった。
ジャンケンの結果、慎吾はワチコとペアになった。
リュックから取りだしたペットボトルの水をバケツへ注ぐ慎吾に、
「じゃあ、一緒にやってても面白くないからさ、おれと奈緒子は屋上でやるわ」
と、工作道具を胸に抱えた直人が言った。
「え、屋上って行けるの?」
「行けるよ。この前、ワチコと一緒に探検してて行ったもん」
「ふうん」
「デブ、ナオちゃんがいなくなるのがイヤなんだろ?」
「そ、そんなことないよ。やめてよ」
「じゃあ、行こっか。完成したら見せるからね。チャーとワチコちゃんも頑張って」
首だけのマネキンを胸に抱えて微笑む奈緒子がまるで未完成のバラバラ女に見えて、背筋をヒヤリとしたものに撫でられた。
「……あーあ、デブと一緒だとつまんねえよ」
「なんだよそれ。屋上に行きたいんなら、そうすればいいじゃん」
「……なんだよ、怒ったのか?」
「べつに怒ってないよ。ワチコの悪口には慣れてるから」
慎吾は、新聞紙の上に置いたワンピースに絵の具を塗りながらワチコに言った。
「……デブさ、マサツグともう会ってないのか?」
「な、なに言ってんだよ、急に」
唐突にワチコの口から出た〈瀬戸正次〉の名前が、慎吾の胸を抉る。
「マサツグ。会ってないの?」
「会ってないよ、会えるわけないじゃん」
「そっか」
ワチコがマットに座り、足を放り投げてつまらなそうに天井を仰いだ。
「……セトくんのこと、気になるの?」
「うん、まあね。好きだったから」
突然の告白に気が動転した慎吾は筆をバケツに落としてしまい、撥ねた水がズボンに赤いシミを作った。
「あ、う、うん、す、好きだったんだ」
「……この傷さ、覚えてるだろ?」
ワチコが見せてきたふくらはぎの古傷が、あの日の記憶を甦らせた――
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